十三話前 ぽふぽふ。
ちょっと前までの俺みたいに『????』と疑問符乱舞させまくりな寝起きのエルエスタの手を引いて、とことこと大橋の上を渡っていく俺。
堀を越えて対岸へと辿り着いたものの、城壁の上や前を護っている数十人の弓兵や重装兵さん達はすんなり門を開けてくれる様子は無く、さりとて矢や槍を向けてくることもせず、ただただ戸惑ったようにまごつくばかり。
……まあ、指揮官が不在なことに加えて、その指揮官が俺に頭を垂れてた所も見てただろうし、ついでに俺が破壊光線ブッ放したりフルアーマー兵士諸君を蹴りでフッ飛ばしたりしてたのもバッチリ目撃しただろうし。
貴人なのか賊徒なのかよくわからん人型破壊兵器を前に、毅然とした対応をしろというのは無理な話か。
一応、目があった手近な兵士さんに手を振って合図して声をかけてみようとしてみるも、ぎょっと眼を見開かれた後に速攻でバッと顔を逸らされた。うむ、彼はきっとシャイボーイなんだね。そしてその周囲で同じようにあらぬ方向を向いてしまった彼らもきっとみんなシャイボーイ。
魂の同胞たる陰キャに優しい俺はこれ以上彼らを困らせたくなかったので、エルエスタの手をくいくいと引っ張って近寄るように合図し、未だ状況わかってなさそうな彼女にこしょこしょと耳打ちした。
「なあ、もうこれ以上下手に足止めとか増援とか有ったら面倒だし、正式な手続き踏まないで強行突破しちゃ駄目? どうせ俺ら、もう王城のてっぺんブチ抜いちゃったテロリストみたいなもんなんだし、俺ら。ねえ、俺らさぁ?」
「……………え、俺らとか言われても、それ私やってない――」
「オーケー、キミは少々ねぼけているようだねならここはしっかりしゃっきり起き続けていた俺の判断に任せたまへ。あ、丁度いいから俺がブチ抜いた結界の穴から侵入しようぜ」
「………今、『俺がブチ抜いた』って単独犯を自白」
「ほら行くぞさあ行くぞとっとと行くぞ!! あ、エルエスタって空は飛べる? 無理なら俺がもっかいお姫様抱っこでエスコートするけど」
「…………………はぁ」
思いっきり呆れたような溜め息吐かれちゃった。もうすっかり目が覚めちゃったようで、周囲の状況を見渡しては、再度深々と溜め息を吐きなさる。
やがて、街側からさっきの守備兵長がなんか叫びながら走って来るのを目撃して、エルエスタは三度溜め息を吐く。
そして彼女は最後に、俺と繋いだままの手をじーっと見つめると、盛大に四度目の溜め息を吐きながら。
「……罰として、きちんとエスコートしなさいよね? 途中で落っことしたり怖がらせようとかふざけたら、ほんと赦さないんだからね」
「おお、つまりお姫様抱っこと罪の巻き添えは赦してくれると?」
「赦しませんけど???? ……でも、この場は仕方ないから、あなたの処断は一時保留にしてあげるっつってんの。だから、………ほら、はやく、その……、…………ごにょごにょ抱っこ、てやつ? その……はやく、ごにょごにょ」
「えっ、なんだって???」
「〜〜〜〜〜〜っっっ、死ねえぇぇ!!!!」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
よく聞こえなかったから普通に聞き返しただけなのに、顔真っ赤っかになるレベルでめちゃめちゃ怒られながら首を締められた。
――真正面から。エルエスタの、細っちょろい腕によって。
「――――――――――――――――」
俺は完全に無意識で、エルエスタの身体が浮くくらいに強く熱く激しく抱き返した。
