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三話 女王陛下のお通りです!

 覇道を往く、外出女王アルアリア。


 行く手を阻む難敵共を、自らの稀有なる【権能】によっていともたやすく跳ね除け、孤軍の女王はとうとうその御御足で魔界の深層へと踏み込むに至った。


「でよぉ〜、マジでぺちゃくちゃぺちゃくちゃ!!」


「うぇ〜!? マジでぺちゃくちゃぺちゃくちゃ!!」


 ――出たな、妖怪ペチャクチャ共め。


 深層ともなれば、たとえ浅層で出没したのと同系統の雑魚モンスターであろうとも、まるで同一グラフィックの色違いのように強化版となって現れる。


 そんなお約束に則ったのかどうかは知らないが、今廊下の向こう側からこちらへ徘徊して来るのは、『ニンゲン』とかいう種族の、オス型が二体。

 先程まで相手取ってきたメス型と一体どこが違うのかわからないほぼ同一の外見(←アルアリア目線)でありながら、それを目にしたときに湧き上がる生理的な嫌悪感はメス型の比ではない。


 我知らず、ごくり、とアルアリアの喉が戦慄の音色を奏でる。


 今のアルアリアに撤退の二文字は無い。なぜならば、今日の彼女は外出女王アルアリア。女王の歩みを止めることなど、たとえ未知のモンスターであろうと、たとえ女王自身であろうと、けっして出来はしないのだ。


 戦って勝つか、さもなくば、戦って滅ぶのみ。王さまって確かそんなかんじ。かしこいアリアは知っている。


 ……でも普通にやると雑魚にも自分にも負けてしまうので、智将アルアリアは『ここまでの道程と同じように』こっそりとチートな奇策を発動した。お目付け役のみーちゃんも今日はいないので、何の気兼ねもなく大盤振る舞いである。




「――――――【深淵】」




 力有る言ノ葉を紡いで、まばたきをひとつ。ただそれだけで、彼女の視界は物理世界の矩を超越し、この世ならざるモノをその双眸に映す。


 今回彼女が可視化したのは、歩いてくる二体のオス型モンスターから投射されてきた、本来実体を持たない概念上の存在である『視線』。


 それを、アルアリアは確かに眼で視て、手で触れて――、そっと逸らしてみせた。


「ていっ」


 勇壮なる掛け声(※アルアリア比)一発。その声に気付いたかのように件のオス型共が目線を向けて来ようとするが、奴らの視線はアルアリアなけなしの全体重によって抑え込まれているため、女王の尊き姿を目にすることは叶わない。


 結果、唐突に寝違えたかのように首が特定方向へ動かなくなってしまったオス型共は、


「っべーわー、オレなんか首ヤベェわー!! グキっていったわー!!」


「マジでぇ!? なんか今オレもグキったわー、まじシンクロべぇわー!! もうオレらって、マジ竹馬の友!! みたいな系〜!?」


「マジでぇ!? いや、ほんとそれ系〜!!! けいけいウェ〜イ!!!」


「イケイケうぇ〜イ!!!」


(こいつら、何語喋ってるんだろ……?)

 

 わりと酷いことを思ってるアルアリアに気付くことなく、唐突に友情を確認し合ったオス型二体は唐突に肩を組んで唐突に仲良く『イケイケなオレら』を歌い出し、ゴキゲンにデュエットしながらルアリアのすぐ横を通り過ぎて反対側の廊下の角へと消えていった。


 なんとなくその後ろ姿を見送ってしまったアルアリアは、あまりに未知すぎる生態をしていたオス共についてしばし思索を巡らせ――。


「ま、いっか」


 研究大好きアルアリア、しかし引くべき線は心得ている。この世には、知らなくていいものもあるのだ。【深淵】の権能を受け継ぎし異端の魔女の末裔である彼女だが、祖先の悪い所まで受け継ぐ必要はあるまい。


 おりこうさんなアルアリア。さくっと気分を切り替えて、彼女は再び前を向く――と、その時。


(うわぁ、もう次が来たよ……)


