第1記『始まりの都市、ビギリップ』
数多くの都市や街を有し、大陸一の領土を持つ大国グランダル。そんな大国グランダルの片隅に位置する、グランダル加盟都市の1つである交易都市ビギリップ。ビギリップの周りは広い草原で囲まれて見晴らしが良く、街の周りを石造りの外壁で守られており、外敵からの攻撃に強い立地と造りになっている。
「ふあぁ……」
そんな外敵への脅威が少ない街で、外の見張りをする兵達は暇を持て余しており、見渡す限りの草原を眺めながら欠伸を噛み殺していた。
「……ん?」
しかし草原を眺めていた見張り兵の1人が、草原の向こうからやって来る2つの影を視界に捉えた。周りでくつろいでいた見張り兵達も、そんな見張り兵の様子に気づいて草原に視線を向ける。
「あれは……?」
ようやく影の形がはっきりし始め、影の正体が2人の男女だと気づいた見張り兵達は、先ほどまでの緩み切った態度を改める。少年の方は身軽な装備の冒険者らしい格好をしており、女性の方は教会でよく見かける修道服を身に纏っている。
「止まれ!」
始めに2人を見つけた見張り兵が前に出て、これ以上近づかない様にと男女を制止する。
「……君達、証を提示するんだ」
2人の旅人が足を止めるのを確認してから、前に出た見張り兵は身元の証明を求める。
「らいせんす……? ……あっ!」
少年の方が少し考え込んでから、懐に手を伸ばして何かを取り出そうとする。後ろで様子を窺っていた見張り兵達が、さらに警戒度を高めて少年の動きに注目する。
「えっと……これでいいですか?」
慣れない手つきで手こずりながら、少年は硬質のカードを正面にいる見張り兵へ差し出す。
「ふむ……では、確認させてもらう」
見張り兵は怪しい所はないかと一瞥してから、少年が差し出したカードを受け取った。
「……名前はコニー、ギルド冒険者か。現在、護衛依頼の最中と……。護衛対象は修道女のグルタ……と」
見張りの兵はカードを持っている手を返して、手の甲にある石に映し出された情報を確認する。
「じゃあ、そっちの嬢ちゃんも確認するぞ」
「はい、どうぞ」
続いて見張り兵がグルタに身元の証明を求め、修道女は迷いなくプレート状の金属板を見張り兵へと渡した。
「金板型の証とは、今時珍しいな……」
見張り兵はコニーの時と同様、手の甲に映し出される証情報を確認しながら、グルタの証を物珍しそうに眺める。
「辺境出身ですので、都市部の流行物には手が出ませんでしたもので……」
「おっと……すまない、気を悪くしたのなら謝るよ」
見張り兵の独り言にグルタが淡白な口調で返すと、見張り兵はバツが悪そうに渋い顔をする。
「いえ、構いませんよ。悪気がないのは分かっていますから」
見張り兵が素直に謝るのを聞いて、グルタは軽い冗談だったと笑顔で返す。
「そうか……それなら良かった」
グルタが気にしてないと分かって、見張り兵も安堵の表情を浮かべる。
「……よし、嬢ちゃんの証情報も問題なし、と……」
「あの……これって、もしかして魔具ですか?」
見張り兵がグルタの証情報を確認していると、いつの間にか見張り兵に接近していたコニーが、見張り兵の身につけている籠手を興味津々に観察していた。
「あ、あぁ……。最近導入された魔具で、証情報を開示する魔石を籠手に仕込んであるんだ」
何処からか湧いて出たコニーに驚きつつも、見張り兵は親切に魔具について説明する。
「へぇ~、こんなものもあるんですね……」
見張り兵からの説明を聞いて、コニーはさらに関心した様子でため息をつく。
「コニーさん、もういいでしょう? あまり見張りの方に迷惑をかけないで下さい」
「は、はい……」
見張り兵に食い気味だったコニーの様子を見かねたグルタが、コニーの肩を引っ張って見張り兵から引き離す。
「すいませんでした……」
「いや、これくらい平気だよ」
コニーが素直に頭を下げるのを見て、見張り兵も気分を害してないと手を振る。
「それじゃ、改めて……ビギリップの街にようこそ」
「はい!」
「お邪魔します」
見張り兵が気を取り直して2人に道を明け渡し、コニー達はビギリップの街へと入って行った。
◇◇◇◇◇◇
「ここが最初の都市、ビギリップですか!」
