第2記『ビギリップギルドにて、一悶着アリ』
〇前回までのあらすじ
ビギリップの街に到着したコニーとグルタ。ビギリップは交易で発展した都市で、様々な人が行き交う活気溢れる街だった。教会近くでは恩恵をもらってはしゃぐ少年、ギルドでは新人に絡む腕利きの冒険者と、到着早々コニー達は個性的な人達と出会う。
ギルドでの騒ぎを抜けた後、コニー達は早々に宿を取って休んでいた。
「ふぅ……やっと落ち着けますね」
街を歩き回って疲れたコニーは、安心してベッドに腰かける。
「お疲れ様でした。到着して早々、街中を歩きまわしましたからね」
一方のグルタは疲れを一切見せず、隙のない気丈な立ち振る舞いのままでいた。
「ギルドでの用件は残念ながら先送りになりましたが、そちらは明日でも問題ないでしょう」
「そうですね……グルタさんの護衛依頼の期間は明日までですから、また明日にでも行きましょう。それと次の旅までに必要な物資を調達するためにも、ギルドで依頼を受けて資金を貯めないと……」
「私も教会での修行と合わせて、出来る限り準備できそうな事は済ませておきますね」
コニー達は今日までの出来事を振り返りながら、明日の用事をそれぞれ計画立てていく。
「……そういえば、グルタさんはここにいる間は教会でお世話になるんでしたっけ?」
「はい……明日からは教会の方で寝泊まりする事になるので、ここにいる間はコニーさんとの別行動が多くなるかもしれません」
「そうですか……。でも教会で保護してもらえるなら、僕も安心して依頼に集中できますよ……」
概ね明日の方針が決まった2人は、教会で神官と話し合った事を振り返る。
「……ん? 明日から……?」
しかしふと気になる文言があった事に気づいたコニーが、一瞬言葉の意味を考え込む。
「……あれ? 明日からって事は、今日はどうするんですか……?」
「それは当然、コニーさんと一緒に過ごしますよ。先程おっしゃった通り、元々私達は明日到着予定だったのですから、まだコニーさんには私の護衛してもらわないと」
「いや、でも……ビギリップに着いたんですから、もう護衛をする必要は……」
「依頼……受けたんですから、ちゃんと最後まで護って下さいね?」
「あ……う……はい……」
どうにか断ろうと粘ったコニーだったが、結局グルタに押し切らる形で一晩一緒に過ごす事になった。
「……って、じゃあ寝る時どうするんですか!? この部屋ベッド1人用ですよ!?」
しかし冷静になってから、再びコニーはさらなる問題に頭を抱えた。
(今更部屋を変えてもらうのは悪いし、もう1つ部屋を取るにも費用が……。……いや、そんな事も言ってられない!)
「ちょっと受付行って、空いてる部屋がないか確認を……!」
色々と心の葛藤に苛まれたコニーだったが、グルタと同じ部屋で夜を過ごす事に耐えられる気がしないと思い、颯爽と立ち上がって部屋の扉に手をかけた。
「それならご心配なく。すでに宿の主人からは、この部屋が最後の空室と聞いていますよ」
「な、何で……?」
しかし最後の手段すら使えないと聞いたコニーは、扉に手をかけたまま固まった。
「当然じゃないですか。そもそも2人で宿を取りに来たのに、通された部屋が1人用の部屋1つの時点で、空室がないと想像がつきます。それと主人に質問した時に、追加の寝具は不要と断っておきましたから」
「そ、そんな……!」
「あぁ……勿論、コニーさんだけ床で寝ようなんて事、私が許しませんから」
「うっ……」
残された逃げ道も全て塞がれて、コニーはがっくりと膝を落として床にへたり込む。
◇◇◇◇◇◇
1人部屋で共に過ごす事が決まった夜、ついにコニーはグルタと同じベッドで横になる。コニー達は1人用ベッドに所狭しと、背中合わせで身を寄せ合う様にして寝ていた。
(うぅ……結局、こうなっちゃうのか……)
背中から伝わる温もりに、コニーは緊張して寝つけずにいた。
(いや……明日はギルドに行くんだから、ここは気にせずさっさと寝ないと……)
「……ん……」
(……!!?)
