表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/145

八話 女児が男湯に入れるのは最高でも三歳までにした方がいいと思う。あと男児は女湯全面禁止

 賑わう店内をぱたぱたと駆け回っていたウェイトレスさんを捕まえて、イルマちゃんは手短に二、三言葉を交わす。

 どうやら話は通っていたようで、やがてパッと華やかな笑顔となって頷いたウェイトレスさんにジェスチャーで誘導されて、我ら女子ニ名+男子三名は二階へ続く階段へと送り出された。


 普通に「どもっす」と頭を下げて、お仕事の邪魔にならぬようそそくさと女子チームに付いていく俺。

 だがその後ろでは、兄様がわざわざ足を止めて爽やかな笑顔できちんとお礼を言い、王太子に至ってはついでにさりげなく握手や頭なでなでなんかしちゃったりして、二人がかりで働き者の女の子にトキメキと潤いと赤面をプレゼントしてました。


 なにあの流れるような女殺しテクニック。仕事の邪魔もセクハラも、やる人が違えばこんなに結果が違うんすね……。俺が笑顔でお礼言って握手しても『は? 死ね』って白い目で見られて通報されて人生終わる未来しか見えねぇよ。


「おにーちゃん? 余計なこと考えてないで、アリアさんのお尻をべろんべろん舐め回しながらしっかりついてきてくださーい」


「わたし、お尻べろんべろん舐め回されるの!?! や、やだぁっ!!!」


「べろんべろんしねぇよバッカそういうシャレにならない冗談言うのやめろよな愚妹!!! そんな気全然無かったのに無駄にガチ拒否されて、お兄ちゃんのガラスのハートが木っ端微塵だよ!!!!」


「え、ご、ごめん、おにーちゃん……。……………お、怒った? 我、嫌われちゃった……?」


「………………………………………………………………………………いや、大好きだけど」


「イェーイ大好きいただきましたーあざーす!!! あ、アリアさん、今のお尻舐め回し云々は冗談ですからね。正しくは、お尻を『視線で』舐め回しながらですのでっ!」


「な、なんだぁ、そっか……びっくりしたぁぁぁぁぁ……」


 アリアよ、キミは視線にだったらお尻を舐め回されてもいいのかい……? いや、これ単にイルマちゃんの強引な笑顔につられて安堵していらっしゃるだけで、話の中身あんまり理解してないな、たぶん。


 理解されてしまう前になんとか話題を逸らそうとして、階段を登りきった俺は殊更に大きな声で尋ねた。


「で、アリアちゃんのお母さんがいるのはどのへんなん? ………つか、やっぱこんなとこに居そうにないんだけど……」


 どうやら二階は個室オンリーのフロアのようだけれど、個室ったって簡素なパーテーションで大まかに区切られているだけで、天井と仕切りの間は普通に隙間空いてるし、各ブースの入口にはドアなんて上等な物も当然付いてない。

 おまけに、個室だからってVIP専用というわけでもなさそうで、パーテーションの合間から見える客層は相変わらず一般の家族連れが主。その上、どうやらパーテーションが隠れんぼや鬼ごっこの障害物として最適なようで、ちっちゃなガキんちょ共が楽しそうにそのへんを走り回っている。


 一瞬、傍迷惑なガキ共とそれをのほほんと見守るだけの親御さんらに、思わず眉を顰めかけた俺。

 だが、後ろから元気に階段を駆け上がってきた幼女と目が合って思わず『あ』とお互い声を上げて動きを止めた。


 さっきも下で窓越しに目が合った、あの女の子だ。彼女を急かす他の子供らの声から察するに、どうやら隠れんぼか鬼ごっこに混じりに来たらしい。


 子供らと、そして俺とをキョロキョロ見比べて、泣きそうな顔で何かを迷っている様子の幼女。

 そんな彼女へ、俺は笑顔でこくりと頷いてみせた。


「怪我だけはしないように、気を付けてね。あと、もし怖い顔をしてる人がいたら、なるべく静かにして、あんまり近付かないように。わかった?」


「………! わかった!!! ありがとう、おにいちゃ――、………ありがとー、おにーちゃーん」


 元気良くお返事しようとしたものの、幼女は慌てて声を潜めてセルフリテイク。


 そしてそろりそろりと抜き足差し足で仲間の下へ合流した彼女は、集まってきたみんなと何やらひそひそやり始め――、しばらくすると、ちびっ子達が全員揃ってそろりそろりと足音忍ばせながらの超サイレントスローモーション鬼ごっこが開幕。


「ぶほっ」


 なんか唐突に始まった新しい遊びがツボに入ってしまい、俺のみならずそこかしこから親御さん達の忍び笑いや吹き出す声が漏れ聞こえる。


 どうせそのうち飽きて、また傍迷惑なガキンチョ共のカーニバルに逆戻りするんだろうな。けれど、もしそうなったとしても、少なくとも今日だけはもう笑って許せてしまう気がした。


 憑き物が落ちたような清々しさを与えてもらえたことを、幼女とその仲間達に感謝しつつ。ひとしきり笑い終えた俺は、はふりと息を吐き出して気持ちを整え、俺の仲間達の方へと元気良く振り返る。


「よっし! じゃあ行くか――いや何みんなその顔……」


 俺の仲間達(?)は、なぜか男も女も関係なく皆一様に絶句しながら胡乱な目つきで俺を眺めていた。


「………行きましょうか、アリアさん……」


「………うん……」


「………待ってくれ。……俺も行く……」


 俺から目を逸らし、そのままフロアの奥へと言ってしまう女の子達と兄様。


 それをわけもわからず呆然と見送る俺に、王太子がぼそりと言った。


「――――ロリコン」


「……………………え、ち、違」


「あのお嬢ちゃんに注意してやってた時のお前、完全に女を口説こうとする時の俺やシュルナイゼのトーンだったからな?

