表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

最後の塔の門

ちょっと視点の違うものを書きたくて、数話先から討伐される側からの視点になる予定です。

話が進んでから追記していきたいと思います。

思った以上に最後の塔までの距離が長かった……

予定では一話の最後には最後の塔についている予定でしたが、三話目ぐらいになりそうです。

三話で足りるかな?

1, 皇帝の理想

神殿内の荘厳な静寂のそう遠くない所で民衆の歓声が聞こえる。

 ルミナス帝国の王宮内神殿では、これからダークゾーンの清浄作戦としてダークゾーンの要所にある『最後の塔』と呼ばれる塔の攻略に向かうメンバーの顔合わせを兼ねた祝福を授ける儀式を行っていた。

ダークソーンとは闇属性の力が高いところを指し、ルミナス帝国は神聖力の強いライトゾーンにある。簡単に言うとライトゾーンは神聖力が満ちているので回復魔法やプロテクト、シールドなどの防御魔法を使いやすい反面、魔力により起動する攻撃魔法は使いづらい。ダークゾーンは魔力優位な地域で攻撃魔法や詠唱速度、攻撃速度を上げる、攻撃力を上げるなどの補助魔法と攻撃魔法を使いやすく、魔法の回復は効き目が薄くなる。


 ここ百年ほど、戦争というほどの大きな戦闘はない。なので皇帝は帝国の人々の生活を潤おすために、ダークゾーン由来の獣を避け農地拡大をしたいと思った。そのために緩衝地域を広げ農地の拡大を行こないたいが、その聖闇地域を区切っている場所の多くは河川や湖だった。そのため、それらの境界線を広げるには対岸での大規模浄化作戦を行い浄化地域拡大が必要である。ライトゾーンに居を構えるルミナス帝国の皇帝は「すべてライトゾーンになってしまっても誰も困らないだろう」と思っていたための発想であった。そのためダークゾーンの中心核と考えられていた『最後の塔』ごと討伐しようということに思い至った。


魔塔の賢者やエルフ達からは思いとどまるように助言されたが、その理由が理解できなかった。

賢者からは『ダークゾーンとライトゾーンがそもそもどうしてできたのか』『数百年前の最後の塔の主との盟約』などの話をされたが、神話のように昔の話をされてもピンとこない。

エルフとダークエルフは二人でやってきた。二人でそれぞれライトゾーンからの恩恵とダークゾーンからの恩恵について話をされたが、皇帝の思想による帝国の利益はライトゾーンに起因するものでしかなかったからだ。


「そのまま対ダークゾーンとの大規模戦争になった場合、今まで大人しくダークゾーンに生活していた高知能種族はライトゾーンに同じ報復をします。そうならないためにも、戦闘回避を目的とした水先案内として今回の討伐隊に随行させていただきたい」


賢者にそう言われ『大規模戦争は本末転倒』と思い同行を許可した。

だが、すべて浄化すれば問題ないとも考えていた。


「水先案内として同意する。ただ、今回の作戦自体には関与しないでいただきたい」


皇帝はそう釘をさした。賢者は同意し、後方の自分のために自分の後ろに控えている随行者と今同席しているエルフとダークエルフの二人も一緒に行くことを提案し、皇帝は「好きにしろ。だがそれ以上増やすな」と制限付きで許可した。



討伐隊のメンバーは全員で約50名。

そのうちの帝国民で皇帝から直々に任命された第一騎士団をメインに編成された討伐隊に大神官が祝福の祈りを捧げるために神殿に集められた。コインほどの大きさの甘いパンに小さなチーズが乗っているものを口に含み、それを聖水で薄めた赤ワインで飲み込む。赤ワインは聖職者の血に見立ててあるそうだ。全員がそれらを胃に流し込んだのを確認すると大神官が神の像に向かって跪くように促し、その先頭に立って大神官も跪き祈りを捧げた。祈りが終わったあと大神官と入れ違いに皇帝が神殿にやってきた。


「こたびは皆、よく賛同して集まってくれた。帝国のためにも、ライトゾーンに住んでいる全ての者のためにも、健闘を祈る」


皇帝は、自分の選んだメンバーを誇らしげに眺め満足そうだった。穏やかでにこやかで、これから出兵するものの胸の内など気にもとめない。皆説得に快諾し招集されたと部下の第一騎士団長から報告をうけていたからだ。

指揮を執るのは第一騎士団の副団長であり、副指揮官として聖騎士団盾職の騎士と白魔法師の通称「聖女様」である。

一見、通常通りの勇者パーティーのようだが、補佐官と称して公爵とその配下の子爵がついて行くことになっており、実質指揮官は公爵になる。副団長にとっては頭の痛い問題だ。

公爵は一応、帝国特務騎士団(皇帝一族を守る騎士団)の団長だ。不在の間は副団長の息子が取仕切る事になっている。そんな状態で討伐隊に団長が出向いていいのかと思うが、皇帝が「助力せよ」といって随行を命令し第一騎士団副団長も公爵も断れない状況である。

礼拝堂から退出する公爵に皇帝が他に聞こえない小さな声で『極力浄化せよ』と密かに皇帝より耳打ちされた。


「御意」


他に言いようがない。

民衆の歓声が聞こえる礼拝堂から外へ通じる通路をため息交じりに歩きながら公爵が小さな声でつぶやいた。


「難儀なものだ」



2,静かに出発を迎える者たち


パレードに出る帝国の英雄予定者と違い、帝国民ではない者と、パレードに参加することを拒否したものが城下町の外壁近くで荷馬車とともに待っていた。


こちらのメンバーは、皇帝に今回の討伐に苦言を申し立てたが聞き入れられなかった魔塔の賢者とその随行者二名。同じく浄化作戦を中止するよう申し入れたエルフとダークエルフ。

そして、墓守をしていたネクロマンサーの女だった。彼女は、村はずれのダークゾーンとホワイトゾーンの境界にある土葬の墓地で獣に墓を荒らされないように墓守を行っている。

河川や湖で遮断されていないところが稀にあり、そのような場所は墓地として利用される。彼女のようなネクロマンサーが墓守をして、入手した獣や魔物を使役し境界の守りも兼ねていた。

その場にいる6人全員が、この討伐に納得できないで皇帝の送り出した討伐隊が来るのを待っていた。


「ネクロマンサーは神殿所属の帝国民ではないのか?」


パレードに参加しないネクロマンサーを疑問に思い賢者が口を開いた。


「私なんて墓守だし、人前に出ただけで帝国の民は嫌がります。神殿も私のことなんて神殿所属とも思っていないと思います。そもそも参加したくないですし……」


彼女は帝国民ではあるが、普段城門より外に居住していることと階層的に最下級なこともありパレードには呼ばれなかった。普段は討伐隊に呼ばれることもないが、今回はダークゾーンに深く入るため最後尾で追撃者を止める役目として強制的に招集された。

