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三話裏 罪とはね? あがなうのではなく、重ねるの!(by総帥ちゃん)

「――あらあら、あの子ったら。泣く子も黙る〈アルアリア〉の名が、もー見る影もないわねぇ……。自分の方が泣かされてどうするのよ。だいたい女の涙というものはね、もっとここぞという場面で見せてこそ――あ痛!!? 痛いわ、グリムリンデ!! もうちょっと染みないようにお願いよぉ!! 今の絶対わざとでしょう!?」


「すまん、いきなり女の涙がどうこうとかエルエスタみたいな超ウケること言い出すから魔が差した。だが元々消毒は染みるものだ、我慢しろ……ああほら泣くんじゃない。悪かった、私が悪かったから……」


「………泣いてねぇし。ぐすっ」


「そうだな、泣いてないな。よしよし」


 数多の人が行き交う、王都の噴水広場にて。


 魔女機関当代総帥にして先代〈深淵の魔女〉である女は、手近なベンチに腰掛けて、怪我を負った脚をグリムリンデに治療してもらい、ついでに頭を撫でられて慰められていた。


 傅かれる主人と、傅く配下。……その構図に間違いは無いはずなのだが、グリムリンデとしては、眼の前の女が人混みに「あふん」と吹っ飛ばされてすっ転んで膝小僧擦り剥いて涙目になったあたりで上下関係とかまるっと忘れた。


 ――こいつは、あれだな。間違いなくアルアリアの血筋だな、うん。


 グリムリンデは、今代以外の〈アルアリア〉のことは噂程度にしか知らない。なんならこの先代アルアリアのことすら、まともに顔を合わせたのは今日が初めてくらいのものだったりする。

 そんなグリムリンデにとって、アルアリアという名は、泣き虫娘以外の意味を持たなかった。


 泣く子も黙る魔王の血統だとか、世界を統べる魔女共の長だとか言われても、どちらもまるでピンと来やしない。ともすれば、『みんなして私のこと騙してない?』と疑ってしまいそうなレベル。


 ――だが。きっと、眼前の女は、ただの人畜無害な泣き虫娘というわけではないのだろう。



「チッ!!! 使えない女だねぇ、グリグリちゃん……。あそこで消毒液出すとかバカだろ。そこはペオドロギス原液でも塗り込んで挨拶代わりに軽く一回毒殺してやる場面だろうに、ほんっっっっと使えないったらありゃしない……」


「使えないのはナーヴェだよ、その程度であのアルアリアが一回でも殺せるわけないじゃん。殺せないんだから、狙うべきは『封印』だよ。【聖櫃】に閉じ込めてとりあえず一万年くらい過ごさせて精神崩壊させてからの洗脳に次ぐ洗脳に次ぐ洗脳で、最後は従順な下僕にする。これだね!」


「やっぱあんたもアホだろ。まずどうやって聖櫃とやらにあいつをブチ込むんだよ。現実逃避して叶えられない理想ばっか口走ってんじゃないよ、このおたんちん」


「アホはそっちでしょ、なんで御自慢の拳を封印して小生意気に毒殺とか頭捻ろうとしてんの、このおたんこなす」


「ばーか、ばーか!」


「ばーか、ばーかっ!!」



 跪いているグリムリンデの背中を盾にして、すぐ後ろで同じくしゃがみ込んだままひそひそ囁き合ってる馬鹿二人。その会話を漏れ聞いて、グリムリンデは酷い頭痛に見舞われた。


 どう考えてもふざけあっているとしか思えないエルエスタとナーヴェだが、そこに込められた殺意に嘘が無い。ただし、何が何でも本気で『殺し切る』という程の気迫までは滲ませていないので、どうもこいつらは本気で『ただの挨拶代わり』として一回殺したり精神崩壊させたりしようとしてるらしい。