 あのなんかニブそうなチビアリアでさえ気付くレベルだ。あれで無意識だったら、お前相当だぞ……」


 ちゃうねん、俺はただ優しいお兄ちゃんとして、幼女の身を案じてあげただけやねん、他意や下心なんてあらへんね―――おい我が声帯よ、なぜその弁明をきちんと口に出さない……? これではまるで、痛いところを突かれて押し黙ってしまったような感じに――


「ま、別にいいけどな」


「いやよくないから。変な誤解したままで容認しないでくださいよ、それ一番タチ悪い奴ですやん」


「誤解なのか? お前、さっきのお嬢ちゃんに服を脱ぎながら『抱いて、おにいちゃん♡』とか可愛くおねだりされても、絶対にチンコ一ミリたりとも動かないって心の底から断言できるのか??」


「え、えぇぇ、いや、それは流石にどう考えても一ミリくらいは普通に動くでしょ――えっ、もしかして普通は、それ、動かない、とか……? え、今のってもしかして、間抜けを見つける誘導尋問!!?」


「………………。さて、俺もそろそろ行くとしよう」


「せめて答えてくれよぉおおおおおおおおお!!!」


 普通ってなんだろう? ロリコンの定義とは? 庇護欲と性愛の違いって?

 それらのいずれにも答えをくれることなく、薄情な王太子は言うだけ言ってさっさとみんなの後を追って行ってしまった。

 

 ええぇぇぇ……。いや、普通に一ミリは動くでしょ、それ……。動かないわけないじゃん……。普通の人って、マジで動かないもんなの……? 絶対嘘でしょ……。


 …………嘘、だよね……?


「…………俺、まさかマジでロリコンなのかな……」


「……あら? こんな所で呆然としちゃって、何か悩み事かしら……。私でよかったら、微力ながら相談に乗るけれど。どうする? ゼノディアスくん」


「ん……、いや、そう言ってもらえるのは有り難いんですけど、さすがにちょっと、口に出すのも憚られ……る……内、容……?」


 え、今俺誰と喋ってるの?




「そう……。あ、じゃあ、紙に書いて筆談みたいにやりとりするのはどうかしら? それだったら、少しは心理的な抵抗が薄れると思うし……、それに、ちょっと文通みたいで楽しそうじゃない?」




「………あ、うん。えーっと……。……………そっすね、じゃあそれでお願いしゃす!」


「あら? 普通にお願いしちゃうのねぇ。ふふっ、やっぱり面白い子ねぇ、あなた」


 明らかにトイレ帰りっぽい様相で、お手々をハンカチで拭き拭きしながら現れた、その女性。


 寝癖もなくきちんと整えられた、ダークブラウンの髪。華奢な肩にケープのように羽織られた、軽くて明るい薄手のローブ。あどけなさの残る童顔に浮かべた、無防備でおっとりとした微笑み。


 ――いつも寝癖ぴょんぴょん跳ねさせてて、いつも城壁みたいなぶかぶかもこもこローブがっちり着込んでて、いつも笑顔の中にどこか卑屈さや引き攣った所がある、そんな『あの娘』から容姿だけを写し取り、そこに年齢だけをちょっぴり盛ったような、既視感と違和感を併せ持つ女性。


 そんな彼女の正体など、有史以前から決まりきっている。いや、もはや宇宙開闢以前からの真理だと言ってもいいだろう。

 だから俺は、一億と二千万パーセント超の揺るぎなき確信を持ってイケボとキメ顔で堂々と訊ねた。


「ところで、貴女がアリアちゃんの、実のお母さん。ですよね?(キリッ)」






「え? いいえ、違うけれど……」





 …………………………………。


 んんんんンンン???????



「……え、でも、えっ、えっ、えっ、えっ」


 アリアちゃんばりにどもることしかできなくなってしまった俺に、実はママアリアではなかった謎の女性が「ぷふっ!」と心底楽しそうな笑みを漏らし、腹まで両手で抱えながら肩をぷるぷる震わせる。


「ふふ、フフフッ、ふ、ふふふふっ。ご、ごめっ、違、じょうだん、冗談よ。あなたが、もう、あんまりにも自信満々なものだから、つい、魔が差して。ほら、私、魔女だから! ぷふフフ……!!」


「えええぇぇぇぇ………」


「ふ、ふふ、ふ……。ああ、でも、『実の』お母さんではないっていうのは、一応本当のことなのよ? だって私、まだ処女だもの」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………アッハイ」


「あらら? フフッ、やっぱり可愛い子ねぇ、ゼノディアスくん♪」


 面白い子から可愛く子へとクラスチェンジした俺は、聞きたいことも言いたいことも何一つ口に出来ず、お姉様の掌でひたすらころころ転がされてころころと笑われ続けることしかできない。


 アリアちゃんの家族構成がまた一層複雑なことになってきたけれど、俺はもうその辺についてこれ以上深く考えることを諦めた。親になったことがないどころか異性とまともにお付き合いすらしたことのない童貞には、よそのご家庭の事情に踏み込むのはここまでが限界である。

 グッバイ、未だ見ぬパパアリア。貴男の謎は、めでたく永遠に謎のままになったよ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