今回同行する白魔道士が彼女の息子に聖属性の楔を打った。ネクロマンサーの彼女が同行しなかったり裏切ったら息子の心臓に楔が刺さるように。

だが、その話はしないことにした。しばらく黙ったあとネクロマンサーが言った。


「私は後ろから攻撃されたときや、前衛が片付けられない魔物を前衛の前から引っ張ってきて対処するような人柱ですから。私のことはお気になさらず。でないと皆さんを巻き添えにしてしまいますので」


視線は足元の蟻の行列を眺めたままネクロマンサーは話を切った。

賢者が彼女の顔を伺うようにしながら様子を伺う。


「私は、今回の討伐には反対なのだ。手伝いに来たわけではない。行き過ぎた行動を止めるためにあえて同行するのだ。自分の思い通りに動かないであろう我らを皇帝は受け入れられない。だが、最後の塔までの道を知っているのは私だけだからな。『戦闘回避の水先案内。戦闘には手出ししない』その条件で同行する。だから私は、あなたと一緒に最後尾を行くよ。道案内は私の従者の使う術でできるのでな」


彼はそういいながら彼女の隣に並び立った。

そして言葉を続けた。


「誰も戦闘の巻き添えにはなないよ。戦わない道のりを知っている」


「ありがとうございます。賢者様」


彼女は賢者を見上げた。魔塔の賢者は通常の人間では考えられないほど長生きと聞いていたが、おそらく本当にそうなのだろうと思わせる真っ白な白髪だった。色素は抜けても、やはり肌や髪などの代謝はいいらしく艷やかだった。

彼の従者と思われる2名が彼の近くで佇む。鳥の羽のような翼を持つ大男と、コウモリのような羽をもつスレンダーな女だった。まるで天使と悪魔のようだ。

話を聞いていたエルフとダークエルフは顔を合わせて時々相槌のような仕草をしながら思念で話しているように見えた。ダークエルフが口を開く。


「俺達も戦闘には参加するつもりはない。だから同じように最後尾からついていく。賢者殿がそう交渉してくれた」


「我らも浄化を反対している。色が違うから別な種族と思われているが、攻撃特化か補助魔法特化かで色が黒かったり白かったりしているだけだ。全部をライトゾーンにすることには反対だ。自然の摂理に反する。ライトゾーンにもダークゾーンにも良いところがある。あの皇帝はわかっていない」


エルフがダークエルフの話を補足した。2人ともスラッとした長身で髪が長く簪のようなもので髪をまとめていた。エルフは大きなブーメランのような武器を2つ、ダークエルフは円月輪を2つ腰に携えていた。


ネクロマンサーは同情されているだけだと思っていたが、そうではないことに気がついた。

ホッとしたように、表情が少し和らいだ。




3,考え方の違い


門前で待つメンバーはお掘りの外にできた城門の陰に佇んでいた。

賢者とネクロマンサーが荷馬車の御者台に座り、賢者の従者とエルフ、ダークエルフは馬に乗って荷馬車の前方と後方を守る形で進むことになった。


「歓声が近づいてきますね」


ネクロマンサーの声に全員、門の方を見た。

パレード戦闘の旗を持った騎馬が門を通り抜けて出てきた。指揮官の第一騎士団副団長、副指揮官として神殿から聖騎士と聖女の乗った馬車が出てきた。

その後ろから第一騎士団の精鋭40名、補佐官として特務騎士団団長と子爵、その二人の随行者。

全員門を通ったところで編成を変えるらしく、慌ただしく隊列の組み直しを始めた。パレードとは別に門から出てきた騎士団の荷馬車も合流して出発するようである。

その間をぬって指揮官が賢者の前に来た。馬から降りて賢者に声を掛ける。


「賢者様、今回は水先案内大変嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします」


そう言うと、彼は片膝をついてお辞儀をした。


「堅苦しい挨拶はやめよう。今後はフランクな対応でお願いしたい。長旅になるだろうし、指揮官殿は立場もあって気疲れするだろうから、せめて私達には楽に接して頂いて構わない」


「ありがとうございます賢者様。隊列の編成が終わりましたら出発いたします。境界までは我らが先導し障害物は我々で排除いたします。皇帝から事前に連絡があったかと思いますが、幕舎や休憩は近くでまとまって行いますが食事と幕舎はご自分で準備されたもをご利用ください。お手数おかけしてもうしわけない」

指揮官は再び申し訳無さそうに頭を下げた。


「よいよい。指揮官殿のせいではないことは知っているので気に病むことはない。頭をあげられよ」


賢者が、御者台から降りて指揮官の肩をポンポンと軽く叩いた。指揮官は退席のお辞儀を丁寧に行って馬に乗り先頭へ向かった。

御者台に登った賢者が言った。


「指揮官殿は若いのに大変だの……」


「そうみたいですね」


ネクロマンサーは騎士団の内部も一枚岩でないことがわかったようだった。

騎士団は、先頭から旗、指揮官、聖騎士、第一騎士団、荷馬車、白魔道士(自称聖女)の馬車、補佐官達、第一騎士団の後方監視係となり、その後から賢者たちが荷馬車でついて行くようになっていた。


「何もないといいんだけど」


ネクロマンサーが不安そうに前を走っていく第一騎士団の騎士を眺めながらつぶやいた。


「できたとしても嫌がらせ程度ではないかな。その一環として幕舎と食事は別なんだろ」


賢者がちらっとネクロマンサーを見ながら答えた。


「そうですね」


カタツムリが体を伸縮させながら殻を引張って移動するように、のろのろと馬車や荷馬車の都合でゆっくり走り始めた。


「では参りましょう」


ネクロマンサーが荷馬車の馬を動かした。

しばらく進むとスムーズに走り始めた。だが、途中からなにかおかしい距離感になった。


「聖女様の馬車と前の騎馬隊の間隔が詰まり気味じゃないですか?補佐官たちの隊列が間延びしているというか……」


「うむ。だが我らはこのままのペースで進もう。彼らのような良い車輪の馬車ではないから、あまり早いと壊れてしまう」


賢者の提案にネクロマンサーは返事をしつつ頷いた。

そのまま馬車を走らせ続けると騎士団との間の距離が開き始めた。補佐官が距離の開きに気が付き後ろを気遣うように少し速度を落とし、第一騎士団の後方監視の一人を指揮官のところに走らせ、もう一人を賢者の荷馬車の方によこした。


