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第六話 記憶のない同居者

 屋敷へ戻ったのは、あたりが暗くなってからだった。


 門の前に、給仕服姿の少女が立っていた。後頭部で束ねられた黒髪と、ホワイトプリムが特徴的だ。少女はフィリアと目が合うと、一度礼をしてから。


「執務室へ通すようにと、シルヴァさまからの言伝を預かっていますので、ご案内いたします」


 屋敷の門をくぐった少女に、フィリアは口を開いた。


「あの、虎ってどうすれば――」


 たずねるよりも先に、給仕服の少女が目の前から消えて。それから、重低音が背後から響いてきた。

 振り返ると、少女が虎の首を撫でていた。虎は少女の腕に頭を擦り付けながら喉を鳴らしている。


 少女が手を離せば、虎はゆったりとした動きで歩きはじめ、どこかへ向かっていく。


「あの子は賢いですから、自分で飼育部屋まで戻ってくれます」


 少女が言葉を発した、その瞬間。フィリアは彼女の異様さを理解した。

 人間らしい抑揚はある。だが、声から感情が読み取れない。表情も変わることなく、そこにあるのは氷のような冷たさのみ。


 彼女に「どうぞ」と招かれて、フィリアはようやく屋敷内に入った。


「お……お願いします」


 カーペットが敷かれた廊下を歩く。外は暗いはずなのに、屋敷内は明るかった。フィリアの前を歩く少女が部屋の一室で足を止めるまで、さほど時間はかからなかった。


「失礼します」


 扉を軽く叩いてから、黒髪の少女がそう言った。「入れ」と声が掛かり、少女が扉を開いた。


「シルヴァさま、件の方をお連れしました」


「そうか、ありがとう。下がって良い」


 シルヴァへ礼をして、給仕服の少女が部屋を出た。部屋の扉が閉まったのを確認してから、シルヴァが口を開いた。


「あらためて問うが、フィリア。お前は契約を交わし、この屋敷の使用人になった。それに後悔はないな?」


「はい」


「なら、これを受けとれ。お前の身分は、それで証明される」


 小脇に杖を抱えてから、フィリアは手渡された腕輪を受け取った。

 銀色に輝くそれには、赤い宝珠が嵌め込まれている。左手首に通してみると、金属の部分が縮まり、フィリアの手首に合った大きさに変化した。


「ちょうどぴったりになった……どういう原理だろう?」


「宝珠には異能が付与されている。装着しているお前が外そうとしない限りは外れない」


 独りごちたつもりだったが、質問と解したシルヴァが律儀に答えていて、なんだか申し訳なくなった。


「ところでフィリア」


「は、はい」


「お前が持ってるそれ、なんだ?」


 杖に視線を向けたシルヴァがそうたずねてきた。


「友人の形見です」


 「大事にしてやれ。それは故人の弔いにもなる」と言って、シルヴァが杖から視線を外した。


「……お前にはこれから、この屋敷で暮らしてもらう。記憶喪失の先輩つきだが、頼りにはなると思うぞ」


「今、すごく不安にしかならない事言われた気がする」


「頼りにはなると思うぞとは言ったが」


「その前! 記憶喪失の先輩と共同生活ってどういう事ですか!?」


「安心しろ。あいつは物の名前は分かるし意思の疎通も問題はない。だだ、今までの経験と異能の使い方……それと、自分の名前を覚えていないだけだ」


「安心できる要素どこにもないですけど!? そもそも、どうしてわたしと――」


「――お前に、あいつの記憶を戻せる可能性があると考えたからだ。異論は認めない」


 フィリアの質問を制止して、シルヴァがそう言った。

 これは命令だ。シルヴァがフィリアに発した、初めての命令。


 彼女が何を思っているのかは理解できないが、言葉の中に懇願の響きがあることだけは分かった。だから――。


「……わかりました」


 ――だからフィリアは、彼女の願いを、受けいれた。



※※


 シルヴァの指示通りに屋敷の一室にある部屋。

 木製の扉を軽く叩けば、部屋の主はすぐに扉を開いた。


 顔を出したのは、先程執務室まで共に歩いた給仕服の少女。その瑠璃の瞳を見つめて、フィリアは一歩踏み出す。


「フィリア・エテレインと言います。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。どうぞ中へ」


 やはり、少女の声には感情の動きがない。ただ淡々と、指示された言葉を連ねているだけのような無機質さだけがあった。


 少女の言葉に従って室内へ入ると、共有スペースらしき場所へ出た。そこには二脚の椅子とテーブルが置かれていて、その奥には扉が一つ見えた。どうやら、部屋の中は小部屋に分かれているらしい。


 少女が椅子に座ったので、フィリアも向き合う形でもうひとつの椅子に腰かけた。


「共同生活をする上で、決めておきたい事はありますか?」


 質問されて、思わず面食らった。孤児院では常に誰かと同じ空間に居たので、ルールなんて、あってないようなものだと思っていたのだ。


 孤児院での生活を思い返してみる。

 朝起きて部屋の掃除をし、その日ごとに役割を決めて料理や孤児院の清掃をする。たまに外へ出て村の手伝いをしたり、月に一度の祭りを楽しむ。それくらいのものだった。


「この部屋の掃除と洗濯の役割決めかな。……あなたは?」


「互いの予定の把握ですかね。基本二人一組で動くことになると思いますが、別々に任務が入るかもしれませんから」


 その後、細かな事を話し合い、初対面ながらのルール決めは終わった。


 共同生活でのルール決めは終わったのだが、フィリアには、ずっと気になっていたことがあった。


「あなたの事、どう呼べば良いかな」


 名前がなくて、記憶もない。そんな彼女の呼ばれている通称を、まだフィリアは知らない。

 彼女も自らを指す名が無いのは不便だと思っているようで、フィリアの問い掛けに真摯に応じてくれた。


「私は名前を思い出せないので、よく言われるものを挙げますね」


「うん」


「だいたいは、お前、あなた、とかですが」


「そ、そういうのじゃない気がする」


 フィリアの知る限りだと、それは誰に対しても使える呼び方だったはずだ。その言葉だけで個人を識別するのは至難の技だと思う。


「あとは……相棒殺しと、呼ばれています」


 言葉の意味を理解した瞬間、フィリアは思わず硬直した。


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