街門を抜けて早々、コニーは街の様子を見渡して興奮が抑えられずにいた。
「街中であまりはしゃがないで下さい」
「あっ……す、すいません……」
後ろにいるグルタから宥められて、周囲からの視線に気づいたコニーは反省して肩を竦める。
「それにしても……ここは人が多いですね」
コニーは遠慮気味に周りを見回しながら、周りの人の多さに驚きを隠せないでいる。
「ビギリップの街は国の端に位置する関係上、国を跨いだ近隣の街との交易などが多い街ですので、様々な人達が行き交う交流の街なんです。街にいる人の半数以上が、街の外から来た人になる事も珍しくないとか」
「そうなんですか……」
街行く人々を見ながら、コニーはグルタの話に耳を傾ける。グルタの言う通り、街を行き交う人々は老若男女様々で、服装なども統一性がなく色んな場所の人間がいると窺える。
「それじゃ……まずはどこへ行きますか?」
「そうですね……今日中に行っておきたい場所はいくつかありますが、まずは一番近くにある教会から向かいましょう」
「分かりました!」
グルタが行き先を提案すると、コニーは迷いなく同意した。
◇◇◇◇◇◇
コニー達が入口付近の人混みの多い場所から少し離れると、一転して静けさに包まれた空間にひっそりと佇む教会が見えたきた。
「あら……?」
グルタが静かに教会の扉を開けると、中では何やら儀式らしい事が行われている最中だった。
「あら、いらっしゃい」
何事かとグルタ達が考えるより早く、近くにいたビギリップの修道女に話しかけられる。
「申し訳ありません、お邪魔でしたでしょうか?」
「いえ、問題ありません。本日の式は一般公開ですので」
グルタが即座に詫びを入れるが、ビギリップの修道女はグルタ達が気にかけない様で笑いかける。
「一般公開……という事は、この式は……」
「はい、神成式です。本日は2人の成人が参加しています」
「神成式……こうして見るのは初めてだ……」
2人の修道女の話を聞いていたコニーは、その後ろから式の様子をぼんやりと眺めていた。
「ではこれより、神よりジュンへ恩恵を賜らん……」
祭壇に立つ神官が天を仰ぎ、目の前の少年に儀式を施す。すると少年の頭上から光が降り注ぎ、やがて少年を照らした光が小さく収束して消えていった。
「ではジュン、こちらの水晶で授かりし恩恵を確認するのです」
「は、はい……」
ジュンは神官に言われるまま、恐る恐る目の前の水晶に手をかざした。
「与えられた恩恵は……飛跳。素早い跳躍力を発揮する恩恵です」
「飛跳……これが俺の恩恵……!」
水晶に浮かび上がった恩恵を見て、ジュンは今にも飛び上がりそうな程喜びを噛み締めている。
「跳躍力とは珍しい部類の身体強化ではありますが、役に立つ場面は多いでしょう。神より賜った恩恵、この力があなたにとってより良い未来への懸け橋となる事を祈っております」
「はいっ!」
最後に神官から導きの言葉をもらい、ジュンは元気よく祭壇を降りて、神成式は一通り終了した。
「……では次の者、祭壇へ」
ジュンの神成式が終わって、神官が次の神成式に取り掛かる。
「……それで、あなた達は神成式を見にいらしたのでしょうか?」
神成式が一区切りついた所で、ビギリップの修道女が改めてグルタ達に用件を尋ねる。
「いえ、実は……こちらの教会に在住している神官様に、折り入ってお話しがありまして……」
「それでしたら、神成式が終わるまで奥でお待ち下さい」
コニー達は次の神成式が始まるのを横で見ながら、ビギリップの修道女の案内で教会の奥にある控室へと通される。
◇◇◇◇◇◇
「お待たせいたしました。私、ビギリップで神官を務めさせて頂いているプライと申します」
しばらくコニー達が控室で待っていると、神成式を執り行っていた神官が入って来るなり、笑顔のまま軽くお辞儀をする。
「フロンの修道女、グルタです。こちらこそ、突然の訪問で申し訳ありません」
グルタも咄嗟に立ち上がり、素早く腰を曲げて挨拶する。
「あっ……えっと、同じくフロンの冒険者コニーです!」
コニーは少し遅れて立ち上がり、少し迷いながらもプライへかける言葉を選んだ。