『やあ久しぶり、元気〜? そして死ね』



 末期である。


 世の『幼馴染み』達って、常日頃からタマの取り合いしてるのが普通なの? 怖ぁ……などと、自分がナーヴェを常日頃から殺そうとしてることは棚の上に上げてしれっと常識人ぶるグリムリンデであった。


「……グリムリンデ? その、もういいわ。ありがとう」


「む……」


 撫で心地の良さゆえについつい総帥ちゃんの頭を撫でくり回していたグリムリンデは、恥ずかしそうな笑顔でお礼を言われて、得も言われぬぽかぽかとした気分になりながらもクールな顔を取り繕って撫で撫でを終了。


(とても良い子じゃないか……。いや、子ではないのだが)


 総帥ちゃんの隣に腰掛けて一息ついたグリムリンデは、カサカサと背後に付いてきてベンチの裏に隠れた二匹の虫は無視して、傍らではにかむ女を改めて眺めた。


 見た目は完全に、アルアリアと瓜二つ。昨日はアルアリアの看病をした都合で顔をゆっくりと眺める機会があったので、総帥ちゃんへの既視感がより一層強く感じられる。


 特に、泣いた時の顔なんて、まるでアルアリアそのもの。見た目の年齢こそ異なるが、たとえ双子だと言われても納得してしまうほどに、総帥ちゃんとアルアリアはあまりにも似すぎていた。


 似ている。瓜二つ。……否、そんな次元の話ではない。


 もし、〈アルアリア〉に関する、あの噂が本当なのであれば――。


「なぁに?」


「……いや、なんでもない」


 噂の真偽がどうであれ、それで何かがどうなるということもない。益体もない思考を切り上げたグリムリンデは、「それはそうと」と建設的な会話に舵を切る。


「それで、これからどこへ行くのだ? この異様なメンツだ、まさか朝っぱらから飲みに行こうという話でもないんだろう?」


 何やら焦った様子のエルエスタに急かされて、寝ぼけ眼のアルアリアを女子寮に届けたのが昨晩遅く。

 そして、ナーヴェからの火の出るような怒涛の催促を受けて拠点へととんぼ返りしたのが今日の早朝のこと。

 そしてさらにそこから、長年行方を眩ませていたはずの総帥ちゃんとの唐突な面通しを経て、思わず当惑しているうちに総帥ちゃんに手を引かれてあれよあれよと王都へ連れ出されてきたというのが現在のグリムリンデの状況である。


 終始勢いに飲まれてうっかり言いなりになってしまっていたが、なんだか厄介事に巻き込まれた感がハンパない。今更そんなことを思って溜め息交じりに台詞を投げ掛けたグリムリンデに、総帥ちゃんは悩ましげな笑みを返す。


「折角だから、みんなでご飯でも食べながら……とは思ってたけど、さすがにお酒を入れるのはまだ早いわねぇ。『本題』を話す前から飲んでたら、後でエスタが自棄酒流し込む余裕無くなっちゃって、とってもかわいそうだもの」


「おいそこの女ぁ、今私がヤケ酒に走る前提で言ってただろ!!! あんたまた性懲りもなく私に厄介事押し付けに来たな!!? いいかげんぶち殺すぞオラァ!!! やっちゃえ、グリムリンデ!!」


 威勢良く食って掛かっておきながら、自分はへっぴり腰でナーヴェの影に隠れて、全力でグリムリンデに頼る。そんな情けない有り様でありながら、それを全く情けないと思っている様子もなくシュッシュッとシャドーボクシングを披露して『殺っちゃえ! 殺っちゃえっ!』とアピールしてくるこの女、中々に面の皮が厚い。


 肝心のグリムリンデとナーヴェが白い目を向ける中、総帥ちゃんだけがエルエスタに同情したように優しい微笑みを浮かべた。


「……エスタ……」


「な、なによ」


「…………私、あなたのそういう小物臭い所、とっても好きよ? なんていうか、もっといっぱい虐めてあげたくてぞくぞくしてきちゃうっていうか、泣いてる顔をきゃめらに収めてポスターにして街中に貼って回りたくなるっていうかぷーくすくすクフフ!!」