「賢者殿、隊列が開いてしまい申し訳ありません。今、前方に報告に行っていますので、戻り次第それなりの速度になると思いますのでご容赦ください」


賢者はわかったと手を上げて報告に来た騎士に合図を送った。騎士は簡易的な敬礼を行い、賢者の荷馬車の少し前を進み始めた。

間もなくして速度が落ちて隊列の開きが解消された。それと同時に、聖女の馬車から女が顔を出し後ろを確認した。


「聖女の高位貴族マウントかもしれないな」


呆れたように賢者が言うとため息をついた。




4,聖域の闇


後続のメンバーからは『聖女は要注意』との認識が新たに統一された。

特に誰かがなにか言った訳では無いが、先程の顛末を全員見ていたのだ。心の中はそんなに清らかではない聖女の実力をいかばかりかと考えつつ、嫌な予感しかしない。

それでもその後は何事もなく今夜の野営地に到着した。


「幕舎と食事が別で好都合だったかもしれません」


ネクロマンサーのつぶやきに賢者が「ごもっとも」と返して苦笑いをしていた。

騎士団とは少し離れたところに炊事用の火を起こし、スープとパンを準備した。エルフたちは木の間にハンモックを吊るしそこで寝るようだ。ネクロマンサーが使い魔を召喚した。夜間の襲撃に備え防御魔法を使える高位使い魔である。


「皆さん、彼はバーンと申します。私の召喚できる使い魔で一番高位の方です。対魔法及び対物理攻撃に耐えられる魔法防御陣を張ってくれます。お見知りおきを」


「よろしく」


バーンと呼ばれた使い魔はエルフ達と似たような身なりで、彼らと同じように細身で長身だった。


「一応、物理攻撃にも耐えられる防御陣なので雨が降っても濡れない」


「それは助かる」


エルフたちは少し喜んでいたようだった。個別に挨拶をしながらバーンが賢者のところに向かった。


「お久しぶりでございます。賢者様」


「他人のそら似ではなかったのか……。ネクロマンサーの使い魔ということは既に命尽きたのか?」

「さようです。ですが、主様にお伝えしたいことがあり彼女に死の間際、使い魔としてくれるようにたのんだのです」


炊事用の焚き火を囲みながら食事を始めた。賢者とバーンは何やらずっと話していた。バーンの生前の知人のようだった。

ネクロマンサーは火を切らさず寝るために、温度に敏感な黒豹を召喚し焚き火のそばでウトウトし始めた。荷馬車も焚き火も寝床も全部バーンの防御陣の中だった。


明け方ちかくに彼らの荷馬車の近くで火の手が上がった。彼らは防御陣の中で安全だが、防御陣の外がうるさくて目が覚めた。


「何かあったんでしょうか」


ネクロマンサーが目をこすりながら起き上がった。


「荷馬車の近くでボヤがあったらしい。私の従者が騎士団と話をしている」


賢者にそう言われ、荷馬車の方を見るとうっすらと上がる煙と天使の羽根の従者が騎士団と話をしている。騎士団の「火の始末を確実にするように」といっている声が聞こえるが、自分たちでつけた火は防御陣の中だけである。どうやら後続のメンバーを気に入らない何者かがこちらの荷物に火をつけようとしたようだ。


「そんなに目障りなら境界まで別行動にすればいいのに、なんでそんな余計なことするのかしら」


「まったくだ」


ネクロマンサーの問に賢者が同意した。そのまま賢者が立ち上がり従者と話している騎士団のところへ向かった。


「我らが邪魔だと思う者が一緒に行動しているとわかったので、境界までは別にこうどうしましょう。そのように指揮官殿にお伝え下さい」


「私達はかまいません。指揮官に報告してきます」


賢者の提案に騎士が同意し、指揮官に報告に行った。犯人はわからないが、きっと自分に都合のいいように報告するのだろう。明るくもなってないうちから面倒なことをすると思いながら焚き火の前に戻ってきた賢者は、コウモリの羽の従者を一羽のコウモリに姿を変えさせて騎士団を密偵するように申し付け、もう一眠りすることにした。


騎士団はそのまま出発したのか、朝日が上る頃には姿がなかった。

昨日、最後尾にいた騎士2名が指揮官から命ぜられたようでその場に残って見張りをしてくれていた。日の出とともに起きるエルフ達がハンモックを片付けながら騎士たちに色々聞いて、昨夜の一件を知ったようだった。


「そなた達は残っていてよいのか?」


エルフに聞かれて、騎士たちは顔を合わせた。


「私達は賢者様たちを無事に境界付近の合流地点へお連れするよう副団長に命じられていますので、皆さんと同行いたします」


そう告げて、礼儀正しくお辞儀をした。

エルフ達も礼を返した。

ネクロマンサーがバーンに声をかけて防御陣を解き、騎士団の2名と話をしやすいようにした。


「お二人とも朝食はとりましたか?」


ネクロマンサーの声に「まだです」と答えた。ネクロマンサーは昨日の残りのスープに保存魔法で持参した牛乳を注ぎシチューにしたものを二人にも分け与えた。

二人はソドムとネイサンというらしい。名字がないことからして平民出身のようである。それを知って賢者は一瞬何かを悟った顔をした。

ソドムは筋肉質な大男で槍使い、ネイサンは中肉中背で俊敏そうな動きをする弓使いである。

エルフが口を開いた。


「私はルシフェル、ダークエルフのほうがミカエル。実は双子だ。」


騎士団の二人は「え?」と口を揃えた。

一般的には別の種族だと思われているためだ。ルシフェルが説明した。


「元々同一種族だが、ダークゾーンに住めば魔力の影響によりダークエルフが多くなる。ライトゾーンに住めば神聖力でエルフが多くなるのです。人間の言葉だと魔力と神聖力という言い方になるが、エルフの間では光と闇でしかない。昼夜と同じようなものだ。どちらも必要で能力は反対でも敵対するものではない」


ソドムとネイサンは納得したようだったが、疑問も生まれる。ネイサンがエルフに問うた。


「ダークゾーンを可能な限り浄化するのは広範囲な環境として考えたら支障があるのでは?」


「バカ、それを言ったら俺達はこれから一体何しに行くんだよ」


ソドムが困った顔をしながら注意する。賢者がフッと鼻で笑いながら答えた。


「影響はあるよ。だから我らは止めたい。皇帝は納得できないようだったが。だからこちらに落ち度があるように仕向けて別行動をしたかったのだろう。こちらの落ち度にはならなかったと思うがね」


