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十話 スーパーあいどる☆屍山血河の大聖女レティシアおねえちゃん

 俺は、もしかしたら人間じゃないのかも知れない。転生後十六年目の初夏になって、俺はそんなことを思った。



 小さめの樽一個分くらい吐き出せば件の衝動も落ち着いてくるだろうと思って、待たせてるいもーと達の元に早く戻るべく、速攻ソロ活動に精を出し始めた俺。

 吐き出すとかソロ活動とかが一体何のことかは敢えて明言しないけど、とにかくぼくはとっても精を出したのです。


 めっちゃ出した。いっぱい出した。あまりに出過ぎて『あれ、おかしくね?』と思い始めたのは、樽十個ほど満杯にして二桁の大台に乗ったあたりのこと。


 あれれ? ぼくって体重何キロだったっけ? こんなアホみたいな量、いったいどこから出てきちゃったんです……?


 もしかして何か怖い病気にでも罹ったんじゃ……と不安になったことで、怪我の功名的に熱いパッションがようやく鎮まってくれたんだけど、たぶんその気になればまだまだバーサクモード続行できます。


 だって。これだけ出しても、『まるで減った気がしない』んだもの。


 どうやら、ぼくの下半身には質量保存の法則がまるで適用されていない模様。ぼくはいったい、この世界に転生して、どんな怪物に生まれ変わってしまったんだろう? 怖くて震えが止まりません……。


「つっても、まあ、こんなにいっぱい出ちゃった理由なんか端っからわかりきってんだけどな」


 なにせ、女の子のお胸に顔面からダイブしたんだもの。そりゃ小さな樽十個分くらいは出るでしょ。しかも、俺の顔面を持ち前の美乳で受け止めてくれた女の子は、イルマちゃんなんだよ? そりゃ大樽どころか七つの海がいっぱいになるくらいにドゥバドゥバ出なきゃ逆におかしいわ。


 なんだ、じゃあ俺は普通に正常な人間だな。かかってもいない病気に怯えてバーサクモード解除なんかしなきゃよかった。


 でもまあ、既に三十分近くいもーととママアリアさんをお待たせしちゃってるし、他のみんなの様子も気になるから、流石にそろそろ戻らんとだな……、………?


「お。義姉様だ」


「………? ……えっ、おとうと様!?!?」 


 男子トイレから出て来たら、同じく丁度女子トイレから出て来た所であった制服姿のレティシア義姉様とばったり出くわし、二人揃って声を上げる。


 ただ、声に宿った色合いはお互いに正反対。後から義姉様達も合流するかもと聞かされてた俺は普通に邂逅を受け容れただけだけど、逆に義姉様は俺がここにいることなんて全くの寝耳に水といった様相だ。


 義姉様の過剰な反応にやや疑問を抱いたものの、それはさておき、義姉様がここにいるということは俺には優先してやるべきことがあると思い至った。


「今日って、義姉様の身内だって話のパフェ娘さんもご一緒なんですよね? 俺、たぶんその子とは初対面だと思うんで、とりあえず先にご挨拶させていただきたいんですけど……」


 今日の会談だかお食事会だかに参加するメンツは、おそらく、義姉様ではない方のパフェ娘だけが俺と面識が無いはずだ。


 初対面同士っていう間柄のメンバーは他にもいるはずだから、後でみんなまとめて合同で自己紹介の時間とか取ってもらえるかもだけど、断言しよう、そういう社交場での俺は基本空気に徹するので初対面の女の子となんて絶対ろくに話さず終わる。


 だから、もし今話せるなら、今のうちにちょっとした世間話でもしておきたい。

 ちなみにこれはナンパ的な意味で言っているのではなく、義姉様に対して『きちんとお話しましたよ、仲悪くありませんよ、ちゃんとお知り合いになりましたよ』というアリバイ作りがしたくて希望してるだけだ。義弟と身内が仲悪かったら、義姉様に要らない心配をかけることになるからな。


 パフェ娘も、義姉様と一緒にパフェとか食っちゃうくらいだし、俺と同じように考えて多少なりとも仲良しな風を装ってくれることだろう。そうだったらいいな。どうかそうであってくれ頼む、でないとこの銀河童貞ゼノディアスが初対面の女の子と仲良しアピールするなんて到底不可能なので。