「……あなた方の事情は、ギルドからある程度伺っております。ビギリップにいる間は、我々ビギリップ教会が安全を保障いたします」
「有難うございます。旅立つまでの短い間ですが、お世話になります」
プライから身の安全を保障されたと聞き、グルタは深々と頭を下げる。
「グルタさんの様な特別な身でありながら、巡礼の議に身を置くというのは、相当な事情があっての事でしょう。我々教会は、グルタさんを全面的に支援する所存です」
「……そんな大層な身分じゃありませんよ」
協力的な姿勢を示すプライに対して、グルタは少し冷めた態度で否定する。
「……そうですね、失礼いたしました。詳しい事情を知らず、出過ぎた事を申しました」
グルタの態度で何かを察したプライは、すかさず直前の非礼を詫びた。
「いえ、私の方こそすいません。自分の立場は分かっているつもりですが、私事ながら受け入れ難い部分もあるもので……」
◇◇◇◇◇◇
教会での用件を済ませたグルタ達は、街の繁華街を通って次の目的地へ向かっていた。
「……次はどこへ向かってるんですか?」
教会で言葉を控えていたコニーが、ここで我慢ができずグルタへ質問する。
「ビギリップのギルドです。護衛依頼も含めて、ギルドには色々と報告しておく事がありますからね。……あら?」
グルタが次の目的地の話をしていると、正面から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「へへっ、やっと神成式が終わったな!」
「待ちなさいよ! いくら恩恵をもらったばかりだからって、はしゃぎ過ぎだよ!」
グルタの視線の先には、元気よく走っている少年とそれを必死に追いかける少女の姿があった。先程神成式で恩恵を授かっていたジュンと、もう一人神成式で見かけた少女だ。
「あの子……恩恵を授かったばかりで、少し浮かれてるみたいね」
「そうですね……恩恵をもらったら、ああなるのが普通なんでしょうけど、大丈夫でしょうか……」
恩恵に浮かれる少年を、コニー達は少し心配そうに見守っている。
「ほら! 折角恩恵もらったんだから、試しに使ってみないと!」
木の前で止まったジュンは、少女に向けて恩恵を披露しようと両手を広げてアピールする。
「ちょ、ちょっと待ってって……」
元気ハツラツなジュンに対して、少女の方は追いかけるのに精いっぱいで息を切らせていた。
「行くぞ、見てろよ……!」
少女の様子を気に留めず、少年は興奮気味に目の前にある木を見上げて構える。
『 飛跳!』
ジュンは高らかに恩恵を叫ぶと、大きく踏み込んであっという間に木の頂上付近まで飛び上がった。
「よっと……」
少年は少しふらつきながら、紙一重で木の上に着地した。
「どうだ、ティア! 恩恵ってすっげぇだろ!?」
ジュンはどうだと言わんばかりに、木の上で少女を見下ろしながら手を振る。
「ジュン、危ないよ! 恩恵が凄いのは分かったから、早く降りて来て……」
木の上で不安定に揺れるジュンを見上げて、ティアは声を荒げて注意を促す。
「大丈……ぶっ!?」
しかしティアの警告は間に合わず、捕まっていた枝が折れて体勢を崩したジュンは、足を滑らせてひっくり返りながら木の下にいたティアに向かって落ちていく。
「あ……」
ティアも自分に向かって落ちて来るジュンを見上げて、自分の身も危ないと今更になって気づいた。予期せぬピンチを迎えたジュンとティアは、声を上げる事もできずに固まっていた。
「危な……」
その場にいた誰もが助からないと思っていた所に、瞬間飛び出していたコニーが落下するジュンにぶつからない様、ティアを優しく突き飛ばした。
「……いぐっ!」
そしてコニーは飛び出した体勢のまま、ティアと入れ替わる形でジュンの下敷きになる。
「あっ、てて……」
思い切りコニーと激突したジュンだったが、コニーが背中から受け止めた事で幸い大きな怪我はなかった。
「……え?」
ジュンが起き上がるのを見て、ティアはようやくコニーに助けられた事に気づいた。
「に、兄ちゃん……大丈夫か?」
「お兄さん、大丈夫ですか!?」
地面に伸びているコニーに、2人は心配そうに呼びかける。
「う……だ、大丈夫……」
(す、凄い痛い……っ!)