どうにか眠ろうと気を静めていたコニーだったが、不意にグルタが身をよじるのを感じて、驚きのあまり声を漏らしそうになる。
(……)
「……ん」
(……良かった、ただの寝相か……)
グルタが目を覚まさないのを横目でちらっと確認して、コニーは心の中でほっと息をつく。
(……でも、何かさっきより身体が密着している気がして、余計に眠れない……)
「……すぅ」
(……グルタさんを起こす訳にはいかないし、僕もさっさと寝よう……)
グルタにベッドを占領されつつあったコニーだが、これ以上グルタを意識しないためにもと、ゆっくりと目を閉じた。
「……」
(……流石にもう寝ちゃいましたか。折角の数少ないチャンスでしたが、これ以上迫るとコニーさんがベッドから落ちちゃいますね。もう少しベッドが大きければ、自然な形で寝返りができたのですが……ここで文句を言っても仕方がないですね。まだ旅はこれからですから、少しずつ詰めていきましょう……)
コニーが静かな寝息を立てるのを聞いてから、寝たフリをしていたグルタも眠りについた。
◇◇◇◇◇◇
翌日、宿でグルタと別れたコニーは、早速ギルドへ足を運んでいた。
「おい、あいつ……」
「あぁ、昨日の大立ち回りをしたガキだ……」
「まさか今日も来るとは、どんだけ肝据わってんだ……?」
(うっ……何か、昨日より視線を感じる……)
今日もギルド内は冒険者達で溢れていたが、昨日の様にコニーへ突っかかる冒険者はおらず、代わりに昨日の出来事を知る冒険者達がコニーを見てコソコソと話していた。
「ようこそ、ビギリップギルド統括部へ。今日はどのような要件でしょうか?」
コニーが何とか無事に受付に辿り着くと、受付嬢から丁寧に迎えられる。
「えっと……受けていた依頼の達成報告と、新しく依頼を受けようかと」
「はい、それでは証の提示をお願いします」
「は、はい……!」
受付嬢に要求され、コニーは若干慌てつつも懐からギルド証を取り出した。
「では、確認しますね……」
受付嬢はコニーからギルド証を受け取ると、手前に置かれた水晶の様な魔石にかざして証情報を読み取らせる。
「……はい、『巡礼の議における護衛依頼』ですね。こちら、教会から護衛対象の到着が確認されていますので、依頼完了で間違いないです。では達成報酬として……えっ?」
途中まで流暢に依頼完了処理をしていた受付嬢が、依頼の報酬を見て言葉を途切れさせる。
(報酬額……100リール!? ギルドの依頼で指定できる最低報酬額じゃない! 最低ランクの依頼でももっといい報酬貰えるのに、外界を超えての護衛依頼なんて、Dランク以上じゃないと受けられない依頼にこの報酬額は……)
「……あ、あの……?」
「はっ……し、失礼しました!」
受付嬢が依頼内容を見て考え込んでいたが、コニーに声をかけられて受付嬢も正気に戻る。
(この人は……特に怪しい様子はなさそう。何かしら事情があるみたいだけど、このまま帰す訳には……!)
「えー……それでは、依頼の報酬の件も含めて、こちらで対応させてもらいます」
受付嬢はそう言うと、カウンターの入り口を開けて中に案内する。
「は、はぁ……」
(何だろう……別におかしな所はなかったと思うけど、何かあったのかな?)
