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第四話 まだ燃えているから

 すべてが燃える少し前。フィリアは村で『異能発現の儀』を受けた事があった。


 それは十五歳になった子供の成長を祝うための儀式で、成長の節目として、新しい名前と異能が授けられるのだ。


「――その一、宝玉に触れるべからず。その二、村外への儀式開示を禁ず。その三、儀式にて名を授けられれば、それこそが異能者の証左となる」


 新月の闇夜に響く村長の声と、村人たちを照らす松明の光を、いまでも覚えている。


 列をなした数人の子どもたちが一人ずつ名を呼ばれ、壇上に登っていく。最後尾のフィリアから見えるのは、彼らの後ろ姿だけだった。


「次、ラウネン」


 村長が、少年の名を呼んだ。フィリアの目の前に並んでいた彼が、台座に続く階段を登っていく。


 ほんの少しだけ足を動かし、フィリアは立つ位置を変えて、壇上を覗き込む。

 透明な球体が台座の上に置かれていた。それは村の発足当時から伝わる祭具で、結界から出されるのはこの儀式の時のみだ。


 ラウネンが球体に手をかざした瞬間、透明だったはずのそれに光が生じる。――ラウネンに、異能が授けられたのだ。


「名乗りを」


 村長が、ラウネンにそう言った。


「ローレル」


 異能が発現した者には、新たな名前を与えられる。

 階段を降りたローレルが、振り向きざまに「がんばれよ」と無音で伝えてきた。うなずいてから、フィリアは壇上を見据えた。


「次、フィリア」


 名を呼ばれて、フィリアは階段を登る。


 白い布の掛かった台座の上に置かれた球体は、松明の光を反射して茜色に煌めいていた。

 球体に手をかざし、その時を待った。だが、球体は透明なままで、変化は訪れない。


「……っ、なんだと」


 村長が焦ったようにそう言った。

 儀式を見守っていた村人たちがざわめく。ありえないと呟く村人の声を聞いて、フィリアはただひとつ理解した。


 ――フィリアには、何も与えられなかったのだ。


「無能力者……」


 村長が、呆然としたようにそう言った。彼の声に悲愴の響きが潜んでいるのが、フィリアには分かってしまった。


 ――だからフィリアは、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。



※※


 だが、燃え盛る孤児院の中で、宝玉はフィリアに名前を与えた。それがもし、村の儀式と同じく、異能を与えてくれるなら。


「わたしは、異能者になれたのかな」


 ぽつりと漏れた自分の声で、目が覚めた。


 視界いっぱいに、見知らぬ天井が広がっている。開けられた窓からは風が吹き込んでいて心地いい。


 この部屋は個室のようで、フィリアが使っているベッドの他には、サイドテーブルと、その上の手元灯しかない。


「ここ、どこだろう」


 上体を起こして窓の向こうを覗き込むと、生い茂った木々が広がっていた。


 部屋を見回しても誰もいない。窓は開けられていて、そこから自由に出られる。そのため、何者かに捕まったわけではないと思うが。

 考えても分からない。フィリアは体から力を抜いて、ベットに倒れこんだ。


「え、なにこれすごい。ふわっふわだ」


 ベッドが、今まで経験したことすらないくらい、ふかふかだった。我を忘れて感触を楽しむ。ただ柔らかいだけではなくて、腕と足を動かせば、確かな反発があった。


「――起きたか。運び込まれてから二日も目を覚まさなかったから気を揉んだが、元気そうで良かった」


 フィリアの戯れは、女性の声に中断された。

 子供じみた行動を見られたらしい。恥ずかしさを必死に押し殺して、女性へと目を向けた。


 ――初めて見る顔だった。

 黒縁の眼鏡の奥にある、強い意志を持った紫の瞳。

 光の加減か、フィリアを鋭く見つめた彼女の瞳が、ほんの一瞬朱に染まった気がした。


「えっと……その、助けていただき、ありがとうございます」


 白のシャツと紺のロングスカートを身にまとったその女性は、微かに頬を緩める。どうやら、笑おうとしているらしい。


「堅くならなくて良い。……私の名前はシルヴァ・ロザージュだ。お前の名前は何だ?」


 ――フィリア・エテレイン。

