十四話前 策士ちゃんは語りたい!
適当な路地裏へと降り立った俺とエルエスタは、魔女機関の本拠地へ通じる例の民家へ向かって、陽の光と人の目を避けながら脇道をのんべんだらりと歩いて行く。
陛下から何かしらの指示があったのか、表通りの方では衛兵達が慌ただしく行き来している様子だ。未だ厳戒態勢は続いているようだが、兵達の顔に浮かぶどこかほっとしたような様子を見る限り、王太子や住民の復活についてはうまいこと話が通っているらしい。
まあ、魔女機関の名前を出せば、大抵の無理は通るしな。適当に、陛下の依頼で魔女機関に抜き打ちで避難訓練手伝ってもらったんですーとでも言っておけば、大抵の国民は『ああ、そうなんだ』と素直に納得するだろう。
流石に死者の蘇生については信じられないにしても、かけられていた幻術を解くだけということにしておけば、常識の範囲で理解できる話だし。
「どうしたの? 何かおもしろいものでもあった?」
なんとなく歩調を緩めて表通りの様子を眺めていた俺の身体越しに、エルエスタも同じくちょっと表の方へ身を乗り出して来ながら訪ねてくる。
近い。エルエスタの肩が俺の腕に当たりそうっつか、下手すると俺の胸板にエルエスタの顔が当たりそうで、歩く速度にものすごく神経を遣う。こういうふとした瞬間の無防備なスキンシップって、女の子はいったい何考えてこんなことするんだろう? 触られたいの? 俺の事好きなの??
さっきまで抱き締め合ったまま空中散歩楽しんでた仲だし、流石に嫌われてはいない……とは思う。でも地上に降り立った後はまるで熱い抱擁が嘘だったみたいにさっくり離れられてしまったので、単に必要だったから抱き着いていただけ説が俺の中で濃厚になりつつある。
思わずじっとエルエスタの横顔を見つめてしまっていた俺に、彼女の不思議そうな瞳が「ん?」と向けられてくる。
それに完全に同期した動きで顔を逸らした俺は、ぼちぼち表に出始めて来た住人達を見ながら、ふと思ったことを尋ねてみた。
「そういや、王子殺した犯人ってどうなったんだろうな。普通に捕まったんかな? なんか、本腰入れて犯人探すぞーみたいな空気じゃないし」
「んー、なんでも、自爆テロってことにしたらしいからね。人間っぽい肉塊でも用意して、適当な身代わりに仕立てたんじゃない?」
「……………あん?」
「うん? なぁに?」
今ものすっごくおかしなことを聞いた気がするんだけど、エルエスタがとんでもなく綺麗なにこにこ笑顔で見つめてくるものだから、俺は謎の圧を感じて何もツッコまずにおいた。
今回の件って、あれだよな? エルエスタがうっかり暴露しかけた内容や、イルマちゃんの姿を見かけたことから考えて、確実に俺の身内が関わってるよな? どんな関わり方をしているのかは不明だったけど、エルエスタのこの様子からして、どうも犯人側としてである可能性が――
あかん、やっぱ考えないでおこう。大体、仮にその予想が当たってたから何だってんだろう。どんな事情があった所で、どうせ俺は身内の味方をするだけだ。正義も事実も、俺にとってはさして重要じゃない。
……ただ、まあ、ちょっと本気でみんなの蘇生がんばろっかな、うん……。みんなが無事に生き返れば、きっと全部無かったことにできるさ、うん……。
「……一応確認するけど、こっからはアリアちゃん呼んできて、ポルコッタ村の時と同じ流れってことでいいんだよな?」
「あ、詳しい裏事情聞かなくていいんだ? ふーん? あなた、どんだけ義姉さんのこと好きなの? わりとドン引きなんですけど」
「義姉さん言うな、伏せろ、個人情報を最後まで伏せろ。大体、そのあたり色々口止めされてるんだろ? 言っていいのかよ? あんまり要らんこと言ってると、またイルマちゃんに謎の吹き矢で眠らされる羽目になるぞ」
「吹き矢……? えっと、口止めなんてされてないよ? ただ、お義姉さん達が知られたくないだろうなっていうのと、あなたが知りたくないだろうなっていうのを考慮して、善意で言わずにおいてあげただけだもん。
でも、あなたがお義姉さん贔屓すぎて、なーんかおもしろくないので、いっそ何もかも全部ぶちまけたいです」
