六話 いんたーるーど。
「ゼノディアス。そもそもお前、【聖戦】についてはどのくらい知ってるんだ?」
不意打ちな情報と共にぐいぐい来た王太子に押し切られる形で、なぜかその場のみんなでなし崩し的にアリアちゃんのお母さんがいるとかいう某定食屋へ向かうこととなった、その道中。
数歩後ろをついてくるイルマちゃんの胡乱な目つきと、その背後に負ぶさるようにしがみついてるアリアちゃんの氷炎地獄のような視線をマジで一切気にすることなく、鋼鉄の王太子は兄様と俺を両の腕にそれぞれ捕まえて世間話のように問いかけてくる。
こいつメンタル玉鋼……。
「……どのくらい、と言われましても……。世界最大宗教である『ミリス教』の、腐敗しきった教皇派と、それを是正すべく立ち上がった大聖女派による、世界各国を巻き込んだ大戦争……です、よね?」
ちょっと自信が無くなって兄様にちらりと視線で尋ねてみたら、一応首肯をもらえた。
一応である。なにゆえそんなビミョーな表情なんすか、兄様。
「……まあ、お前はレティの『おとうと様に正体がバレたくない』という気持ちを慮って、レティ周りの余計な情報は仕入れないように立ち回ってたからな。一般人と変わらない浅い理解なのも仕方ない」
とは言いつつも、明らかに仕方ないなどとは思ってない感じでなじるような色合いの溜息を深々と吐く兄様。素直に怒られるより酷ぇ。
「どうやら、シュルナイゼはそこそこ知ってるみたいだな? てっきり他国の女に隠れ蓑としていいように使われてるだけのボンクラかと思ったが、歪んだ性癖を満たすために鍛えたテクで大聖女様を返り討ちにしちまったってわけか。まったく、ヘドが出るくらい見上げた愛国心だなぁ、おい!!」
「うるさい黙れ粗チン王子。お前なんて、散々ハニートラップに引っかかりまくって方々に母国の重要機密抜かれまくってる本物の国賊野郎だろうが」
「バァーカ、ありゃわざと流してんだよ。ウチの国の秘密なんて、大聖女関連以外は屁みたいなモンしかねぇよ。要らねーゴミと引き換えでイイ女抱けて信用も得られるんだ、そりゃ喜んでトラップ踏みに行くわ! がははははは!!」
「その結果、未知の性病貰って泣きながら助けを求めて来るんじゃ世話無いな。お前、俺が一体どんな気持ちで薬を探し回ったと思ってる? 最終的にゼノに頼んで調合してもらうハメになって、素直に理由を言うわけにもいかなかった俺は一時期こいつの中で『性病持ちのかわいそうな兄様』だったんだぞ?」
「がははははは!!!! いやその節はマジでごめんね、二人共……。とっても良いお薬、たいへんあざっす……」
いきなり殊勝な態度で頭を下げてきた王太子に、兄様は生ゴミを見るような視線と『ぺっ』というツバ吐きで答えた。唾の行き先が地面であったのは、僅かに残っていた慈悲か敬意ゆえだろう。
一方俺はというと、どんな反応していいのかわからなくて、言葉どころか表情さえうまく作れないでいた。何この二人、仲良すぎじゃね?
友達――というより、最早完全に悪友か。王の血筋とその家臣という関係には似つかわしくない、あまりに忌憚の無さすぎる気の置けないあけすけなやり取り。
これはどういうことかと思っていたら、俺の困惑に気付いてくれた兄様がさくっと教えてくれた。
「俺とは腹違いな上、こういう貴族のゴタゴタ話に興味無さそうなゼノには敢えて言ったことはなかったけどな。
俺を産んだ母は色々あって王家から除籍された人で、細かいことは省くが、結論だけ言うと俺とヴォルグは血縁上の従兄弟にあたる」
「はー」
ヴォルグって誰? ……あ、王太子のことか。……自国の王太子の顔も名前もろくに覚えてないような俺に、そういう方面のハイソな話をしようとしなかった兄様の判断は極めて正しかったと言わざるを得ないね。そして説明を受けた今でさえ一切の興味が持てずにいるのがこの俺、バルトフェンデルス公爵家次男のゼノディアス君です。
そんなことより、もっとナマのえっちの話してくれよ!! モテモテ兄様とヤリチン王子が語る血肉の通った生々しすぎる猥談、ものすんんんんんんごく興味ありまっす!!!
「おにーちゃん。あなたって人は……」
なんか背後から呆れきった溜息が聞こえて来たけど、おにーちゃんは聞こえなかったフリをしました。
すまない、いもーとよ。童貞極めしおにーちゃんには、濃厚なエロスの供給が圧倒的に足りていないのだ……! だからもうしばらく、無意識っぽく【深淵】発動させてこっちを凝視していらっしゃるそこのアブない魔王様をなだめすかして百合百合しててちょんまげ!
