十一話後 世界を滅ぼす参戦表明
折角素顔晒したエルエスタとのお手々繋いでデートへとこぎつけたというのに、その場から一歩も動けなくなってしまう俺。
そんな俺に手を握られたままじっと見つめられてるエルエスタもまた、必然的に歩みを止めざるを得ない。ちょっと制止が遅れて彼女の胸元の布がけっこうアレな感じで俺の腕にあたり、あたるっていうかぽふりと音や埃が出るくらいに一瞬埋まってしまって、俺は絶頂を迎えたばかりのナニの余波が引かないうちから即時二発目を暴発させた。
ズボンをガチで突き破らんばかりに怒張しきった俺のナニに気付かぬまま、エルエスタがちょっと戸惑ったように俺の腕から身を離す。
戸惑ってるだけで、怒っていらっしゃらない。すごい。うっかりを装っておっぱい触られるというセクハラをカマされたのかもしれないのに、エルエスタ、怒ってない。すごい。
好き。
「……ねえ、どうしたの? さすがに、ちょっと、そんなに見つめられると照れるっていうか、そんな息止めてガン見されると、ちょっと流石に怖いっていうか……、わ、私っ、が、とってもとっても、可愛いくって見とれちゃうのは、わかるけど、その、あの……。
………………あっ! も、もしかして、逆に、私のこと、実はそんな言うほど、可愛くねぇなぁとか呆れてたり――」
「キスしたい」
「えっ」
「間違えた。かわいい。キスしたいくらいにかわいい。好き」
「えっ、えっ」
「あとごめん、俺ちょっと用事出来たからそこの物陰行っていい? すぐ戻るから」
「えっ、え、ええぇ……?」
「ありがとう」
事態の急変に付いてこれなくて戸惑っているだけの『ええ』っぽかったけど、俺はそれを無理矢理同意に受け取って、エルエスタの手を離――、離……、はな、し、たく、ないっ!!!!
思わず逆に手に力を込めてしまう俺だったけど、一層あわあわ慌ててしまったエルエスタが一瞬眉を顰めて「痛っ」と悲鳴を上げたので、俺は速攻で手を離し、代わりに彼女の手の中に【万能の霊薬】の小瓶を握らせた。
「ごめんなさいでした!!! あんまり痛み長引きそうだったら、それあげるから飲みながら待ってて!! じゃあ、ほんとごめん!!!」
「えっ、ちょ、これ、えっ、えっ」
小瓶と俺の顔を行き来してひたすら狼狽する彼女の視線に、俺はただ爽やかな笑顔の残像のみを映して、速攻で適当な民家の角の手頃な木箱置き場へと一目散にダッシュしダイブした。
一応、エルエスタから目を離さないように、そして彼女の側から俺がいることがきちんとわかるように、顔だけはちょこっと覗かせておく。そんな状態のまま、俺はまるでノールックでキラーパスを通す敏腕サッカー選手のように下半身の処理を全速力で行った。
べちょべちょのズボンとパンツを脱いで、汚れた下半身と共に火+水+風魔術の温水&乾燥機で丸洗いし、高濃度魔力水と化した排水をゴミ用異空間へブチ込み。
脱いだものを再装着する前に、ついでにエルエスタのぽかーんとした表情をおかずにしながらしこしこと追加の一発、二発、おまけの三発、念のための四発、更に念を入れての五発の特濃ミルクを瓶へと移して保管用異空間へと恭しく安置する。
そこからさらに、パンツとズボンを履いてからの一発、エルエスタの元へ戻ろうとしてから木箱裏へUターンしての一発、さらにエルエスタの至近距離まで戻ってからの再度木箱裏へUターンしての五発を追加で吐き出し。
流石に脳味噌がぼーっとしてきたことで目の前の景色が良い感じにぼやけてきたので、ようやっと俺はエルエスタの元へと帰還を果たすことができた。
彼女の元を離れてからここまで、およそ一分程度の出来事である。その間ずっとぽかーんとしっ放しだったエルエスタだけど、帰って来た俺が去り際と同じように爽やかな笑顔で「お待たせ」と声をかけると、ようやく再起動を果たした。
「…………え、あなた、今、なにしてたの……?」
「そこを深堀りするのはよくない。あとやっぱりフードは被っててください」
「………………え、う、うん……」
結局飲まなかったらしい霊薬を無意識っぽい仕草でポケットに押しやったエルエスタは、これまた無意識っぽい仕草で俺の言葉に従ってフードをぱさりと頭に被った。
が。認識阻害されてない。フードの下には、相変わらずエルエスタの人外染みたあまりに愛らしすぎるお顔がそのままである。
「……おい、ローブの効果切れてるぞ。早く発動して。心臓に悪い。このままだと俺がテクノブレイクしちゃうから、早くして」
「…………ねえ、あなたって、さっき物陰でナニして――」
「だから深掘りすんなってばよ。それでも知りたいなら機会があればいつでも目の前で実演してあげるから、今はとりあえずお顔を隠してください。早く。はやく」
「………………。あなたって、実は、私の顔、すっごく大好き?」
「うるせぇ、早よ隠せ。大体、こんな街中でそんな迂闊に顔出ししていいのか? 何のための遺失秘跡のローブだよ」
「あ、これ、主に緊急逃走時の煙幕代わりみたいなものだから。素顔なんて晒してたって、大抵の人はどうせ誰も私の顔と『役職』を一致なんてさせられないし。だから精々、普段は男除けに使うくらい?」
「………じゃあまず、今すぐ俺という男を除けろ……」
「…………………………」
半ば懇願するように呟く俺を、無言でちらっと一瞥して。エルエスタは――ぷいっとそっぽを向くと、俺の手をきゅっと握って来た。
恋人繋ぎではない。抱き着いてくるわけでもない。ただただ、彼女の小さな手で、覆いきれない俺の手にきゅっと掴まっている。
「――――――――――」
どくん、と再び俺の下半身に血液の臨時ピストン輸送が開始される。なんなんだ、マジでなんなんだこの可愛すぎる女、まさか俺を本気でテクノブレイクさせる気か? 一度は生存を許可しておきながら、実はまだ俺の抹殺を諦めてなかったのか?
