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十三話中 価値観って人によりけり

「……なあ、ほんとごめんって。頼むから機嫌直して――」


「あァん!!?!?」


 都合幾度目かになる懇願も虚しく、度し難きセクハラ野郎ことゼノディアスくんは、腕に抱いたエルエスタの猛禽じみた壮絶なる威圧によって黙らされましたとさ。ちっきしょい、まだダメかぁ。結構根に持つなー、エルエスタ……。


 そんな怒ることないじゃーん、とナンパ野郎のように気楽に俺が構えていられるのは、正気を取り戻したエルエスタが、なんだかんだでこうして俺にお姫様抱っこされての空中散歩を承諾してくれたからである。


 承諾っつか、『そういう方針でいい?』って聞いたら、『死ね』と呪詛を吐きながら首に腕を回して来たので、絞殺される前に勝手に重力魔術発動してお空に飛び立った次第です。

 これで、もし俺を殺せば必然的にエルエスタも彼方の地面へ真っ逆さま。ゆえに彼女は内心でどう思っていようとも、今だけはこのセクハラ太子ゼノディアスくんを赦さねばならないという寸法であるっ!!


 あとはふよふよ浮かんでる間になんとか怒りを鎮めてみらえれば無問題なんだけど、城壁を超え結界を抜け、もうすぐ主塔のてっぺんですよというこの段になっても未だお赦しはいただけていない。


 俺、主塔に降り立ったら即時ぬっ殺されちゃうんだろうか……。延命を図ってゆっくりめで空中浮遊してたせいでそろそろ遥か眼下の兵士達がうるさくなってきたし、俺が死ぬか彼らを殺すかの二択を迫られつつある。


 つかさー、先に抱きついてきたのエルエスタの方じゃん? なんでこんな怒るんだよぅ……。可愛い女の子があんな過激なスキンシップなんてしてきたら、そら童貞野郎が大暴走するのなんて三千世界の常識じゃん? え、そんなわけない? あっはっは、そんなまっさかぁ!


 ……………でも、その、えっと、


「………本当に嫌だったなら、ごめんね? あと、それはそれとして、俺、エルエスタのこと、その、あの、………けっこう、その……、………好」


「あーあーあーあー!! きこえなーい! お耳がなんかきーんってしてるから聞こえませーん!!!」


「あ、それ気圧変化のせいだから唾飲み込めば治るよ」


「あなたの唾なんて死んでも飲みませんけど!?!?? 私、そんなでぃーぷなキスをおねだりしてるような淫乱女に見えましたかねぇ、おォん!!?!」


「え、いや、普通に自分のツバ飲むだけでいいんだけど……」


「…………ゼノくんなんか、だいっきらいだ……」


 だいっきらいらしい。理不尽。


 でもゼノくんと愛称で呼んでくれてるし、それに俺に言われたとおりに素直に唾を嚥下して「あ、ほんとだ」とちょっと笑ってくれたりしてくれてるので、きっと本気で嫌われてはいないのだと思う。


 でも俺と目が合うと速攻ガン付けて来るんですよねぇ……。やめろ、そんな熱い視線を俺に向けるな。先刻のセクハラを咎める意図のものだとわかってはいても、自分が好意を抱いてる可愛い女の子に至近距離から見つめられると、胸の中が甘く切なくむずむずして困る。


 エルエスタの視線から逃れるようにして着地ポイントである主塔頂上の大広間へと目を向けた俺は、偶然そこにいた団体さん達とうっかり目が合って動きを止めた。


『………………………』


 お互い、無言。声を発せば届くであろう距離で、女の子抱えてお空をふよふよ飛んでる謎の少年と、屈強な衛兵達に護られた高貴っぽいおじ様達が、唐突すぎる邂逅に思わず硬直する。