 発動しっぱなしだった【権能】が、次なる雑魚モンスターから投射されてきた視線を捉える。一歩も進まないうちからおかわり来るとかツイてないな、と溜め息をつきながらも、アルアリアはぞんざいな手つきで『視線』をはたき落とそうとして、



 ばちぃぃぃぃん!!! と、逆に手を弾き飛ばされた。



「――――――っっっっ!?!?!!」

 

 ありえない出来事と、一瞬遅れてじんじんと手のひらを蝕んで来た痛みのせいで、思わず掠れた悲鳴を上げてしまい、うっかり【権能】まで解除してしまう。


 それは、不可抗力であると同時に、英断であった。もし権能が発動しっぱなしだったら、手のみならず全身をしたたかに殴打されていた所である。

 彼の者の、こちらを見ようとする意思の力強さたるや、ともすれば殴打を通り越して撲殺されかねないほど。それはもはや執念や怨念の領域であり、それこそ人の世にあっていいレベルの生易しい執着ではない。やばい。こいつまじやばいウェイ。


 絶対の信頼を抱いていたはずのチート能力をいともたやすく破られてしまったアルアリアは、色々な意味でぞっと背筋を凍りつかせながら、こちらにやって来た新たなる雑魚――、否、野生のラスボスを思わず凝視し……。


 そして。一転、表情と全身の筋肉をでろんでろんに脱力させた。凍ったはずの背筋が、ぬくい温泉にぽいっと放り込まれたような気分である。落差があまりにハンパなさすぎて、テンションが若干おかしなことに。


「なんだ、ぜのせんぱいかぁぁぁぁ…………。もうっ、びっくりして損した、もうっ!! もうっっ!!!」


「うん、なんで俺は出会い頭に逆ギレ気味になじられているんだろうね。それはともかく、手どうかしたの? なんか痛がってるっぽいけど」


「ぜのせんぱいのせいですけど!!?」


「エルエスタばりにキレッキレだなおい。お姉ちゃんの悪い所まで見習っちゃダメなんだぞ〜?」


 ちょっとおどけた様子でたしなめてきたぜのせんぱいは、流れるように自然な動きでアルアリアの手をそっと取ると、慈しむように、愛おしむように両手でそっと包み込む。


 そして断りもなく発動される、毎度お馴染み【完全治癒の奇跡】。まるで昇天するような天上の心地よさに思わずほにゃりと表情を蕩けさせかけるアルアリアだったが、『これそんなにほいほい乱発していい技じゃないと思う……』という今更すぎる真面目な思考が歯止めとなって、どうにか放尿を披露せずに済んだ。


 つまり、危うく放尿する所であった。その嫌すぎる刷り込み現象に気付いてぎょっとしながら震え上がったアルアリアは、なんとかぜのせんぱいの手を振り解こうとして全身をぶんぶんと振り回す。


 しかし、アルアリアは所詮大敗のアルアリア。繋がれたままの手をぶんぶんと振られたぜのせんぱいが、「ん? おお、握手握手?」とまるで親戚の幼女に戯れで握手をせがまれてうっかり相手しちゃうおいちゃんの様相で御手々をにぎにぎしてくる。


 ――この、にぶちんめぇー!!


 なんて胸中で罵倒を繰り出すアルアリアだったが、ぜのせんぱいとの触れ合いが普通に嬉しくて、思わず「ふひぇっ、へへぇ」とへったくそな笑みを浮かべてしまう。


 にわかにしあわせに満たされてなんだか何もかもがどうでもよくなってきたアルアリア。ふと、握手に合わせてぜのせんぱいの両手首に巻かれているオシャレなアクセサリーが揺れていることに気付いた。


 そのアクセサリーの名は、荒縄。


 ぜのせんぱいは、なぜかお縄を頂戴していた。えっ、なにゆえ???



