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第七話 相棒殺し

「あなたは、相棒を殺したの?」


 硬直から抜け出して、フィリアは問いかけた。

 相棒と呼ばれていたなら、二人の間には信頼があったはずだ。それを、すべて投げうって、目の前の少女は相棒を殺したのだろうか。


「私には、その時の記憶がありません。シルヴァさまに訊ねても、その時のことは教えてくださらない。だから、私には何が事実か分からないんです。……本当に人を殺めたのかすら、分からない」


 質問に答えた彼女の声は、ほんの微かに震えていた。初めて、彼女の感情を見た気がした。

 表情は、うつむいているため窺い知れない。だが、フィリアはそれでも、彼女の言葉に偽りは無いのだと思った。


「……私個人を指すのは、相棒殺しの名しかありません。ですから、お好きなように呼んでください」


 冷たい声だった。それはおそらく、一瞬のうちに彼女が感情を押し殺したからだろう。


 立ち上がった彼女は、フィリアに背を向けた。彼女の後頭部で束ねられた黒髪が揺れて、これ以上は踏み入れないと悟った。


「なら、名前を思い出すまで待ってる」


「……」


 一瞬、彼女の動きが止まった。その逡巡を理解することはできないが、せめて寄り添えれたらとフィリアは思う。


「部屋の案内をしますね。奥に、もうひとつ部屋があるので」


 歩き出した少女に置いていかれないよう、フィリアも椅子から降りた。


「ここが寝室です」


 窓を挟む形でベッドが二つ並んでいて、壁際にはクローゼットが二つ。

 個人用の家具としては最小限だが、それはあくまで家具という大枠で捉えた場合のみの話だ。


 使用人の部屋なのにベッドには厚みがあったし、村には、ここまで上等なクローゼットのある家庭はほぼ無かった。


 記憶を失くす前の彼女は、この部屋で相棒と生活していたのだろうか。一瞬、そんな考えが頭をよぎった。


「窓側にあるのが、あなた用のクローゼットと寝具です。私のクローゼットには危険な道具が入っているので、開けないでください」


 開けるなと言われると、何が入ってるのか気になる。

 良心と好奇心のせめぎ合いに葛藤していると、少女はこちらを振り返った。


「私はこれからシルヴァさまの料理を作りに行きますが、あなたを一人にするのは不安なので、一緒に行きますか?」


「うん」


 フィリア自身、屋敷の事には馴れていない。だから、彼女に着いていたほうが安心できると思った。


「では、この中の服を着てください」


 少女がフィリアのクローゼットを指してそう言った。

 扉を開き、今まで着ていたワンピースを脱いで畳み、初めて着る給仕服に袖を通した。


「怖いくらいちょうど良い!?」


「意識のない状態で採寸したそうですが、合っていて良かったです」


「まさかシルヴァさん、わたしがここに運び込まれた時からここで働かせるつもりだったんじゃ……」


 ホワイトプリムを付けながら、フィリアは初めてシルヴァに恐怖した。こんな怖がり方したくなかったが、思ってしまったものは仕方ない。


「急ぎましょう。食事の時間に間に合いませんから」


 心なしか速足で、少女は明るく照らされた廊下に出た。

 まだ体力が回復しきっていないせいか、フィリアには少女の後ろを着いていくので精一杯だ。


「あの……」


「なんですか」


「どうして、この屋敷って夜なのに明るいの?」


 フィリアの村では、明かりを灯すのは、松明を使うのが普通だった。

 だというのに、この屋敷は使用人の部屋に至るまで、明るくて、しかも光源は炎ではない何かのようだった。不思議に思って質問すると、少女は静かな口調で言う。


「歩きながら、上を見ていただけますか」


 少女の言葉にしたがって、天井を見上げる。光が出ているのは、天井に埋め込まれた石からのようだ。


「なにか、石みたいなものが見える……」


「それがフォスオリクトです。霊素という特殊な力を流して貯めると、霊素が残っている間は光ります」


「だから明るいんだ」


 少女が扉のひとつを開いて、中に入った。

 部屋の中にはテーブルが一つ、壁側にはレンガ造りのかまどが備え付けられていた。どうやら、ここが厨房らしい。


「フィリアさん、料理関係で出来ることはありますか?」


「火おこしとか……村では料理もしてたけど」


「朝に火を起こしてから絶やさないようにしているので、火種には問題ありません。ちなみに、村での料理というのは?」


 フライパンを片手に、少女がフィリアの方を向く。

 たしかに厨房の火は絶えず燃えていて、スープがぐつぐつと煮込まれている。ジャガイモやたまねぎが浮かぶスープの香りは芳しく、トマトをベースにしてあるようで、鮮やかな赤色をしていた。