 フライングからホバリングに移行した俺を怪訝そうに見上げてきたエルエスタは、俺の視線につられるようにして眼下のおじ様達へと目を向けて「あっ」と声を上げる。


 それと同時におじ様達のほうも硬直が解けてざわっとどよめき、「天女?」「馬鹿な、宙に浮いているだと? 面妖な…」「天女様だ……」「あの面妖な立ち姿、まさかあれは件の公爵家次男」「天女……!」「あの女の有り得ざる容貌、まさか化生の類か! ならばこの青空も幻術……!?」「天女!」「天女様!!」「天女様だっ!!!」いや天女呼び推し過ぎだろ、なんだあの見るからに女に縁の無さそうなむくつけき筋肉ダルマどもは……。纏った衣装からして高位の貴族っぽいけど、あいつらが天女天女うっさいせいで他の人達が真面目にこちらを警戒してる様が全然頭に入ってこないぞ――

 え、今真面目チームの皆さんって俺らのこと妖怪か何かみたいな扱いしてなかった? ほんとに真面目なのか一気に疑わしくなってきたな……。たぶん、会議してるっていう高位貴族でいいはずだよな、この人達。大丈夫かな、この国の未来……。


「ねえ、天女だって! 私、かわいい? ねえ、かわいい??」


 うちの天女様がすっかり機嫌を直してにやにや笑いながら問うてくるので、俺はそれに笑顔で適当な返事を返しつつ、筋肉ダルマ共に心から感謝した。ありがとう貴族っぽい筋肉ダルマ達。今から君達は俺の中でただの貴族っぽい筋肉ダルマではなく高貴なるマッチョメンにランクアップしたよ。


 で、そのマッチョメンズが何故か天女を庇い立てる形でエセ真面目チームと何やら言い争いを始めたので、俺はその隙にゆっくりと石造りの床に降り立ち、エルエスタをそっと下ろした。


 貴族連中と違って真面目にこっちを警戒していた近衛兵達が剣を抜いて構えるけど、べつに問答無用で斬り掛かってくる様子は無いので、まあ護衛として当然の対応ということでひとまずはスルーしよう。

 無論、エルエスタに刃を振るうようなことがあればその瞬間にこの世から消し飛ばしてやるが。


 うっかり漏れ出た俺の殺気に近衛兵達がたじろぐ中。まるで銃弾飛び交う戦場に舞い降りた慈愛の女神のごとく、自らに向けられる剣の切っ先へと一歩歩み出たエルエスタは、言い争いからの乱闘に発展していた貴族達を持ち前の美貌によって鎮め、彼等の耳目を集める。


「こほり。……んんっ、んっ。………えー、私こそは、天女様――じゃなかった、【魔女機関】からやって来た名も無き使者! その名はエルエスタですっ!!」


 名前有るじゃん。名も無きとか言いつつどこまでも透き通る声でめっちゃ高らかに名乗りを上げてんじゃん。

 あと何気に天女様呼びめっちゃ気に入ってるよねキミ。何ちょっと喉の調子整えて清純派アイドルみたいな脳味噌とろける声出してんの? そんなかわいい声出されちゃうと希代の益荒男たるこのゼノディアスさえも骨抜きのデレデレ笑顔になってしまうのでやめてほしい。


 益荒男のみならず高貴なるマッチョメンズの悉くまでもがでれっでれに笑み崩れているのを他所に、エセ真面目貴族共が一瞬絆されかけた表情を一様にハッと引き締める。


「魔女機関、だと……!? 馬鹿な、あの魔性の女狐共が何故このアースベルムに……」


「よもや、ヴォルグ殿下を殺害した裏の者というのは、かの雌豹共であったのか!?」


「しかもエルエスタといえば、あの売女連中の頭目の名前ではないか!!」


「総帥エルエスタか……。なるほど、確かに世の男達を手玉に取って世界を崩壊させそうな、めんこい容姿をしておるわ……。………じゅるり」


「ひえぇぇ」


 悪意と劣情の渦巻く混沌とした空気に晒されて、悲鳴上げつつ思いっきり肌を泡立てながら俺の背後へ速攻逃げて来たエルエスタは、そのまま俺の背中に縋り付いてひたすらがくがくぶるぶる震えなさる。


