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十一話裏 忠義ってだいたいそんな結末

 アースベルム王城内、第一演習場にて。


 やけに城外が騒々しいことを多少は奇妙に思いながらも、それで鍛錬の手を緩める理由にはならないと延々兵士達をしごき続けていた、国内外の遍く軍事を司る軍務卿・ウェインバー=ハートレイ公爵。


 彼は、伝令兵が血相を変えて持ち込んできた『王太子ヴォルグ、死亡を確認』という報せを受けて、ようやく兵達への雷鳴じみた喝を切り上げた。


「――ヴォルグが死んだ、か。……王位争奪戦の最中にもあれだけしぶとく生き残っていた癖に、なんとも呆気ないものだな。どうせ死ぬなら、あの時に死んでくれていれば余計な手間も省けたというのに、こんな所で逝くとは最期まで迷惑な餓鬼だ」


「か、閣下、お言葉が過ぎます。仮にも一国の王太子の訃報です、表面上だけでも悼んで見せませんと……」


「今更この俺にそんな殊勝な振る舞いを求める愚など、さしものヴォルグでさえ冒さんわ。仮に、奴の墓前に手向けとして父王と国母の素っ首を並べてやったとて、奴なら『然もありなん』と頷いて見せることだろうよ」


「――閣下」


「冗談だ。そう怖い顔をするな」


 カカカ、と猛獣のように獰猛に嗤うウェインバーに、伝令兵は神経痛を疑われそうな程に引き攣った笑みを返した。


 この手の、不遜を通り越して普通に極刑すら有り得る『行き過ぎた冗談』は、これまでウェインバーの口から幾度と無く飛び出している。それこそ、王太子ヴォルグの前だろうが、国王ヨルムの御前だろうが、そんなのお構い無しに、だ。


 それなのに今の今まで処断されずに壮健で居られるのは、ウェインバーが若かりし頃に打ち立てた数々の武勲のお陰でもあるし、国王ヨルムの古い友人だからでもある。


 だが、最大の理由は、ウェインバーの継ぐハートレイという家名が、即ち『愚王の首に添えられた処刑人の剣』を意味するからだ。


 建国以来、道を誤った主君の誅殺を公に赦されている『忠義の断罪剣』、ハートレイ。幾度となく外敵を血祭りに上げ、そして幾度となく自らの主君やその血族の血にも塗れて来た、生粋の処刑人一族。


 その末裔であるウェインバーもまた、ひとたび今代の主君が道を踏み外したならば、いつでも自らの手を王家の血で染める覚悟でいた。


 ――たとえ相手が、かつては友と呼んだ同窓のヨルムであろうと。そして、ヨルムの血を濃く受け継ぐ、ヴォルグであろうと。


「……そうか。ヴォルグは逝ったか」


 自らの面白くもない冗談にひとしきり笑い終えた頃、ウェインバーはどこか寂寥の面持ちで再度その事実を反芻した。


 王太子である第二王子の死。それは即ち、第一王子であるリオルドの立太子を意味する。長い歴史の中で未だかつて女王を戴いたことのないアースベルムにおいて、正当な血筋と王位継承権を有するのは、最早ただリオルドのみであるが故に。


 ウェインバーは、ふと、自らの手を見た。


 いつでも『暗君』を手に掛ける。口でも行動でも幾度となくその意志を顕にしてきたウェインバーだが、思えば、ヨルムやヴォルグを前にその『冗談』を口にした時、自分は本当にそれをただの冗談だと思っていた節がある。だからこそ、ああも気軽に口に出来た。


 だが。もし、リオルドが本当に次代の王となった時。自分は彼の前でも、同じようにそんな冗談を笑って言えるだろうか?


「――――――――くだらん」


 自らの節くれ立った厳つい手の中に、未来の主君の未だ見ぬ鮮血を固く握り締めて。

 自らの迷いも後悔もただの一言であっさりと切って捨てたウェインバーは、精魂尽きた兵達の亡骸で死屍累々の様相を呈する演習場に顔を向け、その中で唯一人、剣を杖代わりにしてぷるぷる震える足でなんとか立ち上がりし若者へと声を掛け呼び寄せた。


「――リオルド殿下」


「む、な、なんだ!? いくら余が【超回復】の異能持ちとて、今すぐ掛かり稽古は流石に死ぬぞ!!?」


「ヴォルグが死にました」


「……む? …………むむ?? …………死んだのは、余ではなく、愚弟???」


「ええ。城を抜け出して女遊びに耽っていた所を不逞の輩に狙われ、爆殺されたようです。此度の襲撃に際し、一般の住人にも少なくない被害が出ているとか。

 尚、犯人の目的も正体も未だ不明ですが、態々この国の王太子を白昼堂々狙ったこと考えて、内乱誘発かその他を目的として他国が謀殺を仕掛けて来たか、或いはこちらの手の者が勝敗の決している王位争奪戦を覆すために暴走したか――」


