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第3話 古書店の制服少女は子供っぽい

 狭い脇道を通り抜ける。

 見えてくるのはこぢんまりとした古書店だ。

 駅周辺なだけに鉄筋作りの建物が多い中、珍しい木造建築。古びていて、ちょっとした地震で倒壊してしまいそうだが、趣きのある佇まいをしていた。


 ギィ、キィと塗装が剥げた看板が回っている。店名が書かれているのだろうが、所々が錆びていて読み取れなかった。


 店の名前にそこまで興味はないので、制服少女の手を引きながら扉を開ける。

 途中で手を離してしまいたかったけど、力を抜くと強ばるように握り返してくるのでそれも難しい。子供のお守りかよと思いつつ、ドアベルの耳に優しい音に誘われて店内に入る。


 室内はスンッと鼻をつくような本独特の匂いで満たされていた。こういう香りが好きというのもわからなくはない。

 木製の本棚が整然と並べられ、人一人が通れるかどうかの道を作っている。

 こんな狭い中、手を繋いでいるというのも不都合が多すぎる。いい加減離せと、制服少女の手の腹を指で叩くと、ぐずるような表情を見せて頬がひくっと震えた。


 まさか、泣き出さないよな?

 一瞬、不安に駆られたが、制服少女は繋いでいた手を素直に離してくれた。ただ、その表情は不満げで、中途半端に浮いた手がまた俺の手を掴んできそうに揺れていた。

 もう1回女の子と手を繋ぐなんてたまらないと、ポケットに手を突っ込んで可能性を潰す。行き場を失った制服少女の手が宙を彷徨う。


 辿り着いた先は、俺の服の裾で。

「……おい」

 指摘したところで変わらず、ぎゅっと強く握り返されるだけだった。

 離させたいが、まぁ、手よりはマシと諦めることにする。


 正直な話。

 落ち込ませてしまったからと制服少女を連れてきたが、どうやって慰めるかなんてなにも考えていなかった。

 女の子の扱いなんて慣れてないし。そもそも、連れ立って古書店に来たところで、あるのは静謐な空間に物言わず並ぶ古書だけだ。


 そもそも、俺がなにもかも悪いか? と考えると、そうでもないような気もする。というか、悪くない。

 ただ、罪悪感なんてものは、どれだけ自分は悪くないと理屈を捏ねたところで湧いてくるものだ。

 出来たての擦り傷のようなもので、生々しい傷跡にカサブタはまだない。放置して、疼く傷口を気にかけるぐらいなら、消毒程度の行動はすべきだろう。


 まぁ、付いてくるだけでも気は紛れるだろう。

 女の子の機嫌の取り方なんてわからないので、自然に上昇するよう願う。実の姉なら高めのアイスでも奢ればいい辺り、楽なのか、それとも金がかかる女なのか。

 天秤がどっちに傾いたところで、土台の部分が面倒ということに変わりはないのだけど。


 シャツの端を掴んで、迷子のように付いてくる制服少女は気にしないことにして、とりあえず俺は当初の目的である本を探すことにする。

 あるかなぁ。純文学とか、小難しそうなハードカバーが棚に立ち並ぶのを見ると微妙な気もする。とはいえ、コーナーが違うなとうろうろと細い通路を歩き回る。


「……」

 後ろをカルガモの子供のように付いてくる制服少女は、少しは気持ちも落ち着いてきたのか、キョロキョロと辺りを見渡している。

 行動の落ち着きはなくなったが、気落ちしているよりはいいだろう。


 子供が初めて見たモノを珍しがるような行動。ほっとけばいいのは分かっていたけど、つい口が動いてしまう。

「お子様みたいに楽しそうなことで」

 俺の言葉にむっと唇が曲がる。


 その不満そうな表情を見て、少しは調子が戻ったかと胸の内に安堵が広がったが、直ぐにいやいやと首を振る。

 なんで嫌そうな顔を見て安心してるんだよ。被虐体質なんてないぞ。それとも、知らないだけで相手の嫌がることをしたがる嗜虐性を秘めていたのか。


 小学生男子じゃあるまいしと嘆いていると、制服少女が薄い唇を尖らせる。カツ、カツとローファーの先で床を叩く様は、不貞腐れた幼い子供そのものだ。


「……古書店なんて。

 初めて来たんですから、仕方ないでしょう?」

 ぶすっと膨らむ頬を見ると、衝動的に突きたくなる。流石に、ちょっかいのかけ方が幼稚すぎるので自重したが。


 古書店が初めて……まぁ、そういうこともあるかと思う。

 一昔前ならいざ知らず、ようやく20歳を迎えた俺でも古書店なんてここしか知らない。都心に行けば、大型の中古ショップはあるだろうが、わざわざ出向かなくてもネット通販やフリマアプリで買えるのだから初めてというのも不思議はなかった。


 なので、そういうものだと理解はしつつも、面白がってからかいばかりが口をついてしまう。

「はぁ……?

 新品じゃないと嫌なんて、どこぞのお嬢様なんですかねぇ」

 皮肉屋なのもあるが、突いて本心を暴きたくなるのかもしれない。

 噛まれるかもと思いつつもヤブを突いてしまうのは、真実を暴きたいからというよりも、表に見えるモノを信じていないから。

 世界は、人は欺瞞で満ちている。


 とはいえ、別に今回は制服少女が嘘をついたとか思ったわけじゃなく、単に捻くれまくった俺の性根が口から出ただけだったのだが、

「世間的には、そうかもしれませんね」

「……あ、そうなの?」

 肯定されてしまうなんて考えてもおらず、「なんですか、その顔」と言われる程度には、間抜けな顔を晒してしまったのだろう。

 虚を突かれたというか、不意に肩を叩かれたぐらいの驚きはあった。

 同時に納得し難い思いも。

 嘘だーと怪訝に顔を歪める。


「あんなに豪快に食べてたのに?」

「あれは……!

 お腹が空いて死にそうだったからで!

 普段はもっと上品に食べてますからっ!」

「上品……」

 制服少女を見る。

「はん」

「……その鼻で嗤った理由によっては、戦争の合図と受け取りますよ?」

「いやぁ、品のある顔してるなって」

 ポカッとお腹を殴られた。褒めたのになんでだろうね。


 ただまぁ。

 言われてみればそういう雰囲気もあったの……かも? いや、あったか? あったかなぁ……。どうだろう。

 話し方は一応敬語だけど、曲りなりにも俺を年上として認識しているからっていうのもあるだろうし、ないな、うん。

 深く頷く。すると、またもポカッとされる。


「今のはなんで殴った」

「なんとなくムカついたので」

 意味なく殴るなよ。お嬢様っぽくないなーと思ったのは正解だけど。


「羨ましい?」

 見透かそうとしているのか、黒曜のように澄んだ瞳を瞳を向けられて、ふむっと片手で頬を潰すように揉む。

 改めて制服少女を見て、考えて……まぁ、そうね。

「いやぜんぜんこれっぽっちも」

 少女の瞳が日に重なった月のように黒く、そして丸くなる。


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