「……………貸し、ひとつ」
いもーとちゃんの中で不穏なカウントが積み重ねられる音がした。怖ぁい……。
でも、これで心置きなく猥談に興じることができて心がウキウキわっふるわっふる――
「で、聖戦の話に戻るが」
「え?」
「……? どうした、ゼノ?」
いきなり本題に戻りやがった王太子に思わず素っ頓狂な声を上げたら、兄様に不思議そうな目で見られた。え? あれっ、猥談は??
「………い、いえ、なんでも……」
どうやらエロ話は無しの方向らしいので、イルマちゃんを振り返って貸しのキャンセルを視線で訴えてみた。
イルマちゃんは――、実に、実にイイ笑顔でニッコリと微笑んでみせると、アリアちゃんをこれみよがしに撫でくり回し、満更でもない感じになってきたアリアちゃんとキャッキャウフフし始める。
―――謀ったな、智天……!!!
「聞いているのか、ゼノディアス。一体誰のために、この俺がわざわざ説明してやってると思っている? 女の方ばかり気にして、今必要な情報すらも真面目に聞かないのでは、いつか困ることになるのはお前だぞ?」
ヤリチン王子による、咎めているようでありながら親身な音色しか宿していない忠告が耳に痛すぎてアイタタタ。
「……解説、おなしゃぁす……」
「うむ。で、『【聖戦】というのは、ミリス教内部の勢力争いに端を発した戦争だ』、というのが、お前も知るように一般的な認識となっているわけだが……。実際は、その裏に魔女機関が絡んでいたことで少々ややこしいことになっている」
「魔女機関が……? ああ、世界平和を掲げて戦争介入とかしてますもんね。そりゃ聖戦の時だって何かしらしてたはずですわ」
「このバカ」
「このバカ!!?」
真面目に合いの手入れてたらいきなり罵倒された。なにゆえ。
イミフすぎて思わず兄様に助けを求めたら、兄様は兄様で頭痛を抑えるように額に手を当てていた。なにゆえ!
「……ゼノ。聖戦は元々、『魔女機関がミリス教教皇派を唆し、扇動して起こさせたもの』だ。介入とか鎮圧とかいう話ではなく、元凶としてがっつり関わっているんだよ。
……特に総帥本人は、自らのおぞましき研究成果を教皇派に提供し、戦火をいたずらに拡大させた大戦犯という話だ」
「ま、戦のどさくさで、アルアリア――じゃなくて総帥が行方をくらませたことで、あの女の真意も真実も未だに闇の中なんだけどなー」
総帥がアリアちゃんのお母さんだということに配慮してか、後半は声のトーンを落として語ってくれた兄様と、敢えて軽い感じでフォローを入れてくれた王太子。
二人の気遣いは有り難く思うけど、俺はそれより、王太子が総帥さんのこと直接知ってるっぽい口振りなのが気になって仕方ない。イルマちゃんやアリアちゃんのことも知ってたし、おちゃらけたノリに見合わず意外と侮れない人だ。
流石は王族といった所か……と折角見直してやっていた所なのに、王太子はいきなり「それにしても、あれだよな」という出だしからとんでもないことを言い出した。
「あのちんちくりんな総帥といい、その後釜のエルエスタといい、魔女機関ってのはガキ臭いナリした女しかトップに立てないしきたりでもあんのかねぇ?
俺的には、最低でもお前のお師匠様くらいには熟れててくれないと靴の舐め甲斐が無いんだが……。なあ、ゼノディアス?」
真面目な話から一転して下世話へ飛んだちゃらんぽらん王子のせいで、兄様が思いっきりくしゃりと顔を顰めてこの上ない渋面に。
話を振られた俺はというと――。
「は?」
「いや、『は?』じゃなくてよ。だぁら、昔お前に手取り足取り魔術のいろはを教えてくれたっつー〈晴嵐〉様のことだっての。
当時四、五歳くらいだったとはいえ、お前も男ならあんな程良く育ってる上に極上のツラしたイイ女に個人レッスン受けてたんだ。股間のモッコリ抑えるのに相当苦労しただろ? ん??」
「……………????」
何言ってんだこいつ?
この王子がやけに情報通なことは既に分からされたから、俺と初代〈晴嵐の魔女〉が師弟めいた間柄にあるということを知っているのは、べつに大しておかしいことではない。王族お抱えの暗部組織等を用いずとも、兄様経由とかで普通に聞き出せる程度の内容だしな。
だから、問題はそこじゃない。今俺の中で大問題なのは、
「『程良く育ってる、イイ女』……???」
「あ? なんだ、その魂の抜けたようなツラ。なんだ、お前ぇはもっと巨乳派だったか? 確かに、いくら態度のデカい晴嵐様とはいえ、胸だけはそこまでデカいっつー程でもなかったもんな……」
「いや、婆さんの乳のデカさとかどうでもいいんですけど……」
「あぁ?? …………乳の大きさに興味無い上、あれを婆さん呼ばわりとか、お前ぇ………マジで真正ロリコンだってのかよ……」
背後で未だに百合百合してる女の子達をちらりと横目で見て、戦慄の表情を浮かべる王太子。
おい、ウチのいもーとと後輩女子をロリ扱いすんじゃねぇ。二人共背もお胸も慎ましやかだけど、とってもとっても美味しそうでついつい今すぐ収穫してむしゃぶりつきたくなっちゃうキャワイイおにゃの子達でしょう?
