十四話中 いもーとちゃんのターン
「とはいえ、ヤリチン王太子くんはただの生贄です。
【聖天八翼】第一位、〈熾天〉が先走って起こしたガチのテロルによる住民の死を丸ごと無かったことにすべく、こうして尻拭いのための魔女機関とおにーちゃんを呼び出すために、肩書きだけはいっちょまえであるヤリヤリチンチン王太子くんのちんけな命をさくっと捧げてもらいました」
「……ふむ。…………王太子はヤリチンげふんげふん、あー、えっと、そうじゃなくて。……住民を生き返らせたかっただけなら、そう素直に俺なりエルエスタなりに頼めば良かったんじゃないのか? なにも、イルマちゃんが生贄召喚しなくても……」
「そこはレティシア様の意向を汲んだ結果ですね。我々聖天八翼は魔女機関への不干渉を命じられてますし、加えて、自分達の尻拭いを愛しのおとうと様にお願いするなど言語道断ですから。
なので、我がレティシア様にも内緒でこうして一計案じることになったのですよ。月雫の魔女に対して『厄介な【聖天八翼】共に恩を売って手札に加えるチャンス!?』というエサをこれ見よがしにチラつかせ、おにーちゃんや世間に大聖女一派の関与を隠し通したままで、死者を蘇生できるおにーちゃんや〈深淵〉を間接的に動かすために。
世界屈指の大国の、次代の賢王の誉れ高い王太子殿下(笑)が何者かに爆殺されて非業の死を遂げたとなれば、魔女機関が動く表向きの理由としてはギリギリ及第点でしょう?」
「………ん? あれっ、でも、エルエスタが動いた本当の理由って確か――」
「『王太子蘇生にかこつけて、おにーちゃんの所有権を正式に捥ぎ取るため』、ではありませんよ? だって、そんなことをしなくても、おにーちゃんは既にすっかり魔女機関の『駒』ですからね。だから、それは本当におまけのついでです。
本命は、我を筆頭とした、時に魔女機関すら出し抜く力量を持つ【聖天八翼】への『貸し』作り。次に、腐っても大国なアースベルムに対する『恩』の売り付け。それで一番最後が、もののついでの『おにーちゃんの所有権主張』です」
「…………おまけで、もののついで……」
つい真相を求めてエルエスタに視線を向けてしまった俺は、ぎこちなさすぎる半笑いで顔を逸らした彼女の横顔と、そこに伝う一筋の冷や汗を見て、今の一種荒唐無稽としか呼べない話が丸ごと真実であることを理解した。
俺にじーっと半眼で見られて、エルエスタは目線をふらふら彷徨わせながらしどろもどろに言い訳を紡ぐ。
「あ、あのね、そりゃあ、王太子の件がどう転んだって、どうせあなたは私達のモノだっていうのは、そりゃ思ってたけどね? でも、ちゃんと正式に私達のものだって宣言したかったのは、ぜったい嘘じゃないから、うん……」
「でも、それはおまけでもののついでなんだよな?」
「……………………。なんだよぉ、私ばっかり責めるなよぉぉ……!! それ言うなら、あなたの大好きなお義姉さんとか、そこの智天とか責めろよぉぉぉ……!!! 私っ、完全にそこの智天のてのひらで踊らされてただけじゃん!! 何得意げに陰謀とか言っちゃってたの、私、完全にばかみたいじゃん!!!!」
「げらげらげらげらげらげら!!!」
「笑うなあああぁぁぁぁあああ!!!!!」
腹抱えて大笑いしちゃうイルマちゃんに、完全にキレたエルエスタが食って掛かって胸倉をつかみ上げにかかる。イルマちゃんはそれをまるで風に舞う木の葉のような身のこなしでひらりひらりとかわし、ますます滑稽なことになってるエルエスタはやがて怒りを通り越して完全涙目であった。
アリアちゃんばりに体力無かったらしいエルエスタがぜーはーぜーはーと息切れした頃合いを見計らって、その頭を慰めるんだか煽るんだかわからない感じでぽんぽん叩いてるイルマちゃんに改めて訊ねてみる。
「今の話、暴露しちゃってよかったのか? その……、たぶん、義姉様は絶対許してないだろ? イルマちゃん、後で怒られるんじゃ……」
「ぶっちゃけ、今回の件は何もかも全てレティシア様の不甲斐なさに端を発してますからね。
おにーちゃんを抱き込むために笑顔で送り出した主君が、いつの間にか目的をほっぽり出して他の男に股を開いていた。
それを知った〈熾天〉による暴走の結果が、堕ちた主君や、主君をたぶらかしたオトコや、オトモダチ達を狙った白昼堂々のテロというわけです」
「…………え、おいおい、それは……、えっ、じゃあ、義姉様や兄様って、今無事じゃないんじゃ……?」
「いえ、そこは熾天の暴走を未然に察知していた我が、いろいろと骨を折りましたからね。月雫の魔女に有用な情報を色々送り付けた際、さりげなく今回のテロの情報をリークすることで、暗に『お礼はいいから手勢貸せやおらー!!』と強請りました。
本日休日出勤という苦役に参加していただいた魔女の皆様には、感謝と慰労の念が絶えません。おかげ様で、一般市民には多少の死傷者は出たものの、こちらの陣営の被害は赤髪のなんちゃらくんとかいうモブ一名が死んだくらいです」
「………………。え、被害出てるじゃん……」
「それだけ〈熾天〉がガチで厄介だったのですよ。はっきり言って、我は今回、相打ちやむなしくらいの心積もりでした。
幸い、熾天が土壇場でヘタれたおかげでその覚悟は無駄に終わりましたが……。そのせいで今度は、和解のために熾天の罪を無かったことにすべく、またも我が奔走しなければならなくなった次第です
…………今改めて思ったんですけど、我、はたらきすぎじゃありません? ちなみにこれ、きちんとお高いお給料の出るお魔女機関さんと違って、我は全部のーぎゃらです。ご褒美は、たまにもらえるお褒めの言葉と、そしておぱんつ」
「おぱんつ」
最後にまたも唐突なおぱんつをブッ込んできたイルマちゃんは、けれどそれがギャグでもなんでもなくただの事実であることを物語るかのように、どこか疲れた様子でここではない遠くの景色を見ていた。
いや、そりゃそんな顔にもなるわ……。まだ完全とは言えない事情説明を軽く聞いただけでも、なんかもうイルマちゃんが義姉様や反逆者や魔女機関やエルエスタの間で板挟みになりながら、あっちこっち飛び回って八面六臂の大活躍しすぎである。
陰謀をキラッキラの笑顔で語りたがったり、義姉様のおぱんつにふつーに喜んじゃうイルマちゃんだから、自分がやりたくてやってるっていう部分はある程度以上に有るのだとは思う。でもそれにしたって、流石にオーバーワークが過ぎるだろ……。
「…………あの、イルマちゃん」
「なんですー?」
「……その、なんだ。……もし、嫌なことがあったり、甘えたくなったりしたら、俺のとこ来てね? ていうか、俺の方から甘やかしに行きたいんだけど、いつも大体どの辺に居るとかある?」
「………………あっ、え、えぇっと――」
謎の能力で心が読めるはずのイルマちゃんが、全く予想外のことを言われたようにちょっと挙動不審にそわそわし出しちゃった、そんな時。
「―――――――――――ずるい」
ぼそっ、と。体力尽きて項垂れていたはずのエルエスタが、地獄の底から湧き出るような怨念染みた呟きを漏らしながら、いつの間にか涙目からガチの悔し泣きへと変えていたらしいお顔をゆっくりと俺達の眼前に晒した。