「……義姉様? あの、それで、お返事は如何で……。つか、ほんとどうかしましたか……?」


 なんか寝耳に水状態から一向に帰ってこない義姉様に、今度こそ確かな疑問を抱いて首を傾げながら問うてみる。


 ようやくハッと正気を取り戻した義姉様は、それでも尚、事態が信じられないといったように目をパチクリ瞬かせて俺をひたすら凝視した。


「……おと、うと……様……。あ、あの、どうして、あなたがこちらに……? わたくしと、それにあの子が来ることも、既にご存知だったようですし……、それに、なんでついさっきのパフェのこと知って――」


「先に言っておきますけど俺が義姉様とパフェ娘さんをストーキングして尾行や先回りしてたとかじゃないですからねそのへんの疑問は大体全部イルマちゃんのせいってことでご納得してくださいねオラなんも悪いことしてねえだよぉ!!!」


「…………あ、はい。納得しましたわ。……またあの子の独断専行ですのね……、フフ、フ……。あの子ったら、ほんとやりたい放題……」


 暗い笑みを浮かべる義姉様は、怒っているというよりは最早呆れすぎて笑うしかないといった風情である。

 お疲れ様な新人OLもかくやとばかりに肩を落としていらっしゃる所悪いけど、もしこの哀れな主人の有様を当のイルマちゃんが見たら、あの子は謝るどころかむしろめっちゃ良い笑顔で『いぇーい☆』とか横ピースキメて全力で煽りに来そう。


 ていうか、今も絶対どこかで覗き見しながらニヤニヤ嗤ってそうだな……と思いながら軽く周囲を見回していると、案の定、衝立の陰にスッと頭を引っ込めて隠れようとする少女がチラっと見えた


「………? え、あれ?」


 ――いや。今見えたのイルマちゃんじゃないぞ?


 黒髪という特徴は一致しているが、なんとなく、本当になんとなくなんだけど、俺の知るイルマちゃんのそれとは絶対確実に違う気がする。

 いやほんとなんとなくだよ? 好きな女の子のことは髪の毛一本までキラキラ輝いて見えるから見間違えようがないとかそういうことじゃないからね?


 それそれはさておき。髪型だって、イルマちゃんは素のままに下ろしてたけど、今隠れた娘は後頭部の中程あたりで纏めたポニテがちょろんと翻ってた。じゃあやっぱり別人説濃厚だな。

 ちなみにイルマちゃんがイメチェンしただけなんて可能性は考えないよ、髪型が変わったくらいでこの俺があの子を見間違うわけがない。いやそれもさておけ。


 残像を見ようとするかのようにじーっと凝視してたら、やがて、頭隠して尻尾逃げ遅れた少女が観念したようにそっと姿を現した。 


 うむ。わかってたけど、やっぱりイルマちゃんじゃなかったな。


「……………」


 パフェポニテ少女は、やや顔を俯かせながら粛々と歩み寄って来て俺の前に立つと、まず義姉様にぺこりとお辞儀し、次いで俺にきちんと正対して、またお行儀良くペコリとお辞儀。

 なぜ無言なのかは気になるけど、それ言ったら俺も今うっかり無言でお辞儀返しちゃったので、それはお互い言いっこなしってことで。


 イルマちゃんより年齢的にも体付き的にもほんの少し年上っぽい女の子だ。

 王立学園の女子制服の上から、和風の着物を着流しのように緩く羽織っているという、中々傾いている出で立ち。

 だが何より傾いているのは、スカートの裾から覗く脚にストッキング代わりみたいな純白の包帯が巻かれている点だろう。ちらりと見えた袖口や鎖骨あたりにも同様の処理が施されているから、もしかしたら服の下は全身包帯だらけだったりするのだろうか?


