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序章 希死少年と狂愛少女

 週休二日めにして休みの最終日。


 普段だったら『まだ今日一日休めるぞ!』と現実逃避気味なウキウキ気分でいる間にいつの間にか日が暮れてて、『あれ、俺今日何してたっけ……?』と自問自答して鬱々としたまま終わりを迎える、そんな日。


 だが、今日に限ってはそんなことにはならない。なぜならば、今日はウキウキ気分などという余計な段階を踏まずに、のっけから鬱々クライマックスでいく腹積もりだからだ!!


「ふぅぅぅぅぅぅ〜………………」


 日課の朝の鍛錬を孤独の中でストイックにこなした俺は、熱いシャワー浴びた後はごっごっと喉鳴らしながらミルクを飲み干し、ベッドに腰掛けて長い息を吐き出しながら、首にかけたタオルで頭をわしゃわしゃ。


 ちなみに今日はアリアちゃんの服やおぱんつを部屋の中央に持ってきてなどおらず、むしろ決して目に入らぬようにタンスの一番奥の奥の二重底の下に安置してある。いやダメだろ安置すんなよ、また使う気満々じゃねぇか!!


 でも、またとか言いつつ、なんだかんだでまだ一回も使ってないし……。ならせめて、返すことになる前にせめて一回くらいは――って、だからダメだ駄目、今日の俺は鬱々でストイックなのだ。年下の女の子のおぱんつをピック代わりにしてマイギター(隠喩)掻き鳴らしながら熱い汁(隠喩)を迸らせてオールナイトフィーバーと洒落込むなんて、そんなとっても楽しそうで心が惹かれる鬱やストイックなどこの世に存在しないのよ……!!


 まあ、それはそれで全てが終わった後に本格的に鬱になって死にたくなりそうだが。なら、やっぱりちょっとくらいはオーケーなんじゃ――いやだからダメだってばよ!!!


 ダメよ、駄目だめ。思い出せゼノディアス、やはり今のお前は心が贅沢になりすぎている。


 そう。俺がなぜここまで自らのテンションを抑制しようとしているかというと、『あれっ、最近の俺って女の子と縁有り過ぎ……? ていうか、もうこれハーレム状態じゃない??』などというイカレた妄想で心が浮かれポンチになっていることに気付いたため、その辺の狂った感覚をここらで一旦フラットに戻そうと企図したわけである。



◆◇◆◇◆



 きっかけは、昨日の死者蘇生完了直後のこと。地上に降りたと思ったら、小娘扱いされた屈辱からか突如荒ぶり出した御母堂様に、アリアちゃんとエルエスタを引ったくられて遁走をカマされそうになって。それに便乗してイルマちゃんさえも既に姿をくらましかけていた、あの時だ。


 その時の俺は、急展開についていけずただただアホみたいにぽかーんと口を開けてみんなを見送るしかなかった。


 だが。その後、人気のない薄暗い路地裏に取り残された俺は、中途半端に伸ばしたままの自らの手を見て、ふと気付いた。




 ――お前のその手は、一体『どの女の子』に向けたものだったんだ?




 もし誰かひとりに絞って伸ばしたものであったなら、俺はきっと、その女の子だけはこの手に確保できていたと思う。

 流石に御母堂様は例外だが、少なくとも他の娘達に関して言えば、俺が迷うことなく手を伸ばしてさえいれば、なんとか理由をこじつけて、まだもう少しくらいは一緒にいられたかもしれないのだ。


 それなのに俺は、イルマちゃんやアリアちゃんやエルエスタといっぱい交流したりいっぱい抱き締めあったりしたこの俺は、三人のことがすっかり大好きになっていて、まるで三人とも俺のモノにできるような気分でいて。

 もしそれが無理であっても、『三人もいれば、その中のひとりくらいは本当に恋人やお嫁になってくれるかも』なんて、そんな傲慢なカンチガイすら抱いていたのだ。


 だから、俺は選べなかった。『自分は選ぶ立場にいる』という根拠の無い慢心や、『女の子を数で捉える』などという極まり過ぎた失礼の結果が、命を賭けて死にものぐるいでたったひとりの女の子をこの手に掴むという宿願の達成を、悲願の成就を、自らの手で遠ざけてしまうことになったのだ。



 本当に、お前は一体何様だ。……そもそも、『手を伸ばしてさえいれば、あの中の誰かの手を掴めた』などという幻想を本気で抱いている時点で、既に傲慢甚だしい。


 こんなクズの権化みたいな俺なんかに、あんなにいっぱい良くしてくれて、いっぱい笑顔や色んな表情を見せてくれて、いっぱいおさわりしてくれたりさせてくれたり、なんかもう筆舌に尽くしがたいくらいにあんなにすっごく良い娘達なんだぞ?


