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二話前 愛を拗らせた末路

 その日。引きこもり気質の半ぼっち少女アルアリアは、寝間着兼部屋着兼外着のワンピースの上から愛用のローブをすっぽりと被ると、裾をばさっと翻らせながら颯爽と自室の外へと歩み出た。


 最近のわたし、めっちゃお外に出てる。学校にだってきちんと通ってるし、休日に男友達や職場の同性達とお出掛けやランチとかまでしちゃってる。これはもう、外出王と呼んでも過言ではないのでは――などという密かな慢心を勇気にコンバートして一歩を踏み出した外出女王アルアリア。

 彼女は、部屋の鍵をきちんと閉めてから二歩目を踏み出し、ちゃんと鍵が閉まったか気になって一歩戻って確かめ、そのまま気付けば鍵を開けて室内に引っ込もうとしていた自分にハッと気付き、いけないいけないと首をぶんぶん横に振って再度戸締まり。


 そして改めてローブの裾を『ばさぁっ!』とはためかせながら(←最重要ルーティン)優雅に一歩を踏み出し、普通にニ歩目を歩み、ちょっと迷いながら三歩目を踏み出して、周囲をきょろきょろ見回しながら四歩目を踏み出す。


 そしてなんとか五歩目に到達して、『フッ、今日はここまでにしいといてやるか……』と顎を滴り落ちる冷や汗を手の甲で拭い、満足感を胸にくるりと自室の方へ振り返りかけて、けれどいざ帰ろうとすると『折角ここまで来たんだから、もうちょっと……』というもったいないおばけに囚われてしまい、その場でぐぬぬと葛藤する。


 べつに、今これ以上無理をする必要はどこにも無い。だって今日はオフだもの。今はそばに居ないけど、学校にちゃんと通ってほしそうな様子を滲ませてるおばあちゃんや、いつも学校行け行け小うるさいみーちゃんだって、流石に週休二日連続でお外で過ごせなどという無体なことは言わないだろう。


 だから今日の外出は、いつものような誰かのためや何かの義務感という後ろ盾の存在しない、完全に自発的なおでかけであり、言ってしまえばべつに今しなくてもいい無駄な行為である。


 効率大好きアルアリアは、無駄なことなんてだいきらい。ならばこのまま帰ってしまってもいいんじゃ……と自室へ一歩戻ってしまうが、すると途端に『やだ、行くの!!!』という内なる駄々っ子にぐいっと身体を引っ張られ、そのまま引きずられるようにしてぜのせんぱいの部屋へと着実に歩みを進めていく。


 そう。今日の目的地は、以前に一度だけ訪れた――というか跳ばされたことのある、ぜのせんぱいのお部屋。そしてその目的は、なんと驚異の三本立て。


「『おばあちゃんを止めてくれてありがとう』……、『薬草切れちゃったから一緒に採集行こう』……、『いつもいっぱい助けてくれてありがとう』……、『せっかくだから、ちゅーしよ』おっとちがうぞ、『せっかくだから、お薬の試飲会付き合って?』、そして然る後が『せっかくだから、ちゅーしよ?』で、満を持しての『もっとせっかくだから、もっともっといっぱいちゅーして、世界に見せつけよう』あれ、これ全然三本立てじゃないぞ? おかしいな、何回もチェックしたのに……。

 ありがとう系列とちゅーしたい系列はそれぞれひとつの項目としてまとめて、きちんと統廃合した後に言いたいことの焦点がぼやけないように優先順位上位三つをピックアップし、なおかつ、ちゅーはさすがに除外……、………訂正、少なくとも最初は除外……。

 …………でも、最優先事項はちゅーのはず……。果たして、それを誤魔化すことにいったいどんなメリットが……? あれ、でも、なんでこんなにちゅーにこだわってるんだっけ……。

 ………………ちゅー……。………ぜのせんぱいと、ちゅー……。


 ――――――――――うぇへへ♡」


 甘美な妄想を暴走させてだらしない笑みをこぼしたアルアリアは、ついでにこぼれかけたヨダレをじゅるりと啜り、ふわりと羽のように軽くなった足で下手くそなスキップを奏でながら揚々と楽園目指して羽ばたいてゆく――。