「私の防御陣にはよほど強い威力がない限り物理攻撃も魔法攻撃も効きません。なので何者かが防御陣の外で焚き火をしたとしか思えません」


バーンが言った。そして賢者と目配せをして、ネクロマンサーに小さく合図を送ってから賢者が紹介した。暫くの間、バーンを賢者の従者として召喚状態を維持することにしたようだった。


「私の従者のバーン君です。もう一人の鳥の羽根の従者はルカという。よろしくな」


バーンとルカは軽く会釈した。ネクロマンサーはちらっとバーンを見た。バーンは心配するなと言わんばかりに満面の笑みで返した。ネクロマンサーが自己紹介を始めた。


「私の名前はサーラ。この黒豹はキング・クロウドです。私の使い魔ですので、私の命令なしには襲いません。安心してください」




5,境界を超えるとき


賢者の従者が乗っていた馬にバーンが乗ってルカと一緒に荷馬車の前を走っている。その前を騎士団の二人が馬で走っていた。荷馬車の後ろからエルフ達がついてくる配置で移動をしていた。御者台はサーラと賢者だった。


「サーラ殿、私の従者のコウモリの羽の方を今は騎士団本体の監視に飛ばした。おそらく、最後の塔に着くまでずっとそうなるだろう。従者がひとり減ると不審に思われるだろうから、そのままバーン君には従者のように振る舞ってもらいたい」


「ご本人たちでお話ついているのでしたら問題ございません。召喚時に魔力消費しますが、どれくらい長く出ているかは召喚された使い魔の魔力量や本人の意思で判断することになります。バーンさんが辛くなったら召喚解除すると思いますので、そのときはまた召喚いたします」


「ありがとう。助かる」


賢者はにこやかに礼を言った。

気候の穏やかな時期の出発だったこともあり平原をぬける街道は平和な旅路だった。騎士団の2人ともエルフの2人ともすっかり打ち解けた。途中、街の市場で保存のきく食料も調達できたし荷馬車に無理のないスピードで進んでいた。

騎士団と別行動になってから5日目だが3日目からは予定していた野営地にも姿が見えなくなっていた。賢者の話だとかなりの強行軍で3日目と4日目は進んだらしい。


「合流地点に留まっていてくれるといいのだが」


賢者が懸念を口にした。街道沿いの野原の真ん中で休憩しながら太陽と流れる雲を眺めていた。不意に黒いものが飛んできた。その黒いものは賢者の肩に止まり、耳打ちした。一気に賢者の表情が曇ったのをネクロマンサーは見逃さなかった。賢者は黒いものに指示を出し、一緒にサンドイッチを分けて飛び立たせた。


「何かあったのですか?」


「何か起きそうな準備をしているようだ。何に使うのか探るのでまだこのスピードで進もう」


「はい」


「余計な不安を抱かせないためにも、もう少し情報が入ってくるまでは内緒にしておこう」


「はい」


ネクロマンサーは頷き、食事を続けた。

ただ、ぼんやりした不安は消えなかった。賢者が察したのか口を開く。


「皇帝はダークゾーンにも人型の生き物がいることを知らないのか、知っていても自分たちの生活だけ考えているのかわからないから、覚悟はしておいてください。おそらく、後者とおもいますが……」


「それはもう浄化ではなく戦争じゃないですか!?」


「戦争と思わせないために浄化と言っているのだろうと思います。戦争の必要はないのに、立場が逆にならないとわからないのでしょう」


賢者は遠くを眺めてため息をついた。


「彼らの不穏な気配は戦争の準備かもしれないし、我らの足止めの準備または襲撃の準備かもしれない。最悪は両方考えているのではないかと思う。指揮官殿は頭が痛いだろうに……」


原っぱの少し距離をおいたところで騎士とエルフ達とバーンがなまった体を動かすために手合わせや素振りをしていた。

その広大な原っぱの向こうに煙が上がった。民家の煙突や野営で使う大型の焚き火とはまた違う、延焼を起こした家事のような煙だった。

ネクロマンサーがとっさに立ち上がった。


「山火事ですか?」


「あれは合流地点に近い場所だと思います。狼煙のような煙も上がっていますが、何かそのような作戦があったともきいていません」


苛立ったように賢者も立ち上がった。さっきまで体を動かしていたメンバーも異変に気が付き煙の方を見た。騎士達も知らなかったようだ。皇帝の息のかかった上層部だけが知っていて、その場についてから急に作戦指示を出したものかもしれない。


「なんてことだ」


ソドムがつぶやいた。ネイサンも口を開けたまま言葉にならない何かをつぶやいていた。

エルフが心配そうに近づいてきた。

ソドムが呆然としてボソボソと語り始めた。


「あの辺りは境界の村です。対岸にある亜人の村と行き来があって混血も多い。もちろん対岸の村にも混血が多い。あの聖女、平民を人間と思っていない時があったけど、これもあの女じゃないか?」


「あいつならやりそうだな」


「俺の村が……」


ソドムとネイサンが立ち尽くして怒りに震えていた。「今から行く」とか「行ってからどうする」とか興奮気味に二人は話し合い始めた。

賢者が二人の間に立って肩をだいた。


「今から行っても着く頃には燃え尽きているでしょう。私の従者は飛べるので、様子を見てきてもらいます。その間に今後の作戦を立てましょう」


そう行って二人の肩を抱いた。ルカに潜こうしているコウモリの羽の従者と様子を確認して報告するように言って現場に向かわせた。


「さて、村のことを知っているだけ教えてくれないか」


賢者が二人に問いかけた。二人は涙を拭いながら頷いた。


「まず最初に、どれくらいの規模の町なのかきいてもいいかな」


「小規模と中規模の間くらいの町が、境界を挟んだダークゾーンとライトゾーンに1つづつあってお互いに親兄弟が境界をまたいだ町に分散していることも珍しくない。住んでいる地域で差別もない。どちらにも教会はあるし信仰自体は同じ神様だったと思います。帝国の認めている教会と同じミラード神を信仰している」


ソドムが神とはなんだと言いたげな勢いでまくし立てた。ネイサンが何か思い出したように口を開いた。


「そういえば、神聖力の高い白魔道士が現れて、帝都の教会本院まで行く人が減ったって言ってたような……。そこまでいかなくても町の教会でもらえる聖水でだいたい治るって聞いたけど」


「それは聞いたかもしれない。それと呼応するようにダークゾーンの教会ではマナ回復ポーションの上級品がかなり安く流通してて、町同士の交流が更に深まったってきいたな」


「うむ。すこし横道にそれるが、騎士団が一緒に連れてきた聖女様という白魔道士はどのような人物で補佐官達は主に何をしているのか聞いても良いかな」


少し考えながら、賢者が尋ねる。


「俺達は平民だし下っ端だからあんまり詳しいことはわからないけど、聖女も特務隊長も公爵だか侯爵らしいんです。特務隊長はそうでもないけど、聖女様は階級にうるさくて、食事も平民の作ったものはイヤとか、皿も男爵以上で洗えとか凄くて、僕たちなんて虫けら扱いです。だから副団長が聖女の目につきにくい最後尾に置いてくれて、今回も賢者様たちの護衛に行くように言われたんです」

