表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/145

十話 地雷の上のデート

 親鳥にせっせとご飯を与えられすぎて一足先にごちそうさましたアリアちゃんが、お仕事ゾーンに戻り、けれど書類ではなく同じくごちそうさましたみーちゃんと真っ向から向き合って、食後の腹ごなしに『相手の手の上に自分の手を置いた方が勝ち』という謎のサバイバルゲームに興じ始める。


 心身虚弱なアリアちゃんが泣きべそと共に早々に敗北確定か思われた、この闇の遊戯。だがアリアちゃんはみーちゃんに予想通り連戦連敗した後、両手を抑え込まれた状態となりながらもまだ涙を見せることなく、むしろなぜか不敵に暗い笑みを見せた。


「フ……。しょせん、みーちゃんの手はふたつだけ……。しかぁし!! わたしには必殺のこの十本の指があっあっ、あっずるい、みーちゃん後ろ足使うのズルい! それ、ズルだ!!」


「みゃーうっ、みゃぉ〜ん♪(ズルだろーが何だろーが、しょーぶの世界は勝った奴がルールなのよ〜っと♪)」


 抑え込まれた手からほっそりとした指をにゅきにょき這い出させようとしたアリアちゃん。

 しかし、種族としての優位を振りかざして姑息に勝利をもぎ取ろうとした彼女は、同じく種族としての優位を存分に活かしたみーちゃんの後ろ足にキックをくらうようにして再度抑え込まれ、更にはダメ押しとなる尻尾ビンタに手の甲をぺしぺし叩かれまくって完全敗北。


 秘蔵の奥の手をあっさりと破られ、さっくりと万策尽きたアリアちゃんは、今度こそ涙目となってレフェリー御母堂様と解説の焔髪さんに目線で判定を仰ぐ。


「あー、こりゃみーちゃんの言い分の方が正しいね。そりゃそーだ、勝負ってのはどんな手使ったって勝ちゃいーんだよ、勝ちゃあ!! なー、小手先大好きで小癪で姑息なのに、全戦全敗のグリグリちゃん??」


「グリムリンデだ、いい加減ブッ殺すぞこのクソアマ。…………しかし、私もみーちゃんの意見には同意だ。そうでなくとも、そも、先にルール無用のグレーな反則技に手を出したのはアルアリアの方だろう? それで同じく反則技を返されたからとて、それでは到底文句を言える道理ではない」


 なんでこの人達、こんな真剣に評論解説してるんだろう? あなた達、一応この世界における最高暴力たる【魔女】さんですよね? しかもたぶんお二人共、その中でもいっとーゲキヤバな〈力有る魔女〉と呼ばれるアンタッチャブルな存在だ。


 でもそれ言い出したら、愛猫にけちょんけちょんにされた挙げ句にお姉様達に裏切られてすっかりガチ泣き寸前になってるあの娘も、死者蘇生だの不死王量産だのやらかせる当代魔王様ですものね……。なんだここ、改めて考えるとマジで人外魔境だなおい。


 やれやれ、やっぱりまともな人間は俺だけかよ……、とすっかり自分を棚の上にダンクシュートして傍観者気分で肩を竦めていた俺に、突如アリアちゃんのカッと見開かれた目が向けられる。


「ぜのせんぱいは、わたしの味方だよね!!? ねっ!?!? ねえっ!!!??」


「んー、まずキミは、無駄に【権能】を発動させて脅迫してくるのをやめなさい。眼、眼変わってるから。具体的に【それ】でどんなことが出来るのかわからんけど、あんまり無闇に使っていいものでもないでしょう?」


「え、わたし、毎日よく使うよ? これ使わないと、実験の材料費だけで、完全にお給料足りなくなっちゃうし……」


 え、魔女の権能ってそんなお小遣いの節約のためみたいなノリで乱発していいものなの?


 てか何気にお小遣いじゃなくてお給料という言葉が出て来てちょっとビビったけど、よくよく考えてみれば、魔女機関所属の、しかも二つ名持ちの魔女で、今も尚謎の古文書やら資料やらを臨時総帥様直々に託されてたりするもんな。そりゃお給料くらい出るわ。

 むしろ、そこらの貴族よりよっぽど高給取りでも何ら不思議じゃないっていうか、そうでなければおかしいくらいだろう。


 そんなことに今更ながらに気付いてしまって、なんとなく御母堂様と焔髪さんにも目を向けてしまう俺。その視線をどう受け取ったのかはわからないが、お姉様二人は一度顔を見合わせてから、なぜかちょっと悪い笑顔を浮かべながら俺に持論を語ってくれた。


「まあ、使っちゃダメってことは無いわなぁ? そんな面倒な縛り受けるくらいなら、あたしゃ速攻こんな組織滅ぼしてるよ。まあ、エスタはなんかいちいちうっさいけど、そんなんガン無視すりゃいいし、バレなきゃそもそもなんも言われないし」