コニーは2人をこれ以上心配させまいと、痛みを堪えながら顔だけ上げて無理矢理笑ってみせる。
「大丈夫?」
「お、お姉ちゃん……?」
ジュンの身を案じたグルタが、後ろから肩を掴んで正面を向かせて怪我の様子を見る。
「うっ……」
グルタがジュンの身体を軽く触診すると、ジュンは痛みを訴える様に呻く。
『回復』
治療が必要だと判断したグルタは、魔力を集中させてジュンに注ぎ込む。
「おぉ……!」
たちまちグルタの魔力に包まれたジュンは、緩やかに痛みが引いていくのを感じていた。
「す、凄い……もう痛くない!」
すっかり痛みがなくなったジュンは、その場で元気に飛び上がる。
「ほら、君も診せて」
「は、はい……」
傍で見ていたティアも、グルタに呼ばれて申し訳なさそうに近づく。
『回復』
「わぁ……本当だ、すぐに治っちゃった……!」
グルタの治療を受けて、ティアも感激の声を漏らす。
「お姉さん、有難う!」
「すっげぇな! 姉ちゃん、今の恩恵か!?」
「いえ、私の回復は普通のスキルですよ」
2人はグルタのスキルへの感謝と尊敬のあまり、グルタに引っ付く勢いで迫る。
「……ぐ、グルタさん……」
3人の間で和やかな空気が流れる中、傍らで突っ伏したままのコニーが苦しそうに呻く。
「あ、兄ちゃん……」
「お姉さん、このお兄さんも治してあげないんですか……?」
一時コニーの存在を忘れていた2人も、立ち上がらずにいるコニーを心配そうに見つめる。
「……コニーさん、何をしているんですか?」
グルタは感情のこもらない声で、コニーを冷たく見下ろながら聞いた。
「いや……何というか、気がついたらこうなってたというか……」
グルタの視線に恐怖を覚えながら、コニーは慎重に言葉を選んだ。
「……全く、どうしてあなたはそう考えなしに突っ込むんですか? 私がいるからって、無茶をしてもいいという事にはならないんですよ?」
「す、すいません……」
グルタの辛辣な物言いに、コニーも返す言葉が見つからず謝るしかなかった。
「これに懲りたら、少しは考えてから行動して下さい。いくら人を助けるためとはいえ、コニーさんが犠牲になったら元も子もないんですから……」
『回復』
「は、はい……」
グルタに注意されてしまったコニーは、治療を受けながら心苦しそうに反省していた。
「あ、あの……お兄さんも、有難うございました!」
「兄ちゃん、ありがとな!」
「……うん、2人共無事でよかった!」
2人から遅れて礼を言われたコニーは、ゆっくり立ち上がって心からの笑顔を見せる。
「兄ちゃん見ない顔だけど、もしかして外から来たの?」
「そうだよ」
「それじゃ、兄ちゃんって冒険者?」
「うん」
「……って事はさ、外界を見て来たんだよね!?」
「ま、まぁね……」
「領内の外って、どんな感じ!? 外界って危ない場所ってしか聞いた事ないけど、どんな場所なの!?」
「え、えっと……」
ジュンはコニーへの質問を重ねる毎に、次第に興奮が抑えられなくなっていき、コニーもジュンの態度に途中から困惑し始める。
「調子乗るんじゃないの!」
暴走気味のジュンを見かねたティアが、ジュンの脳天に平手打ちを叩きこむ。
「いてっ……何すんだよ!?」
「助けてもらった人を困らせるんじゃないの!」
「うっ……」
突然殴られて反抗しようとしたジュンだったが、逆にティアから一喝されてしまい返す言葉を失う。
「ご、ごめんな、兄ちゃん……」
「う、うん……大丈夫だよ?」
しおらしく謝るジュンに、コニーは少し困りながらも謝罪を受け入れる。
「お兄さん、助けてくれて本当に有難うございました。お姉さんも、ケガを治してくれて有難うございました」
「兄ちゃん、姉ちゃん、またなー!」
ティアは丁寧に2人にお辞儀をして、ジュンは元気よく手を振りながら、来た道を戻って行った。
