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十四話後 貴女が楽しそうで何よりです(呆れ)

「なんで、その子のこと、そんなに甘やかすの? あなたが今までがんばってきたこと、嬉々として奪い取って王家やヤリチンくんに献上してたの、その子だよ!!?」


「え――――」


「おっとー、バレちまいましたね!! でも先に言っておきますけど、我はレティシア様の命に従ってただけです。そりゃあ、最初は主君をたぶらかすいけ好かない奴だと思ってノリノリで陥れてげらげら笑ってましたけどね?」


「えっ―――」


「ほらぁ!!! 聞いたでしょ、ゼノくん!!? この子、すっごい性悪だよ!? それに大聖女だって、あなたのこと護ってるように見せかけて、実際は自分以外の女が近づかないようにしてただけだもん!!! 聖女どころか、悪女だよ、悪女っ!!!!」


「え、いや―――」


「あ。レティシア様が悪女っていう意見には我も同意ですね。あれだけ散々陰に日向におにーちゃんの出会いの機会を潰しまくっておいて、最後には婚約者くんに鞍替えするとか、一体どのツラ下げて言ってるんでしょうね? ちなみにこの意見には、爆死直前の王太子君も深い共感を示してくれました」


「なにあんた、自分が仲良く談笑してた相手を直後に爆殺したの? 大聖女も、えっ、それマジ?? うっわぁ、サイコパスだ、サイコパス……。やばいよゼノくん、もうこんなイカれた子達なんて全部ほっといて逃げようよ……」


「ダメですよ、おにーちゃんは我の魅力にめろめろなので、そんなドン引きしたフリでしれっと連れて行こうとしても無駄なのです! あとそろそろおにーちゃんに喋らせてあげないと、我々ふたりとも好感度が急転直下の大暴落を迎えますので、今すぐ離れてくださいね? ほらほら、はりーはりー」


「あっ、ちょ、変なとこ触るなぁ、このド変態!!?」


 俺より先に俺の内心を読み取ってくれたイルマちゃんが、俺に擦り寄って来てたエルエスタを背後からむんずと掴んでべりっと引っぺがす。


 うっかりか確信犯か知らないけどイルマちゃんにおっぱい掴まれちゃったエルエスタが、顔を赤くして「やぁ、ん、ばかぁ!!」とか喘いでて、キャットファイトに心が冷えかけていた俺も思わず気を取り直してお胸ほっこりである。


 うむうむ。やっぱり、女の子達は仲良くしてるのが一番だよね!!


「とか思ってそうなゴキゲンなおにーちゃんに今のうちに弁明しておきたいのですけど、我がおにーちゃんを嫌ってたのは全て昔の話ですからね?

 もしおにーちゃんが望むなら、罪の意識ゆえにこのカラダだって喜んで差し出すのですけど、おにーちゃんがそういうの大キライな人だっていうのはちゃーんとわかってます。なので、その件は他の事で穴埋めさせてくださいね? それで、その後は何も気兼ねなく仲良くしてもらえると、とっても嬉しいなって。

 ………そんな感じで、ダメ、ですか?」


「…………。べつに、普通にカラダ差し出してくれてもいいけど?」


「……………………あっ、『それはそれでプレイとして有り』とか思ってるゲスい顔ですね。ダメですよ、おにーちゃん。それがプレイとして成り立つのは、まず先に一度きちんと罪を赦して、真っ当な愛も育んでいることが前提です。そうでないなら、普通に強姦か拷問です。なので、『めっ』!」


「…………………………。いやでも、逆にまだ罪を赦してない状況だからこその真に迫る臨場感というのも実に乙なものであるとは思いませぬか、いもーと様?」


「………………………………うわぁ……」


 自分で言ってて段々その気になってきちゃった俺に、イルマちゃんが眉を顰めてドン引きである。いや、そんなガチで嫌ならいいよ、嫌がる女の子にアブノーマルなプレイを強要しない程度の良識は俺だって持っとるわい。