 俺なんか、本気で相手になんてされるわけないじゃん。よしんば恋愛的な意味で相手にしてもらえたとて、じゃああの娘達にとって、それは果たして『良いこと』なのか?



 ……答えは、明確に否しか有り得ない。


 だって、俺と関わることで幸せになれるような娘なら、そこらに山程転がっている『俺よりまともな男』と一緒になった方が、もっともっとずっと簡単で真っ当に幸せになれるはずだから。


 宴会の場に行けばろくに面白い話もできずに場の盛り上がりに水を差し、三人以上で歩いていればいつの間にか二人の後ろを一人で歩いていて無駄に気を遣わせる、そんな一般人未満な俺である。

 多少の能力や功績をひけらかしてみたところで、そんなものは魅力となるところかむしろウザくて鼻につくだけだろうし、大体そんなの『じゃあ一人で仕事でもやってれば?』で終わりだろう。


 ……ああ。じゃあ俺の願いも努力も、最初から間違っていたのか。


 女の子としあわせな関係や家庭を築きたいという、その俺の願いは。そもそもが、相手の女の子の不幸の上にしか成り立たない、矛盾したものでしかなかった。

 モテたくてがんばってきた色んなことだって、世界が良くなる立派な行いではあっても、それがイコールで俺のオトコとしての魅力になるわけでもない。


 ………じゃあ、俺って、今まで何のために頑張ってきて、今まで何のために生きてきたんだろう……?



◆◇◆◇◆



「………………」


 気分をフラットに戻すどころか、思考が行き着くところまで行き着いてしまって、すっかり空虚な気持ちになってしまった。

 フラットというか、完全に無だ。もう何もかもやる気が無くなってしまって、頭をわしゃわしゃしていた手もいつの間にか落ちていて、無駄に頭にタオル乗っけたままベッドに腰掛けて項垂れ続けることしかできない。


 ……俺、やっぱ人付き合い向いてないわ。無理して人間のフリとかしてみたって、そもそもまず自分自身を騙せない。

 こんなろくに擬態もできない人間もどきが、高度に過ぎる人間社会の中でうまいことやって、あまつさえお嫁さんまでゲットしようなどというのは、端っから無理な話だったのだ。


 ――――どうせ無理なら、もういっそ何もかも投げ出して、誰も俺を知らない土地へ旅にでも出ようかな。


 一応書き置きくらいは遺すけど、度々空間転移で行方くらましては何かしら変なことやってる俺だから、そもそも大して心配もされないだろう。


 ………誰にもまともに心配すらしてもらえないとか、俺ってほんと、今まで何やってたんだろうな……。


「……………はぁ」


 もう溜息しか出ない。旅に出ることさえ億劫で、もう何も考えずに不貞寝を決め込もうとして、全身の力を抜いて上体をベッドに投げ出す――べく顔を上げようとしたその瞬間、目の前にいつの間にか女の子の生脚が有ったのでうっかり「ヒュッ」と甲高い息を漏らしてしまった。


「っ、い、いいっ、イルマちゃ――」


「はうす」


 その見覚えのある生脚の持ち主の名を呼びながらご尊顔を拝もうとしたけど、彼女の手に頭くいっと押し下げられてしまい、俺は再び項垂れたポーズへ回帰。


 彼女の出現や行動の意図がわからずに『????』と疑問符を浮かべまくりながら思わず身を固くした俺だけど、俺の頭に乗っけられたままの彼女の手が、そこにあったタオル越しに俺の頭をわしゃわしゃやり始めたので、すぐに疑問を氷解させて肩の力を抜いた。


「………悪い。……気、遣わせたよな?」


 俺のストーキングしてると公言してた上に、謎の異能と技術で心まで読めてしまうイルマちゃんだ。きっと今もどこかで俺のナルシスト感溢れる自虐的な心の声を聞いていて、慰めるためにわざわざ出て来てくれたんだろう。