「………こほり」



 意識の外から唐突にわざとらしすぎる咳払いが聞こえてきて、アルアリアはびっくりしながらぜのせんぱいの傍らを凝視した。


 そこにいたのは――、ぜのせんぱいから伸びた縄の端っこを掴んでいる、ちょっと物言いたげな様子の女の子。


 ちらりちらりと目線で何事かを訴えてくるこの女の子は……、確か、


「いるまにそうろう……!!」


「普通にイルマで結構ですよ、アリアさん。よくよく考えたら、そーろーはおにーちゃんだけで間に合ってますし?」


「誰が早漏じゃゴルァ!!!」と食って掛かりかけたぜのせんぱいは、しかし、かわいく小首を傾けるいるまちゃんにじっと見つめられると、なぜか非常に粛々とした所作引き下がってすまし顔を取り繕っていた。

 そのまま、悠久の時に晒された石像のように固まってしまったぜのせんぱい。


 よくわかっていないアルアリアは、どうしようかと困りながらも、いるまちゃんに目線で促されるようにして、ぜのせんぱいの手の中から自らの手を引っこ抜いた。


 それを見届けたいるまちゃんが、小さく、本当に小さく、ほっと安堵の吐息を吐く。


 ――その様をばっちりと目撃して、かしこいアルアリアはまるっと察する。


「……いるまちゃん、もしかして」


「何か曲解と誤解をされたような気配がありますので先に『それは違います』と断言しておきますがそれでも何か仰りたいのであればどうぞ言うがいいですよこのやろう!!!」


「あ、いいです……、うん。うん……なるほど……そっかぁ〜? ふぅぅぅ〜ん……。へええぇぇぇ〜……??」


「え、やっぱりちょっと待ってください。なんですかそのいやらしい笑み。およそアリアさんらしくないめちゃめちゃ意地悪なお顔してますよ? あなたの中でどんな誤解が発生したのかはさておいても、あなたの中で我ってどんな位置付けなんです……?」


「んー……? どんな、って言われても……」


 アルアリアはふと考える。


 自分にとっての、いるまちゃんとは。

『黒猫のみーちゃんから分裂した上で人間の女の子になった存在であり、つまりは親友の双子のようなもの』、とは流石にもう思っていない。あれはあくまで、前後不覚状態に陥っていたアルアリアによる荒唐無稽な脳内設定であり、そんなことはアルアリアにだってわかっている。

 猫は、突如人間の女の子になんて変身しないのだ(←フラグ)!


 でもそうなると、はて、いるまちゃんの正体がさっぱりわからない。


 わかるのは、いるまちゃんはぜのせんぱいの『いもーと』であるということと……、それと、あとはもうひとつ。



 ――咲き誇る大樹の下、きれいなお花畑の中。

 ウザ絡みしてしまったアルアリアに髪型を好き放題にいじられても、それを止めるでも嫌がるでもなく、いるまちゃんは困ったような笑顔を浮かべながらもずっと付き合ってくれていたということ。



 あの日の記憶は曖昧で、なんなら最近やけに白昼夢とか夢遊病とかに悩まされていたりもするアルアリアだけれど、いるまちゃんと過ごしたあの時間が丸ごと夢だったとは思えない。


 つまり、アルアリアにとってのいるまちゃんとは、


「『うざ絡みしていい、いもーと』……!! これだ――あ痛ぁ!!?」


「これだ、じゃないでしょう、このおばか!」


 ぷんぷん怒るいるまちゃんに頭をぽこんと叩かれて、アルアリアはドヤ顔から一瞬で泣きべそ顔へと急転直下。


 音の割にこれっぽっちも痛くはなかったけれど、びっくりしちゃったアルアリアはめそめそ泣きながら、ぜのせんぱいにいるまちゃんを宥めてもらおうとして上目遣いの視線を向けた。

 アルアリアは知っている。ぜのせんぱいは、自分が女の子に嫌われること以上に、女の子同士の仲が悪くなることを極端に嫌うのだと!