「家庭料理みたいなものだから、たぶんここでは使えないかも……」


「では、戸棚に銀食器があるはずなので、それを磨いていただけますか?」


 ボウルの中から下ごしらえ済みの肉を取り出しながら、彼女がそう言った。さすがに立っているだけだと落ち着かないので、すぐに取りかかる。


「りょ、了解っ」


 戸棚から肉料理に合いそうな形の銀食器を取り出し、白い布巾で磨いていく。

 皿を始め、フォークやナイフ、スプーンに至るまで、手で直接触れないよう注意しながら磨き上げていく。銀の色はすぐに黒く変化してしまうから、扱いが面倒だ。

 それでも、磨けば磨くほど綺麗な光沢が出るので、面白かった。


 フライパンの上で肉の油が跳ねる音が聞こえてきた。何の肉かは分からないが、上質な肉なのだろう。


 見繕った食器を磨き終えた直後、少女が銀食器に出来上がった料理を盛り付けていく。


 香辛料がふんだんに使われたステーキに、添えられているのは一口大の人参とカブ。別の小皿には、サラダや、丸いパン、具材が柔らかくなるまで煮込まれたスープが盛られていた。


 ただ、その量は一人分と言うにはすこし多い。


「では、行きましょう」


 食器を盆にのせて、給仕服の少女が言った。

 前を歩く彼女を、フィリアは水差しを持って追いかける。給仕服に慣れていないせいか、ホワイトプリムに頭を締め付けられて痛かった。


 長い廊下をわたり、食堂へたどり着いた。部屋の中心に、テーブルクロスの掛かった長机と、ほこりひとつない程に拭かれた椅子が置かれている。


「フィリアさん。この食器を食卓に配置していただくことはできますか?」


 黒髪の少女の問いかけに、フィリアはうなずいた。一応、孤児院の院長からテーブルマナーの類いは教わっている。


「では、私はシルヴァさんを呼びに行くので、配置をお願いします」


 慎重に盆をフィリアに手渡すと、黒髪の少女はシルヴァの元へと歩いていった。


「ありがとう。いつも通り、三十分後に取りに戻ってきてくれれば良い」


 少女がシルヴァと戻ってきたのは数分後。席についたシルヴァはそう言って、フィリアと黒髪の少女を下がらせた。


「承知しました」


 シルヴァと黒髪の少女の間で会話がされて、お辞儀をした少女と共に食堂を出る。シルヴァに合図をされたので、去り際に水差しは置いてきた。


「洗い物、しないといけませんね」


「そうだね」


 来た道を戻り、厨房の扉を開いてから目を合わせる。動き出したのは同時だった。

 少女がフライパンや料理に使かった器具を洗う。フィリアは洗い終わったそれを布巾で拭き、水気を取ってから棚へ戻した。協力したからか、早く片付いた。


「質問しても良い?」


 黒髪の少女に問いかけたのは、シルヴァの居る食堂へ、食事を下げに向かう最中だった。

 ひとつ、フィリアには気になることがあったのだ。


「なんですか」


「シルヴァさんって、何者?」


 シルヴァは、契約書をフィリアに突きつけたとき、フィリアが部下になると言っていた。この屋敷でのシルヴァの立場がかなり高い事は推測できるが、フィリアには何者なのかまでは知らされていない。


「シルヴァさまは、この屋敷の次期当主です」


「え」


 次期当主だったなど、シルヴァの口からは一言も聞いてない。混乱すると同時に、だから黒髪の少女はシルヴァを『シルヴァさま』と呼んでいたのかと納得した。


「着きましたよ、フィリアさん」


 促されて、今度はフィリアが扉を叩く。


「し、失礼します」 


「来たか」


 ほとんどの皿は空だったが、ただひとつスープの入った器には中身が残っていた。やはり、シルヴァ一人で食べるには量が多かったのだろう。



※※


 片付けを終えた頃には、太陽はとうに沈み、月が煌々と登っていた。


「今日はもう寝ましょうか」


 先ほどとは違い、黒髪の少女はネグリジェに身を包んでいる。

 寝室へ戻ってきたフィリアは、白いネグリジェに着替えていた。クローゼットのなかに入っていたもので、やはり大きさはちょうどぴったり。

 ふと、髪を下ろした彼女の姿に既視感を覚えた。


「どこかで……」


 フィリアは彼女と、どこかで会っていたはずだ。

 だって、黒髪に瑠璃色の瞳を持つこの少女を、フィリアは知っている。そう思えてならないのだ。


 既視感を呼び水に、記憶が手繰り寄せられる。ぐるぐると思考を巡らせてから数秒。ようやく、おぼろげな記憶を見つけ出した。


「……孤児院で、わたしを助けてくれた人」


 呟いた言葉は、フィリア以外には聞こえない声量。

 髪を下ろした彼女は、燃えた孤児院の中から見えた少女と酷似している。他人の空似とは思えなかった。


 ただ、だとしたら黒髪の少女はフィリアを知っていたはずだ。


 なのに、どうして彼女は何も言わないのか。そもそも、どうしてフィリアを炎の中から助けたのか。それが、フィリアには分からない。


「明日には、私以外の屋敷の使用人も戻ってくると思います。朝早くから動くことになるので、今は休んでください」


「うん。おやすみなさい」


 冷静な声を取り繕って答えたけれど、フィリアの中ではたくさんの感情が渦を巻いていて、整理がつかない。


 ただ、黒髪の少女に、フィリアの表情を見せるわけにはいかないと、そう思った。見られてしまえば、きっとフィリアは助けられた感謝と生き残ってしまった痛みで、見せられない顔をしているから。


 天井の明かりは消してあり、今の光源は月明かりしかない。それが、かえってよかった。



 ――結局、フィリアは彼女に既視感の正体を伝えられなかった。

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