 優しいなぁ、イルマちゃん……。でも忘れるな、俺に優しい子というのは、そもそも誰にでも――


「おにーちゃん? その先を言うということは、我のことを『男と見れば誰にでも股を開くびっち女』扱いするのと同義だって、ちゃんとわかってますか?」


「え、や、そこまでは言ってな」


「じゃあ、どこまではびっち扱いしたのです? この処女で未だに男を知らない貞淑すぎる我をつかまえて、いったいどのくらいのびっちだと評するつもりなのです??」


「ご、ごめんって、ビッチ扱いなんてしてないから、そんな怒らないで……」


「でも、おにーちゃん以外の男が落ち込んでても、今こうしてるのと同じように優しくするような女だと思われてるのは事実ですよね?」


「それは、……………だって、イルマちゃん、ほんとに優しくて、すごく、すっごくすてきな女の子なんだもん……」


「……………」


 暗にイルマちゃんの指摘を認めるような回答だったけれど、イルマちゃんは俺の頭をわしゃわしゃする手を一瞬止めたのみで、ちょっと緩めの速度となってわしゃわしゃを続行。


「……我、わりと敵とか裏切り者とか、あとヤリチン王子とか色々殺しまくって、鬼とか悪魔とか言われることしょっちゅうな感じなんですけど? それでも、やさしくてすてきなのです?」


「(鬼可愛い小悪魔……)でもそれ、敵とか裏切り者とかヤリチンとかだったんだろ? なら別に良くね? 特にヤリチンな、むしろ俺が殺してやりたかったわ。仕事の早いイルマちゃん、グッジョブ!!

 でもあんまり危ないことはしないで、できれば今度からはこのゼノおにーちゃんを頼ってね? 可愛いいもーとちゃんのためなら、悪人だろうが善人だろうが、必要であればいくらでも殺してあげるから」


「…………え、あの、……えっ、と……」


 とうとうわしゃわしゃの手を完全に止めてしまったイルマちゃんが、もごもごと言葉にならない言葉を発する。


 照れなのか、それともドン引きなのか、彼女の反応の理由を確認するのが怖い。ていうか普通にドン引き一択だと思う。

 人喰い魔女を『人類の敵』とか断じて自殺に追い込んでおいて、俺がまず人類の敵になりかねないキチガイじゃねぇかよ。敵や悪人はまだいいにしても、善人は殺しちゃ駄目だろ。ただしヤリチン、テメェに慈悲は無い。生き返らせてもらえただけ有り難いと思え。


 そんな自分勝手すぎる己の価値観と判断基準を今一度整理してきちんと熟考しながら。俺は、俺の頭に載せられたままだったイルマちゃんの手をひとつ取り、きちんと彼女の顔を――そこに浮かんでいた戸惑いの表情を真っ直ぐに見つめて、再度告げた。


「………俺は……、………うん、やっぱり、そうだな。……きみのためなら、俺は、人類の敵になっても構わない」


「――――――――あぅ」


 一瞬、拒絶されたらどうしようなんて弱気に負けそうになったけど、きちんと気持ちを伝えられて本当によかった。


 だってイルマちゃんが、とっても照れちゃったように頬をぽっと上気させて、それを俺に見られるのが恥ずかしくってたまらないといった具合に顔を逸らし身を悶えさせ、自由な方の手で自らの照れ顔を隠しにかかっていらっしゃるから。これ絶対喜んでくれてるってことでいいよね? ねっ??


 とは思うものの、イルマちゃんではないこの俺には、彼女の本当の気持ちはわからない。だからそれを確かめる意味で、掴んだままの彼女の手にぐっと力を込めて引き寄せてみた。


 ほんのちょっぴり、とても素直にふらりと傾ぎかけたイルマちゃんは――、しかしそこで『だんっ!!』と床を踏み締め踏みとどまる。チッ!!!