「そうだな、バレなければいいのだ。まあ、バレた時はエルエスタだけではなく、たまに『世界の修正力』みたいな小癪な現象も襲いかかってくるが、そんなものはそれこそ【権能】で全て根こそぎ蹴散らしてしまえばいい」


「待って、何その『世界の修正力』って。なんか唐突に超怖いワードが出て来て、うっかりタマタマがヒュンと縮んじゃったんですけど……」


『………………タマタマ……』


 ガクブル震えながら解説を求める俺に、お姉様二人は答えをくれず、なんか変なところで引っかかりを覚えた様子で俺の下半身に目を向けてくる。

 うん。今回はべつに自覚的にセクハラ仕掛けたわけじゃなくて素直に恐怖心を吐露しただけなんだけど、セクハラ発言したことに変わりはないので、お姉様達の不躾すぎる視線には何も言うまい。


 じゃあアリアちゃんに解説を頼もうか――と思ったけど、彼女は『そんなことより、早くわたしの味方してっ!!』みたいな咎めるような目でガン見してきてるのでパス。

 みーちゃんはわりと俺の心に寄り添うような目を向けてきてくれてるけど、同じくみーちゃんの心に寄り添う俺は、彼女の申し訳無さそうな笑みと仕草から『目上の魔女二人を差し置いて、従魔のあたしが我が物顔で解説するわけにも……』みたいな意図を感じ取り、『気持ちだけで充分だよ、ありがとう』という意図をこめて微笑みながら首肯を返した。


 そんな感じで目と目で通じ合って、改めて無事に陰りのない笑顔を向け合うに至った俺とみーちゃん。その様を見た孤立無援のアリアちゃんが何かを勘違いして絶望の顔になってるけど、面倒なので放置でいいや。


 じゃあ、いったい誰に『世界の修正力』とやらの解説をしてもらえばいいのか。この場でそういった事情に精通してそうな人間は――



「ねえあんた達。バレなければいいとかって話、わざわざ私の目の前でするのやめてもらっていいかな? 返り討ちに遭うとわかってても、思わず助走付けて全力でブッ飛ばしたくなっちゃうんですけど」



 ――誰もいないので、さて、じゃあ俺は誰に解説を頼めばいいのか――


「……しょーねんもしょーねんで、いいかげん私のこと居ないもの扱いしないでくれない? 泣くよ? きみにつれない態度取られちゃったかわいいかわいいエルエスタちゃんが、あまりの寂しさに胸をきゅっと痛めつけられて、うっかり頬に月の雫をほろりと流しちゃうよ? あれあれっ、いいのかなぁ〜?? ねえねえ、女大好きどーてーゼノディアスくん???」


「…………………女って、卑怯だ……」


 先刻の『お前なんか嫌い』発言からこっち、砕けたハートをこれ以上壊されないようにと、努めてエルエスタの方は見ないようにしていた俺。

 でもさすがに、怒りの収まったエルエスタにちょいちょい申し訳無さそうな目を向けられたり、健気にちょこちょこ話しかけられたりすれば、流石に決意が揺らいでくる。

 おまけに今のエルエスタの煽りに煽るようなわざとらしい台詞だけど、そこに込められていたわりと本気で寂しそうにしてる気配を童貞レーダーがキャッチしてしまったので、俺はまたしても何かに敗北しながら仕方なくエルエスタの方に振り返った。



 ――そして。いやらしいニヤニヤ笑いを取り繕う彼女が、その直前、可憐にほころぶとっても嬉しそうな微笑みを一瞬だけ見せてくれたのをうっかり目撃してしまって、俺はなんかもうとにかく完膚無きまでに完全敗北して白旗を上げるしかなかった。



 …………女って、ほんとずるい。どうしてこんな腐り切った醜い世界に、こんなにもかわいい生き物が存在するんだろう。これもう世界のバグじゃない?


「それで、『世界の修正力』についてだっけ? まー、強制力でも矯正力でも、呼び方はなんでもいいんだけど、そういう不可思議な力があるっていうのは事実だね。

 でもまあ、実際はあんまり意味無いものだから、きみは気にする必要もないんじゃないかな? あと、さっき嫌いとか言ってほんとにごめんね?」


「…………う、うん、許すです。……あと、解説あざっした……」


 せめてもうちょっと詳しく解説してくれと言いたかったんだけど、義理のフリした本命チョコレートが弱気な上目遣いで叩き込まれてきたせいで完全に機を逃しました。


 気にしなくていいなら、まあ、いっかぁ……。さっき焔髪さんも、さして気負った風でもなく『そんなんブッ飛ばせ』って言ってたしな。


 それに、エルエスタがようやく心のしこりが取れたように晴れやかな笑顔を見せてくれているので、俺はもうこの世の些事の何もかもがどうでもよくなっちゃって間抜けに笑うことしかできませんでした。