 アルアリアの期待の眼差しと、いるまちゃんのちょっとやさぐれた感じの薮睨みを受けたぜのせんぱいは――、なぜかフッと爽やかな笑みを浮かべ、高らかに宣言した。


「試合、続行です!! ファイッ!!」


「ええええぇぇぇぇぇぇ!!??」


 ぜのせんぱいらしからぬ判決にびっくり仰天したアルアリアは、勝ち誇ったドヤ顔してるいるまちゃんに鼻で嗤われる。


「読みが甘かったですねぇ、アリアさん? 先程までのはおにーちゃんにとって『仲の良いじゃれ合い、むしろ普通より親しそうで実に良きです』という評価だった上、そもそも今のおにーちゃんは我に逆らうことのできないイエスマン……。ほれほれ、この縄が目に入らぬかぁ!!」


「ぐ、ぐうぅぅぅぅ……!?」


 これみよがしにぜのせんぱいを縄でぐいぐい引っ張るいるまちゃんに、アルアリアはぎりりと歯噛みして悔しがる。というか、


「ねえ、そういえば、どうしてぜのせんぱいはお縄をちょーだいしてるの?」


「被告人ゼノおにーちゃんは、いもーと軽視罪並びに他所の女えこひいき罪により、罰としてこれから虚勢されるべく連行されている所からです。ちょきちょきっ♪」


 きょせい? と首を傾げかけたアルアリアだったが、いるまちゃんが片手をぜのせんぱいの股間に持っていってハサミでちょん切るジェスチャーをしたのを見て「あっ」と理解した。ちなみに罪状については小難しかったせいでよくわかっていないままである。


 わからないままに「そっかぁ〜」と納得の言葉を漏らしてしまったアルアリアとは逆に、当のぜのせんぱいがまるで何もかも初耳と言わんばかりにぎょっと目を剥いた。


「待って!!? ちょきちょき!? 違うでしょ? そんなガチでちょん切ろうって話じゃないでしょ!? 薬っ、おクスリで一時的にオンナノコになって遊ぼうっていう、それだけだよね?? ねえっ!??」


「いえ、それはおにーちゃんが罪人になる前の話じゃないですか? 赦されざる咎人となってしまったおにーちゃんには、然るべき罰が必要です。なので、ちょきちょきっ♪」


「ちょきちょきはらめなのぉぉおおおオオオオオ――――!!!!」


 縄の巻かれた両手と髪をぶんぶん振り乱して必死に拒絶をアピールするぜのせんぱいと、その哀れな様をを見ながらあらあらうふふとご満悦な笑みを浮かべるいるまちゃん。


 仲良さそうでいいなぁ……とちょっぴり羨ましくなってしまったアルアリアは、急激にむらっと湧き上がった衝動に衝き動かされて、よく考えもせず心のままにぽろっと言葉をこぼした。



「わたしも、ぜのせんぱいの『きょせい』手伝う!!」



「ファッ!?!??」「ふぇっ???」


 びっくり仰天して間抜けな顔を晒す仲良し兄妹を見て、アルアリアは自分のセリフを顧みるどころか、むしろますます得体の知れないむらむらに胸中を支配されてしまい、更に一歩踏み込む。


「わたしもっ!! ぜのせんぱいの、おちんちもごっ」


「しゃらっぷ、シャラップですよアリアさん!! あなたちょっと何言ってんですか!?」


「おちんぐむ」


「はいおっけー、貴女はしばらく喋らないでください!!」


 いるまちゃんの細腕に首根っこをロックされるような形で口を抑えられ、アルアリアは「ぐむーっ、ぐむーっ」と籠もった声を出すことしかできない身となった。

 それでも、不満を視線に託し、『仲間はずれ、よくない!』といるまちゃんを見つめてみる。


 ちょっと引き攣った笑みを返してきたいるまちゃんは、呆然としていた様子のぜのせんぱいを縄でくいくいと引っ張って呼び寄せ、顔を寄せ合って内緒話を始める。ちなみにアルアリアはずっといるまちゃんに密着したままなので、ナイショ話はぜんぶ筒抜け。


