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第十一話 知らない部屋へ

「ふむ。これで一段落じゃ。屋敷に行くぞ」


 空のかごを片手に、屋敷の扉を開いたブランシュ。彼女にならい、フィリアもかごを抱えて屋敷に入った。


 最初に向かったのは使用人部屋。そこの戸棚にかごを戻してから、ブランシュはフィリアを振り向いた。


「これから、アルセたちと合流するのじゃ」


「え、どこで……?」


 なんでもないことのようにブランシュは言うが、この屋敷はかなり広い。

 あらかじめ集合場所を示しあわせているわけでもないから、フィリアには彼らがどこに居るのか検討つかない。


「妾についてくれば、おのずと会えよう」


 そんな馬鹿なと思いつつ、歩き出したブランシュから離れないように早足で後を追った。


 ブランシュが最短距離で向かった先。そこに、彼は居た。


「アルセ、進捗はどうじゃ?」


 ブランシュが、窓を拭いている彼にたずねた。


「廊下の掃除はここが最後だ。ブランシュとフィリアには、向こうの部屋の窓拭きを頼みたい。掃除用具は向こうに揃えてあるから、それを使ってくれ」


 アルセの視線の先には、水を張った桶と布が置かれていた。どうやら、ここまで未来を見ていたらしい。


「分かったのじゃ。……アルセ、あやつを許してやれとは言わぬ。だが、せめて歩み寄ってみよ」


 少女の不在に、ブランシュはそう溢した。


「フィリア、あの部屋じゃ」


 促されて、フィリアは布を手に取り部屋へ向かった。


 窓を拭きながら、フィリアは周囲に目を向ける。


 おそらく、ここは客用の部屋だ。使用人のものより装飾の多い椅子やテーブル、ベッドまで揃っている。ただ、使われた形跡はほとんど見当たらない。


 よそ見をしていたせいで、窓枠の木のささくれに指先を引っかけた。


「痛っ」


 血が流れているから、かなり深く切ったらしい。


「見せてみよ」


 いつの間にか、真横にブランシュが来ていた。迷いつつ差し出したそれを、彼女がそっと掴む。

 途端。温かな霊素が、指先の傷へと駆け巡った。


「傷が……」


 ゆっくりとだが、傷口が塞がっていく。


「霊素は異能の対価。だが、それ以前に生きようとする力そのものじゃ。ゆえに、すこしの傷なら霊素で治癒力を高めて治せる」


 「便利じゃろう?」と笑うブランシュに頷いた後で、フィリアは礼をしようと口を開く――寸前。乱暴に開かれた扉の音に、フィリアの声は阻まれた。


 扉の奥に立っていたのはアルセ。息を荒らげる彼は、フィリアの傷口へ霊素を送っているブランシュへ目を向け、その整った顔を凍りつかせた。


「やめろブランシュ! お前に何かあったらどうする」


 アルセの叫びは、黒髪の少女に対する言葉よりも強い口調だった。けれどブランシュは、素知らぬ顔をアルセに向けて。


「欠損を霊素で補っているわけではない。これしきの傷程度で、命が削れるほど霊素は使わぬわ。……よし、これで治ったはずじゃ」


 彼女の声に、指先へと視線を戻した。先程まで開いていた傷は塞がり、怪我をする前と変わらない。


「ありがとうブランシュ。どうして、アルセがここに?」


「ブランシュの霊素が減ったから、何かあったのかと思ったんだ」


 彼の語り口は、ブランシュの霊素を知覚できるのが当たり前だとでも言うようで。


「わたしにはブランシュの霊素量は分からないけど、アルセには分かる……?」


「妾とアルセは、バディ契約を交わしているのじゃよ」


「バディ契約?」


「簡単にいえば、霊素を共有する契約じゃ。ゆえに、妾が霊素を使えばアルセにはそれが分かる」


 「ただ」と、彼女は続けて。


「この契約は複数人とは結べぬから、妾の契約者はアルセだけじゃ」


 たった一人としか結べない契約。バディというのも言い得て妙だ。


「時にフィリア。あやつとは契約せぬのか?」


「し、しないよ!?」


 契約を結ぼうとしても、きっとあの少女は拒む。ブランシュたちとは違って、フィリアはただの同居人で、ましてや相棒ですらないのだから。


「なあ。この部屋の時計、壊れてないか?」


 アルセが指差した先にあったのは、木製の時計。その針は、零時で止まっている。


「あの時計の動力源は霊鉱石じゃ。壊れていると言うよりは、霊鉱石の霊素切れが原因じゃろうな」


「壁に引っかけてあるだけだから、取り外しは簡単だが……」


 時計を見上げて、アルセが苦い顔でそう言った。時計が掛かっているのは、壁のかなり高い位置だ。


「霊素を足に流して飛んだら、届くかな」


「たしかに、霊素で強化して飛べば時計まで届きはする。……けど。蹴った衝撃で、床に穴が開く」


 彼の言葉に、なるほどと頷いたフィリアの横から、ブランシュが口を挟む。


「アルセの経験談じゃよ」


「おいブランシュ」


 アルセの声は、こころなしか怒気をはらんでいた。


「妾は新しい霊鉱石を取りに行く。フィリアは、掃除用具室の梯子を取ってきてもらえぬか?」


「りょうかい!」


 微笑んだブランシュが、アルセを連れて部屋を出た。


「わたしも行くか」


 誰もいなくなった部屋で呟いてから、フィリアは勢い勇んで廊下に出る。そして……。


「……そう言えば、掃除用具室ってどこ?」


 肝心なことを聞き忘れていたことに、今更ながら気がついた。

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