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十ニ話裏 木っ端な彼等の空騒ぎ

 第二王子にして王太子であるヴォルグ=アースベルムの訃報を受けて、王都に滞在中であった高位貴族を招集して急遽開かれた、緊急対策会議。


 その進行の様子を玉座から見下ろすのではなく、皆と同じ円卓に着きながら静かに眺めていた現国王ヨルム。

 彼は、喧々囂々と飛び交う熱い議論に――ではなく、息を吹き返した第一王子派による一方的すぎる主張と糾弾に思わず眉を顰めていた。


「だから、我々は何度もヴォルグ殿下に王太子など荷が重いと言ったのだ! 我等がアースベルムの王子ともあろうお方が、たかが賊の凶弾にあっけなく斃れるなど何事か! 軟弱なっ!!」


 弾は弾でも爆弾である。そりゃ王子だって死ぬわ。強靭とか軟弱とかいう心身強度の問題ではない。


「そうだそうだ!! もしこれが我等が第一王子リオルド殿下であったならば、たとえ爆殺されて手足の悉くをもがれようとも、【超回復】の異能によって不死鳥の如く奇跡の復活を遂げ、むしろ遍く地に王家の威光を知らしめる格好の場とした所ですぞ!!」


 君達、超回復って字面だけで何か勘違いしてない? あれって体力や怪我の回復が早いってだけで、一回もげちゃったら手足どころか指さえ生えて来たりしないんですけど。


「そもそも、ヴォルグ様のような政務もろくにせず遊び呆けているちゃらんぽらんをいつまでも野放しにしていたことが度し難い!! たゆまぬ鍛錬と努力を重ね、常に王道を歩み続けて己を磨き上げてきたリオルド様こそが、やはり真の王太子に相応しかったのだ!!!」


 いや、それはヴォルグがどんな仕事でも速攻で片付けてしまうからいつも遊んでるように見えるだけであって、リオルドが努力家に見えるのは、何事も要領が悪いくせに下手に超回復とか有るために大抵のことを体力ひとつでどうにかしてしまうからである。


 斯様に、軍閥――というか脳筋の色が強い第一王子派は、はっきり言って『色々履き違えた真面目君共』の集まりである。

 人とは愚直に鍛えれば爆弾だって跳ね除けるし、王とは手足もがれても奇跡の復活を遂げるし、汗水垂らす努力とは頭脳を使って得た実利よりずっとずっと尊いのである。


 ヨルムははっきりと思う。――そんな脳筋に、このアースベルムの王など務まらない、と。


 或いは、そんな脳筋共が王位に着いた方が『あの少女達』にとっては御しやすいのかも知れない。だがそれでは、本当に傀儡に成り下がるだけだ。


 この国がまだ国としての誇りを失わず、『彼女達』に服従ではなく共存を認められているのは、ひとえにヨルムやヴォルグが彼女達の想像を超える有能さを示し続けて来たからにほかならない。


 確かに、種は彼女達によって運ばれてきた。だがそれを芽吹かせ開花までこぎつけたのは、ヨルムやその正しき後継者たるヴォルグの尽力によるものなのだ。


 そんな自分達の『影の努力』も知らずに、ただ目に見える泥と汗に塗れた悪足掻きのみを以て『真の努力』と信じて疑わない第一王子派に、ただただヨルムは眉を顰める。真実を知る第二王子派の一部高位貴族達も、ヨルムと似たり寄ったりの反応であった。


 だが、ヨルム以下第二王子派は、責め立ててくる第一王子派に何かを反論することはない。なぜならば、隠された真実を知らないことは、罪などではなく、ある意味当たり前のことだからから。

 それにこういう時は、頭に血が上った脳筋軍団に言いたいことを全部言わせた後で、彼等の筆頭でありながら多少は鼻が利く軍務卿、ウェインバー=ハートレイ公爵が仲裁に入る、というのがお決まりの流れであった。まともな『議論』が始まるのは、またその後だ。


 ある意味、様式美。必然、吐き出すものを吐き出し終えて俄に静まり返った第一王子派は、終始何も言わない不気味なヨルムや第二王子派に誘導されるようにして、いつものように、王とは卓を挟んで対面に座しているウェインバーへと視線を向ける。


 ――だが。その場の誰もが、今日この時が『いつも』と違うということを、まだ正しく理解していなかった。




「ヴォルグは殺されたぞ、ヨルム」 




 ヨルムの隣の空席。いつもそこでやる気無さそうに欠伸をかきながら、けれど眼光だけは鋭く輝かせているはずだった誰かの姿を幻視して、ウェインバーは静かに告げた。


 瞬間、身じろぎはおろか呼吸さえも許さぬような、張り詰めきった空気が室内に横溢する。


 第一だの第二だのという括りに関係なく皆が困惑と底知れぬ恐怖に包まれる中、派閥の枠に囚われない唯一無二の存在であるヨルムだけが、ウェインバーのギラつく眼光を平素と変わらぬ泰然とした態度で迎え撃つ。

