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嗚呼!死にたくないな!!

作者: 晏佳

「死にたい」


ポツリと、私とあなただけの空間に落ちた。


「もう生きていたくない」「生きていたって何も良いことなんかない」「もう死んでしまいたい」


暗い表情。死んだ目。疲れ切った姿。

私が好きになったあなたなんて一つもない姿でそんなことを言う。


社会人になって数年。私もあなたも世界に飲まれた。昔はあんなにも楽しかったのに。いつの間にか、私の大好きなあなたは殺されていたのだ。


でも私は、ずっとあなたを見てきたから。ずっと、一緒に居たから。


「そう」


一つ頷き、下を向くあなたの手を包み込む。


「なら、私が殺してあげる」



あなたが、今のあなたのことを好きじゃなくても、私は好きだよ。

あなたが好きなあなたを、私が好きになったあなたを、私は誰よりも知っている。


だから、だから。






魔法をかけてあげましょう。


あなたが、あなたを好きになる魔法を。





***



「まずは美容院だね。君はロングも似合っているけど、ショートも似合っていたよ」


突然言い出した私に、あなたは変わらない表情で疲れように口を開く。


「・・・・もう死ぬのに。髪なんて切る必要、ないでしょ」

「何を言っているの。死ぬからこそ身綺麗にしなきゃ。死んでまでとやかく言われたくないでしょ」

「・・・・・・・確かに」


いつのころか伸ばし始めた長い髪。最初はきちんと手入れしていたそれは、時間に追われるうちに伸ばしっぱなしの無法地帯になっていた。

ロングヘアだって勿論似合っている。けれど私は、短い髪で笑うあなたの方が、あなたに合っていると思うんだ。



***


「うん!やっぱりショートも似合うね!」

「こんなに短くしたの久し振りだよ・・・・・首が寒くて落ち着かない・・・・」


顔も見えないほど長かった髪は、バッサリと首まで切ってしまった。

落ち着かない様子で首をさするあなたの手を引き、次のお店へ足を進める。


「よし!それじゃあ次は腹ごしらえだ!何食べたい?私はお肉が良いな」

「髪を切ったら死ぬんじゃないの?」

「誰もそんなこと言っていないよ。死ぬからこそ最期に美味しいご飯お腹いっぱい食べたいじゃない。死ぬのは焼肉を食べた後々」

「確かに・・・・」


忙しくて食事はおろそかにしていた。でも食事を蔑ろにしては気分だって当然沈む。

疲れたときこそ何も考えず、ただ美味しいご飯を食べればいいのだ。


***


「あー!美味しかったね!」

「美味しかった・・・!あんなに柔らかくておいしいお肉食べたの初めて!」

「そりゃあ最高級のお店だったからね!味に似あうお値段でした・・・・それじゃあ次はショッピングに行こうか」

「・・・・・・死ぬのはご飯の後って言ってなかった?」

「たべてすぐ死ぬなんて言ってないよ。その服で死ぬつもり?どうせ死ぬなら最高にいかした好きな服で死のうよ」

「・・・・・・・それもそっか」


新しい服を何年買っていないだろうか。気づけば着ているのは仕事用のスーツばかり。

でもどんな年になろうと目いっぱいおしゃれはしたいものだ。


***


「こっちも似合うよ!」

「えーでも派手じゃない?」

「そんなことないって!君には赤が似合うって前から思っていたんだ」

「ふふふ。あなたがそういうなら着てみようかな」

「!ならこっちも着てみてよ!」

「ミニスカートは無理!」


ここぞとばかりに趣味を押し付けたのは黙っておこう。






魔法をかけてあげましょう。






伸ばしっぱなしで無法地帯になっていた髪は、バッサリと切って短くしてしまおう。

栄養も値段も気にしないで、食べたこともないような美味しいお肉も食べよう。

周囲に合わせた地味な服なんて脱ぎさって、派手な色の挑発的な服を身に纏おう。


ここまできたら後は流されるまま。



メイクもしよう。他人の為じゃない。自分の為の、自分が好きなメイク。

髪も染めよう。他人の目を気にしていたけど、本当はずっと明るい色にしてみたかったのだとあなたは言う。



「あははははっ!」



あなたが大好きな海にも来た。

こみあげてくる衝動に任せて走れば、あなたから自然と笑いが出た。


「楽しそうだね!!」

「うん!!楽しい!!!」



魔法をかけてあげましょう。


あなたが、あなたになれる魔法を。




さあ、ここには何もない。あなたの本音を、聞かせておくれ。




本当は、髪は長いより短い方が好き。

【髪は長いほうが女らしいだろう】


地毛は黒だけど、本当は派手な色にしてみたかった。

【髪を染めるなんて、不良みたいだからやめなさい】


高くても美味しいものを沢山食べたかった。

【将来のことだってあるんだ。貯金しておきなよ】


周囲に合わせた大人しいメイクじゃなくて、赤いリップにしっかりと引いたアイラインが好きだった。

【派手じゃない?こっちの方がいいわよ】



周囲の圧なんてもうどうでもいい。自分の一番好きな自分でいるのだ。








いつの間にか手を取り合い、海に向かって走っていた。

膝、腰、胸にまですぐに海面は押し寄せる。

まるでこちらに来るなというように、海水は重く前に進もうとする身体を拒んだ。けれどそんなこと気にもしないで、ただただ前に進み続ける。


あとは、顔だけ。

そんな時ふと顔を上げてみれば、そこにはどこまでも続く青空が広がっていた。

隣を見れば、あなたもまた同じように空を見上げている。その顔はキラキラと輝いていて、頬が色づき興奮したように笑っていた。


「どうしよう!」

「どうしたの!?」

「私!!!生きたいって思っちゃってる!!死にたくないって!思っちゃってるんだ!」

「それは良かった!つまり今が人生最高の瞬間ってこと!?」

「そうだよ!!!」

「それじゃあ────






最高の瞬間で、人生終わろうか!!」

「うん!」



そうして、蓋値はけして離れないように固く手を握り合い。同時に海面から姿を消した。



疲れたとき沢山贅沢して、笑って満足したまま一緒に死んでくれる人が欲しいなと思いました。

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