こぶし
あこがれ続けた「最強」の称号まであと一歩のところまできた。
「信じられないな。」
「……いいや。信じてたさ。」
子どものころ、僕が掲げた夢をたくさんの人が笑った。笑わず、本気で応援してくれたのは親くらいのものだ。
国内最強を決める大会、「全統王杯」。5歳の僕は、そのチャンピオンになることを宣言した。国中から、腕に覚えのある冒険者たちが集まってくる。中には1人でドラゴンを討伐したという猛者もいるらしい。そんな大会に「出場する」ではなく、「優勝する」と宣言した。
不可能だ。生意気だ。現チャンピオンに失礼。
いろんな言葉で馬鹿にされた。「夢を持つのは自由だからな。」と言って肩をたたいた先生の顔は今も忘れない。
僕はもともと体が弱かった。腕相撲大会を開けば初戦敗退は当たり前で、持久走はビリケツ。走るとすぐに息切れしてしまうから、運動は嫌いだ。
そんな僕にも、才能はあった。魔法だ。
魔法の教科書に載っているものでわからないものはない。クラスのみんなが使えない魔法も使えた。
力が弱くても、体力がなくても、僕はかけらの劣等感も感じてはいなかった。たしかに、体の強い子に比べれば訓練の成績は劣るし、力比べをすれば僕は負ける。でも、僕は魔法が使える。「体力」が劣っているから、「僕」が劣っているということにはならない。
誰しも得意不得意があり、その子は体力、僕は魔法だった。それだけの話。そこに優劣をつけようとするのは不毛だ。
みんなの目にはヒョロガキの戯言に聞こえたのだろう。聞く人みんなが笑った。「俺にも勝てないのに、最強になるっていうのか?」体術の授業で僕を組み伏したうえでそんなことを言うやつもいた。言い返せなかった。勝てたことなかったし。
でも、彼は他人で僕じゃない。
僕は僕。可能かどうかは僕だけが知っている。
しかし同時に、そのままでは到底たどり着けないことも理解していた。
試合形式は1対1で、近接戦闘にならざるを得ない。しかし、僕は近接戦闘に向いていない。加えて対戦相手は歴戦の猛者ばかり。戦闘経験において雲泥の差がある。したがって、勝つためには自分の得意なペースに相手を引き込むことが絶対条件となる。
まず、短所をなくすことをやめた。普通は、短所をなくし、長所を伸ばすように努力するのだろう。でも僕はそれをしないことに決めた。長所があるならとことん長所を突き詰める。僕の場合、長所は魔法が得意なことだ。逆に短所は体力・筋力的な問題で金属製の武器や防具を使えないことだ。
だから、最強になると決めたその日から僕は学校の訓練以外で武器を握っていない。
代わりに、毎日魔法の練習をした。午前中で学校が終わり、午後はひたすら練習。限界まで魔力を使い、最大まで回復させると最大量がごくわずかに増えるらしい。実感が得られるまでかなり時間を要するらしいが、知ったことではない。使えるものは何でも使う。毎日限界まで魔法を使った。
学校に行き、帰ってきて魔力を使い果たし、寝るという生活を続けること10年。はじめて「全島王杯」の予選に出場した。結果は初戦敗退。悔しくて、情けなくて、参加賞も受け取らずに会場を出て近くの公園で泣いた。
敗因はわかっていた。自分の努力不足。魔法の詠唱を省略することはできるようになっていたものの、近接戦闘用の魔法が未完成のまま本番を迎えたせいだ。
なんとかなるだろう。無詠唱魔法は使えるし、近接戦闘用の魔法なんてなくても。
そんな甘い考えで臨んだ結果は、惨敗。100歩譲っても惜敗とは言えない、言い訳もできないほどの惨敗だった。
ただ、それは去年の話。今年は近接戦闘用の魔法はもちろん、必殺の隠し玉も用意している。
ここまでの試合、苦しくなかったと言えばうそになる。手ごわい相手もたくさんいた。しかし、何とかここまで隠し玉を使わずにたどり着くことができた。
「シフィ、親友としてもう一度忠告してやるよ。」
親友のサテインが、僕に向けて言う。
「お前には、無理だ。」
彼も、過去に僕を笑ったうちの1人だ。力が強く、体力もあって訓練の成績はいつもトップだった彼は、僕の対極のような存在だ。
「僕は信じているよ。」
彼に向けて言う。彼の表情から、この後の試合を本当に楽しみにしているのが読み取れる。
ああ、僕も同じ気持ちさ。そうやって笑う君を僕が笑うのは、今だ。
「僕の勝ちだ。」
ステインが声をあげて笑う。君の笑顔はあの時と何も変わらない。
「もう終わったみたいに言いやがる。お前が最強だって?」
「うん。」
「俺にも勝てないのにか?」
ああ、本当に何もかわらない。僕をここまで連れてきたのは、ほかでもない君のその笑顔だ。
「勝つさ。」
今日は、僕のほうからこぶしを差しだす。それにぶつかる感触を確かめて、僕は入場門のほうへ歩き出した。
「ぶっ殺してやる。」
最後のセリフは、どっちのセリフだと思いますか?