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七話 心は全力で不一致なイカレたメンバー

 目的地は定食屋と聞いた時に、一瞬『魔女様が、定食屋……?』とミスマッチ感への引っかかりを覚えたけど、実際の店構えを見ると『マジでここに魔女機関の総帥様いんの? 絶対嘘でしょ』と即座に疑義を唱えたくなるくらいにコレジャナイ感がハンパなかった。


 定食屋。なるほど、定食屋である。隠れ家的カフェや夜景の綺麗なレストランや妖艶な空気漂うバーなんかではなく、メインストリートを住宅街方面へ外れて徒歩十数分という立地にある、そこそこ繁盛してる様子の小ざっぱりとした大衆食堂だ。

 表に出されている立て看板を見た感じ、メニュー豊富でお値段とってもリーズナブル。デートで来るのはちょっと憚られるけど、家族連れや熟年夫婦ならちょっと気が向いた時にふらっと立ち寄れる、そんな感じの中々雰囲気の良いみんなのご飯屋さんであった。


 大きな窓越しに店内の様子を眺めてたら、ふと、父親に口元を拭われてる幼女と目が合って、笑顔で元気良く手を振られる。

 それに軽く笑いながら手を振り返してから、俺はイルマちゃんを振り返って一言。


「秘密結社の総帥とか、こんなとこに絶対いなくね?」


「そう思われるような場所だからこそ、逆に良いのではないですか……と言いたい所ですが、店のチョイスは単に総帥の好みですね。

 あの人、魔女仲間には無駄に悪女ぶってるくせして、実際は和気あいあいとした雰囲気が好きな寂しがり屋ですから。ついでに貧乏性でもあるので、あまりお高いお店は敬遠しがちだったりします。ゆえに、ここ」


「ゆえにここかぁ……」


 イルマちゃんの語る総帥さん像が、まったく秘密結社の最高権力者してない件について。

 それもうただの小市民だろ。むしろ、そこらの一般人より小者っぽい気配さえ漂っている。聖戦勃発の元凶と目されていた世紀の大罪人が、実は悪女ぶってるだけの寂しがり屋でしかも貧乏性って何やねん。ギャグか?


 イルマちゃんの説明を受けて王太子と兄様まで呆然としている中、アリアちゃんがちょこちょこと俺の方に寄ってきて、ぽしょぽしょと話しかけてきた。


「でもね、おかあさん、普段はケチなくせして、自分の趣味の研究にはお金どっばどっば注ぎ込むんだよ?

 もし、おばあちゃんがことあるごとに様子見に来てくれてなかったら、絶対借金とかしちゃって詰んでたと思う……。それか、熱中しすぎて寝食忘れたあげくの餓死とか衰弱死」


「どんだけだよ……。つか、よく考えたら、アリアちゃん母子と『おばあちゃん』はどういう関係なの? まさか、あの二十歳程度の見た目でマジで祖母、なんてことは――」


「おばあちゃんは、おかあさんの幼馴染みだよ? そこにちょっと遅れてえすたお姉ちゃんも加わって、それからは三人でよく一緒に色々してたってさー」


 てさー、というアリアちゃんの口から聞いたことのない気の抜けた語尾がなんか可愛くて一瞬話が頭に入ってこなかったけど、ママアリアと二代目ナーヴェとエルエスタは幼馴染み同士の仲良しトリオらしい。

 

「え、じゃあなんであのナーヴェお嬢ちゃんは、アリアちゃん的におばあちゃんの位置付けなん? エルエスタと同じでお姉ちゃん枠じゃないの?」


「おかあさん、よくおばあちゃんに迷惑かけたりお世話してもらったりしては、おどけて誤魔化そうとして『ごめんねママン!』とか『ありがとマミー!』とか言ってたから。それがきっかけ……かな?

 ちなみに、おかあさん的にえすたお姉ちゃんはかわいい妹で、あまりに可愛がりすぎたせいで逆にすっかり嫌われちゃってるの」


 ママアリアの人物像が、聞けば聞くほど愉快なものになっていく……。もうこれどうあがいても大戦犯とか大罪人への軌道修正不可能だろ。エセ悪女の名残すら無い、ただのオモロい姉ちゃんだわ。


 ところで、これまでアリアちゃんのお父さんの話題が一ミクロンたりとも出て来てないんだけど、これって絶対聞いたらマズいデリケートなやつだよね?