 しっかりと両の足で立つ彼女の姿には、重症や重病の気配は見えないが……、単なる厨ニファッションと決めつけるには、その包帯まみれの姿にあまりにも馴染みすぎている。 

 思春期特有の一時の気の迷いでパンクを気取っているだけでは、こんな空気は出せはしない――っと、いけないいけない。


「俺は、ゼノディアス=バルトフェンデルス。レティシア義姉様の婚約者であるシュルナイゼ兄様の、弟にあたる者だ。

 キミは、義姉様の身内の子……で、いいんだよな?」


 まだ確定ではなかったので、自己紹介ついでに一応訊ねてみる。


 即答をせずに一度義姉様へ視線を送った身内娘(仮)は、義姉様からのぎこちない上にやたら神妙な表情での首肯を受けると、それに『大丈夫、何もかも私に任せておいてください』みたいな悠然たる面持ちで首肯を返してから改めて俺に向き直った。


 そしてパフェポニテ身内娘は――唐突にクワッと目を見開くと、嵐を呼ぶ荒鷲のポーズを『ビシッ!!』っとキメながらゴキゲンな横ピース☆を披露。この辺で既に義姉様が大仏みたいな諦念と悟りの境地を醸してたけど、身内娘はそんなのお構い無しに高らかに叫んだ。



「遠からん者は天へと祈り、近くば五体を地へ投げよ!!! やあやあ我こそは、大聖女レティシア様直轄【聖天八翼】第一位〈熾天〉のオルレイアに候ッッッ!!!!

 趣味は調教、特技は洗脳、街を歩けば悪・即・縛。悪を憎んで悪人を拉致、罪を憎んで罪人監禁、そうして集めた人権無き咎人共を世のため人のためレティシア様のためにリサイクル。これぞエコ!! これぞクリーン!!!」



 身振り手振り付きで熱く語られる口上と、それに合わせて巻き起こる色とりどりの爆発や紙吹雪、そしてどこからともなく鳴り響く謎の拍手に合いの手、指笛、出所不明の声援多数。

 ああ……。この子、義姉様の身内っていうか、完全にイルマちゃんの身内だわ……。


 義姉様同様にすっかり悟りの境地にいた俺に洒脱なポーズでズビシっと指を突き付けてくると、オルレイアは一転して亡霊のようなか細い声と虚ろな瞳で問うてくる。


「――ところで神ゼノディアス様。あなたは、真に善なる者ですか? 是非一度、あなたの口から答えを直接お聞かせ願いたいと思っておりました」


「俺知ってるー。これ、一般的な意味じゃなくて、絶対『レティシア様にとって』って枕言葉が付いてる問いだよね? そして答えを間違えると即座にぶっころころされちゃう類のやつでしょ?」


「ほう、おわかりになりますか。流石は神ゼノディアス様、己が眷属の考えなどまるっと御見通しというわけですね?」


「ううん、ぼくは何ひとつ見通せていないことがたった今明らかになったよ。まず、初対面なのになんでキミはのっけから俺の眷属自称してるの? あと、百歩譲って俺が神だったとしても、調教洗脳拉致監禁するような眷属を従えてるって、それ確実に邪神じゃん」


「―――フ。やはり、本物の神は言うことが違う……」


 なぜか『お主中々やりおるな……』みたいな、好敵手の健闘を称えるかの如き雰囲気を醸すオルレイア。

 よし、この子は話が通じない系の娘なんだな。神ゼノディアス様は、オルレイアちゃんの性質をまるっとお見通ししましたよ。


 と速攻で匙を投げてアホ面晒してたのが癇に障ったのか、オルレイアは一瞬だけ心外そうに眉を上げると、染み入るように丁寧且つゆったりとした口調で語り始めた。


「『この世に遍く全ての人々は生まれながらにして私の信徒であり、脆弱非力な弱者であり、無知蒙昧なる白痴である。

 ――だから、私が全幅の信頼を置く弟子達に頼みたい。どうか、生まれながらの咎人たる彼らに、苦難と容赦を以て接し、鍛え、彼らがせめて真っ当なひとりの「人間」になれるよう導き、救ってあげてほしい』」


「なにそのありがちな神様語録。どんだけ上から目線だよ死ねよ。俺、もし神様扱い受け入れたら、そんな鳥肌で気道塞がって死にかねない寒い口上言うゲロクズ糞野郎にならないとダメなの?」


