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十三話後 俺に任せて先に行け!

「………………。は???」


 大国の王をも含む、いと高貴なる者達を相手にしているとは思えないあまりに不遜な物言いと、語られた内容のあまりの突拍子の無さ。


 大口開けて固まってしまった一同の中で唯一言葉――というか音を出せた俺に、エルエスタのちょっと不満そうな視線が突き刺さる。


「は? じゃなくて。あなたをウチにヘッドハンティングする代わりに、そのことでこの国が被るであろう不利益分を、今回失われた王太子や国民の命で補填してあげるよーってこと。おわかり?」


「……ああ、だから俺や、アリアちゃんにお声がかかったわけね……。………や、でも、死者蘇生ってそんな軽々しくやっていいのか?」


「死者の蘇生っていうのは、世界にとってもウチにとっても、べつに前列の無いことでもないからね。巷で言われてるほど、絶対タブーってことはないよ? ただ無秩序に乱発されると流石に困るから、あなたを野放しにはできなかったって話で」


「はぁん? 思いの外ゆるいな……。ああでも、仮に蘇生がオッケーだとして、俺と王太子以下王国民多数って、それ釣り合い取れてなくない?」


「(逆の意味で)そだねー。だから、今回のはあくまでもおまけのついでかな? はっきり言って、あなた本人に承諾貰ってる以上、勝手にあなたを持って行っちゃってもいいわけだしさ」


「まあ、そりゃそうか」


 実際、王太子云々に関係なく、俺の身も心も既にエルエスタのモノだしな。今回こうして俺を伴って赴いた事の主眼は、王太子復活じゃなくて、それにかこつけて俺の所有権を正式にもぎ取る方がメインなんだろう。そしてそれすらもべつに必須ではない、と。


 ああ、そりゃ王太子蘇生はほんとにおまけだな。エルエスタがこうも余裕綽々で交渉に臨んでいるのも頷ける。


 だって、べつに断られてもいいのだ。既にこの時点で、エルエスタの『ゼノディアスくんの所有権の公的な主張』という目的は半ば果たされている。なら後は、陛下が『お得な選択』をするかどうかというだけの話だ。


 そう気付いた俺は、肩の力を抜いて、笑顔のエルエスタに微笑み返しながら、繋いだお手々を軽く振って遊んだりしつつ陛下等の再起動を待つ。


 やがて。呆気に取られていた陛下が何やら思案顔となり、そんな陛下の様子を黒剣男が鋭い眼で伺い始めて。


 それからまた幾ばくかの間を置いて、それ以外のお貴族様方が息を吹き返し、のみならず、近衛達を邪魔な衝立程度の哀れな扱いしながら口角に泡を飛ばして熱烈に叫び合う。


「馬鹿な、ヴォルグ殿下の蘇生だと? また一段と面妖なことを言いおって、この女狐めが!!」


「いや、だが待て! 王城の堅牢な護りを抜いて、偽りの青空を見せ宙を舞うような大妖怪だ。もしや、ヴォルグ殿下の死そのものがきゃつの幻術であった可能性もあるのでは……」


「なんと!? それでは、ただのマッチポンプではないか!! どの口が『ゼノディアス様と交換』などといけしゃあしゃあとぬかしておるのだ、悪女めが!!」


「だから待てと言うに!! ゼノなんとかとやらはどうでもいいが、もし本当にきゃつの幻術によってヴォルグ殿下の死が偽装されたならば、その術を解かせねばヴォルグ殿下が死んだままになってしまうやも知れぬ!!」


「くっ、なんと卑劣な!!? おのれ、小悪魔めえぇぇ……!!! じゅるぅぅりぃぃいいいいい!!!!」


「ひょええぇぇぇ!!?」


 さっきからじゅるじゅるヨダレ啜ってる奴いるけど、あいつエルエスタを敵視してるように見せかけて実は超大好きだろ絶対。

 でも残念。きみの愛しのエルエスタは、きみに追い詰められたせいでとうとう人目を憚らず絶叫しながら俺の首にぎゅっと抱きついて来て、俺に「おー、よしよし」と抱きしめ返されながらすんすんと泣いておるよ。


 あー、マジたまらん、エルエスタのぬくもり……。持ち帰りてぇ……俺がエルエスタを自分家の子にしてぇ……子っつーか嫁にしてぇ……。


「……おい、竜殺し。お楽しみの所悪いが、少しいいか?」


「よくないけど、なんだ黒剣男」


「黒剣……、俺はウェインバー=ハートレイ公爵だ。それはそうと貴様、陛下はおろか、何やら魔女機関の総帥だの―――、それに陛下が仰るところの『あの女共』だのと深い関わりがある様子だが、一体貴様はなんなのだ? 竜殺しである他に、何やら公爵家の次男であるというのは先程聞いたが……」