「っ、だ、だめ、ですっ!! 我はっ、我は、おにーちゃんにそんなこと言ってもらえるような、良きいもーとでは、ない、のです……」


 俺の熱い視線の圧に負けて、尻すぼみになりゆくイルマちゃん。このまま見つめ続けてるだけで俺の勝ち確っぽいけど、なんかウチの良きいもーとがいきなりあり得ないこと言い出してるので一応訊ねてみる。


「ふむ、ちなみに一体どのへんがだね? こんな俺みたいなくそうぜー自虐思考と被害妄想に凝り固まった人間もどきのダメダメなおにーちゃんに、わざわざ甲斐甲斐しく世話焼いてくれて慰めてくれてスキンシップもしてくれて照れ顔だって見せてくれる、そんなとっても良きウチのいもーとちゃんのどのへんが良きいもーとではないと?

 それはあれかな、良き妹じゃなくてイイ女として見てほしいという遠回しなアピールということでよろしいか? オーケーわかった」


「勝手にわからないでください!!? そうじゃなくって、だから、その……、…………そもそも、我は……、おにーちゃんの心が一番落ち込む所まで待ってから、一番効果的なこのタイミングで、好感度を稼ぎに来たのです……。こんなの、全然良きいもーとなんて」


「めちゃめちゃ良きいもーとじゃん? 実はずっと俺のこと見守ってくれてて、しかも一番そばにいてほしいタイミングで颯爽と現れてくれて、その上俺に好かれたいって思ってくれてるとか、なんかもう良きいもーと要素のオンパレードじゃん?? いもーとというか、もうこの上なき良妻でしょうよそんなの」


「…………あの、でも、………そんなふうに言ってもらえるのは、本来、もうすぐ来る『あの子』の役割だったかも知れないのですよ? ……我は、それを知っていながら、彼女がやってくる前にと、こうして機会の横取りに走ってしまった泥棒猫なのです……」


「ん? あの子……? 彼女……」


 一層強い罪悪感を滲ませるイルマちゃんは、俺のアホみたいなオウム返しを受けて、泣き出しそうなほどに情けない表情となりながら懺悔する。




「……〈深淵〉――、いえ、アリアさんは、今日……、おにーちゃんをデートに誘うつもりです」




「うむ。あの子はきっと、またよくわからない式からの斜め上な回答を導き出したに違いないね。いい加減、男心をいたずらに弄ぶわる〜い子には、キッツいおしおきが必要かもな……」


「いえ、極めて真っ当な理由による至極真っ当なデートです。

 一応色々と口実は用意してあるようですし、最初はきっとその建前を貫き通そうともするでしょう。ですが、『激しく落ち込んでいるぜのせんぱい』を目の当たりにしたことで彼女の頭の中からは姑息な策の何もかもが吹き飛んでしまい、とにかくぜのせんぱいを元気づけたい一心で、『しょーがないから、デートしてあげる!』と、不承不承のポーズを取り繕いながらも内心それはそれはうっきうきでデートに誘ってくる――というのが、我が邪魔しなかった場合に彼女が辿ったはずの道筋でした」


 なんかやけに具体的だな……。俺に都合の良すぎる展開としか思えない内容だけど、イルマちゃんはエルエスタでさえ手の平で転がすほどの知略家だ。そんな彼女がこう言うのだから、今語られたのはおそらくかなり確度の高い『ifルート』なんだろう。


 ……なら、確かにイルマちゃんは、結果的には俺とアリアちゃんの仲を邪魔をしたことになるのかもしれない。

 しかも、具体的に相手が特定されている分、俺が抱いていたような『彼女達と本来出会うはずだった「俺以外のまっとうな男」とのしあわせを邪魔してるんじゃないか?』という漠然とした罪の意識よりも、イルマちゃんの抱いているそれはずっとずっと強いだろう。


 赦してあげたい。犯してもいない罪に囚われている彼女を、そのばかばかしい思い違いから解放してあげたい。でも、彼女と同じような罪を背負った身である俺では、一体どの口が言ってるのかという話になってしまう。


 だから俺にできるのは、上位者を気取って赦しを与えることではなく、彼女と同じ穴のむじなとして傷をなめ合い続けることくらい。


 ――消えず、癒えず、赦されもしないその『罪』が、いつか時効を迎える。……そんな日が来る、その時まで。


「……そこで『イルマちゃんに堂々と赦しの台詞を告げるために、俺がまず率先して自分の罪を赦そう!』とは絶対にならないあたり、おにーちゃんってほんとに闇の者ですよね」


