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十話裏 いもーとちゃんのプライド

 アースベルム王国当代国王、ヨルム=アースベルム。


 凡庸な己の才を正しく見つめる彼は、王位に座す至高の己が身を『次の世代への繋ぎ』と定義し、興亡も盛衰も次なる王の手へ委ねることを信条として、自らは只々無難な治世を目指した。


 そんなヨルムの姿勢を惰弱と切って捨てる貴族達もいたが、けれど彼らは実際に弑逆へと走ることはなかった。


 ――無難を標榜していながら、実際は望外の速度で国を発展させていく、紛う事無き賢王。


 毒にはならないが、決して薬にもなりはしない――というかつての評価を一変させる程の目覚ましい活躍を前に、そんな良王をわざわざ消すことのリスクと旨味の天秤が釣り合わなかったが故に。



 そして、故にこそ、権力争いの舞台にはヨルムの息子達が担ぎ出されることとなった。



 ヨルムの本性に目を閉ざし、彼の功績のみを見て『さすがです!』と瞳を輝かせる、夢見がちな第一王子、リオンド。

 そして、そんなリオンドの夢を言葉巧みに加速させ、次代の王として決起させようとする第一王子派。


 対するは、ヨルムの功績にはカラクリがあると端から決め付けてかかり、そのせいで奇跡的に真実に辿り着いてしまった第二王子、ヴォルグ。

 そして、そんなヴォルグを悪い笑みで『こっちの世界へようこそ……』と抱き込んでしまった、後の第二王子派と――そして現国王たるヨルム。



 やがて王太子として次期国王に指名されたのは、憧れを原動力に力強く正道を邁進する第一王子リオンドではなく、斜に構えていてやる気もなくていつも遊び呆けていたはずの第二王子ヴォルグであった。



 下馬評を全力でちゃぶ台返しするこの予想外の結果に、しかし世間の誰も『なぜ?』などとは言わなかった。

 なにせ、王位継承権で劣位にあるはずのヴォルグの背後には、かつて愚王とさえ蔑まれることもあったはずが、今では希代の賢王として君臨する現国王ヨルムがいて。

 そして同じく、かつて公爵家の中では中の下でしかなかったはずが、いつの間にやら『貴族の上の貴族』として他の公爵家すらをも見下ろすほどの飛躍を遂げていた、バルトフェンデルス家の姿まで有ったのだから。


 更には、バルトフェンデルス家のみならず、かの名家を筆頭として、国内で有力とされる貴族の大半が第二王子ヴォルグの側についている状況。

 もはや、第二という数字には『一より遅く生まれた』程度の意味しかなく、それを以て『だから王太子には相応しくない』と公言するのには少々以上に無理が有った。


 そして。民衆が『もしかして』と抱いた希望の通りに、王太子となったヴォルグは、現国王を彷彿とさせる未来の賢王としての片鱗を周囲に見せつけていく。


 今までも。そして、




「これからも――と、いうのが、本来これから辿るべき筋書きだったのですが。残念なことにちょっとしたアクシデントが起きちゃったので、アドリブとしてここらでちょっと一回死んでくださいね。ごしゅーしょーさまないけにえ君」




「誰がご愁傷様な生け贄だ、未来の王に向かってまっこと失礼な暗殺者め……」


 やるべき政務を一応最低限片付けた後は、いつものようにさくっと王城を抜け出し、いつものように女の子達とのにゃんにゃんを真っ昼間っから愉しみに来ていた、第二王子にして王太子であるヴォルグ=アースベルム。


 お忍びとはいえ、当然の如く姿無き護衛の類はいつでもついて来ているはずなのだが、爆破テロ騒ぎで逃げ惑う民衆に揉みくちゃにされたせいではぐれてしまったらしい。


 ようやくのこと、恐怖に怯えることしかできない人の輪から抜け出し、状況を把握するために人気の無い裏路地から王城へ戻ろうとして。

 しかしそこで、まるで『影』の中へ足を踏み入れてしまかったかのように目の前が物理的に真っ暗になり、そんな無明の世界で身動きすら満足にできぬまま、『これまでにも何度か聞いたことのある少女の声』との雑談に付き合わされることとなった。


 雑談? ――否。これはきっと、冥土の土産というやつだろう。


 欲しくもなかった功績や王太子の座を押し付けるだけ押し付けておきながら、ちょっと事情が変わったからといって説明も無しに即暗殺、というのでは流石に不憫だと判断されたのかもしれない。


 だがヴォルグとしては、むしろ今まで随分と良い思いをさせてもらえたと思っている。

 自分が王太子になってからのここ数年は言うに及ばず、父ヨルムが世間から賢王という評価を受けるようになってからというもの、ヴォルグにかかる重圧は大きかったが、それ以上に『賢王の息子』や『未来の賢王としての片鱗を見せつける王太子』という肩書は実に魅力的で極めて有効であった。