 俺、頼られてる!! とにやにや笑いそうになった俺は、けれどマッチョメンズが血涙流しそうな勢いで『ギリッ……!』と奥歯を食いしばって睨みつけてくるので、なんとか真面目ぶった顔を取り繕って軽くホールドアップしながら事情説明を買って出ようとした。


 しかし、それより先に、エセ真面目くん達による人垣をモーゼのように割り開いて、ちかちか明滅する抜き身のやべー白剣を持った見覚えのあるナイスミドルが歩み出てくる。


「……そなた、ゼノディアスだな? この聞きしに勝る面妖っぷり、よもや人違いなどということはあるまい」


 なんか色んな意味でやべー感じがしたので速攻『人違いです』としらを切りたかったのに、学園の正面玄関にバカでかい額縁に入れて飾られているお顔そっくりのその男性は、なぜか面妖=俺=面妖という方程式を完全に信じ切っている様子で厳かに語りかけてきた。

 いや、俺らを率先して妖怪扱いしてたの陛下かよ。


 ほんと大丈夫かこの国――とならないのは、陛下が他の慌てふためくエセ真面目貴族達と違って、深い知性を称えた瞳で静かに見つめてくるから。

 

 あまりに見つめてくるもんだから思わず頭を垂れて視線をやり過ごそうとしたその時。今度は高貴なるマッチョメンズの人垣を割って、またしてもちかちか明滅する抜き身のやべー黒剣を持った別のナイスミドルが歩み出てくる。

 最近のおじ様達の間では、やべー剣を光らせて歩くのがトレンドなのかな?


「ゼノディアス――か。その名、覚えが有る。……『竜殺し』だの『人類最強の一角』だの、酔った若者の戯言か大法螺としか思えなかったが……。なるほど、どうやら事実だったようだ」


 そう言って、黒剣の男はおもむろに壁際へ歩み寄り、手にしたやべー剣から赤黒い炎を吹き出させ、超やべー剣となった禍々しいそれを大上段から打ち下ろす。


 がぎぃっ、と嫌な音を立てて壁を浅く切り裂いたその太刀筋は、しかしそこで壁内の結界によって青白い光と共に跳ね返され、歪な軌道で床へと叩き落される。


 そうして僅かに砕かれた床の中にもまた、結界の光が悠々と揺らめいていた。


「…………チッ」


 忌々しげに舌打ちした黒剣男は、気分を切り替えようとするかのように長い息を吐いて軽く天を振り仰ぐ。


 彼の見上げた先は、跡形も無く消し飛んだ屋根の代わりに、高く、どこまでも高く広がる青空で満たされていた。


 あれ、これもしかして俺が屋根ふっ飛ばしたってバレてる? 順当に魔女たるエルエスタがやったっていう発想は無いの? 陛下までなぜか『然もあらん』みたいな感じで頷いてるし、ちょっと言い逃れできそうにないぞ……?


 思わず冷や汗流す俺の願いに応えるかのように、派閥に別れて争っていたはずの貴族達が一丸となって異口同音に声を張り上げる。


「閣下、何を仰るのですか! こんな青空、賊が見せている幻影に決まっています! 閣下の剣にすら切り裂けない王城の護りが、よもや丸ごと抜かれるなど、そんなの有り得るはずがないではないですか!!」


「その通りですな!! 大方、我々全員あの女狐の魅了か幻惑の魔術にかかっているといった所でしょう。おのれ売女めぇ……じゅるり……!!!」


「ひえぇぇぇ」


 流れ弾を食らって女狐ちゃんがより一層かわいそうなことになってしまったので、俺は背後の彼女を横へと手招きして、片手で肩を抱いてあげながらもう一方の手で彼女の手をしっかりと握ってあげた。


 微かな吐息を漏らして潤む瞳で俺を見上げくるエルエスタに、俺は安心させるように柔らかく微笑んでみせる。


「―――――――――――」


 目を見開いて声にならない何事かを漏らしたエルエスタは、真っ赤っかに沸騰したお顔に突如死ぬほど不機嫌そうな表情を貼り付けると、ぷいっとあらぬ方向を向いてしまった。


 ありゃ、なんか怒らせちゃった? どこで失敗したんだろ……と自らの行いを振り返る俺を、なぜかエルエスタ以外のその場の全員がいつの間にかじっと凝視していた。怖っ!