「そんなことはどうでもいいっ!!! 死んだのか!? 『あの』ヴォルグが、本当に死んだのか!!?」


「――――――の、ようです。遺体は王家の手の者が回収し、見分も既に済ませているとのことなので、十中八九間違いは無いでしょう」


 一見して、血を分けた弟のあまりに唐突過ぎる死が信じられない――と言わんばかりに取り乱して詰め寄ってくるリオルドに、ウェインバーは自らの持つ情報を努めて淡々と伝えた。


「…………そんな、ばかな……」


「事実です。――事が事ですから、すぐにでも王国中の貴族達に招集がかけられるでしょう。先んじて、陛下より現在王都に滞在中の高位貴族へ緊急議会の開催が発令されるものと愚考致します。

 其処で当面の方針が固まり次第、殿下にも参加の要請が下るでしょうから、どうかそのつもりで取り急ぎ汗を流して身支度を」


「支度……、…………支度か……」


 こんな時に、何を悠長にシャワーを浴びてお召し替えしろなどと言っているのか、という疑問がリオルドの口から飛び出して来ることはない。


 国の未来を背負って立つ、将来を嘱望されし王太子が急逝した。

 そんな未曾有の変事に見舞われた今だからこそ、皆は何も心配することはないのだと、なぜならばこの国にはまだ自分が居るのだからと、次なる王太子の座が内定している第一王子リオルドがその身を以て示さねばならない。



 ――王とは、人ではなく、柱なのだから。



「……………そう、だな。余は、部屋に戻るとする。何か続報があれば、そちらに持って来てくれ」


「……殿下。あまり、気を落とされませぬよう」


「無茶を言うな。『あの』ヴォルグが殺されたんだぞ? かつて、余がどれだけ頭を捻って謀殺を仕掛け、他殺や事故死に見せかけて幾度となく暗殺しようとしても、いつも何事もなかったようにケロッとしてやがった、あのヴォルグが殺されたのだ。

 ――こちらの手の者の仕業などであるものか。絶対、有り得ない程ヤバい相手が絡んでいるに違いない……」


「………………………」


 そう言って、フラフラとよろめきながら去っていくリオルドに、ウェインバーは何も返す言葉を持たなかった。


 なぜならば、ウェインバーもまた、リオルドと全く同じ見解だったのだから。こちらの手の者の暴走などというのは、あくまで可能性のひとつとして挙げたに過ぎない。


 だから、ウェインバーの本命は、『他国による謀殺』の方である。


「とうとう、リオルドまでもが気付いた……か」


 脳筋という自覚のあるウェインバーでさえ以前から勘付いていたことに、多少なりともはかりごとの心得が有るリオルドが気付かぬはずもない。

 王位争奪戦真っ只中だった頃はとにかくヴォルグを殺すことに躍起になっていたせいで視野が狭まっていたようだが、いざヴォルグが実際に消えたことで、ようやく本来の頭の働きを取り戻したと見える。

 むしろ、これまで散々ヴォルグを相手に狡猾な手を使い倒してきたことで、こと頭脳労働に関しては以前よりもレベルアップしている可能性すら有った。だからこそ、今回の一件に裏が有ることに気付いたとも言えよう。


 ――禍福は糾える縄の如し。ヴォルグの訃報を聞いた時には、迂闊にも思わず目の前が真っ暗になりかけたが、彼の死を糧として、新たな次代の王が今確かに芽吹きつつある。




 ならば――今こそ、頃合いか。




 一度は、『それが国の繁栄のためならば』と王の意向や民意を受け容れ、リオルド以下第一王子派達を説得して王位争奪戦から身を引きはした。

 だが。繁栄著しいこのアースベルムの裏で、そこに至るまでの台本を描いていた連中が、場合によってはこの国を興した尊き血筋すらをも駒のように使い捨てるような輩であるというのなら。


 そんなものは、恩人などではなく、怨敵である。


 ハートレイの家名を継ぐ者の末裔として、国家に仇なす悪逆の徒に、今こそ断罪の刃を閃かせねばならないだろう。


 今こそ、由緒正しきアースベルムの国を、正しき血筋の元へ、正しき国民の手へ、取り戻さなければならない。




 たとえ、彼奴らの傀儡に堕ちし主君を、この手で処断することになろうとも。




「さらばだヨルム。哀れな道化の賢王様よ」


 腰に帯びた『遺失秘跡』の魔剣をすらりと抜き放ち、その切っ先を王城の主塔へと向けて、ウェインバーはハートレイ公爵家としての責務を正しく全うすべく粛々と動き出す――。

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