 主に、女の子を引っ掛けることに関して。



 賢王の妃や愛人となっての左団扇な生活を夢見て、食堂の看板娘から高位貴族の御令嬢まで、まさに入れ食いの踊り食いである。

 たとえこっちが引っ掛けようとしなくても、向こうの方からまな板の上に裸で乗ってやって来る。ナニの乾く暇が無いとはまさにこのことかと、ヴォルグは高笑いしながら我が世の春を謳歌した。


 とはいえ、ヤりすぎは禁物である。まず腰に良くないし、それに何より、あまり目に余る態度を取り続けては、折角の女ホイホイな肩書を取り上げられるばかりか、命さえ奪われてしまいかねない。


 ――王太子たる自分が、命を奪われる。一体、誰に?


 王にではない。臣下にでもない。民衆の総意によってでもない。


 大国の王や王子を『ただの駒』と断じ、アースベルム王家の繁栄も『単なる台本上の出来事』と切って捨てる、そんな理外の怪物少女達によって、ヴォルグの生殺与奪はすっかり握られていた。


 それこそ、今までも、これからも――だ。


「……アクシデント、ね。とうとうお前達の悪事がゼノディアスに勘付かれでもしたか? だから、完全に露見する前に、生き証人である俺の口を封じに来たってとこだろう?」


「悪事? はて、一体何のことやら。我ってば、品行方正を地でゆく良きいもーとなので、ゼノおにーちゃんに不都合なことなんて生まれてこの方ただの一度たりともしたことないってゆーかなんてゆーか、てへっ☆」


「おとぼけすぎだろ……どんだけだよ……。じゃあ言ってやるが、あいつが『女にモテたい』って一心で血反吐吐きながら築き上げてきた功績の殆どが、自分の知らないうちに取り上げられてた挙句、それがまるで処分に困った不用品みたいに他人に押し付けられてたんだぞ?

 それだけならまだしも、何も知らないあいつが自分の成果を語る度に、何も知らない世間の連中からは大法螺吹きの面倒なやつ扱いだ。いくらあいつが厄介な連中に目を付けられないようにするためったって、この仕打ちは流石に可哀想だろ……」


「おや、思いの外同情的ですね。でもそのわりには、ゼノおにーちゃんの成果で得た肩書を随分便利に使い倒しているようですが? てっきり、おにーちゃんへのあてつけかと思ってました」


「俺は『シュルナイゼとは違う』んだ、そんな理由で女を抱くかよ。……いくらゼノディアスの成果が元になってるとは言え、それを国の発展に結び付けるために尽力してるのは、間違いなく親父や俺だからな。多少の申し訳無さは有るが、だからって俺のヤりたいことを遠慮するほどじゃあない。


 ――けど、まあ。もしゼノディアスが全てを知ったなら、まず真っ先に奴は俺を殺すだろうな、とは思ってるよ」


 他ならぬヴォルグだからこそ、ゼノディアスがこれまで一体どれだけの心血を注いでモテるための箔付けに邁進してきたかというのは、骨身に染みてわかっている。



 産まれた直後から言葉を理解し、一歳になるかならないかという頃には領地の運営にまで手を出し始めた、あまりに異端過ぎる麒麟児、ゼノディアス=バルトフェンデルス。

 初期こそまだ人間らしく試行錯誤の跡が見受けられた彼だが、世界最凶の魔女たる【晴嵐】に教えを受けて以降は、タガが外れたように人外の化け物となっていく。

 何も無い荒野を実り豊かな豊穣の大地へと変える、魔女直伝の錬金術を用いた秘薬の生成や、大規模魔術による都市ひとつ丸ごと飲み込むほど巨大な貯水池の作製。

 遠く離れた地に住む人々を隣人へと変える、魔導機関なる未知の魔導具を用いた『車』や『鉄道』の構想と、それらを未知でも構想でもなくするための根本理論の論文や概念実証機の無償公開。

 隣国を蹂躙しアースベルムまでやって来た〈真なる龍種〉を相手に、ほぼ単身で迎撃戦を繰り広げたかと思えば、最後にはものの見事に完勝し、滅亡必至だった交易都市を大した被害も無しに防衛せしめる。


 ぱっと思いつくものだけで既にこれだ。より細かいのを上げようとすれば、枚挙に暇が無いという言葉の意味を噛み締めるだけに終わる。

 斯様に、あまりにも、あまりにも目覚ましすぎる活躍を見せるゼノディアス。だが世間では、ダム建設も鉄道事業も都市防衛も、その他の多くも『バルトフェンデルス公爵や、公爵からの献策を受けた国王ヨルム・ないし王太子ヴォルグによる公共事業や功績』ということにされてしまっている。