「聖女に色々言われたら萎縮して実力も発揮できないだろうから、だったら余計なストレスのない賢者様たちの道案内兼護衛の方がいいだろうって言ってくれて、正直嬉しかった」


ネイサンがまだ目を潤ませながら言った。ソドムも頷く。


「ゴミカス呼ばわりの人のために命がけは何か違う気がするんですよね。それと特務隊長ですが、浄化作戦の何かを皇帝に言われたようでしたが、内容はわかりません。」


「利権と体裁か。頭押をさえつけて黙らせるのは簡単だが、それでは本格的な戦争になってしまうだろう」


賢者は何かブツブツと聞こえない程度の独り言をつぶやいた後、「まぁ、最悪は避けましょう」とつぶやき、腰に下げていた小さなバックから紙のようなものを出すと自分の髪を一本結び自分の血を一滴垂らした。何かゴニョゴニョと唱えて空に投げ上げた。血のついた紙は白いカラスになり一直線にどこかに飛んでいった。


「本格的な戦争にはならないようになると思うが、燃えている村には急いで向かう必要がある。川の蛇行に沿ってできた道を行くのが一般的だが、一時的に直線の道を作る。急げば半日かからず着くはずだ」


賢者の言葉を聞いて急いで馬と荷馬車の準備を始めた。賢者がエルフとバーンのところへ行き声をかけた。


「もしかすると到着したときに騎士団と遭遇し戦闘になるかもしれない。近くまで来たらエルフの補助魔法と攻撃援助の魔法、バーン君の防御陣を個別に付与することは可能ですか?」


「可能だ」


バーンの声と同時にエルフも「わかった」と返した。それぞれ馬や馬車に乗り込み、賢者が直線に伸びる道を作る魔法をかけた。

微かに輝く白っぽい石畳が現れた。「さあ、進みましょう」と賢者の声で一斉に走り出した。






村は悲鳴と泣き叫ぶ声、騎士たちの怒号が入り乱れたいた。

一部の村人は助けを求めて境界を越えたところにあるダークゾーンの村へ走った。

数名、川を越えた村へ逃げていくのを見た騎士団とは違う制服の騎士が魔法攻撃で橋を落とした。渡河中の数名が流された。


「教会へ逃げ込め」


誰かが叫び、川に向かった人たちは教会へ向かった。だが、教会は総攻撃にあっていた。

火のついた矢を受けて庭木の一部が燃えている。総攻撃にあった原因は強力な保護魔法で教会は全く損傷していなかったからだ。そもそもライトゾーンにある教会を攻撃することが浄化部隊の意向に反している上に、教会本部からきた人間の所業とは考えづらい。

この状況で一人の少女が教会の中で祈っていた。周囲が燃え盛る中、必死に祈った。教会は燃えていなくても、周囲の民家や立木は燃えていたのでかなりの暑さである。普通の人間なら祈るより消火活動に勤しむだろうが、彼女には神聖力があったので教会が焼けないように防護魔法陣をはり一心不乱に祈った。防護魔法陣を強固にするために。


「こんな酷い仕打ちから一人でも多くの人をお救いください」


町で噂の聖女だった。


なぜか副指揮官の白魔道士の標的になったようだ。ここまで完全に守れる神聖力はかなりの力量で、浄化隊の連れてきた白魔道士は戦闘の途中でそれに気がつき適当な理由をつけて総攻撃を仕掛けた。

平民が身分より秀でた神聖力を持っていることが許せなかった。


「マリアーナ公女、これは教会です。総攻撃はおやめください。私達はダークゾーンの浄化に来ているのです。ライトゾーンの帝国領内の村を襲撃する理由はなんですか?」


「たかが騎士ごときが私に意見するのですか」


指揮官の静止する声に自称聖女の白魔道士マリーナ・ラニ・ミューゼン公女が言い放った。


「私は今回指揮官として部隊を動かしています。全権限は私にあります。これではただの虐殺です。無害な村を理由もなく攻撃し続ける名ばかりの聖女さまには、現時点をもって討伐隊から除籍させていただきます」


そう言い残して騎士団に戦闘の仲裁、消火活動を指揮した。

けが人の救出、救護、村の外での救護所の開設と『聖女のご乱心』を報告するための伝令を第一騎士団長宛に送った。

指揮官の指示する姿を見ていた公女はまるで意見されたことをなかったことにするような素振りで、「聞かなかったことにしてやろう」とつぶやいて教会に再び向き合った。


率先して戦闘状態の者がいた。よく見ると公女の護衛と称してダークゾーンから付き従うことになっていた公爵家の私兵だった。『合流はまだ先の街なのになぜ、こんなところにいるのだ』と思いつつも、境界付近で待機させて境界の先で騎士団に何かあっても守るように言われて潜伏させていたのだろう。

何名か見たことない数人が第一騎士団の隊服で戦闘を仕掛けている。不思議に思い周囲を見渡した。補佐官の子爵が何か指示していた。『あいつか……』と思いつつ視線の端に捉えた子爵の指示した兵が家々に火をつけて回っていた。


『考えたくはないが、ライトゾーンとダークゾーンの血が混じり合うことも許せないのか』


補佐官たちは皇帝の密命を受けている。それがこのような事だったとは思い至らなかった。まさか、こんなに平和で無害なライトゾーンの村を焼き払うとは……。

あまりの愚行に言葉がなかった。特務隊長が後ろから声をかけてきた。


「皇帝陛下は戦争を知らない。狩猟大会で獣をとったことぐらいしか血をみたことがない。食料としての獲物を取るのも嫌がる者もいるのに同族を殺す凄惨さをわかっていない。教皇が送ってきた自称聖女様みたいに残虐な嗜好をお持ちの方ならお好きでなされていると思うが」


そう言いながら、疲れた瞼を片方だけ持ち上げて指揮官を見た。指揮官は『あなたはどうなのだ』と言いたげな視線を投げたが、特務隊長はフンと鼻で笑って首を振った。どうしたものかと、こちらも思っているのだろう。