 喧々諤々やり合ってるエセ真面目貴族達と高貴なるマッチョメンズを他所に、未だ思案中の陛下を横目に見たまま神妙に問うてくる黒剣男――ハートレイ公爵。


 そんな彼に、俺はエルエスタをあやしつつ、ちょっと考え考えしながら答えた。


「『あの女共』っていうのは、詳しいことは断言できないけど、たぶん俺の過保護な身内だと思う……思います。あとエルエスタ……を含めた魔女機関の一部の娘達も、俺の中では既に身内です。

 でも陛下については、なんでたかが公爵家の次男坊のことを知ってたのか、むしろ俺の方が聞きたいです。『あの女の子達』の暗躍抜きで考えるなら、俺がこれまでやってきたことを実は真っ当に評価してくれてた、っていう可能性はあるけど……」


「これまでにやってきたこと? ……貴様、亜竜の討伐以外にも何かやらかしたのか?」


「亜竜じゃなくて〈真なる龍種〉なんですけど……まあいいか。他に陛下に認められるような案件となると……、やっぱ鉄道と魔導車関係ですかね? 珍しく父様が『流石にこれはマズいから』って血相変えて、完成してた試験機とか都市構造改革案とか丸ごとひっくるめて取り上げられて、いつの間にか王家主導の国家事業にされちゃってたし」


「――――――――真龍に、鉄道」


「あ、『王家の功績を横取りする法螺吹き野郎』は耳タコすぎてお腹いっぱいなんで、信じてくれないならもうそれでいいっす。ていうかもういいっす。全部忘れてください。俺も忘れるんで」


 珍しく身内以外に自分の成果を自慢できるからって調子に乗って喋っちゃったけど、どうせまた法螺吹き呼ばわりされるのがオチなのはわかっている。

 いくらそれが、あの人達の愛ゆえにそんなことになっているのだとわかってはいても、自分がこれまで頑張ってきたはずのことを大法螺扱いされて白い目で見られた上、成果が全部他人のものにされるのでは普通につらいし萎える。


 だから、実は事の真相に勘付いてしまった一年前くらいからは、俺って大した功績は何も上げてなかったりする。まあ、元々学園入学を目処にして蓄積を吐き出し続けてきたわけだから、それで予定通りっちゃ予定通りなんだけど。


 だから、もういいのだ。過去や経緯がどうあれ、今俺は兄様や義姉様みたいな理解者がいて、イルマちゃんやアリアちゃんに好意っぽいあれそれを向けられていて、今この腕の中にエルエスタを抱きしめている。


 ならきっと、俺がやってきたことは、迂遠ではあってもけっして無駄というわけではなかったんだと思う。




 俺の努力は、きっともう、きちんと報われたのだ。




「………最後に聞かせろ。貴様、『どの公爵家』の次男坊なのだ?」


 うっかりエルエスタをより一層強く抱きしめてしまって「ぴゃぁぁ」と先程とは別の悲鳴を上げさせてた俺へ、考え込んでいた様子のハートレイ公爵がふと何かに気付いたように問うてくる。


 彼の瞳には、法螺吹き野郎に対する猜疑の色もなければ、王に不敬を働く罪人を咎める意図も見受けられない。

 だから俺は、これ言ったら家族に累が及ぶかもとかあまりに今更過ぎる心配をしつつも、極々普通に家名を名乗った。


「バルトフェンデルス、ですけど」


「………………ハ。成程な、そういうことか」


 何かを悟った様子のハートレイ公爵は、憑き物が落ちたような気の抜けた様子で何事かを独りごちる。


 けれど、そんな間の抜けた姿を見せたのはほんの数秒のこと。一転して厳しい顔付きとなった彼は、抜きっぱなしだった黒剣を床に力一杯突き立てると、結界すら打ち破らんばかりに『がぎぃいん!!!』っという爆発じみた轟音を撒き散らして周囲の者達を静まり返らせた。


 自ら望んで周囲のぎょっとした視線に晒されているであろうハートレイ公爵は、それを嬉しいとも不快だとも思っていなさそうな淡白な様子で、なぜか俺とエルエスタを背後に庇うような形で王侯貴族と対峙する。


 異様な空気に息を詰まらせている貴族達を無視したハートレイ公爵は、周囲の者達とは逆に眇められた陛下の双眸を見つめ返して、静かに告げた。


「小僧共の良いようにしてやれ、ヨルム。それがせめてもの『恩返し』というものだ」


「はて、恩返し? 何の事かさっぱりわからんな。だが、元々悪いようにする気は露ほども無いので安心せよ。もしそこのが望むのであれば、むしろこちらから何かしらの餞別をくれてやりたいくらいなのだからな」