 その理由は、先述の通り。



「……よくよく考えると、あれだけ派手にやらかしてるのに、よくもまぁ今まで姑息な情報操作が罷り通ったものだな。

 爵位も持たない一個人が為したと考えるにはあまりに有り得なさ過ぎる、というあまりに真っ当すぎる感想に付け込んで世間を誘導した、のはまだ理解できるが……。だが、何故ゼノディアス本人は自分が周囲に誤解されていることに気付かない?」


「まあ、そこはゼノおにーちゃんですからね。『ホラ吹き呼ばわりされてまで何度も自分語りするのつらい……』からの、『身近な人だけわかってくれればいいや』と来て、『やっぱり俺って人付き合い向いてないわ』へと至った時点で、誤解なんてものは周囲の人間の存在ごと意識の外へしゃっとあうとです」


「…………それ、ちょっとかわいそう過ぎないか?」


「ちなみに、そこに最近では『義姉様が関与してたようだけど、隠したがってるから気付かないようにしてあげよう』という自己暗示まで加わったことで、ゼノおにーちゃんの誤解は永久に解けない氷のようにガッチガチに固まってしまいましたとさ。ちゃんちゃん♪」


「もう一度言おう。ゼノディアス、あまりに可哀相過ぎないか? そもそも、そこまで詳細にゼノディアスの心理をわかっていながら、あの大聖女は全く何の良心の呵責も感じていないのか?」


「ありえないことに、『わたくし、おとうと様に信頼されちゃってる! きゃっ、嬉しい♪』としか思ってませんでしたね。………ちなみにそんなレティシア様ですが、今まで散々ゼノおにーちゃんの恋路の邪魔をしておきながら、なんと最近ではゼノおにーちゃんから婚約者君へと気移りしてたりします。そんな悪女、死ねばいいのに」


「…………確かに、そんな悪女は死ねばいいな……」


 珍しく主人に対して毒を吐く少女の声に、ヴォルグは心底同調した。

 自分勝手な理由でよその国や他人の人生を散々弄んだ挙句、そこまでして盲目的に偏愛と迷惑を注いでいたはずの相手でさえあっさりと捨て去って、しまいには他の男へと走る。

 これを、死ねばいい悪女と呼ばずして何と呼ぶのだろう。


 なんだか、自分が今正に殺されようとしていることがどうでもよく思えるくらいに、悪女への呆れ返る気持ちと、ゼノディアスへの哀れみで心が埋め尽くされてしまったヴォルグ。

 それに同調したわけでもないだろうが、姿無き少女はちょっと白けた感じではふりと溜め息を吐いた。


「………なんか、今のうちに我だけはゼノおにーちゃんの所に走って、何もかもブチまけて赦してもらうのがいちばんな気がしてきました……」


「……今更、赦してもらえるつもりなのか? 指示は大聖女が出していたにしても、実行犯はお前なのだろう?」


「ぶっちゃけ、我っておにーちゃんとおせっせ寸前までいくくらいにはとっても仲良しですので、我だけなら普通に赦してもらえる確率が一切の疑いの余地なく完全無欠の百パーセントなんですよね。……いやほんと、どーしよ……」


「………お前、もう大聖女裏切れば?」


「ところがどっこい、我にも色々しがらみがあるのですよ。なので、少なくとも、今はあなたを『一回』殺すのが最も素晴らしい未来に繋がるのです」


 ――『一回』。一度目よりも殊更に強調して再度言われた、その意味深な言葉。


 そこに明確な意図を感じ取ったヴォルグの脳裏には、密偵経由で入手した、真偽不明のとある最新ゼノディアス情報が浮かび上がっていた。


 それと同時に、強張っていた身体から力が抜け、楽になった気持ちのままに自然に台詞を紡ぐ。


「そうか。ならばせめて、できるだけ痛くしない方向で頼む」


「………本当に、いいのです? 我渾身の陰謀の裏事情、ちょっとは聞いておきたくありません? ぶっちゃけ、今後披露の機会がなさそうなそれを自慢したいあまりに、こうして無駄に声なんてかけちゃったわけなんですけど……」


「そうか。だがそれは、『またの機会に』でもお願いするとしよう。――と、そういうことで、いいのだよな?」


「いえ。我ってば尻軽な悪女とは違いますので、必要がなければもうあなたみたいなヤリチン野郎と無駄話する機会を設ける気はありませんが。一応言っておくと、これはフリではなく、ただの無味乾燥な事実です」


「とかなんとか言って、実は俺のことそのうち」





 そしてヴォルグは盛大に爆発四散した。


 如何なる並行世界、如何なる次元、如何なる時空においてもただのひとかけらすら存在しない、あまりにおぞましき可能性を口に出すことすら許されずに――。

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