「す、凄まじい拒絶反応ですね……。ちなみにこれ、レティシア様やイルマも信ずる主神・ミリス様の、ミリス教誕生の発端ともなったありがたいお言葉なのですが……」


「…………………………………あー……。………えぇ、っと…………そのぉ………、でゅ、でゅフフ……」


「とはいえ、レティシア様はともかくイルマについては、八翼という立場上信徒を名乗っているだけですけどね。それにレティシア様も、今の言葉はミリス様の弟子達が恣意的に改変したものであるとお考えです。

 それこそ、我欲に狂った弟子達が救済のお題目の下に行ってきた、洗脳や拉致など足元にも及ばぬ『それ以上』の悪逆なる非道を正当化するためのものであると」


「っ、だだだ、だよなー!!! やっぱそうだよなー!!! なんだよ変は引っ掛け入れるなよなー、一瞬気まず過ぎて嫌な汗出ちゃっただろまったくもうっ!! もうっ!!!」


 っべー、ギリギリセーフ!! 敬虔なる信徒達、それも大聖女だの聖天八翼だの大仰な肩書き持ってる方達の前で主神様をゲロクズ呼ばわりしちゃったかと思って死ぬほど焦ったわぁぁぁぁぁぁぁ……。


 脱力のあまりそのまま倒れ込みそうになった俺だけど、オルレイアと義姉様がなんとも言えない表情で顔を見合わせていることに気付き、なんとか踏みとどまる。


 やべぇな、やっぱアウトだったか……? さっきのオルレイア、明らかに俺の反応見てから後出しでフォロー入れてたもんな……。


 どうしよう。俺、正直言って、宗教やってる奴なんか人間じゃないと思ってるんだけど、ここからなんとかしてミリス様万歳な方向に舵切らないとだめなの?


「……『宗教やってる奴なんか、人間じゃない』……ですか?」


「げっ」


 いつの間にか義姉様のお目々が『心理の魔眼』の怪しい輝きに彩られていたため、正体を暴かれてしまった人でなしの邪神ゼノディアス、ここに万事休す。もはや変な声しか出ませんです、助けて!


 あわわはわわと慌てふためく邪神を他所に、大聖女とその側近さんが何やら困り顔でご相談。


「どうしましょう……。おとうと様が、ご自身を神と崇められることを嫌がっていることは、以前から承知しておりましたが……」


「宗教も信者も完膚なきまでに全否定……は、流石に私も予想外でしたね。それも、色々となあなあにしがちで優柔不断なゼノディアス様には珍しく、かなりの拒絶反応」


「ですわねですわね! 自分のご意思より、いつもわたくしの気持ちや立場を慮ってくれてばっかりの優しくて甘々なおとうと様が、『絶対に譲らないぞ!!』と健気にがんばって死守している一線……、……………」


「……『超えてみたいですわ!!!』とか言い出さないでくださいね? やるならせめてイルマを同伴してください。そしたら、あの愚妹であれば貴女を完全に見限って、後腐れなくゼノディアス様に付くと思いますので」


「ねえ、なぜそんな最悪の予想しておきながらイルマの同伴を勧めましたの? そしたらの使い方おかしくなぁい?

 あと貴女、さっき自分の所属どころかわたくしの正体までおもっくそ暴露してましたけど、いったいどういうつもりですの? あのアイコンタクトと自信満々の首肯にはいったい何の意味が有ったというのです? ねえ? ねえねえ?」


「はぁ……」


「溜め息つかないで!!?」


 泣きそうな形相で縋り付く義姉様と、それをすげなくあしらうオルレイア。どうやらこの主従、中々面白い関係のご様子。


 とりあえず、どうやら俺を本気で批難するって雰囲気でもなさそうなので、ひとまず一安心……と胸を撫で下ろしかけた瞬間、義姉様が顔だけぐりんとこっちに向けてきてロックオン。


「おとうと様ぁ……!!」


「……なんでしょうか、『大聖女』サマ」


「やっぱりバレてるぅ!!? あああああのあのあのっ、わ、わたくしはそんな血で血を贖う大罪の大聖女などというイカレた戦闘狂ではなくえっとうぇへへへへ、いえそんなことより今はおとうと様の宗教嫌い発言の真意を問い質すべき場面なのです!! 話を逸らそうったって、お姉ちゃんは許しませんからね!!!」