なんか素っ頓狂な「ひょえっ!!?!?」という可愛らしい悲鳴が聞こえたけれど、俺の頭上で甘く響いたその声をもリビドーに変えて、この両の腕でしかと抱き締めた未成熟な女体のぬくもりと柔らかさを堪能する。
力を込めれば込めるほど、どこまでも締められてしまいそうな、彼女のくびれた腰。
分厚い二重のローブやその下の衣服越しでも尚確かにこの『顔』で感じる、女の子にしかありえないお胸の膨らみ。そして、呼吸するたびに鼻腔を満たし脳がとろける、エルエスタの甘くて美味しくて香り。
完全に勢い余り過ぎてエルエスタのおっぱいに顔埋めてる状態になっちゃって、怒った彼女にぽかぽかと頭を叩かれるけど、俺の全てはもう完全にエルエスタの虜になってしまっていて、彼女のくれる痛みさえも甘美なものにしか感じない。
ていうか、叩かれるたびにいわゆる『ぱふぱふ』みたいに顔がエルエスタのお胸にぽふぽふと押しつけられるので、俺は内心でいいぞもっとやれと魂の絶叫を上げた。
ただ、不思議とエロい気分にはならない。嘘です、実は下半身のナニは確実に反応しっぱなしなんだけど、なんかこう、エロいというより『愛おしい』『安心する』『大好き』っていうあたたかい気持ちが爆発的に膨れ上がってしまって、エロが押し退けられちゃってる。
――――――俺のだ。
この女は、俺のだ。
「ばか、こら、離し、はなせっ!! もうっ、なんなのなんなの、このすかたんっ!!! へんたい!! えっち、すけべぇっ!!! やだぁ、もう、ほんっとやだぁ……!! やだよぉ、なんなのぉ、もぉぉぉ……」
「………………………」
羞恥が極まりすぎて涙声になってきたご様子なので、俺は素直に彼女の体を下ろしてあげて抱擁も解いた。
暴れてるうちにフードが外れちゃったようで、エルエスタのまるで月世界のお姫様のような常識外れの愛らしいお顔が惜しげもなく陽の光の元に晒されていた。
ぐすっと鼻を啜る彼女は、あれだけ離せと騒いでいらっしゃったくせに、望み通りにされておきながら実にきょとーんとした顔をしなさる。
――ああ、かわいい。好き。大好き。キスしたい。愛してる。キスしたい……めっちゃきすしたい……。
「―――――エルエスタ」
「ひぃぇ」
なんか俺の声帯からまるで俺じゃないみたいな甘ったるいイケボが漏れ出し、エルエスタがただでさえ沸騰してたお顔を更なる真紅に染めて腰砕けとなる。
まじで崩れ落ちかけた彼女を慌てて抱き留めた俺は、けれど今度はきちんと節度を守って優しく支えるのみに努め、お姫様抱っこもおっぱいダイブもしない。
だって、エルエスタったらもう意識トぶ寸前でお目々回しかけてるんだもの……。これ以上精神的な負荷かけたら確実に気絶コースだぞこれ……。
これはちょっとご休憩が必要だな、ラブホはどこかなと思考が暴走しかけてる俺に、いつの間にやら出来上がっていた人垣の中から件の守備兵長が一歩歩み出てきて声をかけてくる。
「………あの、ゼノディアス様……? ………その……」
「……何も言わないでくれ。ちょっとだけ休んだら、結界の穴から勝手に中入るから。……あ、王様って城の上の方にいるものと考えていい? そうなら、ついでに塔のてっぺんからお邪魔するわ」
「…………上の方というか、おそらく、ゼノディアス様がふっ飛ばした正にあの主塔近辺におわしたのではと……」
「え、あんな目立つとこにいんの? 不用心すぎない?」
「仰る通りに、目立つ分、防護の方は万全ですので。…………いえ、万全、でしたので……」
「…………あ、うん。なんかごめん……」
知らないうちに守備兵長さんのプライドをへし折ってしまっていたらしいので、俺は素直に謝りながら周囲のみんなの視線から目を逸らし、エルエスタの介抱に専念するフリをした。