連れてきたもう一人の補佐官が存外、皇帝の意を汲んだ働き者だったからだ。


「やれやれ……」


特務隊長は口癖をつぶやいた後、町の救済をしていた自分の部隊を引き上げるように告げた。そして橋の再建へ向かわせた。

教会以外の火災などが収束し村の中の物音がしなくなり始めた頃、興奮状態の公女と子爵がやっと状況の変化を知り、自軍を引き上げた。

第一騎士団と特務隊長の連れてきた騎士はけが人の介助と消火活動を行っていた。そもそも、子爵と公女の私兵に手を貸した者もいないし誰も戦闘に参加していない。


先についていた公女の私兵と子爵の私兵が皇帝の意思どおりに攻撃していただけだった。



6、善人の苦悩


荷馬車隊と聖騎士達後方の隊列が村の付近へ来たときに既に戦闘が始まっていて、川から流れてきた人を数名助けていた。

川から流れてきた住民の話と、村のあると思われる場所で上がった煙を見た指揮官は途中で部隊を止め、特務隊長と相談の上、斥候(状況を確認するために放つ偵察者)を放ち状況を確認してから村に助けに入ったはずだった。

なのになぜ、戦闘状態の村を見て白魔道士と子爵がこんなに興奮しているのかわからなかったが、これが皇帝と教皇の思惑だったようだ。聖騎士は困ったようだったが、救護所を開設して川から引き上げた人や村から逃げてきた人を介抱した。


聖騎士は根っからの聖職者だった。

平和な時代に生まれて良かったと思いつつ浄化するという行為に罪悪感もなくついてきた。いや、志願した。だが、今日この村に到着して膝の力が抜けるほど自分の信じる道がどこに向かっているのかわからなくなった。帰り道がわからなくなった認知症の高齢者のように、己が何を求めてここまで来たのか考えられなくなっていた。子どものように知らないで迷子になったわけではないところが聖騎士にとって頭が痛い。


平和な時代故に、生活に必要な仕事をしている中での怪我の出血しか見たことがない。


多少、治癒能力があるがこんなに酷い怪我や火傷の治療に対応したことがない。『殺すつもりで』行われた怪我や火傷は殺傷威力が違うので怪我の酷さが違う。見た目はスパッと切れていて傷口自体はきれいに見えても傷が深く、火傷は範囲が広くこの赤い色が本来の肌の色ではないかと思うほどだった。

本国では「聖女様」と呼ばれていた白魔道士は率先して戦闘中と聞いて心がざわつく。


「騎士様、大丈夫かい?」


ヒールをしていた初老の女に声をかけられた。聖騎士は口角を無理やり引き上げて微笑みを作った。


「私は大丈夫です。怪我人のあなたに心配されるほど顔色悪く見えますか?」


女は困ったように微笑みながら小さく頷いた。聖騎士の治療が終わったばかりの手を両手で包みながら女が言った。


「何に悩んでいるのか心配しているのかはわからないけど、私にとっては命の恩人だよ。誰か一人でも騎士様を大事な人と思われていることに誇りを持って。治療、ありがとうね」


そう言って、両手で覆った聖騎士の手を額付近に持っていき大事そうに祈りを捧げた。


「こちらこそ、ありがとうございます」


今度は作り笑顔ではない微笑みを返すことができた。

治療を終えた女が出ていった後、心が落ち着き始めたところで、神聖力を補充するために持参した教会の湧き水でできている聖水を飲んだ。


西日が夕焼けになる前に指揮官が前線から引き上げて後続の軍と合流した。第一騎士団を連れていた。

合流して程なく、賢者の一行も合流した。


眉間にシワを寄せた賢者が静かに指揮官に近づいてきた。


「一体、何が起こっている」


静かに話す声には威厳があり高圧的な相手に慣れていた指揮官をも威圧した。近くにいた聖騎士も事情を把握したそうに二人の会話を注視していた。


「お二人共、お時間を頂きたい」


そう言うと、指揮官が人のいないところを探し始めた。状況を察した賢者が自分たちの使っている荷馬車に二人を連れていき、バーンに防音の聞いた防護陣をはらせた。簡易な椅子を二人に勧めた賢者が防音の効いた結界型防護陣であることを説明し指揮官に話を促した。


「ありがとうございます。では心置きなく現状をお話させていただきます。聖騎士殿はくれぐれも後続で到着した第一騎士団にこの話をしないでいただきたい。」


「わかった」


聖騎士が返事をしたのを確認し、賢者に視線を移した。賢者は黙ってうなずき、話をするように促した。


「我ら先行の部隊がこの村の少し手前まで来たとき、既に町に煙が上がっていた。悲鳴のような声が風に乗って聞こえたようだったので、斥候を出した。その時既に村は貴族の私兵と思われる兵士に切り払われ弓に射抜かれ、家屋には火をかけられていた」


「誰がそんな酷いことを」


白魔道士のことを思い出し、聖騎士は言葉を切った。目を潤ませながら聖騎士は指揮官の言葉を待っていた。だが、口を開いたのは賢者だった。


「まさか、元々同一種族だったダークゾーンとライトゾーンの間の交流や血縁になることも皇帝は許容しなかったのか?」


「わかりません。私兵はミューゼン侯爵家のものと、補佐官の随行者のベッケル子爵の家紋の者とわかりました。皇帝の意思なのかは伝令が帰ればわかるでしょう。最悪の場合、皇太子が出向くでしょう」


「なんと伝令したのだ?」


「騎士団が到着する前、既に聖女様の家門とベッケル家の家門の私兵が境界付近の村を襲っており、それをご覧になった聖女様がご乱心され、更に攻撃するように命じ、侯爵家の私兵は民家や商店と教会に火をかけていた。注意いたしましたが聞き入れられず、浄化討伐隊の名誉のためにも聖女様を除名することを本人に伝えしました。その旨を帝国へ知らせるために伝令を送りました。緊急事態ですので移動速度増加魔法を使える魔法陣を渡してあります。天候にもよりますが2〜3日で皇帝の耳にはいるでしょう」


賢者は言葉を反芻するように何度か頷いた。少し考えた後、口を開いた。


「我ら後続一行の道案内をしてくれていた騎士達の話では、この町の白魔法使いの少女は神聖力が強く、聖水や治癒力なども精度が高いそうだ。煙を見たときに話していた内容だったので、我らも密偵を送っていたのだが、やはり騎士団が連れてきた聖女より神聖力が高かったと見えて、それを僻んだ騎士団の聖女様が教会を総攻撃したようだ。いくら自称でも聖女は名乗らないほうが良いのでは?」


賢者が首をかしげる。指揮官も苦笑いしながら「そうかもしれません」と同意した。

聖騎士のサウザー・ヴァレンタイン小公爵は複雑な表情で二人の話を聞いていた。彼は考え事をするときに耳たぶを触る癖がある。今も、耳たぶをコネコネしながら二人の話の中で疑問に思ったことを推し量りながら不安と戦っていたが、二人の話の切れ間に入り込むように耳たぶから手を離し、その手を軽く上げて会話に入った。