「これ、あれですね。あれですよ、あれ。アリアさんってば、ほんとあれ。あざといという評価にさえ届かないほどに、極めて低レベルな次元でアレ過ぎます……」


「あざといとかアレとか言うなよ、かわいそうだろ……。アリアちゃんは、わりとおばか寄りのピュア少女。それでいいじゃないか?」


「ねえねえアリアさん、今おにーちゃんがアリアさんのことあざといだとかおバカだとかかわいそうだとかいっぱい貶して」


「そこだけ切り抜きするのやめろぉ!! 偏向報道! 偏向報道ッ!!」


 必死すぎるぜのせんぱいに肩をがくがくと揺さぶられて、いるまちゃんは薄っぺらい笑みを浮かべて「あははー」と口を半開きにし、謝罪も訂正も口にしないでのらりくらりと柳のように受け流すのみ。


 そのせいで、ぜのせんぱいが非常に焦った様子でこちらを見つめてくるので、アルアリアは『わたし、ちゃぁんとわかってます!』とばかりに慈愛の笑みを浮かべて頷いた。


 少なくともアルアリアは、自分をおばかだなんて思ったことはない。それだけは自信を持って言える。

 あざといとかかわいそうとかは何のことかわからなかったし、なんならさっきからわりとよくわからないことだらけな気もするけど、アルアリアちゃんうつむかない。前だけを見て生きていくの。あまりに前向きすぎて、実は密かに自分のことを天才なんじゃないかと思っていたりするのはここだけのヒミツだよ?


 ともあれ。つまり、アルアリアがおばかだなどというのは根も葉もない誹謗中傷に過ぎず、真面目に取り合う必要など無いのだ! むふーっ!!


「鼻息荒く渾身のドヤ顔を披露してる所で申し訳ないのですが、アリアさん、あなたやっぱりおばかというかもうアホの子です」


「なにゆえ!?!?」


 唐突すぎる理不尽なジャッジにびっくり仰天したアルアリアは、ぜのせんぱいと反対側からいるまちゃんの肩をがくがく揺さぶって猛抗議した。


 熱いラリーを繰り広げるアルアリアとぜのせんぱいに挟まれて、両サイドから絶え間なくがくがくがくがくやられるいるまちゃん。風に吹かれる柳の如く右へ左へ揺られる彼女は、何もかもを投げ出したような気の抜けた笑顔を浮かべるのみである。

 あ。これ、みーちゃんが呆れ返った時に突入する無敵モードとおんなじやつだ……。


 こうなってしまっては、いかな天才的脳細胞を持つアルアリアとて口で言い負かすことは難しい。そもそも口下手なので未だかつて誰かに弁舌で勝利したことなどただの一度も無い。ついでに言うなら肉体言語は言うに及ばずだし、ていうか既に腕の筋肉が悲鳴を上げているので敗走はすぐ目の前である。


 案の定、ものの数秒のうちにいるまちゃんに縋り付いて立つのがやっとの有り様となり、いるまちゃん越しにぜのせんぱいに揺すられて「おーい、大丈夫かー?」と気遣わしげに声をかけられてしまう始末。

 それに笑顔を以て応えてみせたアルアリアは、ひとり決意する。


 ――よし、今のは無効試合にしよっと! そもそもべつに、わたし誰とも戦ってないしー? だから悔しくなんかないしー??


「アリアさん……あなたって子は……」


「な、なんだよぅ……。なにか、言いたいこと、あるのかよぅ……ぐすっ」


「ああ、はいはい。ほらほら、泣かないの」


 まるで心を一から十まで見透かしたかのような態度のいるまちゃんに、頭を雑にぽふぽふと撫でられて。アルアリアは鼻をすんすんと鳴らしながら、まるで甘いお菓子に誘われる幼子のように、やさしいいもーとのおっぱいに飛び込んで、心ゆくまでめそめそ泣いた。


 そんな二人を見守る、ぜのせんぱいの生暖かい視線のことなど、まるで気にすることなく。


 ――そして、そんな三人を遠巻きに眺める周囲の野次馬のことも、なーんにも気にすることなく。



 ――――更に、そして。野次馬の中に紛れた、幾つかの厄介極まる勢力達の『眼』にさえも、ついぞ気付くことなく。



 アルアリアは、心ゆくまで涙を流し、そして再び元気良く「ふへへぇ♪」と前を向くのだった。

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