コニーは受付嬢の心中は察せなかったものの、明らかに通常とは異なる対応に少し疑問を抱いていた。
「……テメェ、やっぱ来てやがったなぁ!」
コニーがカウンターの奥へ入ろうとした所で、ギルドの扉を開け放ちながら誰かが叫んでいた。
「あれ……あの人、昨日の……?」
コニーが声の方へ振り返ると、昨日突っかかって来た屈強な冒険者が扉の前から迫って来ていた。
「おっ、ハンパーじゃねぇか」
「何だ、昨日あんな醜態晒しといてリベンジか?」
「ご自慢の恩恵も効かねぇ相手に、どうするつもりだ?」
「うるせぇ、外野は黙ってろ!」
周りの冒険者達の煽りに対して、屈強な冒険者は逆上して当たり散らす。
「たかだか1度や2度偶然避けたぐらいで、調子乗んじゃねぇぞ……!」
「え、えっと……何の事です?」
ハンパーから身の覚えのない怒りを向けられて、コニーは困惑していた。
「今度こそ容赦しねぇ……本物のDランク冒険者の実力、思い知らせてやる!」
『拳撃!』
自分の間合いまで詰めたハンパーは、コニーへ向けて拳を振り上げながら飛び上がる。
(しまった……このまま僕が逃げたら、後ろにいるギルドの人達が……!)
咄嗟に逃げようとしたコニーだったが、背後にいるギルド職員達が目に入り、動く事ができなかった。
「くっ……!」
逃げる選択を失ったコニーは、その場でハンパーの拳を受け止めようと腕で身体を庇う。
『衝撃』
しかしコニーに拳が直撃する寸前で、ハンパーは強力な衝撃波を食らって後方に吹き飛ばされる。
「がはっ……!」
テーブルに思い切り背中から着地したハンパーは、盛大な音を立てながら床に転がった。
「……えっ?」
一瞬何が起きたのか分からなかったコニーは、吹き飛んだハンパーから視線を背後に移し、ハンパーを吹き飛ばしたと思われる張本人を見つめる。
「……失礼しました。出過ぎた事かと思いましたが、こちらもギルド職員として正当な対応をしたまでですので、どうかご容赦下さい」
「え、えっと……?」
先程まで柔らかい雰囲気で対応してくれていた受付嬢が、厳格な表情で掌を掲げている姿を見て、コニーは若干委縮してしまう。
「と、とりあえず……助けてくれて有難うございます」
何を言うか迷っていたコニーは、ひとまず助けられた事に対して素直に礼を言った。
「……いえ、こちらは職務を全うしただけです」
受付嬢は態度を変えず、冷静なままコニーの礼を受け取った。
「クソッ、何でパムが手を出すんだよ……!」
受付嬢に吹き飛ばされて悶絶していたハンパーが、痛みを堪えながら起き上がる。
「……ギルドは規則上、冒険者を含めたギルド登録者の行動に直接関与する事はありません。しかしギルド側が損害を被ると判断した場合、その限りではありません。今回は現場判断で私が即時対応しましたのでこれ以上の厳罰は特にありませんが、今後はハンパーさんも十分ご注意下さい」
起き上がったハンパーに対して、パムはより厳格な態度で注意喚起をする。
「……ではコニーさん、こちらへどうぞ」
ハンパーへの厳重注意が終わると、パムはまた柔らかい口調に戻ってコニーを中へ案内する。
「は、はい……」
その場の流れについていけてないコニーだったが、パムに案内されるままカウンターの奥へと進んだ。
「チッ……!」
カウンターの奥へと消えていく2人の背中を見て、ハンパーは舌打ちをしながらギルドを後にする。
◇◇◇◇◇◇
ギルドの奥にある応接室に通されたコニーは、パムに勧められるままソファに腰かけて待っていた。
(わざわざ応接室に通すなんて……僕、何か問題でも起こしたのかな?)
応接室で待たされている間、コニーはここまでの対応をされる理由に心当たりがなく、不安を募らせていた。
「……お待たせしました。ギルド長にも話を通しておきましたので、後程来て頂けるはずです」
「は、はい……」
(ぎ、ギルド長まで来るなんて……僕、本当に何かしちゃったのかな……?)