 でも、口に出せない俺の気持ちを読み取ってくれるイルマちゃんだからこそ、本来女の子に面と向かって言えないような隠された性癖にも、応えてくれるかなって――。


 ………………いや、まあ、それはイルマちゃんの気持ちを蔑ろにしすぎだな。コミュニケーション取るのが苦手だからって、何でも分かってくれるイルマちゃんに甘えて、色んなものをすっ飛ばして楽しようとし過ぎた。


「――ごめん、イルマちゃん」


「………………あ、……ん、っと……」


 心の声で済ませるのではなく、真摯に向き合ってきちんと謝罪を告げた俺に、イルマちゃんがなんだか居心地悪そうに身じろぎして、エルエスタを盾にするように隠れてしまう。


 そのまま何やら身悶えるように「う~、あ~」とか呻き始めたイルマちゃんを横目に見てから、エルエスタは白い眼でじろりと俺を睨め付けて来た。


「…………なに、あなた、そういうの好きなの?」


「……………………はて、そういうのとはぁ??? ごめんなさい、正直好きかもしれないです……」


「すぐ認めちゃうなら、最初から意味もなくとぼけないでよ……。何だったの、今の無駄にムカつく顔。うっかり殴るところだったじゃん」


「その気配を察したから素直に謝ったんだよ。あとは、エルエスタにも俺の性癖を暴露したいなという願望が急激に膨れ上がってしまって、うっかり理性が負けました」


「……………………ゼノくんの、へんたい……」


 先刻のイルマちゃんのようにドン引きされるかと思ったけど、エルエスタは心底嫌そうな顔をしながらも、ほっぺたを赤くして視線をふらふらと落ち着きなく彷徨わせるという中々判断に困る反応を見せる。


 これは、思いの外、好感触? 少なくとも、頭ごなしに性犯罪者扱いされて官憲に突き出されるということはなさそうだ。


 そんな反応を見せられてしまって俺までほっぺた熱くなってきて目線がふらふらしてしまうものの、イルマちゃんがエルエスタの肩越しに白い眼でじーっと見つめてきてたので即座に表情を引き締めた。


 ところで、かわいい女の子達に白い眼で見られるって、なんだか背筋がぞくぞくしちゃいません? 普段の俺だったら普通に傷ついてひっそり泣く所だと思うんだけど、どうも俺、エルエスタとイルマちゃんに嫌われてると思えないので、なんだかSMプレイの一種みたいに感じちゃうの。


 ―――――とはいえ、流石におふざけが過ぎたな。即刻態度を改めるので、そんなにかわいい握り拳をふりふり見せつけてこないでおくれ、いもーとよ。


「……無駄話――でもないけど、脱線した話はこれくらいにして、だ。無事におおよその事態も事情も説明してもらえたことだし、ここからは予定通りに死者蘇生のお時間ってことでいいか? あ、説明ありがとな、イルマちゃん」


「いえいえ、これくらいいつでもお安い御用ですよ」


「…………むー」


 これ以上の脱線を嫌った俺の意図を察して当意即妙に笑顔を返してくれるイルマちゃんと、まだまだ言いたいことはいっぱいあるぞなふくれっ面のエルエスタ。


 対照的な二人の女の子の様に思わず苦笑した俺は、「さて」と仕切り直し、半身を引いて出発を示唆しながらイルマちゃんに問いかける。


「俺らはこれからアリアちゃん呼びに行くけど、イルマちゃんはどうする? 同行するのは、色々障りが有るよな? あ、これ別にイルマちゃんをハブるとかいう意図じゃなくて」


「『不干渉を命じられてるらしいし、そもそも魔女機関の本拠地によそ者をほいほい連れていくわけにはいかんだろ』、ですよね? だいじょーぶ、ちゃんとまるっとわかってます。その上で、我はこう答えますね?