「……いい子達でしたね」
「はい……何事もなくて良かったです。もしあの子が自分の恩恵で傷ついてしまったら、あの子は恩恵を嫌いになってたかもしれないですから……」
「コニーさん……」
元気よく走り去るジュン達を安心した顔で見送るコニーを、グルタは憂いの目で見つめる。
「……それにしたって、コニーさんが下敷きになるのは良いとは言えませんよ。それにコニーさんなら、もう少しうまく救えたと思いますよ?」
「そうですか……? それなら、次はもうちょっと頑張りますか……」
ジュン達が見えなくなるまで見送ってから、グルタ達は何気ない会話を交わしながらギルドへ向かって行った。
◇◇◇◇◇◇
「ここが、ビギリップのギルドですか……」
ギルドへ到着したコニーは、目の前の立派なギルドの佇まいを見上げる。
「……あれ? こっちにもギルド?」
正面のギルドに見とれていたコニーは、ふと他の建物を見回して違和感を覚える。
「ビギリップの様な大きな都市では、在住するギルド登録者が多い事もあって、職業や部門別でギルドを分けている事が多いんです。右手は生活に関する職業などを管理する生活ギルドで、左手は財政や物資などを管理する商業ギルド。そして私達が用のあるのは、正面にあるビギリップギルド統括部兼本部です」
「そうなんですか……」
グルタはそれぞれの建物を指差しながら、コニーへ懇切丁寧に説明した。
「ギルド1つだけでも、僕達がいた街のギルドより大きいのに、それが3つもあるなんて……。これが都会のギルドなんですね」
「ふふっ……そうですね」
改めて感心した様子でギルドの建物を見上げるコニーを、グルタは愛おしそうに眺めていた。
「……さぁ、さっさと手続きを済ませましょう」
「は、はいっ!」
グルタがギルドへ入って行くのを見て、コニーも慌てて後を追って行く。グルタがギルドの扉をおもむろに開けると、中は広々とした空間が広がっていた。乱雑に並べられたテーブルを囲んで、いくつものグループが各々の会話をしている。そしてその多くは、冒険者を思わせる粗暴な装いや物騒な武具を身につけており、冒険者のたまり場の様な雰囲気が漂っている。
「ここがビギリップのギルド……!」
そんな危なっかしい雰囲気の中で、ギルドの中を物珍しそうに見渡すコニーは、呑気にも歓喜の声を漏らしていた。
「あぁ……?」
「何だ、ガキか……?」
「ガキが女連れ……2人だけか?」
「へぇ、中々いい女じゃねぇか……」
コニー達の様子を窺いながら、周りの冒険者連中はヒソヒソと感想を呟く。
「……?」
自分達への視線に気づいたコニーは、何事かと不思議に思いながら周囲の冒険者達を見回す。
「よぉ……ガキがこんな所に、何の用だ?」
コニー達を品定めしていた冒険者の一人が、横から歩み寄って道を塞いで来る。
「えっと、僕も冒険者なんですけど……」
屈強な冒険者に見下ろされて、コニーは上目遣いでおずおずと自己紹介した。
「テメェみてぇな田舎くせぇガキが、冒険者だぁ!? ハハッ! お前みてぇな冒険者がいるかよ!?」
屈強な冒険者はわざとらしく大袈裟なアクションをしながら、周りに聞かせる様に声を上げる。
「本当ですよ、ほら……」
冒険者の言葉を真に受けたコニーは、懐からギルド証を取り出して見せる。
「あぁ……?」
屈強な冒険者はコニーの態度に少しイラつきながらも、見せられたギルド証をまじまじと覗き込む。そこには確かに、Dランク冒険者と記されていた。
「Dランクだぁ……? テメェが俺達と同じ、Dランク冒険者だと!?」
ギルド証の表記が信じられないとばかりに、屈強な冒険者は怒号を上げる。
「あんなガキが……!?」
「嘘だろ!?」
「まさか、偽造じゃねぇのか……?」