戻って来たパムがギルド長を呼んでいると聞いて、コニーはますます不安に駆られていく。
「では早速ですが、私からいくつか質問させて頂きますので、正直に答えて下さい」
「は、はい……!」
厳しい態度で正面に座るパムに、コニーは背筋を伸ばしてパムの質問を待つ。
「率直にお伺いします。コニーさんが受けていたこちらの依頼に関してですが、コニーさんは納得の上で受けられましたか?」
『巡礼の議における護衛依頼』の依頼書をコニーの前に見せながら、パムはコニーの反応を窺った。
「はい」
依頼書を一瞥したコニーは、何の迷いもなく肯定した。
(……えっ?)
かなり踏み込んだ質問をしたと思っていたパムだったが、迷いなく答えたコニーに一瞬困惑する。
(こんな率直に返すなんて……。依頼の内容からして、明らかに騙されているか脅されて受けているはずなのに、そんな様子が一切感じられない。……いや、これだけじゃ判断材料としては弱い……)
しかしパムの疑念が晴れる事はなく、むしろより疑いの目が厳しくなる。
「外界を介した護衛依頼は、最低でもDランク以上の冒険者が請け負うものですから、報酬額は通常30000リールは下らないはずです。この依頼の報酬額は、あまりに低すぎると思いませんか?」
「それは、そうなんですけど……僕は気にしてないです」
(気にしてない……という事は、少なくとも騙されて受けた訳じゃないわね)
「気にしてない……というのは、どういう事でしょうか? 桁違いの報酬額で危険な護衛依頼を受けるとなれば、それなりの事情があるのではないでしょうか?」
依頼の内容に関する事を事細かに質問しながら、パムはコニーの状況を推察していく。
「事情だなんて……そんな大した事じゃないですよ。ただ僕はグルタさんの……依頼主の役に立ちたくて受けただけですから」
「依頼主の役に、ですか……」
(一応筋は通ってる……けど、どうにも納得できない。というより、まだ何か隠してる様な……)
コニーの様子から感じる違和感に、答えが出ないパムはさらに不信感を強める。
「おう、パム。その辺にしておけ」
パムの追及が加速する中、奥の扉からガタイの良い男性が入って来た。
「ギルド長……! ですが、この方が受けた依頼には不審な点が……」
「あぁ、その件については問題ない」
パムが依頼の内容の追及を訴えるが、ギルド長は気にせず一蹴する。
「ついさっき総本部に確認したが、どうやら依頼主は『特別保護対象』だそうだ」
「え……!?」
ギルド長から聞かされた総本部からの情報に、パムは驚愕した。
(あんちゃった……?)
一方のコニーは、ギルド長の言葉の意味を理解できず首を傾げていた。
「ギルド総本部が指定する特別保護対象は、ギルド総本部の意向であらゆる特例が適用される。この依頼も一見怪しいものでしかないが、総本部の承認を通った正式な依頼だ。総本部が許可したのなら、俺達が口出しする事はできねぇよ」
「よ、よろしいのでしょうか? いくら許可が下りているとはいえ、この様な依頼を許してしまって……」
並々ならぬ事情があると理解したパムだったが、どうしても不安を拭いきれないでいた。
「それこそ、事情を知らない俺達がとやかく言える問題じゃない。少なくともこの少年は、依頼主の事情を知った上で依頼を受けているはずだ。 特別保護対象について知らされてない俺達は、首を突っ込んじゃいけねぇんだ」
「そ、そうですか……」
ギルド長にきっぱり言い切られてしまい、パムの顔からやるせない気持ちが溢れ出る。
「しっかしまぁ……何かしら事情があるとはいえ、よくもこんなアホみてぇな依頼受けて来たもんだ」
グルタの依頼書をぶら下げながら、ギルド長は呆れた様子でため息をつく。
「こんな依頼受けてんだから、当然こうなる事も分かってただろうに……」
「そうなんですか……?」
「そうなのかって……そりゃ、パムがこんな所まで引っ張って来たくらいだし、ギルドとしても放置できないモンだろ?」
コニーが全く配慮していなかった事に、ギルド長は意外そうに質問を返す。
「でも……何も悪い事はしてないですよ?」
「は……?」
コニーの返しに、ギルド長は一瞬呆気に取られる。
「……くっ……だっはっはっ! そりゃそうだ、後ろめたい事がないんなら、堂々としてられるよな!」
しかし次の瞬間、ギルド長は吹っ切れた様に高らかに笑い飛ばした。