「だって、そんなことをしても、どうせ上っ面だけになっちまうからな。……俺がきみ達に関わり続ける限り、きみ達には俺よりもっと相応しい奴がいるっていう思いは消えないし、むしろ増していく一方だ。そんな本心を誤魔化したままイルマちゃんを慰めるなんて、不誠実な真似はしたくない。……てか、よく考えたら、イルマちゃんには普通に本音も見抜かれるだろうからそもそも意味無いし……」


「我は全然いいですよ? おにーちゃんの本心を見なかったことにしてあげて、コロッと騙されてあげても。気遣い自体が本当なのはわかってますから、それは普通に嬉しいですし」


「……………………」


『なら、今からでも赦すね?』……と、そう言って普通に喜ばせてあげようかと思ったけど、やめた。


 騙されてあげてもいい、なんて。気遣い自体が嬉しい、なんて。俺に取られた手を振り払いもせず、むしろ優しく握り返してきながらそんなことを言って微笑んでくれるイルマちゃんの姿を見て、俺の心には今まで以上のドス黒い欲が満ちてしまったから。



 ――俺はこの娘に対して、俺に救われてくれることではなく、俺と同じ闇の中へ在り続けてくれることをこそ願った。……或いは、より暗い場所へ共に潜ることを、かも知れないけれど。 



 やっぱり俺が望むのは、この穢れ切った身を焼かんばかりの日差しの中へ、手を取って連れ出してもらえることでもなければ、自ら誰かの手を引いて歩み出て行くことでもない。


 だって俺は、自分のことをどうしようもない被害妄想野郎だのカンチガイ野郎だの散々こき下ろしててもう死ねよとか思ってはいても、本気で自分のことを嫌いになったことなんて無い。

 むしろ、幾度となく『ネガティブ過ぎる』と他人や己自身に言われ続けてもひたすら被害妄想を貫き続けるくらい、このどろどろとした怨念に塗れ切った悪霊のような自分のことが大好きである。ネガティブじゃなくなって『真っ当でまともな男になった俺』なんて、そんなのもう俺の俺たる魂の核や所以を失った、ガチの人間もどきにしかならないんじゃないかとさえ思ってしまう始末である。


 そうまで拗らせてしまった理由はわからない。前世を通して考えても、今の破綻した感性や価値観の大本と成り得るような出来事に、これといった心当たりは無い。

 敢えて言うなら、常日頃から自分が世界や他人に受け入れられているという実感がカケラも無いまま過ごし続けてきたことで、周囲に対する反発や逆恨みを溜め込み続けてきたことが理由かもしれないが……、じゃあそもそもなんで他人に受け入れてもらえなかったのかって考えると、やっぱり原因はわからない。


 まあ、誰かに聞いてみれば『俺の努力不足』の一言で終わる話だろう。でも俺、功績づくりだの評判上げだのなんて迂遠な方法に走る前は、前世でちゃんと真っ当に他人と分かり合う努力してたよ? でも実ったこと一回も無いもん。じゃあもう知るかよ。



 もう全部知らねぇよ、ばーか。



「……………おにーちゃん……」


「やだ。慰めもお説教も聞きたくない」


 いつの間にか、イルマちゃんの手に頬を擦り付けるようにしながら、頭に乗っかってるタオルで顔を隠してすっかり項垂れてしまっていた俺。


 離さなければならない、とはわかってる。このままイルマちゃんの優しさに縋りついて、付け込んで、無様に駄々を捏ね続けていたって、そんなの誰にとっても悪い結果にしかならない。


 そうわかっていても、俺は、イルマちゃんに『願い』を押し付けたい気持ちを抑えることができなかった。


 心が読めるんだろう? 俺のことを理解してくれるんだろう? だったら、俺の苦しみだって、悩みだって、少しくらいわかってくれて、甘えさせてくれたっていいじゃないか――なんて。

 そんな、どこまでも身勝手過ぎて、それこそ今すぐ死んだ方がいいとしか言えないようなクソみたいな情念が、暴走して止まらなかった。


 だって俺はもう、どうすればいいのか、どうしたらよかったのか、本当に何もわからないんだ。

 いったい何が悪かったんだろう。ただ俺が悪かったという事実だけが遺されて、みんな何も言わずに離れて行って、だれも答えを教えてくれない。だから自分でちゃんと考えて、いっぱい考えて、ちゃんと努力だってして、それでまた再アタックしてみても、『思い込み激しい。空回りしすぎ。生理的に無理』って言われて終わり。俺の人生、全部が全部そんなんばっかだ。