「ええぇぇ………」
ほっぺた膨らませながらわりとガチで不満げに言ってくるエルエスタに、俺は何の意図も籠らない呻き声を返すことしかできない。
これは、エルエスタが義姉様に嫉妬してる……ってことで、いい、のか? いいと思う、けど、どうしよう、俺って百合の花を愛でるのが趣味なので、あんまり女の子同士がギスギスしちゃうのは嫌なんだけど……。
思わず逃げるようにしてイルマちゃんの姿を探してしまうけど、近場の屋根の上にマジで居たイルマちゃんが『我は何も見聞きしてませんよー』みたいに目を閉じて耳を塞いでいらっしゃるので、どうも吹き矢やその他の援護は望めそうにない。
イルマちゃん的には、事の真相を聞きたかったら聞いてもいい、ということなんだろう。エルエスタのうっかり暴露はダメでも、俺の意思で聞くなら止めはしないということか。
まったく、どこまでも俺に甘くて、どこまでも俺に厳しいいもーと様である。
「ゼノくん? どうする? 聞く?? 聞いちゃう???」
正面に回り込んできたエルエスタに顔を覗き込まれて、完全に歩み止められ、いやらしい笑みの彼女にきちんとした回答を求められてしまう。
「……あー、っと……。………その……、じゃあ、間を取って、イルマちゃんに説明をお願いするってい」
「我!!!!! 参っっっ上!!!!!」
水を得た魚のごとく実にイキイキとした様子で『俺の影の中から』突如飛び出してきたイルマちゃんは、めちゃめちゃぎょっとしたエルエスタと呆れ顔の俺の間に割って入る形で片足立ちのバンザイポーズを決め、どこからともなく『ぱーん!』とクラッカーの音を響かせながら色とりどりの紙吹雪を撒き散らす。
恍惚の笑みでポーズを決め続けるイルマちゃんの、相変わらずの超ミニスカ着物みたいな袖付きの上衣の裾が気になって仕方ない。片足立ちなので、これ角度によっては普通にパンチラ見えそう。ところで着物着る時って下着は履かないのが正式な作法らしいけど、イルマちゃんはどうなんだろう?
「おにーちゃん? 勝手に召喚しておいて、いけないこと考えてちゃ、『めっ』、ですよ?」
「でへへ、さーせん」
俺が全く悪びれていないことなんてお見通しなんだろうけど、イルマちゃんはとっても素直に許してくれて満足そうにうむうむと頷いてくれた。
そして、そそくさと紙吹雪を回収して俺の『影』の中へと突っ込んだイルマちゃんは、一仕事終えたぜみたいに額を腕で拭ってから、まだびっくりどっきり中のエルエスタに笑顔で向き直った。
「さって。直接会うのは初めまして、ですかね? 〈無明〉改め、〈月雫の魔女〉エルエスタさん?
王城のてっぺんで泣きながらウチのおにーちゃんに抱き着いて、涙が止まってからもず~っとおにーちゃんのぬくもりをしれっと堪能してた件、我は後世までイジり続けますからね。〈月雫の魔女〉は、涙を武器とする魔女にして希代の悪女であった、と」
「―――っ、え、えんざいっ!! 冤罪です、それ嘘です!!! 私、そんな痴女じゃないし!!? ゼノ君とだって、お城出たらすぐ離れたし!?!? ほら、今だってほら、ちっともゼノくんに触れてない!!!」
「ずっと抱き着いたままお空飛んでたのが恥ずかしくって、つい素っ気なく突き放しちゃったんですよね? でもそれを自分で『もったいないことしたな、また触りたいな』って思ったから、さっきは何気ない会話を装っておにーちゃんに触れるためにわざと身を乗り出」
「お、おまっ、おまえ、さては〈智天〉だなっ!!? おまえ、それ以上言ったら、ゆるさないからな!!? 私、魔女機関の総帥だぞ!!! 本気になったら、おまえなんか、小指の先でけちょんけちょんだぞ!!!!」
「我の特製吹き矢で気持ち良~く眠らされてた敗北者がなんか言ってるー。てか、あなた総帥じゃないしー? そもそも、総帥代理ですらないって設定すら忘れちゃったんですかねー?? わー、ちょーウケるー。げらげらげらげらげら!!」
「むっきいいぃぃぃぃいい!!!!!」
女の子達のギスギスを忌避してイルマちゃんを呼んだはずが、なんかギスギス通り越して今にも殺し合い始まりそうな勢いなんですけど、俺はいったいどうすればいいのです?