 イルマちゃんなら、また当然のように何かパパアリアの情報を持ってるかしら――と思って彼女の方を見てみたら、イルマちゃんはイルマちゃんで王太子や兄様と何やらお話し中だった。

 能面みたいな無表情のイルマちゃんと、梅干しみたいな最上級の渋面してる野郎共。けっこう話し込んでる様子のわりにはちっとも楽しそうじゃないんだけど、一体どんな話してんだ……?



◆◇◆◇◆



「――いいですか、オマケのヤロウ共? あなた達は単なる賑やかし要員として臨席が許可されただけのモブなのですから、それをゆめゆめ魂に刻み、会話の潤滑油であることのみを心掛けてヌルヌルうごめいててください。キモ……」


「勝手に言って勝手にキモがるな、どんだけ無礼だ爆殺娘。大体、油ごっこしながらうごめいているだけではろくに俺様の魅力もアッピル(←巻き舌)できないではないか!!」


「だからそれをやめろっつってんですよ。

 あなた達の価値はその性格や個性ではなく、大国の王太子と公爵家嫡男というその肩書きにしか存在しません。

 それを忘れて分をわきまえない振る舞いをすれば、今日の参加者で唯一あなた達に興味を持ってくれそうな権力大好きエルエスタさんさえも『うっざ……』と嫌悪感をあらわにし、コネを作るどころか速攻でこの国諸共縁を切られて終了です」


「ま、待ってくれイルマちゃん。話に聞くエルエスタ女史は、各国との協調を尊ぶ人格者だろう? いくらなんでも、『うっざ……』でそんな簡単に国ごと見限るというのは――」


「エルエスタさんは、魔女なんです。本人は常識人ぶってますけど、あの人の本質は、根っからの【魔女】なんですよ。

 今『生き残っている』国々があの人とうまくやれているのは、ひとえに各国の首脳陣がそのことを多少なりともわきまえた姿勢を取っているからです」


「…………わきまえなかった国が、今どうしているかは……、まあ無粋な質問だぁな。道理で、聖戦以降大した戦も無いってのに、やたら併合や併呑が進むわけだ。

 おい、ウチは大丈夫だろうな……? 言っちゃなんだが、お世辞にも魔女様万歳って空気じゃねぇぞ?」


「そこは、レティシア様の意向を受けて、おにーちゃんを護るために我やオルレイア姉様がうまくバランス取ってきましたからね。



『魔女機関なら、仕方ない』。



 それをキャッチフレーズに、反抗でも恭順でもない消極的迎合といった無害でなまぬるい空気になるよう、平民から王族まで別け隔てなく誘導してやりました」


「あれお前らの仕業かよ!!? 俺の国にいったい何してくれてんの!?!?」


「うるっさい爆散王子ですねぇ……。〈熾天〉のオルレイアの名前が出た途端にすっかり静かになっちゃった、そっちの婚約者くんを少しは見習ってくださいよ、まったく」


「……………あ、いや、俺は……、べつに……、……オルレイアの、ことなんて……」


「……………。婚約者くんは、オルレイア姉様に散々いびられて、自分の無力さを痛感したんですよね? だから、王太子くんに無理矢理連れてこられたフリをしつつ、オルレイア姉様に対抗できるだけの『力』を欲してここへ来た。

 虎の威を借ろうとする狐に、さらに便乗……というのは、傍目には相当カッコ悪いとは思いますけど、レティシア様の隣に立つためになりふり構わないという姿勢だけは素直に評価しますよ。クソダサ婚約者くん?」


「うるさいよ」


「はいはい。……っと、そろそろおにーちゃんに浮気を疑われちゃいそうなので、もう話は終わりにしましょう。

 アドバイザー智天ちゃんへの、尽きることなき感謝と忠誠、しかとその胸に刻みましたね? そしたら最後にもう一個だけ、口直し的に聞いておいていただきたい『アホなお話』があるんですけど――」