「………余裕だな、小僧。随分と派手に王城に乗り込んで来ておきながら、ろくに事情も説明せぬままに、並み居る貴族はおろか最も尊き陛下すらをも無視して女と乳繰り合いか?」


 黒剣男が怒ったように――ではなく呆れたように言ってくるけど、逆に俺は声を大にして言いたい。





「馬鹿かあんた。この世に女の子と乳繰り合う以上に尊いものなど、存在するわけないだろうに」





「――――――――ハ」


 引き攣った笑みで固まってしまう黒剣男以下、貴族や近衛兵の皆さん。あとついでにエルエスタ。


 唐突に凍りついてしまったその場にあって、たった今女の子との乳繰り合いに負けて蔑ろにされてしまった陛下だけが、心底愉快というように顔に手を当てて笑い声を漏らした。


「くふっ、クフっ、く、フ、フフフ……!! いやいや、まっこと、聞きしに勝るとはこのことよな! これまで、勝手に貴様を理解したような気でいたが、実物は斯様なまでに突き抜けた女狂いであったか!!」


「女狂いて。俺――じゃなくて私は、まだ誰とも深いお付き合いしたことなどないのですが……。それに、陛下がたかが貴族の次男坊を理解なさっていたというのは……?」


「よいよい、貴様は何も知らずともよい。それこそが、『あの女共』の願いであろうからな。……貴様は、身近な女の秘密を暴くような野暮など望まぬであろう?」


「…………まぁ、そうですね」


 いや流石にこの国の頂点たる陛下まで巻き込んでる様子となると、闇で暗躍する『あの人達』が一体どこまで根を伸ばしてるのかめちゃくちゃ気になるんですけど。


 でも言えない。なぜなら、俺の腕の中のエルエスタが、ここが好機とばかりに――というか割って入るならここしかないとばかりに話の主導権を握りに来たから。


「陛下。その『女共』ですが、今回の王太子殺害の一件については、彼女達にとっても本意ではありません」


「………なに?」


 唐突な話題転換と意味深な内容に置いてきぼりになる周囲を他所に、陛下が正しく言葉を受け取った様子でぴくりと片眉を跳ね上げる。


「……それはつまり、彼女達は今回の件には一切無関係である、と?」


「さあ? そこまでは私は知りませんし、そもそも管轄外です。お忘れですか? 私、【魔女機関】からの使者なんですけど」


「……ああ、そうであったな。そこのと仲睦まじくしておるからうっかり混同しておったが、そなたはかの調律機関の長であったな――


 いや待て。そもそも、何故そこのが、この有事に、魔女機関の総帥などという大人物を伴って余の元に現れる?」


 あまりに当然すぎる疑問がようやく陛下の口から飛び出してきたので、エルエスタは「総帥じゃないんだけどなー」と呟きながらも、ようやく我が意を得たりといったいやらしい笑みをこぼした。

 なにげに女狐だの女豹だの売女だのと、お貴族様方には散々な評価な魔女機関だったが、陛下は事の大きさをある程度以上に理解しているようだ。大人物と評されたこともあり、エルエスタちゃんはとってもごきげんさんである。


 そんなごきげんな様子のまま、エルエスタは俺にさえ秘密にしていた『陰謀』とやらの一歩目をようやっと踏み出せたのだった。


 ――俺と繋いだままの手を、軽く掲げてみせながら。のっけから、クライマックスで。




「単刀直入に言いますね? 死んだ王太子も一般市民もまとめて蘇生してあげますので、代わりに『この子」は私達【魔女機関】が貰い受けます。

 ちなみにこの子がウチの子になるのは既に決定事項ですので、素直に『手切れ金』を受け取っておいた方がお得だと思いますよ?」

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