「つかぬことをお聞きしますが、彼女は次期皇妃候補最有力者です。その彼女を除名したら、どちらにしろ皇太子が出張ってくるのでは?そして指揮官を交代してダークゾーンに突入するのではないでしょうか?申し訳ないが、彼女の治癒力はそう高くない。そんなヒーラーだけを頼みに今回のような蛮行を行ったとき、返り討ちにあったら全滅は必至では……」


「私もそう思う」


賢者があっさり認めた。指揮官も頷く。

二人の同意を聞いてヴァレンタイン小公爵は大きな筋肉質の体を丸めて頭を抱え盛大に溜息をついた。そんなことは考えうることだが、想像するのは最悪のことだけだった。少し地面を見つめて考え込んだ後、顔を上げて指揮官に問うた。


「指揮官交代したら、帝国へ帰還させられるのか?」


「いや、恐らく最悪の事態に備えて私は最後尾の賢者殿たちと同行し、非常時には全ての責任をなすりつける予定だと思う」


「もう既にきな臭い状態だが、指揮官のアンバー卿に責任をなすりつけることは避けるように手は打ってある。まだ万全ではないが……」


賢者が指揮官のロバート・アンバー伯爵の肩をポンポンと軽く叩いた。


「恐れ入ります」


アンバー卿が恐縮しながら礼を言った。賢者の中での善人・悪人の色分けは既に終わっているようだった。アンバー伯爵の身を案じていたヴァレンタイン小公爵は少し安心したようではあったが、まだ顔色は悪かった。






聖女たちの襲撃があってから三日ほどたった。

彼らは伝令の帰還を待っていたことと、町への攻撃の対応のために留まったままだった。

怪我人は治療がほぼ終わり、町に帰っていった。教会の白魔道士は町の人間しか入れないように結界陣を布陣し直したようで、部外者は入れなくなっていた。もちろん騎士団についてきた聖女も入れず、攻撃も効かなかった。

聖騎士と指揮官は戦闘行動がなく安堵していたが、聖女様は面白くなかった。


その日の午後、伝令に送った騎士と一緒に皇太子がやってきた。

魔法の力で行軍速度を上げても片道で2〜3日かかるところを皇太子が即日やってきた。

高位魔法師を二人連れて直接ワープしてきたのだ。

伝令に行かせた騎士と皇太子、魔塔ではなく帝国直属魔法省の高位魔法使い2名、皇太子の護衛に当たる特務隊所属の騎士5名が到着した。賢者は深い溜め息をついた。特務隊長も小声で「ヤレヤレ」とつぶやいた。


皇太子についてきた特務隊所属の騎士が声高らかに叫んだ。


「皇太子殿下のおなりである」


ザザザーっと甲冑の擦れる音を立てながら皆頭を垂れる。


「皆、面をあげよ。重要な命令がある」


そう言うと、第一騎士団と特務隊長の率いてきた騎士、聖騎士が皇太子の前に整列し跪いた。


「現時点をもって指揮官を第一騎士団副団長から我に交代となる。第一騎士団副団長ロバート・アンバー伯爵は後続部隊の指揮を命ずる。後方からの攻撃を防ぐ殿しんがりとなれ」


「御意」


アンバー卿に他の回答の選択肢はない。地面を見つめていた目を一回閉じて深呼吸した。

皇太子が続ける。


「先行していた特務隊を含む特務隊と伯爵以上の第一騎士団員、ミューゼン候女は我とともに、それ以外はアンバー卿率いる後続部隊となり行軍する。以上。各自持ち場に戻れ」


皇太子は颯爽と自分の持ってきた大きな幕舎を設営し籠もってしまった。

遠くで見ていた賢者が眉を潜めて考え事をしていた。アンバー卿が通り過ぎる時、小さく低い声で呼び止めた。


「卿、少しお時間いただけないか」


「第一騎士団の後続部隊のものに指揮をしてから伺います」


そう言うと、周りにはわからない程度の会釈をして部隊の方へ歩いていった。

賢者もネクロマンサー達が待っている幕舎へ向かって歩いていった。木陰から賢者が歩いてくるのを見つけたネクロマンサーが声をかけてきた。


「賢者様、良くない動きでもおありでしたか?」


「あぁ、面倒なことになりそうだ。ちょっと皆を集めてもらえますか」


「かしこまりました」


ネクロマンサーのサーラは会釈し、一人ひとりを呼びに行った。サーラが行ったあと、賢者は揺らぐ焚き火の前で考え込んだ。彼らにとっていい方向へ進む要素がまったくない。

次の境界を超えた後の村でもおそらく町を攻撃するだろう。指揮官は皇太子に変更になり、アンバー卿は殿。聞こえは良いが、今の状況は皇太子がスズメバチの巣を攻撃して素早く立ち去り、その攻撃をアンバー卿が対処しなければならない。

『平和だからとわざわざ戦争をする意味がどこにある』

そう思案しながら大きなため息をつき、少しイライラしながら焚き火を突付き火力を調整した。


「心中お察しします」


いつの間にか来ていた聖騎士のヴァレンタイン小公爵が賢者のため息に同調した。

困ったように微笑みながら賢者が声をかけた。


「貴殿も後方の部隊に回されたのですか?」


「はい。ダークゾーンの村の戦闘に否定的な者や焼き討ちの指示に従わないと思われる者、爵位の低い者や平民は皆、殿にまわされました。回復の役目を私と候女で担う事になっていたのですが、先日の襲撃に私は一切関与せず、候女は家門の私兵まで使って攻撃していたので指揮官が皇太子に交代したときにこうなるだろうと思っていました」


「やはり、そうなったのか。呆れるな」


皆集まるまで、討伐隊の話を聖騎士から聞いていた。ポツポツと人が集まり始め、殿の指揮官アンバー卿が殿要因の第一騎士団を率いてやってきた。


「会議に参加するのは私だけですが、あちらは貴族だけで編成し戦闘を行う様子ですし、彼ら爵位の低い者や平民出身の騎士は肩身が狭いだろうと思ってこちらに連れてきました。少々煩いですがよろしくお願いします」