「はいブッ殺ォ!!! はい怒った!! はい私本気で怒りました!!! もう怒ったもんね、ウチの最終秘密兵器【ミリアルノア】今こそレディゴッ!!!!」


 唐突にして初耳な兵器名に皆が『?』と小首を傾げる中、エルエスタはこれまで(物理的に)懐で温めていた秘密兵器をローブの中から引っこ抜いて両手で高々と掲げた。


 最終秘密兵器、正式名称【ミリアルノア】。――通称【みーちゃん】、満を持しての登場である!!


「………………ふ、……ふしゃー……」


 力有る魔女のお歴々にまじまじと見つめられて、しっぽをお又に挟んで恐縮することしきりなみーちゃん。それでも、緊張でカチコチに固まった声帯と両手を必死に動かし、エルエスタに命じられるがままに精一杯の威嚇のポーズを見せる。


 愛らしい小動物に対するあまりのむごい仕打ちに、一同が思わずごくりと息を飲んで言葉を失う中。外道が留まるところを知らないエルエスタは婉然とした妖しい笑みを浮かべながら、涙目なみーちゃんのほっぺにゆぅっくりと指先を這わせていき、『ニタァァ……』と嗤いながら軽くつねるジェスチャーをする。


「今まで上手く隠してたようだけど、あっちのアルアリアが大の猫好きってことは、当然あんたも実は大の猫好きってことでしょぉぉぉ〜?? そんなあんたに、この言葉を贈ってあげるねっ♪


 ――『この子に痛い思いをさせたくなけりゃ、おとなしく全裸で土下座するか、もしくはかわいいこの子の爪で八つ裂きにされなさい』ッッ!!!」


 くわっと目を見開いてガチの声音で要求を突き付けてくる慈悲無きテロリスト女、まさに徹頭徹尾外道の極み。もはやこいつが畜生である。


 総帥ちゃんは「あらぁ……?」と思いの外困っている様子で曖昧に微笑み、ナーヴェは「えぇ……」とドン引きしすぎて物理的に若干距離を取る。


 そしてグリムリンデはというと、エルエスタにほっぺをぷにぷに弄ばれて「ふにゃぁ」と弱々しく鳴きながらはらはらと落涙するみーちゃんを見て、あまりの可愛さに「ふぐっ」と声を詰まらせ悶絶いや違うかわいいとか思ってる場合じゃない、かわいそう、そうだ可哀想なお姫様をなんとか悪い魔女の魔の手から救い出さねば!


「みゃぁうぅ……(りんでぇ……)」


「ふずっ」


 ちっちゃなお姫さまに縋るような上目遣いで名を呼ばれ、グリムリンデはあまりの尊さに変な声を上げながら意識をトばしかけるも、舌をガリッと噛み切って痛みで正気を間一髪繋ぎ止める。


 ちなみに、突如銃撃されたように苦しげに悶え喀血する自殺未遂者グリムリンデに、またもナーヴェは「えぇぇ……」とドン引きしていた。

 やれやれ、やっぱりまともなヤツはあたしだけかい……などと皆を見下しながらかぶりを振って嘆いてみせてるこの女、忘れることなかれ、稀代の狂人〈晴嵐の魔女〉その人である。


 もはやまともなヤツなど一人もいないこの混沌の最中。総帥ちゃんは、グリムリンデのお口の中を軽く診察してあげながら、泣きべそかいてるみーちゃんを横目に見て弱ったように溜め息を吐いた。

 

「もー、仕方ないわねぇ……。これ以上流れ弾で誰かを傷付けるのも悪いし、でも土下座も八つ裂きも絶対ヤだから、今日のところはひとまず厄介なお話は無しにしておいてあげるわ」


「ひとまずとか今日だけとかじゃダメ!! 一生しちゃやだ!!! 聞きたくない、聞きたくないよぉ!!」


「あらあら、この子ったらほんとわがままなんだからぁ〜。立場を得てちょっとは成長したかと思ったら、むしろなんだか退行してない? 私が認めたウチの最強戦力がこの有り様じゃあ、来たるべき大戦に私達が敗北するのも時間の問題かしらね。儚い人生だったわぁ」


(…………? なに?)


