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二話後 命がけの遊び

「…………。どうしましょう。ちょっと目を離すとすぐ死んじゃいそうな超弱々な小ウサギおにーちゃんが、ここにきてとうとう自らの人生の価値すらも放棄してしまいました……。これはむしろ、『そこまでめんたるよわよわなのに、ここまで生きてこられてとっても偉かったね』と褒めてあげるべきでしょうか? 我、ちょっと本気で悩みます」


「なんやねん、その散々な評価……」


 人類最高戦力の一角と噂される竜殺しに対する、そんな厳つい肩書とはかけ離れ切ったあまりにもあんまりな評価。思わずツッコミを入れようとする俺だったけれど、傍らで至極真面目にうむむと唸っているイルマちゃんの姿に冗談の気配が微塵も無かったために、思わずセリフを途切れさせる。


 え、マジでイルマちゃんの中の俺ってそんな感じなの? と俺が内心で疑問を抱けば、イルマちゃんは当然のように声なき声に反応してこくりと首肯する。


「だっておにーちゃんって、そこらの箱入り娘よりもずっとずっと繊細で脆くて無防備な心してますからね。はっきり言って、これまでおにーちゃんがお助けしてきたどの女の子よりも、めんたる的にはおにーちゃんの方がか弱き乙女です。……もっとはっきり言うと、おにーちゃんはたぶん、生まれてくる性別をうっかり間違えたのではないでしょうか? 男のくせに【魔女】とタメ張ってますし、それあると思います!!」


「ねぇよ!!? 俺は根っからの男だよ、下半身でモノを考える下劣極まる女好きの性欲魔人だよ!!!!」


「その熱烈すぎるかみんぐあうともどうなんです……? いえまあ、それはもちろん知ってるんですけど、でもおにーちゃんってもし女に生まれた場合でも性欲の対象が女になりそうじゃないですか? ……百合のお花、それはそれはお好きでしょう?」


「………………………………」


 反論の言葉が出てこなかった。


 いや、でも俺が好きなのはあくまで百合百合してる女の子達を眺めることであって、それはけっして自分が百合の花の一輪になりたいということではなかったはず……。そりゃあ、百合の間に挟まりたいという願望は確かに抱いてはいたよ? けれど同時に、そんな無粋な男に成り果てるくらいなら死んだ方がマシだとも思ってたわけで――。


「だから、それって『もしおにーちゃんが女の子だったら』っていう前提になると、障害が無くなるわけでじゃないですか? で、おにーちゃんが性別以外は今のままの虚弱めんたるだったと仮定すると、おにーちゃんはきっとこんな感じになります。




 ――『仲良さそうな女の子達をいつも羨ましそうに眺めてて、でも邪険にされるのが怖くて声をかけることもできず、結局何も言えずにその場をそっと離れては自室で自己嫌悪に沈んで枕を濡らす、とってもさみしがりやの女の子』」




「…………………………うわぁ」


 キモい。そんな女々しい俺なんて、うっかり悶死したくなるほど激烈にキモい。それゆえに漏れたはずの『うわぁ』だったが、男である現状においてもわりとイルマちゃんの語った女の子像そのまんまなムーブしてるのでうわぁだし、もし俺が最初から女であったならそれもそれでマジでイルマちゃんの言ったような女の子像そのままになりそうでうわぁである。

 あとついでに、客観的に今イルマちゃんが語った女の子像について考えた場合、実に俺好みの女の子なすぎてなんか、もう色んな意味でうわぁとしか言いようがない。


 何を言ったらいいかわからず顔を抑えて呻くだけの俺に、イルマちゃんがふと気づいたようにおそるおそる追撃を仕掛けてくる。


「……あの。今言ってて気付いちゃったんですけど、おにーちゃんって、ほんとに女の子に生まれた方がよかったんじゃないですか? そしたらたぶん、おにーちゃんは『強く在ろう、誰かに惚れられるに相応しい女になろう!』と考えるのではなく、むしろ『女の子らしくあろう』とするはずなので、少なくとも今よりは自分の精神の弱さに寛容になれたと思うんです。


 ……で、もしそうなったら、さすがに今みたいに度々何かの拍子に死んでしまいそうになるほど病んでしまう、ということにはならなかったと思うんですよね……」


「…………………………」


 そうかもしんない。


 え、マジか。


 えっ、まじか。




 俺ってもしかして、女に生まれてれば、自分を人間擬きとか扱き下ろして希死念慮に塗れてるような歪んだ人格にならずに済んだの……?