そう言って賢者に会釈をし、連れてきたメンバーに各々の幕舎を建てるように命じた。アンバー卿はそのまま聖騎士と賢者の近くに座った。


エルフ達もやってきた。バーンが賢者に何か聞いていた。防護陣の範囲を確認したようだった。そしてバーンが更に口を開いた。


「私もサーラと会議に参加してもよろしいでしょうか」


「ぜひ、参加してくれ」


賢者がにこやかに言った。バーンも穏やかな表情で会釈をしてその場に座った。サーラはその様子を見ていたのでバーンの隣に座った。揃ったことを確認した賢者が声をかけた。


「バーンよ、済まないが防音の陣を張ってくれないか」


「かしこまりました」


透明な何かが光ながら周りを囲った。ただの防音なので煙は抜ける。だが命のあるものはバーンの許可なく防音範囲に入れない。


「完了しました」


賢者に報告し、次の話を促した。周囲を見渡して賢者が話し始めた。


「今ここに集まってもらった者は後方を守る役目を強制的に任された者たちになる。騎士団はアンバー卿とヴァレンタイン卿が指揮を取ると思うが、私をはじめとする元々後方からついて来た者は今回の浄化作戦に反対で中止するように拝謁に伺ったが難色を示されていた。ただ、そのままにしては大きな戦争になるのではと思い、最後尾から追従することを許可されてついて来た。おそらく、彼らにとって邪魔な存在の集団になっている」


皆、聞き漏らさないように賢者の声に耳を傾けていた。


「皇帝の息のかかった者が指揮官として再設定された場合、戦闘行為が想定の最大値を越える可能性があり、最悪の場合、攻撃能力の高い集団行動系の魔物を集めて攻撃し、自分たちは逃げて後を任せるという方法に出ることが予想される。この場合、前衛騎士団が集団行動系の攻撃の回避にダークゾーン居住のエルフや人間、ドワーフなどの村に逃げ込み被害を拡大することや、先日境界の町で起こったように通りすがりの町自体を焼き払いながら逃げ場を確保しつつ町を滅ぼし進むことが予想される。そのために通り道と想定される集落に保護魔法陣を渡して防護をお願いしようと思っている。配布には私の従者2名が行う」


そう言って、天使の羽の従者とコウモリの羽の従者に魔法陣の書かれた羊皮紙の束を渡した。


「もし、途中で進路が変わったり予想が外れたときは、少し特殊な作戦を取る可能性があるので、その時がきたら皆さんにも色々と協力をお願いする」


そう言って賢者は丸太に腰掛けたまま両膝頭に両手をついて、腕立て伏せのように肘をはり頭を下げた。一同ピックっとしアンバー卿とヴァレンタイン卿は立ち上がって礼を返していた。さすが騎士である。賢者は苦笑いしながら、二人に着座するようにすすめた後、ネクロマンサーのサーラに向き合った。


「サーラ殿には大変重要な頼みがある」


サーラは『え?』と言いたげな表情で賢者を見た。賢者は穏やかな表情で続けた。


「万が一、戦闘の中で亡くなっては困る者が死に至った時、サーラ殿は何人まで使い魔として引き受けられるか確認したい」


「人数というより、対象となる使い魔の魔力量によります。例えば、アンバー卿が魔法やオーラの使い手ではなければ一般的な魔力量だと思いますので、同じ規格の使い魔であれば500人は許容できます。ただ、オーラや魔法の使い手であった場合、その力の量によります。ちなみに、聖騎士様はヒールを行えるので、神聖力をお持ちだと思いますが、神聖力は別枠ですので一般の人500人とは別に使い魔として引き受けられますが……」


一度言葉を切って、ヴァレンタイン卿の前まで進み出て「失礼します」と声をかけ彼の手を両手で軽く握った。剣の道一筋の彼は『ピクッ』とした後、首まで真っ赤になって目をそむけていた。「ありがとうございます」と言ったサーラにヴァレンタイン卿は会釈した。サーラは賢者のそばに戻った。


「彼はかなりの神聖力があるので、引き受けられても三人程度かと」


「それでわかるのか」


賢者がサーラの魔力感知が意外と簡単なことに気がつき言った。サーラが頷いた。賢者が皆に問うた。


「ここから先は我々にとって死地になる。特に騎士の二人には厳しいことが多いと想定される。ここで人員がかけることは避けたいのだが、もし死亡した場合、彼女の使い魔になることが嫌なものがいたら挙手してほしい」


誰も手を挙げる者はいなかった。周囲を伺いながらアンバー卿が言った。


「ぜひ、お願いしたい。そして最後に婚約者のところに行きたい。おそらく、彼女のところに行くことは困難かもしれないが」


「アンバー卿、かしこまりました」


サーラが軽くお辞儀をしながら承った。賢者がサーラに話を続ける。


「ここにいる全員の魔力量を確認してほしい。ヴァレンタイン卿はわかったので、特にアンバー卿と騎士団を確認してほしい」


「騎士団全員ですか?」


「いや、後続の者だけでいい」


「かしこまりました。では最初にここにいらっしゃる方の確認をします」






7、最後の塔の最上階


その者は、雄山羊の頭に若い女性の体をしていた。体は引き締まった筋肉質で足はヤギの足だったがあとは人のものだった。細く縦長の瞳が草食動物の顔の反対側にあり視野は広いが瞳の動きだけではどこを見ているのか想像しがたい。

立派な装飾の椅子に足を組み肘掛けに頬杖をついている。空いている手で旧友からの文を持ち考え込んでいた。

その者は、低い針のある声で独り言つ。


「久しぶりの文が随分と重い内容だな」


その者の前を白いカラスが所在なさげに行ったり来たりとウロウロしていた。椅子の肘掛けにとまるように促し干し肉を与えた。カラスはそれを少しづつ食べながら返事をもらえるのを待っていた。

その者は石貼りの床に蹄の音を立てながら机の方に向かい返事を書いて戻ってきた。カラスの背中についている小さい筒に丸めて詰めると、カラスを自分の腕にとまらせて窓辺に歩いていった。


「無事に辿り着くように願っている。お前もお前の主も」


そう言ってカラスを上昇気流に乗れるように飛ばしてやった。


「歓迎の準備でもするか」


再び独り言つ。小さな魔力の玉を作り広い部屋の扉に向かって飛ばした。すぐに執事が顔をのぞかせた。妖艶で年齢不詳、おそらく男性だがそのまま女装したら女性としても通りそうに見える。

髪は黒く光に当たると少し赤く光っているように見えた。茶色より少し赤みのかかった瞳が人間ぽくない印象を与える。


「主様、参りました」


「入口から5階までダンジョンを展開し、上層階に行くほど強い者を待機させられるように手配してくれ」


「御意」


執事は一礼して退室した。

その者は足を組み直しまた何か考え事を始めた。 




















最後までお読みいただきありがとうございます。

久しぶりに長い文章を書いたので、会話文や説明など足りないところもあるかと思います。少しづつ見つけては書き直すことがありますのでご容赦くださいませ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