つか、俺がロリコンってより、王子が熟女好き通り越して婆専なだけだろ……。
「ゼノ」
「あん? なんすか兄様、やけに神妙な顔して」
「……男女の間のことで、その上相手が魔女なだけに、あまり口出しするのもどうかと思って今まで黙っていたが……。
いくら憎まれ口を叩き合う程親しいからといって、妙齢の女性を『婆さん』呼ばわりというのはあまり良くないと、俺も常々思っていた」
「……妙齢……」
兄様までなんか変なこと言い出した。
妙齢? って確か、うら若き年頃の娘さんとかそんな意味だったよな? ……ああ、兄様は紳士だから、女性であれば赤子から老婆までひとりのレディとして扱うよな。じゃあ間違ってたのは俺だわ。
「ごめん、兄様。俺が間違ってた。今度婆さん――じゃなくて、ナーヴェさんに会ったら一回謝っとく。いつ会えるかはわからないけど……」
「……いや、余計な口出しをした。俺の方こそすまない。お前はたぶん、お前の思うように進んだ方が良いんだと思う。
……お前以外の誰も、きっと、お前にはなれないのだから」
なんだか寂しげな声音で哲学的なことを言う兄様に、俺はなんだかわけもなく後ろめたい気持ちに苛まれながらも「う、うん」と返事した。
俄にぎこちない空気になってしまったバルトフェンデルス兄弟。そんな俺らの間に挟まって肩組んでる王太子は、辛気臭いのを嫌ってか、一際明るい声で話題を本筋に戻した。
「ともあれ、だ!
なんやかんや事情の入り乱れていた聖戦は、悪の親玉たる悪しき教皇を大聖女レティシアが改心させ、同時に黒幕と目されていた総帥アルアリアの失踪に合わせてエルエスタが臨時総帥として名乗りを上げたことで、表も裏も一応の終息を見たってわけだな。
その後は、信徒に対して縛りが厳しかったはずのミリス教が、大聖女主導で程良く力の抜けた方針に。そして、それまで恐怖で各国抑えつけていた秘密結社である魔女機関も、臨時総帥エルエスタ指揮の下で各国との協調路線へと転換していったのでしたとさ。
これにてめでたしめでたし、ってな」
やたら脱線話が多かったし、最後は駆け足気味にまとめられてしまったが、結構真面目に説明してくれた王太子。
こいつ、実は結構良い奴なのでは? 行き過ぎた熟女好きでしかもその靴を舐めたがるという度し難きド変態ではあるけど、まあ、趣味は人それぞれだもんね……。他人がケチ付けるようなものじゃない。
そう結論し、すっかり話が一段落したような気持ちになりかけた俺だけど、よく考えたら最初の疑問が何も解消されてないどころかますます謎が深まってしまったことに気付いた。
「あの、結局なんでイルマちゃん達――っていうか、大聖女派がアリアちゃんのお母さんを匿ってたって話になるんですか?
敵対勢力の黒幕なんて、匿うどころか普通に最優先で討伐対象だと思うんですけど」
「結局黒幕じゃなかったんじゃねぇの? あくまで、状況証拠からそう『目されていた』ってだけだしな。
つか、状況証拠って話なら、そもそもそこの爆殺娘がアルアリアもチビアリアも爆殺してない時点で総帥は普通にシロだったんだろ。なにせ、爆殺してないからな!!」
背後をぐりんと振り返って恨み節のように強調する王太子だったが、いきなり怒られてびっくりしちゃったのは流れ弾食らった哀れなチビアリアちゃんだけである。チビ言うな。
肝心のイルマちゃんはというと、なんか殊更に慈愛に満ちた笑みと手付きでアリアちゃんを慰めてあげていた。爆殺なにそれ知らない単語ですねと言わんばかりの聖母っぷりである。
王太子のみならず俺までうっかり若干呆れちゃったよ。ウチのいもーと様、ほんとイイ性格してるぜ……。
ちなみに兄様は事情知らないはずなのに「爆殺……」と何か悟ったような目でイルマちゃんを見ていた。どうやらいもーとちゃんは、俺の見てない所でも元気に我が道を突っ走ってる模様。
その後は、特に実のある話をするでもなく、女の子達は女の子達で、野郎共は野郎共でとりとめのない話をしながらだらだらと歩いた。
そんないんたーるーど。