 シルヴァに問いかけられたせいか、光の発した音が耳に蘇った。フィリアはその音を、自分の名前へと昇華させる。


「わたしの名前は……フィリア・エテレイン」


 かつかつとヒールの音を響かせて、シルヴァがこちらに近づいてくる。


「良い名前だな。お前……いや、フィリア。こちらで出来る限りの治療はしたが、まだ痛むか?」


「意識しなければ痛くはないけど……あの、どうして、わたしはここに――」


「そうか。では、これを飲め」


 問いかける間もなく、シルヴァがグラスに入った透明な液体を目の前に出してきた。


「えっと」


 一瞬、毒かと疑った。


「安心しろ、ただの水だ。むしろ飲まない方が死ぬぞ」


 心を読んだかのようにそう言われた。

 シルヴァの勢いに気圧されながら、フィリアはグラスを受けとる。


「……はい」


 口元に運んで一気に飲もうとしたら、咳き込んだ。


「ゆっくり飲め」


 シルヴァの助言に従って、今度は少しずつ飲んでいく。飲み終わるまでかなり時間がかかったが、彼女は静かに待ってくれた。


「シルヴァさん。ここはどこですか」


「とある屋敷の治療室だ」


 屋敷と聞くだけで、なんだか怖い気がする。


「あと……その、わたしを助けてくれた人、知ってますか?」


「あいつは、一応私の部下だ。だが、人とはあまり話さなくてな。お前が寝ていた間はこの部屋にも顔を出していたんだが……」


「お礼がしたくて」


「この屋敷のなかには居るから、いずれ顔をあわせる機会も来るだろう。その時に伝えると良い。……他に、知りたいことはあるか?」


 シルヴァが問いかけてきた。

 彼女はきっと、フィリアが何を尋ねようとしているのか理解している。それをシルヴァの口から言わないのは、彼女なりの優しさなのだろうか。


「……あの村は、どうなりましたか」


「残念だが、お前以外に生き残りは居なかった」


 それが、答えだった。

 村は滅び、帰る場所はもう無い。覚悟していたとは言え、突きつけられた事実に、足元が崩れたような感覚に襲われた。


「そう……ですか」


「お前の村を襲ったやつについて、覚えているか?」


「短い槍と、異能力を持ってた……あと、首の後ろが光っていた気がする」


 フィリアの言葉に、シルヴァは「ふむ」と顎に手を当て、「……その条件となると、あいつが犯人の可能性は消えたか?」と独りごちてから。


「おそらく、お前の村を襲ったのは精霊だ」 


「精霊……?」


 口のなかで響きを転がした。それを質問と受け取ったのか、シルヴァは視線を中空に漂わせてから。


「人や動物の姿を取って生まれる、異能を持つ存在。それが精霊だ」


「異能者とは、違うんですか」


「究極的に言えばだが……異能者はそこら辺にある石でも殺せる。だが、精霊は異能に関係するものでなければ殺せない」


「……」


「ただの異能者と精霊を瞬時に見分ける方法が一つだけある。精霊は異能を使った時、首の後ろに紋様が出る。それが光ってみえるんだ」


「光が出れば精霊、出なければ異能者……」


 シルヴァがうなずいて、フィリアの言葉を肯定した。

 たしかに、村を襲った男の首の後ろは光っていた。だからシルヴァは、襲撃者が精霊と判断したのだろう。


「――」


 シルヴァはフィリアの言葉を待っていて、質問すればきっと答えてくれる。けれど、フィリアには彼女が嫌な顔ひとつせずに疑問に答えてくれる理由すら分からない。

 だからフィリアは、シルヴァの思惑を明かすために切り込んだ。


「わたしは、どうしてここで治療してもらえたんですか」


 フィリアの考えていることが伝わったのか、問いを受けたシルヴァの瞳は真剣さを増す。


「この屋敷の主は、人に害を与える精霊からは民衆を守り、被害を受けた者は保護すると宣言なさっている」


「主の意向だから、ですか」


「理由はそれだけではない。……ここは少し特殊な場所でな。使用人の任務は、屋敷の維持から精霊討伐まで多岐にわたる」


 それからシルヴァは一呼吸置き、フィリアを――否、フィリアの中に潜む炎を見て、ただ一度だけ問いかけた。


「お前、うちの屋敷に入るつもりはないか?」

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