 ……ただし、そんなヨルムの眉間には、先程まで以上に深々とした皺と、一筋の冷や汗がはっきりと刻まれていた。


「なるほど、確かにヴォルグは死んだな」


「違う。『殺された』と言ったのだ。荒れ狂う時代の波に弄ばれて死を迎えたのではなく、台本を描いた誰かの都合によっていとも容易く殺されたのだ。――俺の言っていることの意味が、わからぬ貴様ではあるまい」


「……………………」


 ヨルムは、答えない。だが、胸中では『やはりそうなのか』とやるせない思いを噛み締めていた。


 勝手に宝物庫を漁っては有用な魔導具を見繕って勝手に拝借したり、勝手に持ち出した金で国益に適う有能な荒くれ者共を勝手に従えていたりした、あの狡猾でしたたかなヴォルグだ。

 かつて第一王子リオルドに散々あの手この手で暗殺を仕掛けられても、その悉くを返り討ちにして何事もなかったように嘲笑ってみせていたあのヴォルグが、たかが爆破テロなんぞに殺られて身罷ったりなぞするものか。


 ならば――、やはり、ヴォルグは『彼女達』に見限られたのだろうか。

 そして、ウェインバーの全身に漲る覇気から考えて、どうやら国王たるヨルムすらも今日この場で舞台からの退場を余儀なくされるらしい。


 自分達は、一体何を失敗したのか。或いは、何も失敗などしていなくて、他の何かの都合か、或いは彼女達のただの気まぐれでこんなことになってしまったのだろうか。


 ――有り得るな、とヨルムは思わず笑ってしまった。


 そもそもが、もののついでのような気軽さで繁栄の種をぽんと渡してきたような連中だ。

 彼女達の本懐はあくまで、そんな厄介なものをせっせと生み出してしまう少年を世界の悉くから護り抜くことだけであって、そのために有用だったから、今までアースベルム王家を隠れ蓑として使い倒していたにすぎない。


 何らかの理由でひとたび邪魔になれば、アースベルム王家も、のみならずこの国さえも、切り捨てることに一切の躊躇いは無いだろう。


 今更、そのことに恨み言を言うつもりは無い。事情を知ろうとも思わない。



 ただ、ひとつ願うのは。自分が去った後のこの国の歴史が、せめて無難につつがなく続いていきますように――。



「余を斬るか、『ハートレイ』」


「それが御国の為ならば」


 薄ら笑いで問うヨルムに、ウェインバーは一切の感情を見せず厳かに吐き捨てた。


 わけのわからぬやり取りの末に急展開を迎えた二人を見て、金縛りに遭っていたはずの貴族達が血相を変えて立ち上がる。


「っ、お、お待ちください閣下!! いくら閣下とて、お言葉が過ぎるというものです!!」


「そうです! それに、仮にもヨルム陛下はこの国を繁栄に導いた賢王! 未だ未熟なリオルド様へ、数々のご鞭撻を賜らねばなりますまい!!」


「陛下も、ハートレイ公爵を煽るような態度はやめてください! 半端にしか事情を知らない様子の公爵では、まかり間違って本気で陛下を断罪しかねません!!」


「事情!? おい、事情とは何だ!! 貴様、まさか此度のヴォルグ様の一件について、何か裏を知っておるのか!?」


「なにっ、裏だと!!? なんだ裏とは、貴様詳しく話せ!!」


「馬鹿者が、口を滑らせおって!! ええい、どけ! 貴様、王家の恥部を絶対に口外するでないぞ!!!」


 第二王子派の侯爵の一人である男の不用意な発言をきっかけとして、彼を中心に派閥の別なく揉み合いへし合いの大混乱が巻き起こり、やがてそれは殴り蹴りの乱闘騒ぎへと発展。


 守護のために配置されていた近衛兵達が泡を食って身体ごと仲裁に入ろうとするのを尻目に、国王ヨルムと軍務卿ウェインバーは互いから目を離さぬままに大騒ぎの円卓から距離を取る。


 そんな二人の手には、それぞれ抜き身の長剣が一振りずつ。いずれも『遺失秘跡』に分類されし、王家の宝剣【アースベルム】と、断罪剣【ハートレイ】が握られていた。


 方や、嘘か真か、資格有るものが一振りすれば海を割り大陸を生み出すと言われし国産みの宝剣。

 対するは、己が敵と見定めた相手を、たとえそれが主君であろうとも悉く血祭りに上げることを本懐とする、呪われた殺人剣。


「さらばだ、賢王」


「くたばれ、脳筋」


 間合いの外からの範囲攻撃に全てを託すヨルムの、光り輝く暴風を纏いし大上段からの打ち下ろし。

 だがそれが振り切られるより前に、身を狼のように低く屈めて疾駆するウェインバーによる、赤黒い残像を描く確殺の逆袈裟がヨルムの銅を寸断――


『―――――――――――!!!!』


 ――する、その直前。遺失秘跡の能力によって強制的に全ての力を強制開放されていた二人は、自分達に突如襲いかかる予想外の暴威に反応して、剣閃を逸らした勢いのままに石造りの床へと全力で這いつくばった。


 だが、はっきり言ってそんなことをする必要はなかったのだ。




 なぜならば、二人が反応したその時には、彼等の頭上を覆っていたはずの屋根がごっそり消滅させられて、青々とした大空が見えていたのだから。

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