『そもそも、お二人とも本拠地まで帰る必要は有りません』」


「………………あん?」


「あっ」


 疑問符を浮かべる俺とは別口で、何かに気付いた様子のエルエスタが、お空を見上げて何やら間の抜けた表情を浮かべる。



 ――空? ………いや、まさかな。



 ふと、ポルコッタ村でアリアちゃんが言っていた、『黄泉の番人は空の穴からやって来る』みたいな話を思い出す。


 けれど、あれはアリアちゃんの権能が有ってこそ知覚可能となる類のこの世ならざるモノであり、事の成り行きを知らないはずのアリアちゃんが、まさか俺達に先んじて黄泉の番人こと怪人オベラメッチョとのガチバトルに挑んでいるはずもない。


 だから俺は、まさかな、と否定の言葉を内心に浮かべて。しかし、イルマちゃんの意味ありげな半笑いと、エルエスタの驚愕の表情、それに晴れ渡ったお空から雷雨のように響き渡って来た獰猛な叫びによって、まさかの事態が現実のものになっていることを悟った。






「オッシャラァぁぁぁぁぁぁあああああアアアア!!!! あの『わっぱ』如きに出来たことが、この『私』に出来ないわけないだろうがぁああああああああああああ―――――ッッッッッ!!!!!」






 王都中に響き渡るんじゃないかというその猛々し過ぎる絶叫に紛れて、あまりに哀れな「やめてよぅ、恥ずかしいよぅ、もうおろしてよぅ」とめそめそべそべそ泣きべそかいてる少女の声が弱々しく木霊している。


 なんだかとってもお空を見たくなくなってただただ立ち尽くす俺に、イルマちゃんは力の無い笑みを浮かべながら肩を竦めて見せてきた。


「我が適当な魔女さん捕まえて呼んでもらったのは、〈深淵〉だけなんですけどね。なんか、余計なのまでくっついて来ちゃったみたいです」


「くっついて来ちゃったかー……」


 じゃあ仕方ねぇな。もうほとんど天災みたいなものだしな、あの人。俺はもう、あれは実は二代目〈晴嵐〉とかじゃないのかとわりと本気で疑っている。あの人思いっきり【晴嵐】の権能使ってたし、俺が婆さん対策として重力魔術で密かに編み出した【疑・晴嵐】まで使わされたし。


 俺は見たくない現実を見上げる前に、そういえばと思ってエルエスタに訊ねてみた。


「そういや、御母堂様の本当の名前って何なんだ?」


「…………………………ナーヴェ」


「……ああ、それは。まあ、然もありなんってとこだな」


 子供に信長とかジャンヌとか名付ける感覚で付けられたのか、はたまた初代から襲名でもしたのか。どういう経緯でその最強の魔女の名を賜ったのかは知らないが、なるほど、名前に負けないくらいのナーヴェっぷりを如何なく発揮していらっしゃる。名付け親もさぞ本望だろう。


「でもまぁ、流石に本物ほどじゃないけどな」


 そう評した俺に、エルエスタとイルマちゃんが『え!!?』と口を揃えて素っ頓狂な声を上げるけど、そんな二人の気持ちはよくわかる。あの御母堂様を上回るレベルの有り得ない程に破天荒な婆さんが存在するなど、そりゃ信じがたいだろう。


「え、ゼノくん……? 何言ってるの……? あなた、お目々と脳味噌は大丈夫? お医者さん呼ぼうか? もしかして、アルアリアの創った変なおクスリ、ほんとにキメちゃったの???」


「そうですよ、ラリってる末期なおにーちゃん。あの人はどう考えても――うわぁ、おにーちゃん、まじで気付いてないの!?!? …………思い出って、悪い方にも美化されるものなんですねぇ……。我、ひとつ賢くなりました……」


 何か失礼なこと言ってる気がする二人の声を聞き流しながら、俺はようやく天高く舞っていらっしゃる現実さんとの対面を果たしたのだった。

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