「……おしごと。はやく、行かなくっちゃ。ほら、急ぐよ、『ゼノ』くん?」
「いや、だから、まず顔隠せってば――」
「やだ」
「やなの!!??」
なんか、ちょっと前に俺もこれと同じ感じでエルエスタの言葉を突っぱねた記憶があるので、もしかしたらその仕返しだろうか。
真意がわからず困惑することしかできない俺を、エルエスタは繋いだ手でぐっと引っ張って、目的地へと小走りに駆け出す。
「ほら、行くよ! なんだか思ったより無駄に時間食っちゃったから、急いで、いそいでっ!」
「お、お、お、お、おう、おう……」
思いの外強い力で手を引かれて、俺は盛大にどぎまぎしながら唯々諾々と彼女の下知に従う。
すごい。俺今、女の子に手握られて、そのまま引っ張られてる。女の子って、意外と力有るんだな。すごいな。こんなに小さな手で、細い指で、華奢な身体で、俺をこうも引っ張れるのか。
もしかしたら、不可視で未知な力を使っているのかもしれない。だって、彼女は魔女だもの。
魔女って、すごい。おんなのこって、ほんとすごい。
「……エルエスタ」
「だっから、今は急げってのにっ! もうっ、なんですか、ゼノくん!?」
「――――女の子って、ほんと、すごいな」
「――――――――え、ごめん。ほんと意味わかんない……」
前を行く彼女の表情は伺えないものの、おもっくそドン引きされた感じでぼそりと呟かれてしまったので、俺は思わず気落ちしながら「なんでもないっす」と今更過ぎる台詞で誤魔化しにかかり、せっせと足を動かした。
◆◇◆◇◆
(『女の子』、ね。……あなたにとっては、世界を支配する【魔女機関】の、その頂にいる私でさえも、ほんとうにただの女の子なんだ……)
ちょっと冷たくされただけで過剰に気落ちしちゃってる様子の彼の手を引きながら、エルエスタはなんだかむずむずする胸の衝動を走力に変換して、ひたすら無人の王都をたったかたったか駆けて行く。
火照る顔で受ける微風が、なんとなく心地良い。まだちょっとしか走っていないのに、顔だけではなく身体中がじんわり熱く、心臓の鼓動もいつになく早い。
――まあ、運動不足だったからね。やっぱりデスクワークばっかりって良くないよね、うん。
うん、うん、と何度も内心でエルエスタは頷いて。
この身を焦がす熱の全ては、ただ単に久々のジョギングで身体がびっくりしているだけであり、けっして、自分を女の子扱いしてくる『彼』への何某かの感情によるものではないのだと必死に思い込んだ。
(…………でも、彼……、さっき、たぶん、その……、アレ、してた……ん、だよね? ………私に、手とか、あとたぶん、胸とかちょこっと当たっちゃったから、それで、その、『女の子』の私に――、欲情、したんだ)
自慰。――欲情。……異性への、性的衝動。
知識としては、勿論知っている。自らそれを誰かに向けたことはなくとも、それを誰かから向けられた経験は一度や二度なんて数字では効かない。
なにせ、自他共に認めるとってもとっても可愛いお顔をしているのだ。体付きについては間違っても豊満とは言えないが、少女らしい愛らしさということであれば絶対に大陸史上五指には入るレベルだという自負は有る。これで男の性的な対象にならないなどという話が有るわけがない。
精々ナンパ除けにしか使わないと言ったこのローブだって、実際は本当にナンパ除けが主目的で愛用しているのだ。人の理解を超えてあまりに可愛すぎる容姿であるがために、実際に声をかけてくる男というのは実はそこまで多くはないのだが、しかしいざ声をかけてくる相手となると、どいつもこいつも名の有る名家の当主だのお忍びの王族だのと、絢爛なる肩書きとそれなりの美貌と過剰な自信を持つ厄介な手合いばかり。
正直――めんどい。
名家? 王族? 仕事上の都合によりすげなくあしらうわけにもいかず、時にはやんわりとお断りを入れて、時には権力や武力をチラつかせて黙らせて、概ね素直に引き下がってもらってはいる。