「ほう? だがそのわりには、随分と返事を渋っていたようだが?」


「渋りもするわ。……そこのが魔女機関に貰われるというのは、どこからどう見ても当人同士が合意の上だから、最早余人が野暮な口出しをすべき事柄ではない。それはそれで、仕方のないことだ。謹んで受け入れよう。

 だがな、ヴォルグや死んだ者達を生き返らせてもらったとして、それを民にどう言い訳すればいいのかと考えるとな……」


「ハッ! そんなもの、それこそ『全て幻術でした』でいいだろう。一度は亡くなった王太子や無辜の民をわざわざ復活させて貰えるという望外の申し出なのだ、多少の混乱や文句など王の力で黙らせてみせろ」


「まったく、他人事だと思って気軽に言ってくれおるわ。この脳筋めが……」


 ハートレイ公爵の嘲るような笑みからの無茶振りに、陛下もまた煽るような笑みで毒づいて返す。

 なんかいきなり吹っ切れたように気安いやり取りをしているが、俺はそんな二人の関係性よりも、なんで彼らが死者蘇生は可能なものという前提で話をしているのかがわからなかった。え、マジで死者蘇生って、世界のトップ連中の間ではわりとよくあることだったりするの?


 俺を含めて、他の人達もそれぞれに言いたいことや聴きたい事は多々ある様子だけど、やべー剣とやべー権力を持ったイケオジ二人のなんだか楽しげなやり取りに誰も入り込むことができない。


 ――ただ一人、俺の首に抱きついたまま成り行きを見守っていた、掛け値なしの最高権力者な少女を除いては。


「じゃあ、この子はウチの子にして、王太子も復活させるってことでおっけー?」


「それで頼む。惰弱な王が臆病風に吹かれて日和る前に、さくっとやってくれ」


「誰が惰弱で臆病だ、勇猛の意味を履き違えた逆臣めが!! 貴様っ、余の首と胴を泣き別れさせようとしたこと、忘れてなどおらぬからな!!!」


「関係のない過去の出来事を引っ張り出して責め立てるなど、まるで女の腐ったような奴だな。世の真っ当な女共に謝ってこい愚王。それと俺が断とうとしたのは貴様の腹だ、耄碌するのも大概にしろ」


「死刑!!! こやつ、不敬罪で即刻死刑!!!!」


 白剣をピカピカまばゆく光らせながら荒ぶる陛下を、近衛兵達が数人がかりでどうにか抑え込む。


 その様を見て鼻で笑ったハートレイ公爵は、俺とエルエスタの方へ軽く振り返って『ここは任せて早く行け』みたいにしっしっと小さく手を払ってくる。

 その仕草だけを見ると、魔王との負けイベントに挑む勇者&聖女カップルを身を呈して護る魔剣士みたいでかっこいいけど、騙されるな、王を魔王へと変貌させた張本人はこの魔剣士である。


 まあ、行けっつってくれてるんだから、ここはお言葉に甘えるとしようか。正直、これ以上ここにいたら屋根ふっ飛ばした件や王侯貴族への不敬をいつ咎められるかわからんし。


「じゃあ、その……。俺らはいったん行くから、お達者で? ハートレイ公爵」


「ウェインバーでいい。貴様には、うちの家内が世話になったからな」


 いや家内さんの世話してないけど。いきなりファーストネーム呼び求められた上に、唐突に身に覚えの無い感謝されても困る。


「真龍に襲われた交易都市には、家内の実家が有ってな。それ以前にも、王都との遠距離恋愛で交際中に破局しかけていた所を、貴様の考案した鉄道のお陰で救われた。――感謝するぞ、ゼノディアス」


「お、おう」


 わりと真っ当な感謝だった。なにげに、自分の功績を身内以外に真っ当に認められたのって、これが初めてくらいかもしんない。


 なんと言ったらわからなかった俺は、抱き締めているエルエスタに急かすような目で見られ、色々なものから逃げるように重力魔術の起動に入った。


 ハートレイ公爵は、何も言わない。ただ、意図の読めない瞳でじっと俺を見る。

 そんな彼に根負けしたような形で、俺は別れ際に思いっきり笑ってしまった。一応言っとくと苦笑いです。断じてはにかみ笑いや照れ笑いなどではない。


「お役に立てて何よりだよ、ウェインバー。……奥さんと、どうか末永くお幸せにな?」

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