第6話 デート的な何か
「最近どうよ、三輪さんとの関係は」
「はぁ?」
休日、太一の家でダラダラとラノベを読んでいると後頭部を鷲掴みにされて突拍子もないことを問われた。
「なんもないって、ただの陸上仲間だし」
「へぇ、その割には最近駅まで一緒に帰ってるみてえじゃねえか。ほんとに何もないのかよ」
ワックスでセットした髪をわしゃわしゃと掻き乱される。
くっそうぜえ。
太一の声はアレだ、人をからかっている時の声をしている。
「マジで無いよ。一緒の部活で方面も同じなら、別に自然でしょ」
「ふーん。俺は絶対あると思うんだけどなぁ。というかお前、堕ちてないのやばいって。三輪さんあんなに可愛いのに」
「……」
可愛い、ねぇ。
確かに見た目は抜群に良いけれど、中身は割と変わってるし……。
人によってはそこに惹かれるんだろうけど、俺は少なくとも現状はないかな。
「だからよ、俺に紹介してくれや」
「断る」
「何で」
「知るかよ」
ありゃ、俺なに言ってんだ?
断る理由なんてないのに。
「ほーーーーん、ま、いいや。そんなら一回三輪さんデート誘ってみろよ」
「……それこそ何でさ」
「おもしれえからさ。お前が学園一の美少女とデートしたらどうなるか、見てみてえ」
カラカラと笑う太一は心底楽しそうだ。
高みの見物かまそうとしてるお前も似たようなもんだろうがクソ野郎。
「……まぁ、そこまで言うなら、いいよ」
「え? まじ?」
「でないとお前、毎日くそうぜえ絡み方してくるだろ」
「あー、するなぁ。でもさ、これ三輪さんが乗ってくれないと成立しないぜ?」
それな。
でも、なんとなく美波さんは断らない気がする。
そういった確信にも近い予感が俺にはある。
「…………大丈夫だろ」
帰って美波さんにMINEを送ると、秒で返事が帰ってきた。
よろしくお願いします──と。
♧♧♧♧♧♧
そんなわけで翌日。
心臓を子鹿のように震わせながら、俺は駅の前にいた。
手持ち無沙汰で両手の位置すらも微妙に分からない。
手汗半端ないしこれはマジでやば──
「おーい、まさとくん?」
左から声をかけられた。
「ファ!?」
「へっ?!」
驚いて転びそうになりながらも、何とか鍛えた体幹で踏ん張る。
「なにしてるんです?」
「……練習。大会近いから」
「空手、とかですかね」
「…………そうそうそんな感じ」
思わず掬い上げるようにして視線を動かしてしまう。
膝下まで露出した白く細い引き締まった脚。
チェック模様の涼しげなスカートと白のブラウス。
いつにも増して丁寧かつ自然にかき上げられた前髪の下にはニンマリと微笑む天使の顔があった。
「えへへ……どうしたんですかぁ? まさとくん???」
目元までくしゃぁっと笑みを広げながら、ある意味恐ろしいまでの笑顔を振り撒いてくる。
なんなんだ……?
ただ、私服の女子と歩くとき、言わねばならない言葉は俺でも流石に分かる。
「……っ、似合ってる」
「うん?!」
「──し」
「からの〜?」
「かわ、いいと、思う──よ」
「──────────!?!??!?」
散々煽ってきたにも関わらず美波さんは言葉にならない声を上げ、眉間を抑えながら天を仰いで10秒ほど静止する。
え、なに?
自覚症状持ち故のぶっ飛び行動なのか?
「──ッ、何でもないです。さあ、行きましょうか」
「……お、おう」
手を繋ぐこともなく、普通に並んで歩く初めてのデートは、いろんな意味で引き気味の気持ちで改札に向かったのだった。
♧♧♧♧♧♧
どどどどうしよう──!
二人きりの電車旅を乗り切った勇者の俺は内心で恐慌していた。
な、に、を──するのが正解なのか全くこれっぽっちもカケラも分からないのだ。
カフェ、動物園、遊園地、美術館、水族館、映画館──などと選択肢を列挙しながら、堂々とした足取りで先導している風に足をひたすら前に運び続ける。
「ふふっ、迷ってるならわたしが選びましょうか?」
同じところをグルグルと回ったりしてしまったのが大いなる失敗だ。
いつもの調子で美波さんが攻勢に出てくる。
あーあ、学園一の美少女とデートしたらどうなるか──などという人体実験における模範解答を叩き出してる気がする。
別に俺じゃなくてもこうなるだろ。
知らんけど。
「ああでもっ、こういう時間もいいですよね〜」
「はははっ、だよなぁ。俺もそう思う」
あの美波さんがフォローしてくるけど、何も嬉しくない。
くそっ、早くも心が折れそうだ。
俺がシンプルに耐えられない。
頼む、何か。
くそっ、時間がない。
この状況をスマートに切り抜けるには……
「…………よし、行こうか」
近場の店でザッと足を止める。
煌びやかなその店の外観は、まさに若者のテーマワークと呼ぶに相応しい。
「え……カラオケ?」
その、「え、マジ?」な顔が辛い。
頼むから普通に責めてくれ……。