◆◇◆◇◆



 突然返しきれない多額の借金でも判明したかのようなゲッソリ顔の王太子と公爵家長男を引き連れて、普段の笑顔を取り戻したイルマちゃんがフツーに帰って来た。


「ただいまでーす!」


「おかえりでーす!」


 ナチュラルに挨拶を交わしたイルマちゃんとアリアちゃんが、『いぇーい♪』と意味もなく両手でハイタッチしてきゃっきゃうふふと戯れ始める。

 その傍らで、うっかり出遅れた俺は中途半端に出かけた「ぉか……」というセリフを何食わぬ顔で飲み込み、掲げてしまった両手でそのまま頭上へ伸びをしながら『いやーなんか超肩凝ってるわーつれぇわー!』みたいなアピールしてました。何コレ、俺バカみたいじゃん……。


 一人で勝手に失敗して勝手に赤面してた俺に、ゲッソリ青年達が亡霊のように寄ってきて、それぞれ一言。


「ゼノ……。お前って、ほんと……」


「想像を絶する阿呆だよな」


 なぜ今くらいの失敗でそこまで言われにゃならないのか。人の心をお持ちならさらっと見てみぬフリして流せよ。これは流石に抗議してもいいのでは?


 恥ずかしさのままにたまらず口を開きかけた俺だけど、それより先に兄様がかぶりを振りながら言葉を付け足した。


「ああ、違う。悪い、今のお前の間抜けな仕草の話じゃなくてだな……」


「あれだ。『二代目』〈晴嵐〉サマの話だ。……お前が、お嬢ちゃん呼ばわり、したとかいう……」


 台詞を引き継いだ王太子にそう言われて、俺は「はあ……?」と曖昧な返事を返した。なんで今ナーヴェお嬢ちゃんの話?


 ……ああ、そっか。今日のママアリアからの呼び出しって、小娘の方のナーヴェさんとか、ひょっとしたらエルエスタとかも同席するのかな? 幼馴染みらしいし。それで、さっきイルマちゃんに参加者についてとかざっくり説明されてたんだろうな。

 人格者で通ってるエルエスタはともかく、アンゴルモアの大王みたいな扱いされてる〈晴嵐の魔女〉が同席するなんていきなり聞かされれば、たとえ二代目で別人だからと説明されたところでこんなげっそり顔にもなるし、あまつさえお嬢ちゃん呼ばわりしてたなんて話を聞かされれば阿呆かと罵りたくもなるか。


 事情をまるっと正しく把握した俺は、あえて軽薄に笑いながらおどけるように肩を竦めてみせた。


「心配しなくても、二代目ナーヴェさんは初代みたいな苛烈で強烈で厄介な性格ってわけじゃないですよ? その上、力にかけるプライドも足りてなければ、肝心の力そのものもまだまだ未熟。なので、現状はぶっちゃけただの小生意気な小娘って感じです。

 だから、そこまで怖がる必要は……、…………あ、あの? ねえ、怖がらなくて大丈夫ですってば。あの、ねえ、なんでそんな二人して魂消たような反応なんです?」


『……………知らん……』


 まるでナーヴェさんではなくこのゼノディアスこそが恐怖の大王様であるかのように、顔面蒼白で距離を取り始める兄様方。

 言いたいことがあるなら素直に言ってくれりゃいいのに、二人とも微妙に明後日の方向を向いて目すら合わせてくれなくなってしまった。なんでや。


 突如として文字通り見限られてしまった俺に、元凶であろうイルマちゃんがアリアちゃんの背を押しながら何食わぬ顔で声をかけてくる。


「さって、それじゃそろそろ行きますよー。あ、場合によっては後からパフェ娘達も合流するかもですけど、そっちについては未定なので今はあんまり気にしないでくださいね」


「パフェ娘……、ああ、義姉様達か」


「ですです」


 なんでもないことのようにこくこく頷いてるイルマちゃんだけど、いきなり見知らぬ追加メンバーをねじ込まれた人見知り魔女っ子が絶望の表情しとるぞ、早く気付いてあげて。


 ついでに兄様まで苦虫をダース単位で噛み潰したようなひっでぇ顔してるんだけど、あんた一体義姉様や身内っ娘と何があった……?


 波乱の予感と幾多の謎を撒き散らし、いもーと様は意気揚々と我が道を往く。


「はい、しゅっぱーつ! おー!!」


『………おー……』

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