だが、中には無駄なガッツを見せる男気を履き違えた輩というのも一定数存在し、そんな輩とカチ合った時はもうその場で相手の頭蓋を破裂させて横を素通りしたいというくらいに心底超めんどい。
半端に人間性を残しているエルエスタにとって、男とは、本当にめんどくさい生き物なのだ。
そして、めんどくささに関して言えば、自分が今手を引いている少年もまた、おそらく相当にめんどくさい。というか、色々な要素が複雑に絡み合っているせいで、歴代の知り合った男共がかすれてしまうほどにぶっちぎりのめんどくささである。
キスしたいとか言ってくるし。好きだとか言ってくるし。普通に欲情してくるし。おっぱいに負けて自慰とかしちゃうし。ちょっとしたことですぐ傷ついちゃうし。なのにちょっと優しくされるとすぐ大復活しちゃうし。いきなり遺失秘跡レベルのアイテム群を『お守り』とか言ってぽんと渡してくるし。力有る魔女にのみ許されたはずの権能とか使えちゃうし。バックには厄介な女の子達がついてるし。貴族の上の貴族とか呼ばれてる公爵家の次男だし。
――めんどくさい。ああ、めんどくさい。めんどくさいの権化であり、めんどくさい選手権第一位のめんどくさいキングである。
めんどくさいったら、めんどくさい。
何より、彼と繋いだ手から伝わってくる『男』の感触に、ふつーに胸をどきどきさせられちゃうのが何より一番めんどくさい。
(……おとこ……。そっか、これが、ほんとうの『男』……)
自らが貧弱という自覚のあるエルエスタにとって、自分はどこか『他の魔女達のような人格破綻者とは違う』という思いがあった。魔女以外の人間がきちんと人間に見えているし、男というものについても、性の対象とはならないながらもきちんと男には見えている、と、そう思っていた。
そしてそれは、ただ思っていただけだった。
(―――――おとこ……。ゼノくんは、男……)
女だらけの無人島の中に、男が一人。ふと、そんな例え話をしたことを思い出す。
今までエルエスタが男だと思っていたやんごとなき貴公子達は、男の形をしていただけの別物でしかなかったらしい。
今までの人生で唯一、自らの方から『性的な衝動』を抱くことのできる、本当の『異性』の手を握り締めて、エルエスタは不意に湧いてきてしまった羞恥を紛らわせるために盛大に溜息を吐いた。
……めんどくさい。ああ、めんどくさい。そしてこれからきっと、もっとめんどくさいことになっていくのだろう。
やっぱり、この少年はさっさと殺しておくべきだったのだ。
でないと、この少年を手に入れるために、いつか自分が他の魔女達を殺してしまうかもしれない。
返り討ちに遭う、などとはもう思わない。そうならないための現実的な方策なんて、その気になればいくらでも浮かんでくる。なにせ自分には、他の魔女共には無いまともな頭脳と、そして何より、『後付けで最強になるための万全の備えと、それを可能とする特異な体質』が有る。
ただ、今まで『その気』にならなかった、というだけの話で。だって、そんな心底めんどくさいこと、今までする必要がまったくなかったのだから。
……歴代の【魔女機関】総帥のように、人類はおろか魔女諸共世界を滅ぼすに足るきっかけが、良く悪くもこれまでのエルエスタには存在しなかった。
だから今の世界は、こんなのにも平和でいられるのだ。
否。『いられた』のだ。
「…………ほんと、めんどくさいなぁ……」
「………めんどくさくない仕事とか陰謀って、そもそも存在するか?」
思わず漏れてしまった本音を拾って、『ゼノくん』が見当違いな合いの手を入れてくる。
そんな彼の滑稽さに思わず苦笑してしまいながら、エルエスタはどこか諦めたような気持ちで「そだねー」とてきとーに返事を返した。
うん、そう。仕事も陰謀も世界滅亡も、兎角めんどくさいものである。
――その、はずなのに。ゼノくんと手を繋ぎながらでいいのなら、なんだか本当にデートのように胸を躍らせながらわくわく気分で取り組めてしまえそうで、エルエスタは己の現金さに呆れてまたも心底苦笑するしかなかった。