殺し合いっつか、なんか一方的に魔女機関のトップたるエルエスタが弄ばれて怒り狂いながら地団駄踏んでて、魔女でもないはずのイルマちゃんが余裕のよっちゃんな笑みなのは一体どういうことなんだろう。
エルエスタが自信を持ってたはずの防護を吹き矢ごときであっさり抜いて眠らせてたし、この子も大概謎だよな……。
そのあたり、やっぱり少しは事情聞いといた方がいいんだろうか? 何か起きてから調べるのでは、今回の『陰謀』とやらに巻き込まれたように、今後もわけもわからず振り回されることになりそうだし。
「そのへん、イルマちゃんはどう思う? 正直、よくわかってない上に色々無駄に気を遣い過ぎな俺が下手に判断するより、多方面の事情に通じてそうなキミの意見をそのまま採用したいんだけど」
「おや? 我ってば、おにーちゃんからの信頼度高すぎじゃないです? いーんですか? そんなに我のこと贔屓しちゃうと、〈月雫の魔女〉さんにまーた『おもしろくなーい!!』って拗ねられちゃいますよ?」
「拗ねてねぇし!! 私っ、月雫の魔女さんじゃねぇし!!!」
「はいはい」
「はいはい!?!?」
うん、エルエスタが激怒を通り越して完全に愕然としちゃったよ。イルマちゃん強すぎない? なにこの娘、ある意味頼り甲斐が有りすぎてちょっと面白いんだけど。
なんだか二人の様子が喧嘩するほど仲が良いみたいに見えてきちゃった俺が思わず笑っていると、イルマちゃんもはふりと軽い息を吐きながら気の抜けた笑いを浮かべた。
「さてさて。ではでは、ゼノおにーちゃん? この大聖女レティシア様直轄、【聖天八翼】第二位・〈智天〉のイルマに、『義姉様』こと大聖女レティシア様の正体とか聞いちゃいますか? 聞いちゃったら後戻りできませんよー? なので、我はあんまりおすすめしませんねー、うん」
「うん、今思いっきり言っちゃったし聞いちゃったよね。でもありがとう」
「どーいたしまして。まあぶっちゃけ、聖天八翼については『なんか聞いたことあるなー』程度でも、レティシア様が昔あなたに瀕死の所を救われた聖女様だっていうのには、普通に気付いてましたよね?」
「逆に気付かないわけがない。あの人、俺が見てないと思って気軽に【治癒の奇跡】使ったり、普通に聖女レティシアの名前で信者募って、俺に救われたエピソード語ってゼノディアス教みたいなの広めてたりするし……。それで正体隠してるつもりなんだから、今まで気づかないようにしていた俺の苦労を察して欲しい」
「お察しします。なにせ我ってば、あのうっかりレティシア様に四歳くらいの頃からお仕えしてますからね。はっきり言って、我の味わってきた苦労はあなたの比ではありませんよ? どやぁ、どやぁぁ!!」
同じ苦労を味わって来た者同士、傷をなめ合い笑顔を向け合う俺とイルマちゃん。
へらへら笑い合う俺達を見て、エルエスタが目を白黒させながら呆然と呟く。
「………え、そんなあっさり、主君の秘密バラしていいの……? しかも、ゼノくんもすっごいあっさり受け入れちゃってるし……」
「あ、我ってば今回の件でレティシア様や〈熾天〉にでっかい貸しがありますからね。今の我は、貸しを盾にしての強気のイケイケが赦されるすーぱーイルマちゃんなのです!!」
「俺については、あっさり受け入れたっていうか、ほぼ知ってた内容を改めて認めただけだしな。あ、でも〈熾天〉とか今回の件の貸しとかって何? 俺それ知らない」
「お教えしましょう!!!! 我、渾身の『陰謀』を、今こそ盛大に自慢する時なのです!!!! むっふー!!!!!」
お、おおぅ、どんだけ語りたかったんだこの子……。めちゃめちゃ瞳をキラキラ輝かせながら鼻息ふんふんふんふん荒げていらっしゃる……。
あまりの勢いに押された俺とエルエスタが思わず見守る中、イルマちゃんはこほりとひとつ咳払いをして呼吸と場を整えてから、清純派声優さんの朗読劇のように聞く者を魅了する綺麗な声で語った。
「まず最初に言っちゃうと、王太子を見るも無残に爆殺したのは我です。そうです、我がやりました!」
うん。のっけからトップスピードすぎない? とっても良い笑顔で気持ち良~くカッ飛ばすのはいいんだけど、せめて法定速度は守ろうね、すーぱーイルマちゃん。