 なんだか総帥の口から不思議な言葉を幾つも聞いた気がして、グリムリンデは小さく疑問符を浮かべた。


 だが、その声は誰の耳にも届かない。

 ナーヴェは薄情にもすっかり我関せずのポーズであらぬ方向を向いた挙げ句、串焼き買いにふらふらと離脱。エルエスタまで「あーあー聞きたくない聞きたくなぁい!!!」とみーちゃんをほっぽりだして何処かへ遁走。絶叫と共に宙を舞った絶望のみーちゃんは、泡食った総帥ちゃんに間一髪でキャッチされて仲良くごろんとひっくり返る。


 あわやベンチから落ちそうになった総帥ちゃんとみーちゃんを、咄嗟にグリムリンデがしっかりと抱き留めて。その時にはもう、グリムリンデは先程の小さな疑問などすっかり忘れ去っていた。


「ほら、気をつけろ。……いや、今のは何から何までエルエスタが悪かった気がするが、あのメンタルの弱い女をあまり無駄に追い詰めてやるな」


「…………グリムリンデ?」


「ん、なんだ?」


「貴女って、なんていうか、………女の子にモテそうね……」


「いきなり何言い出しとるんだお前は……」


 呆れ顔で間近から見下ろすグリムリンデに、総帥ちゃんは「なんでもないわ」と照れた笑みを返して身を離した。


 フリーフォールのショックで呆然とした様子のみーちゃんを地面に優しく下ろしてあげて、総帥ちゃんは休憩終了とばかりにひょいとベンチから立ち上がる。


「さって、じゃあそろそろ行きますか! ああ、ちなみに目的地は本当にご飯屋さんよ?

 まあ、その目的は、エスタの警戒心をほぐした所で唐突にめんどくさい話をぶっ込んで超涙目にさせてゲラゲラ笑い転げることなんだけど」


「だからそのいじめっ子ムーブを慎めと……。大体、肝心のエルエスタは既に超逃げたが?」


「どうせすぐに超戻って来るわよ。胃痛の種の存在をこれだけ散々匂わされて、挙げ句に大戦なんて単語まで聞かされておきながら、あの肝っ玉のちっちゃい子がそのまま無視を決め込むなんて絶対無理だもの」


 ――『来たるべき大戦』。


 十年前の聖戦以降、長いこと行方を眩ませていた、魔女機関当代総帥。そんな彼女が今再び姿を見せたのは、おそらく、またぞろ大きな戦とやらが起こりそうだというのが理由なのだろう。


 とはいえ、戦争なんて単語は〈力有る魔女〉であるグリムリンデやナーヴェにとって大した感慨も無い。なんなら、その時の気分次第では体のいいストレス発散の場として歓迎さえする、ちょっとしたお祭りイベントである。言葉通りの意味での行けたら行くである。

 だから、グリムリンデも『まあいっか』と一度は聞き流してさくっと忘れようとしたのだ。


 だが。総帥ちゃんの後ろ姿に、ふと虫の知らせにも似た嫌な空気を見たグリムリンデは、遠ざかっていく小さな背中を早足で追いながら口を開いた。


「……その戦、私達の敵は誰だ?