周りで大人しく聞いていた冒険者達も、それを聞いて次々と立ち上がる。
「……ヘッ! そんなモン見せびらかして、調子こいてんじゃねぇぞ!」
屈強な冒険者は動揺のあまり、コニーが見せたギルド証に逆上する。
「あの、僕はギルド証を見せただけなんですが……」
屈強な冒険者が何に憤っているか分からず、コニーは素っ頓狂な言葉を返してしまう。
「っ……! ふざけてんのかぁ!?」
逆鱗に触れてられた屈強な冒険者は、怒りに任せて拳を振り上げた。
「ちょ、ちょっと待って下さ……!」
コニーは訳が分からず制止しようとするが、屈強な冒険者の拳が目の前に迫り、鼻先ギリギリで何とか回避する。
「い、一体何なんですか……?」
「この減らず口が……!」
危険を察知したコニーは屈強な冒険者の背後に回るが、屈強な冒険者は射抜くような眼光でコニーの後を追う。
「……なぁ、アンタ。あんなガキは放っておいて、俺達と楽しい事しねぇか?」
近くで機を窺っていた別の冒険者が、グルタに寄り添い気安く肩に触れる。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
グルタと寄り添う冒険者に、コニーは今までとは比べ物にならいほどの焦りを見せる。
「ガキが、止めんじゃ……」
コニーが制止しようと手を伸ばすのに対して、冒険者は腰にぶら下げた剣に手をかける。
「ぬえっ!?」
しかし冒険者が剣を構える前に、グルタが肩に触れた手を取り冒険者を床に投げ伏せる。
「……って、間に合わなかった……」
冒険者とグルタを止めようと飛び出したコニーは、止める間もなく動いたグルタを見て肩を落とす。
「ぐっ……クソッ!」
床に叩きつけられた冒険者は、グルタに片手で抑えられたまま起き上がる事ができなかった。周りで見ていた冒険者も、一瞬にして冒険者を制したグルタの姿に恐怖を感じて若干グルタから離れる。
「……修行中の身ではありますが、私は見ての通り修道女……神に仕える聖職者です。異性がみだりに触れていい道理はありません」
軽々しく触れられら事に心底怒りを覚えたグルタは、眼下の冒険者へ冷たく言い放つ。
「すいません、グルタさん。いきなりだったとはいえ、傍を離れてしまって……」
「構いませんよ。私にとっては、ここの方が外よりも安全ですから」
「そ、そうなんでしょうか……?」
コニーは周囲の冒険者達からの視線を浴びながら、グルタの言葉に疑問を感じていた。
「おい、まだ話は終わってねぇぞ!」
蚊帳の外にされかけてた屈曲な冒険者が、背後からコニーの肩を掴む。
「てめぇがDランク冒険者だなんて、俺は認めねぇぞ!」
「だから嘘じゃないですって……」
拳を振り回す屈曲な冒険者を躱しながら、コニーは誤解を解こうと会話を試みる。
「知るか、この田舎モンが!」
コニーのあっけらかんとした態度に、屈曲な冒険者は怒りに任せて殴打を繰り返す。しかし屈曲な冒険者の拳は空振るばかりで、コニーはかすり傷1つ負わなかった。
「うわっ!?」
「チッ……勘のいい奴め!」
煮えきらない様子で見ていた別の冒険者が、コニーの背後から不意打ちで脚を振りかぶる。コニーは突然の奇襲に驚きつつも、間一髪で蹴りを躱す。
「わっと!?」
「この……ちょこまかすんな!」
さらに別の冒険者が、鞘に収まったままの剣をコニーへ向けて振り抜く。これもまたコニーは紙一重で躱すが、奇襲の連続で体勢を崩してしまう。
「そこだ! 食らいやがれ、俺の必殺恩恵!」
『拳撃』
その隙を逃さず、屈曲な冒険者が大きく拳を振り抜く。
「なっ……!?」
しかし完全にコニーを捉えたかに見えた拳は空を切り、同時にコニーの姿がその場から消える。
「どこ行きやがった!?」