◆◇◆◇◆



「――というのが、今から数分前のアリアさん行動と言動。そして、そこから推察した心理の『予想』です」


「………お、おお、なんだ、予想か……。まさか本当にアリアちゃんが俺とのちゅーを甘美とか楽園とか表現しちゃってだらしなく笑ってるのかと思ったぜ……」


「ちなみに『ぜのせんぱいと、ちゅー……。うぇへへ♡』と呟きながらだらしない笑みでスキップしちゃってるくだりは、予想ではなく純然たるただの事実ですが。闇に耳有り陽陰に眼有り、背後を見れば其処に在りでおなじみの〈智天〉のイルマが保証します」


「おなじみどころか初めて聞いたけど、この上なくキミを表現したぴったりのキャッチコピーだな……」


「おやおや、おにーちゃんってばもうっ、この褒め上手め♪」


 俺と並んで男子寮の廊下を往くイルマちゃんが、めっちゃ照れ照れして身をくねらせながら俺の二の腕をばっしばっしと叩いてくる。


 実に嬉しそうで何よりなのですけど、俺はべつに褒めたわけではなく、謎の生態してるイルマちゃんへのドン引きが半分、ちゅーへの謎の執念を燃やしている事実が確定したアリアちゃんへの反応に困ったのが半分といった塩梅で台詞を吐いただけである。


 わからん……。イルマちゃんの諜報能力についてはさておいて、アリアちゃんはなにゆえそこまで俺とのちゅーを熱烈に希望しとるのか。単に俺のことが好きだから……というより、なんかもうアリアちゃん本人がそもそも理由を見失ってて、そのまま間違った方向にキラッキラの笑顔で全力疾走してるくさい。


 つか、わからんというなら、そんな暴走キス魔状態のアリアちゃんのために『折角なのでこちらから迎えに行ってあげましょう』と俺を連れ出したイルマちゃんの考えも読めない。

 ウチのいもーとちゃんはなにゆえ、自分以外の女とおにーちゃんの仲を率先して取り持つような真似をするのです? アリアちゃんに対する例の罪悪感や負い目のせいなのか、それとも、俺のことを本当にただの『おにーちゃん』としか見ていないがゆえなのか――。


「んー、その予想はどっちもアタリですけど、どっちもハズレですね。我がアリアさんに対して抱くのは罪悪感ただそれだけってわけではないですし、おにーちゃんに抱いてる想いも兄妹愛ただそれだけってわけではないです。

 我の繊細可憐な乙女心は、もっとも〜っと複雑で奥深いものなのですよ?」


 もはや毎度のごとく俺の心を読んだイルマちゃんが、ちょっと困ったような照れたような、なんとも言えないはにかみ笑いを浮かべる。


 繊細可憐な乙女というより、なんだかお疲れ様なOL女子っぽい、人間くささに満ちた虚飾の無い下手くそな笑顔。

 これはたぶん、本当に気を許した相手にしか見せない親の、彼女の素のままの表情だと思う。




 ―――――かわいい……。




「え」


「あ……、ごめん、もしかして今のも伝わっちゃった……?」


「えっ、いえ、べつに……、その…………、…………し、知らない、です……。我、知らない……」


 半ば苦笑いみたいな顔をいきなりかわいいとか言われても、そりゃどう反応していいか困ってしまうだろう。

 先程とは違う意味で複雑そうな表情になってしまったイルマちゃんは、据わりが悪そうにごにょごにょまごぐつくと、最終的にぎこちない仕草で俯いてしまった。


 もしかしたら、照れてるだけ――と思いたいところだけど、これやっぱ普通に困っていらっしゃるよね、たぶん……。もしくは、『気を許した相手にしか見せない、素のままの表情』とか勝手に決め付けられたことを盛大にキモがっていると思われる。

 さすがは童帝戦記ゼノディアス。女の子を不快にさせるカンチガイ野郎語録がとどまるところを知らないぜ!!