 ナーヴェとエルエスタが手を組んでいるうちは、古参の〈力有る魔女〉クラスが本格的に裏切るということもないはずだ。

 かといって、中堅・新参の魔女や有象無象の魔術師共や、それ以外の英雄や英傑を名乗る普通の人間共では、何人集まった所で嫌がらせ程度しか出来ん。

 ……それ以外に厄介なのは、聖国の【聖天八翼】とかいう異能者集団くらいだが……、あいつらは基本、魔女機関に不干渉。

 となると……、あとは域外世界の害虫共くらいしか思い付かんが、あいつらは端っから論外だしなぁ……」


「全部よ」


「………ん、なんだって?」


 いつの間にか考察に耽っていたグリムリンデは、総帥ちゃんが返してきた短過ぎる言葉を普通に聞き逃して思わず問い返した。


 それを驚愕ゆえの二度聞きと勘違いしたのか、足を止めてくるりと振り返った総帥ちゃんは、ネタばらしを楽しむイタズラっ子のようにニヤリと笑って再度告げる。


「だ・か・らぁ、『全部』よ、ぜんぶ。今あなたが口にした連中が、裏で手を組んで仲良しこよししたり、逆にお互いを唆したり出し抜いたりしながら、私やエルエスタの治世に反旗を翻そうとしてるってわけ。

 もちろん、あなたが考慮にすらに値しないとして切って捨てた域外世界の人達も、総力を上げて攻め込んで来るわよ」


「…………それ、は……」


 グリムリンデは、すぐには二の句が告げなかった。といっても、それは驚愕や呆れゆえではなく、単純に総帥ちゃんの口にした答えが全くもってピンとこなかったからだ。


 特に、域外世界の連中について。

 奴等は『魔女殺し』とも言うべき厄介な特性を有してはいるが、その特性が併せ持つマイナス面のせいで、こちらの世界にろくに踏み入ることさえできないというジレンマを抱えた種族だ。

 時折意気揚々と乗り込んでくるアホな個体もいるにはいるが、こちらがほとんど手を下すまでもなく、勝手に爆散して儚く散っていく。そんな感じの哀れなイキモノである。


 そんな彼等が、総力を上げてやって来るという。


「ふむ」


 ――何かの罰ゲームかな? かわいそうに……。


「どう? これで事の重大さがわかったかしら?」


「あ、ああ、そうだな。凄く、かわいそうだな……」


「? なんで他人事なの? 本気になった彼らにかかれば、〈力有る魔女〉であるあなたでさえ、とってもかわいそうな目に合わされるのは免れないのよ?」


「え? 私も罰ゲームで爆死するのか?」


「え?」


「え?」


 なんだか話が噛み合わず、お互いに顔を見合わせて『???』と小首を傾げ合う総帥ちゃんとグリムリンデ。

 二人はやがて、よくわからないままに「えへへ?」「ふふふ?」と笑顔を向けあって、わけもなくほっこりとしたムードを醸し始める。にこにこ、にこにこ。




「いや、えへへふふふじゃねぇぞ、このポンコツ共……」


 相性良すぎなぽんこつさん達の話を魔道具で盗聴していた少女が、物影に隠れて遠巻きに眺めながらすっかりやさぐれ切った様子で呻く。

 彼女の名はエルエスタ。自分が兵器扱いした挙げ句に投げ捨てた仔猫を片腕に抱いて今更ご機嫌取りをし、もう一方の手にはついでに拾って来た問題児ナーヴェの首根っこを引っ提げて。みーちゃんの白い目やナーヴェの串焼きセイバーによるほっぺぐりぐり攻撃に耐えながら、やさぐれ少女はぐちぐち愚痴る。


「なんなのあいつら、そこ笑うとこじゃないじゃん。案の定、めちゃ面倒な案件持って来てんじゃん。笑えねーわ。ていうかグリムリンデは何をどう勘違いしたら罰ゲームで爆死するわけ? ほんっと意味わかんな――ちょっとナーヴェ、いい加怒るわよ? 地味に痛いしタレでべちょべちょするんだけど。やめなさいこのバカ」