目の前にいたはずのコニーを見失い、屈曲な冒険者がギルド中に声を響かせる。コニーを奇襲した2人の冒険者も、コニーを探して辺りを見回す。
「あっ、ここです……」
「「「な゛っ!?」」」
コニーが屈曲な冒険者の背後から声をかけると、コニーを襲った冒険者達一斉に奇声を上げる。
「ノコノコ現れやがって……今度こそ終わりだ!」
『拳撃』
屈曲な冒険者はそう言い放ち、空振りしたままだった拳を握り直し、コニーへ向けて渾身の正拳を打ち込む。
「クソッ……!」
しかしまたしても、屈曲な冒険者の拳はコニーを捉える事ができなかった。続いて足技を使う冒険者、さらに続けて剣を収めたまま振るう冒険者が加勢するも、コニーは一撃ももらわず全て躱してみせる。
「あの……どうしたら信じてもらえるんですか?」
そしてコニーは懲りずに、冒険者達と話し合いをしようと試みる。
「うるせぇ! テメェみてぇなガキの事なんざ、信じられるか!」
「そんなナリで冒険者とか、俺達冒険者をバカにしてるとしか思えねぇよ!」
「避けるだけで精一杯のくせに、余裕ぶってんじゃねぇ!」
コニーを襲う冒険者達は、各々の心の叫びをコニーへぶつける。しかしそれ以上の事は叶わず、冒険者達は何度もコニーへ攻撃を仕掛け続けるも、コニーに指一本触れる事すらできない。
「いいぞ、やっちまえ!」
「おいおい、いつまで遊んでんだ!?」
「また避けられてるぜ、何してんだよ!?」
周りで傍観していた冒険者達は、次第にコニー達のやり取りを面白可笑しく煽る様になった。
「……コニーさん、行きましょう。このままでは、受付どころじゃありません」
冒険者を1人抑えたままのグルタが、コニー達がじゃれ合う様子に痺れを切らしてしまう。
「そ、そうですね……分かりました!」
流石のコニーもこれ以上は平行線だと理解したのか、自分を襲う冒険者達の包囲から抜け出そうと大きく後退する。
「クソッ、このまま逃がすかよ……!」
コニーが立ち去ると聞いた屈強な冒険者は、是が非でもコニーに思い知らせようと視線をグルタへ向ける。
「テメェがあのガキの連れってんなら、無視はできねぇよな!? どんなスキルを持ってるか知らねぇが、俺の拳を止められやしねぇだろ!?」
『拳撃』
標的をコニーからグルタへ変えた屈強な冒険者は、拳を振り上げてグルタへと襲いかかる。
「……は?」
しかし完全に捉えたはずのグルタが目の前から姿を消して、屈強な冒険者は何が起きたのか理解が追いつかなかった。
「……今回は、ちゃんと間に合いましたね」
「はぁ!?」
コニーの声に振り返った屈強な冒険者は、グルタを抱えるコニーの姿を見て余計に混乱する。
「それじゃ、また来ますね」
「お騒がせしました」
再びその場から姿を消し、一瞬にしてギルドの入り口まで移動したコニー達は、そのまま悠々とギルドを出て行った。
「ふざけんな、待ちやがれ!」
呆気に取られていた屈強な冒険者は、扉の奥に消えていくコニー達を見て叫び散らす。
「……何だったんだ、あいつら?」
「結局、何しに来たんだ……?」
周りで見ていた冒険者達も、コニー達が来訪してからの一部始終を振り返って、全員が揃って首を捻っていた。
〇備忘録「世界常識1:外界と領内について」
世界は人間が住む領域の領内と、人が住むに適さない外界に大きく分けられている。
領内は元々人が住みやすい環境だった土地や、土地開発によって住みやすい環境に変わった土地などが存在する。一部の小規模な村や集落など、人が住むには厳しい環境で生活する人々についても、定義上領内と称される。
外界は人が住むには適さない厳しい環境で、場所によっては侵入すら困難な場所も存在する。現在でも外界には未知の領域がいくつも存在するが、把握している時点でも外界が占める領域は領内の10倍以上だと推測されており、未だ外界の危険性は計り知れない。