「あー、んっと、あれだ。…………変な空気にしちゃった張本人が言うのもなんだけど、とりあえず、一旦話戻そうか」


「………むー」


 なんかめっちゃ不満そうにほっぺた膨らませながら、恨めしげに睨めつけてくるイルマちゃん。

 そんな彼女の反応の理由がわからず内心冷や汗まみれとなる俺を尻目に、彼女はやがてはふりと溜め息を吐き出すと、ただ前だけを見ながら渋々っぽく俺のリクエストに応えてくれた。


「……アリアさんがおにーちゃんとの『ちゅー』に固執してる理由は、そんなの本人に聞いてください。それこそ、我の知ったことではありません。――一応言っておくと、これはべつにアリアさんを突き放す意図の発言ではありませんからね? そこは誤解しないでください」


「つまり、今突き放されてしまったのは、よその女の子の気持ちをいもーと経由で聞き出そうとした姑息で無粋なおにーちゃんの方というわけだな? ならばヨシ!! 間に挟まる男子のせいで骨肉のキャットファイトを繰り広げる非業の百合カップルなんていなかったんや!!!」


「なんで我とアリアさんが既に百合カップル成立してるみたいな前提になってるんですか……。まあ、べつにそう思いたければそれでいいんですけど、だからって『じゃあやっぱり俺なんてお呼びでないよね』なんて言って、『また』勝手に独りで見知らぬ土地へ旅に出ようとするのはやめてくださいね?」


「………う」


 あてこするようなセリフと共にジト目で横目に睨まれてしまい、俺は言葉を詰まらせ身を固くする。

 つい先刻は孤独なおにーちゃんを優しく慰めてくれる甘々いもーとちゃんだったというのに、今の彼女は愚兄の甘えを許さぬとっても厳しいいもーと様。そのどちらの態度にも共通しているのは、彼女のくれるアメもムチも、俺への慈しみと思いやりを根拠にしたものだということ。


 これは、さすがに……裏切れない。





 それでも。やっぱり俺は。そんな彼女の想いも、俺自身の気持ちでさえも、いつか裏切ることになるのだろう。





「……ほんっと、おにーちゃんってどこまでも闇深ですよねぇ……。今のは、我の想いに心打たれたおにーちゃんが改心して、『俺はもう二度と逃げたりしない――!』と勇者のように雄々しく決意すべき場面ですよ? なーんでそこで、こうも真逆に突っ走っちゃうんでしょーか……。ほんっと、おにーちゃんってば、すーぱーあまのじゃくです」


「………………」


 まるで己の無力を自嘲するかのような、脱力した半笑いを見せてくるイルマちゃん。


 俺は、言いたかった。

 いきなり冗談っぽく勇者とか言い出した彼女へのツッコミとか、こんなに気遣われても尚彼女の望む答えを返せないことへの謝罪の言葉とか、なんでもいいからとにかく見捨てられないための苦しい言い訳とか、言いたいことが一気にいっぱい脳内に溢れ返った。


 でも、言えなかった。

 ツッコミでお茶を濁すことも、その場しのぎの心にもない謝罪も、誰も騙すことのできない無意味な言い訳も、結局はすべてこの口から出てくることはなく、吐き気を伴う自己嫌悪へと姿を変えて胸の中で淀んで凝る。


 違うんだ。俺は、イルマちゃんを裏切りたいわけじゃない。彼女の求める俺でありたいし、俺の求める俺でありたい。その気持ちには、絶対嘘なんかない。


 それなのに、俺は。


 いつか、自分の抱えた全ても、自分を想ってくれる誰かも切り捨てて、見知らぬ土地で孤独に果てる、そんな未来を否定することができなかった。


 いや。むしろ、俺が辿れる未来なんてものは――。


「……………………」


 いつしか、アリアちゃんを迎えに行くための歩みは、完全に止まっていた。そんな俺につられて、イルマちゃんも立ち止まり、ただ闇のみを称えた意図の読めない瞳でじっと俺を見上げてくる。


 異能の使用はなるべく控える――と言ってくれていたイルマちゃんだが、不自然なほどに光を映さぬ彼女の双眸は、果たして今、俺の心を暴いているのかいないのか。


 覗かれたい。覗いてほしい。……でも、そんな反則技を使って理解されても、俺はやっぱりどこかで引っ掛かりを覚えてしまうと思う。


 だから、覗かれたくない。覗いてほしくない。それに、俺みたいな人間擬きのおぞましい心を見せられて、イルマちゃんに悪影響が出るのも嫌だ。


 違うんだ。違うんだよ。俺は、誰かに嫌な思いをさせたいわけじゃない。きみを歪めたり穢したりしたいわけじゃない。


 …………俺、は。







 いっそ。最初から、誰にとっても害悪でしかない俺なんてものが、この世に存在しないでほしかった――。

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