 だから、反則みたいな力で俺のことを理解してくれる義姉様が俺の初恋で、同じく反則みたいな技能で俺の心に寄り添ってくれるイルマちゃんが大好きなのである。



 真っ当なコミュニケーションができない成れ果ての人間もどきは、反則でも使ってもらえない限り誰にも相手になんてされないし、誰かとわかりあうなんてのも夢のまた夢なのだ。


 ――ほんと、終わってるな、俺。








 いっそもう、本当に終わりにしてしまっても構わない。








 というのはさすがに言い過ぎである。それでもなぜわざわざこんなことを思い浮かべたのかというと、これは所謂、死ぬ死ぬ詐欺だ。しょっちゅうリスカする女ほどしぶとく生き残るのはこの世の常識。つまりは、死亡フラグを圧し折るための希死念慮という、毒を以て毒を制すみたいなものとして今しがた俺は自らの死を望んだに過ぎない。


 ぼくちゃんまだ死にたくないです。もっともっと生き足掻いて、可愛い女の子達といっぱいにゃんにゃんしたいのよ、でゅふふふふフフフ♡♡♡


「……………………」


「…………いや、せめて『でゅふふとかキモ……』くらいは言っておくれよ、いもーとちゃん……」


「でゅふふとかキモ」


 俺の望みに素直に答えてくれた彼女は、何故か何某かの激しい感情を力尽くで抑えつけたようなエセ棒読みであった。一体どんな顔で言ったのか凄く気になるけど、俺はタオルのヴェールを決して外さず顔を伏せ続ける。


 どこだ。どこまで、この子は心が読める? 義姉様のように心を読むことが本懐の能力ではないとはいえ、その分情報の収集と分析によって未来予知染みた技能にまで昇華させているような子である。

 一応、普通に相手してくれてるあたり、『もしこの手を振り払われたら後で自殺しよう』と決意したことはまだ見抜かれていないだろうけど、まあそれは死亡フラグ回避のための毒を以て毒を制す理論によるブラフなのでバレてもべつに構わないので俺が今最も気になっているのは俺が未だかつてこの世界の誰にも打ち明けていない秘中の秘である前世の記憶について一体どの程度見抜かれているのかという一点ただそれのみである。


 怖くて聞けない。あと身体接触で心を読むようなサイコメトリーっぽい能力だった場合も怖いので、ひとまず掴みっぱなしだったイルマちゃんの手を離してあげた。ちなみにこれは振り払われるに該当しないので、俺は死なずに済みます。


 だというのに、今度は逆にイルマちゃんが俺の手を掴んだまま放してくれないのは何故なのです……?


「理由、聞きたいです?」


「………………聞きたくないです……」


「じゃあ、敢えて言わないでおきますね。……あと、今後おにーちゃんに対して反則こと【異能】の使用はなるべく控えることにします。その代わり、すとーきんぐという常人に可能な範囲の真っ当な手段に力を入れて、よりおにーちゃんを理解できるようがんばる所存ですので、おにーちゃんの方からもきちんとご協力お願いしますね?

 ついでに、たいして秘密にしたいわけでもないらしい前世の記憶とやらについても、そのうち話してくださると嬉しいです」


「…………………………………」


「お願いしますね?」


「う、うん……わかったです……」


 思わず『俺にとって都合が良すぎないか?』とつい訝るようなことを言ってしまいそうになったけど、うっかり見てしまったイルマちゃんの表情が――、そこに溢れすぎていた慈愛と、軽く絶頂してるような極まった『恍惚』の感情が俺に余計な反駁を赦してくれなかったので、俺は素直にこくこく頷くしかありませんでした。


 恍惚……? えっ、恍惚??? この子一体俺の心の何をどう読んで、こんなとろけた表情浮かべつつ俺の都合に全力で合わせに来ながら口調だけは素面な感じで語ってるんだろう……。反応が一から十まで謎すぎて、コミュニケーション能力に難の有るおにーちゃんはちょっと的確にツッコミ入れられないっす……。

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