「こってり過ぎて不味い。食え。あたしあっちの果物で口直してくる」


「うん、あんたはちょっと自由すぎるからそろそろどっかで痛い目に遭え? 不味いなら食べなきゃいいでしょ、なんで被害者増やそうとしてんの」


「食べ物粗末にするなんてアリアに顔向けできないだろうがぁあああああ!!!」


「知るかバカああああああああ!!!」


 そうして、取っ組み合いの喧嘩(ただしエルエスタが一方的にヤラれて串焼き食わされるだけ)を始めて周囲をぎょっと驚かせる、新たなるぽんこつ娘共。



 最早ぽんこつしかいないやんごとなき魔女(笑)達から隙を見て距離を取り、仔猫のみーちゃんは白い目を通り越して白目剥きそうな勢いで疲労に満ちた溜め息を吐いた。

 そしてふと、未だとぼけた笑みを浮かべている先代アルアリアに目をやる。


 ……【アルアリア】の眷族たる、みーちゃんだけは知っている。エルエスタがまだ知らず、そして、先代アルアリアがまだ語っていない――『これからちゃんと語る気が有るのかさえわからない』、ひとつの重大な事実を。


(『魔女殺し』の特性は、完全な人数依存。彼らが数を増やせば増やした分だけ、デメリットは減少し、同時にメリットは際限無く強化されていく。……理論上、その能力に上限は無い)


 おそらくエルエスタ様は、ちょっと魔術の効きにくい虫が群れて襲ってくる、やだなぁ逃げたいなぁ酒飲んで忘れたいなぁ、程度の認識しかない。だからこそ、『めっちゃ面倒な案件』の一言で済ませてしまっているのだ。きっと、リンデも似たような感じだろう。


 残念ながら、認識が甘い、と言わざるを得ない。



 そもそも。今こうしている間にも、爆発的に増え続ける『彼ら』に、こちらの支配領域を刻一刻と削られ続けているというのに。



 その事実を知らないことは、罪ではない。なぜならば、この情報は、歴代のアルアリア達が魔王と呼ばれるレベルであっちこっちでマッドな人体実験とかに手を染めて、知ってたら駄目な知識を貪りまくる中で得たものだから。

 それを考えれば、むしろこんなことを知っているアルアリアの方が罪人であり、そして、その知識を共有しているみーちゃんは、言わば『共犯者』である。


「……ほら、そんな強張った顔をしないで? あなたはもらい事故に遭ったようなもので、何も気にすることなんて無いんだから」


 気付けば、グリムリンデと共に歩み寄ってきていた先代アルアリアが、みーちゃんをよっこいしょと抱き上げて優しく撫でた。


 もらい事故の言葉に、ナーヴェとわちゃわちゃやっってた仔猫誘拐犯エルエスタが「うっ」と気まずい顔で目を逸らす。


 そんなエルエスタがナーヴェとグリムリンデに白い目で責められているのを他所に、総帥ちゃんはみーちゃんへそっと耳打ちした。


「大丈夫よ。【アルアリア】の罪を一緒に背負おうとしてくれたあなたの献身に、私達はきちんと報いるわ。だから、あなたは何も心配しないで、どうか笑っていてちょうだい?」


「……………にゃあ」


「あら? ふふっ、よしよし♪」


 これまで抱いていた警戒心や猜疑心を、ほんのちょっとだけ緩めて。みーちゃんは、大好きな御主人様と全く同じ香りのするその女の胸元へ、ぐりぐりと頭を擦り付る。


 優しい手付きで撫でられながら、みーちゃんはにわかに微睡む意識の中で、その不思議な台詞を聞いた。


「ちゃんと、全部丸く収めてみせる。……でも、万全を期すためには、最後の手札がまだ揃っていない。


 急かさない。強制もしない。悪役も全部私が引き受ける。――だから、私を『彼』に会わせてね。とっても過保護な、小鳥さん達?」

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