「イカレた戦闘狂……? いや、流石に義姉様が自ら戦場を駆け回って敵を血祭りに上げまくってたとは欠片も思ってないけうぉあ!!?」


「話を!!! 逸らしちゃ!!!! メぇっ!!!!!」


 義姉様らしからぬ猟犬じみた矢のようなタックルを受けた俺は、そのまま胸に縋り付いて詰め寄ってくる義姉様をどうすることもできず、たまりかねて全力でホールドアップした。

 ちなみにこのポーズ、降参の意思表明というよりも、俺痴漢してませんよアピールだったりする。兄の婚約者と密着体勢って、嬉しいとかなんとか考える前に普通に冷や汗ダラダラものでござる。


 助けて、オルレイア様ぁ……!! と、義姉様の側近であるはずの少女に必死でアイコンタクトを送ってみるも、彼女はなんとも言えない表情で「ああ、うむ……」と曖昧に頷くだけで、なぜか全く救援の気配無し。それどころか、不意にこっちから目線を切って完全に虚空を見上げてしまわれた。


 首肯まで返してきておきながら、んなあからさまに無視決め込む奴おる……? と勘違いしかけた俺だけど、再びこっちを向いたオルレイアが放ってきた言葉によって、ようやく救出されることとなった。


「御二方。お愉しみの所恐縮ですが、愚妹――イルマからゼノディアス様へ、『いつまでも乳繰り合ってないで、早よこっち来いや!!』と烈火の如きラブコールが入っております。

 普段であれば、嫉妬に狂った愚妹の言なぞ鼻で嗤ってやるのが適切かと存じますが……、なにやら、向こうも少々状況が立て込んでいる様子。ここは素直に愚妹の言を聞いてやり、急ぎ救援して恩を売りつけることと致しましょう」


 救援を求めていたはずが、逆に救援する側になっていた。なにゆえ。いやマジでなにゆえ。


 オルレイアがイルマちゃんばりに謎の情報網を有しているらしい事については、もうそれはそういうもんなんだろう。

 だからそれはいいんだけど、イルマちゃんって今、なんか助けてもらわなくちゃいけないような危機的状況に陥ってるの? いや、なんでさ??


「状況が立て込んでるって、具体的にはどういうことですの……? イルマにさえ捌けないような事態でしたら、はっきり言ってわたくしなんて味噌っかす程度の力にすらなれませんわ!!」


 俺の胸にしがみついたまま、一切の迷いなく透き通った瞳で断言する姉様。嗚呼、なんて潔いひとなんだろう。純真無垢な聖女様の姿にあまりに心が洗われすぎて、ぼくの目から洗濯用水が溢れちゃうよ……。


 俺以上にお目々からお水じゃばじゃば溢れさせそうな情けない表情となったオルレイアは、しかし「くっ」とせつなすぎる呻きを漏らすのみでなんとか堪え、義姉様をなるべく見ないようにしながら俺に澄まし顔を向けてきた。


「……イルマとて、それは織り込み済みでしょう。だからこそ、ゼノディアス様宛てのヘルプミーなのです」


「わたくし宛ては?? ねえ、御主人様にして保護者であるわたくしへは、何もありませんの???」


「レティシア様ちょっと黙っててください。味噌っかす自認してたくせに、貴女はやる気満々で何を仰っているのですか……」


「だって、できないことと、やらないことは、話が全然別ですもの!!」


 なんだかとっても立派なことを言って胸を張ってる義姉様のことを、俺も、そしてオルレイアも、諌めることはできなかった。


 ――無能な働き者が、もし、誰もに愛されるあたたかな人柄であったなら?

 それは即ち、無能などではなく、他者を自分のために働かせる才覚があったということだ。


 時代が違えば、将か王の器。時代が違わずとも、現に大軍の旗頭として聖戦に打ち克った大聖女。


 そんなレティシアという少女は、きっと、世が違えばこう呼ばれる存在だったに違いない。


「――よし! じゃあ早速行きますわよ!! わたくしに救いを求めてこない薄情なあの子を、全力で救って見返してやるのです!!!」


『……御意』


 我らが『アイドル』・レティシア様の願いのままに、俺とオルレイアは苦笑いしつつも首肯し、付き従う。



 ――神は人を救わない。


 なぜならば、人を救うのはいつだって、レティシア義姉様のような、愛にあふれたヒトなのだから。

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