「まぁ事情はともかく、本人がいいってんなら俺達は何も言わねぇさ。そもそも 特別保護対象かどうか関係なく、ギルド側が冒険者に強制する権利はねぇんだ。後悔のない様、好きにやるといい!」
「ごふっ! は、はい……」
ギルド長に勢いよく背中を叩かれ、コニーは悶絶しながら返事する。
「それで……結局、お前は何しにしたんだっけか?」
「あっ……えっと、新しい護衛依頼の手続きと、護衛依頼が始まるまでの間に受けられる依頼をいくつか……」
「新しい護衛依頼……っつーと、またここから同じ護衛依頼をすんのか?」
ギルド長はコニーの要望を聞いて、手元にあるグルタの護衛依頼の内容を見返す。
「……そうか、依頼の内容に色々と特殊な条件を入れてる関係で、行き先の指定に制限があるのか。ビギリップでの目的は教会への参拝か……。後は長距離移動で消費した物資の補給と、追加で依頼を受けるって事は資金調達も兼ねてるな」
(うわ……依頼書に書いてない事まで見透かされちゃってる……!)
ギルド長が依頼書から目的を見通すのを見て、コニーは内心感銘を受けていた。
「……ギルド長、あまり詮索しないはずでは?」
「おっと、いけねぇ……ビギリップに長く居ると、色んな輩を見るモンだから、つい深く見ちまう……」
パムに諭されて、ギルド長はうっかりしていたと笑って誤魔化そうとする。
「……しかし、そういうパムも依頼の内容が怪しいからって、わざわざ応接室にまで通して尋問するかねぇ?」
「尋問ではありません!」
ギルド長の言い方に、パムは遺憾だとばかりに強く否定する。
「これほど特殊な依頼を表立った場所で問い詰めるほど、配慮に欠けていませんから。それにあの時は、あぁでもしないとお話を聞けそうにありませんでしたので」
「……何だ、トラブルか?」
パムが一瞬真面目な雰囲気を醸し出すと、ギルド長の表情が真剣そのものになる。
「いえ、大した事ではありません。少々、冒険者が暴れた程度ですので」
「ギルドで暴れた……っつーと、あの連中か?」
「はい、今日はハンパーさん一人でしたが……。ギルドに被害が出る恐れがありましたので、私がその場の判断で対処しました」
(……な、何の話……?)
パムとギルド長の間で繰り広げられる会話に、コニーだけがついていけなかった。
「……あなたも無関係ではありませんし、念のため説明しておきましょう。昨日今日とあなたに食いかかった冒険者ですが、彼はハンパーというDランク冒険者です。彼が率いる冒険者パーティは全員武闘派で、それなりに腕の立つ実力者の集まりですが、少々問題行動が多いんです。他の冒険者からの苦情も多く、ビギリップギルドにとっても悩みのタネではありますが、ギルドの規則に抵触する事はほとんどなく、依頼に関しては特に問題なくこなすので、ギルド側が取り締まる事はできないのが現状です」
「そ、そうなんですか……」
話を理解できていない様子のコニーに気づいたパムが、これまでの事情をかいつまんで説明する。
「……あれ? でもさっき、パムさんはあの人を吹っ飛ばしましたよね?」
「あの時は状況的にギルド側に被害が出る可能性があったので、対処したまでです。実際、あれほど分かりやすくギルドの規則に反した行動を見せたのは、あれが初めてだったくらいです」
「そうだったんですか……」
パムの言葉を聞いたコニーは少し考え込む。
「……僕、そのハンパーさんともっと話してみたいです」
「え……?」
コニーが熟考の末に出した結論に、パムは思わず心の本音を漏らす。
「あ、あの……私の話、聞いてましたよね? 彼らのパーティと関わった冒険者は、何かしらの被害に遭っているんです。また会った瞬間に襲われるかもしれないのに、話が成立するとは思えません」
「そ、それもそうですね……」
パムが真剣に警告を下すと、コニーは苦笑いしながら同意する。
「そしたら、どうやって話を聞いてもらえるか考えておかないと……」
「……あの、本当に私の話聞いてますか?」
しかし性懲りもなくハンパーとの接触を図ろうとするコニーに、パムは訝しい目でコニーを凝視する。
「まぁ、いいじゃねぇか。好きにやらせておけ」
「ギルド長……」
「冒険者は死ぬまで自己責任、それがギルドの鉄則だろ?」
「は、はい……」
再び忠告しようとするパムを、ギルド長が肩を叩いて制止する。
(……でも、どうしてこの人はそこまでハンパーの事を気にかけるのかしら……?)