 い、いや、でも、それは逃げだ。女に生まれたから、男に生まれた時よりも自分に甘くていい、なんて考えはそれこそ甘えだろう。なんか厄介なジェンダー論者が殴り込みかけてきそうな気配もするし、これはあまりよくない考えだ。

 それに、俺と同じく男に生まれたはずの幾億の人々は、俺とは違って真っ当な人格をしている。ならばやはり、俺の人間性が壊れてる原因は性別には無いということだ。


 …………でも。それは、『女に生まれてれば今よりは生き易かったかも』という仮説の否定にはならない。


「―――――なんなら、実際になってみますか? 『おにーちゃん』じゃなく、『おねーちゃん』に」


 まるで悪魔の囁きのように、小さく笑いながら、どこか艶やかな吐息と共に提案してくるイルマちゃん。


 何をあほな冗談言っとるのか……と一瞬思ったけど、もしかして。


「……【異性化薬】のこと言ってる?」


「いえす!」


 いえすかー。最近【人化薬】開発のために【異性化薬】を下地にしてこねくりまわしてたことを、ストーキング少女イルマちゃんが知っててもべつに不思議ではない。


 でも、今から薬使って俺が女の子になってみたところで、そんなことに意味なんて無いのはイルマちゃんだってわかってるはずだ。ならこの提案は、本当にただの冗談か――と結論しようとしたところで、イルマちゃんが「いいえ」と軽く手のひらを突き付けてくる。


「まあ、面白半分で言ってるというのは否定しませんけど。でも、そういう遊びもおもしろいかなーって」


「遊びて、キミ……。あれ一応、俺的には真摯な願いのために開発した空前絶後の秘薬で、おもしろい遊びのために使うようなものじゃないんだけど?」


「とか言ってる本人が、そもそも真摯な願いを忘れておもいっきり悪ふざけで妹ごっこしてたんですよねー? 我、ちゃぁんと知ってるんですからねっ! ゼノおにーちゃんにぷらいばしーなどありません!! そんなものはポイです、ポイッ!!」


「うん、それはポイしちゃダメなやつだよ? お願いだから今すぐ拾ってこよう?」


「やだ!!!!!!」


「お、おう。さよか。了解やで……」


 グッバイ、俺のプライバシー。かわいい妹に駄々をこねられてしまうと、おにーちゃんはイエスマンになるしかないというのが世の常識である。


 そして、そんな最強のいもーと様が『おにーちゃんとおもしろい遊びしたい!』と仰ってる以上、おにーちゃんのこの後の予定は決まったも同然であった。


「あ。先に一応言っておくけど、いくら遊びって言ってもイルマちゃんには絶対に異性化薬使わせないから。もし勝手に飲もうとしたら、たぶんブン殴ってでも止めると思うからそのつもりでお願いね」


「ぶっ、ぶん殴ッ……!!?? そ、それはさすがに容赦無さすぎじゃないです!!? どうしたんですか、女大好きぜのでぃあすくんらしくもない!!!」


「馬鹿野郎ッッッ!!!! この世からイルマちゃんという女神の一柱が消えて男に転生するなどという背筋が凍って魂が砕け散るほどの悍ましき大惨事、このゼノおにーちゃんが許せるわけないだろうが!!!!!! それを阻止するためなら、俺は……っ、俺はぁぁぁ、愛するイルマちゃんの顔面だってこの手で殴れる……そして俺は自害する!!!!!!!!」


「ううううううっそ、この人本気です……!!?!? わっ、わっかりました、わかりましたっ、我は絶対飲みません!!! ほかの女の子達にも全力で周知徹底させます!!!! 特にアリアさん、あの人絶対興味津々で飲む気配有るので、おにーちゃんがぶん殴らなくて済むようなんとか策を練ります!!!」


「いや、さすがにアリアちゃんは殴れないよ。下手すると『これからでこぴんするぞ』って宣言しただけで怯えてショック死しそうだし……」








「―――――――――あれれぇ? おにーちゃんは、我のことだけブン殴るんですかぁ……?」







 ひぇっ。

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