パムは心配と疑問を抱きながら、ハンパーと話し合う方法を模索するコニーを眺める。
「ほら、考え事なら帰ってからしな。依頼の受付なら、パムが表でしてやっから」
「は、はいっ、すいません!」
「そうですね……それでは行きましょうか」
ギルド長に追い出される形で、コニーはパムに連れられて応接室を後にする。
□□□□□□
「クソッ!」
コニーがギルドの応接室にいた頃、ギルドを出たハンパーは路地裏で足元に転がるガラクタに八つ当たりしていた。
「……ハンパー、あのガキどうする?」
ギルドの外で合流したパーティメンバーの冒険者達が、ハンパーの後を追って路地裏に入る。
「決まってんだろ……思い知らせてやるんだよ、冒険者がいかに危険な職業かってな……!」
ハンパーは不穏な言葉を呟きながら、湧き上がる感情に打ち震えていた。
「……しっかしあのガキ、昨日の今日でよく顔を出せたもんだな……。一撃も入れられなかったから、俺達なんて怖くもねぇってか?」
「それが問題だよな……どうする? あんなすばしっこい奴が相手じゃ、下手な作戦だと逃げられちまうぞ?」
報復に燃えるハンパーに釣られて、仲間の冒険者達は各々の気持ちを言葉にする。
「あぁ……? 何を怖がる必要があるんだ? あいつぁあの時、全く反撃しなかったじゃねぇか。避けるので精一杯だってんなら、それ以上の波状攻撃で追い詰めりゃいい」
ハンパーは妙案があると言いたげに、ポケットからぐしゃぐしゃになった依頼書を引っ張り出す。依頼書には、『魔獣の群れの調査』と書かれている。
「最近、ハードウルフの群れが草原で目撃されたそうじゃないか。丁度Dランクの依頼だからよ、あのガキをうまく引っ張り出せれば……」
「そっか、ウルフの群れにガキを襲わせて……!」
「ガキが逃げきれずにいる所を助けてやって、恩を売ってやるも良し。万が一逃げ切れたとしても、疲れ切ったガキを叩いても良しと……!」
「あぁ……少なくとも、あのガキに思い知らせるには、絶好のチャンスって事だ……!」
コニーを陥れる作戦を話し合いながら、ハンパー達はどす黒い笑いを浮かべる。
〇備忘録「世界常識2:ギルドについて」
ギルドは各地の領内に拠点を構える、冒険者を中心とした職業斡旋所である。各拠点同士は所在不明の総本部を通じて繋がっており、国を跨いで様々な都市や街に支部を置いている。
ギルドは冒険者と冒険者に関わる職業、冒険に必要な資金や物資の調達ができる職業や、冒険者が利用する施設に携わる職業など、冒険者を含めた様々な職業の援助をしている。
ギルドに登録すると、各地で身分証明に利用できるギルド証が支給される他、登録している職業に関する仕事を、依頼という形で受ける事ができる。また登録者がギルドへ依頼を申請する事も可能で、登録者はギルドを介して様々な形で仕事のやり取りをする事ができる。