 明らかに説明不足なエルエスタに追加の説明を求めなかったせいで、他の女の子達はちょっと不思議そうな顔をしてたけど、『納得してるならまあいっか』みたいな感じで特に何を言ってくることもなく、再びアリアちゃんとみーちゃんの苛烈なバトルの渦中へと戻っていった。


 俺もその流れに便乗してそっちに参加しようとしたんだけど、エルエスタが書類をまとめてみんなとは逆の方向へ向かおうと腰を浮かせかけたので、思わず声をかける。


「…………仕事の続きか?」


「え? ああ、うん。断じて臨時総帥様ではない私だけど、まあこれでもそこそこ立場と責任の有る身だからね。休んだあとは、きっちりやることやらないと」


「……でも今日、他に仕事してる職員さんとかも見かけなかったけど……」


「そりゃ、休日だし。うちはホワイト企業を自称してますからね、まじめにはたらくいい子のみんなには、休日出勤強要なんてひどい仕打ちはしないのだ! ねー? 休日なのになぜかここにいる、悪い子のみんなー??」


 エルエスタに猫なで声でにこやかに呼びかけられて、ブッチ常習犯らしいアリアちゃん親子のみならず、なぜか焔髪さんやみーちゃんまでもがあらぬ方向を向いて、みんなして一糸乱れぬ連帯感漂う完全無欠の聞こえないフリ。


 そんな不良娘共にやれやれと呆れの笑顔で至極軽い溜息を吐いたエルエスタは、今度こそ書類を抱えて「よいしょっと」と立ち上がる。


「じゃあ、そういうことだから。はたらきに出るおかーさんのことなんか変に気にしてないで、新入りの末っ子くんも、今はせーぜーお姉ちゃん達といっしょに仲良く遊んでおくといいよ。焦らなくても、どーせそのうちいっぱいこき使われることになるんだからさ」


 言うこと言ったとばかりに後腐れなくくるりと背を向けたエルエスタは、そのまま豪華な室長席へと戻っていき、抱えていたものを机上にばさっと置きながら革張りの椅子に腰掛ける。


 その流れで自らの肩を自分でもみもみ揉んでやる気に助走をつけていたエルエスタは、けれどそこで肩越しの背後にあり得ないもの――というか俺を見つけてぎょっと二度見してきた。


「………………え、なんでついてきてるの?」


「いや、なんか手伝えることあったら手伝おうかなって。新入りの末っ子くんは、おかーさんにさっさと馬車馬のごとくこき使われないと、家の中に自分の居場所が作れなくてとっても不安でいっぱいなのだ」


「え、いいよ、気にしないでよ、そんなの……。馬車馬とか呼んでたのは、単に無罪放免の野放しじゃないっていう体裁が必要だっただけだし。さっきそのうちこき使われることになるとか言ったのだって、本当はそもそもそんなつもりないし――」


「そんな見当違いな優しさなんざ要らねぇんだよ!! 俺を使えよ!! つべこべ言わずにこの名馬ゼノディアス号を使い倒せよぉ!!!」


「意味わかんないんですけど!!? なんでこき使わないっつってんのに逆ギレしてんの!? 大体、今やってるのってあなた関係の情報の精査だから、手伝ってもらっても気まずすぎて逆に迷惑だよ!!」


「………………あん? 俺の情報?」


「そうだよ、もう……」


 手近な書類の束を掴んだエルエスタは、それを片手の甲でぱしぱし叩きながら呆れたように説明してくれた。


「一応、今回の件がある前にも、ウチにはあなたの情報は色々上がって来てたのね? でもあなた関係の話って、私達や他の厄介な勢力があなたに興味を持たないように、『ある一派』によって操作されてたことが自己申告で判明してね。

 今は、その子達からの提供分――っていうか勝手に送り付けられてきた分と、こっちの手持ちをすり合わせて、改めてあなたの真実の姿を炙り出してるとこ」


「……………は? ある一派?? しかも自己申告って、なんじゃそら……」


「んー? 本当にわからないなら全部教えてあげてもいいんだけど、きっとあなたは気付いているはずだし、それに私が教えても誰もしあわせにならないと思うな。



 ――ねえ、そうでしょう? 『おとうと様』?」



「――――――――――――」


 ああ、それは。


 そうだな。確かに、今エルエスタの口から全てをつまびらかにされたとしても、きっと誰も幸せにならない。


 それでももし、俺が全てを知らねばならない日が来るのだとしたら、それはあの人達自身の口からであるべきだ。


 ……でも俺は、できればずっと、何も知らないままでいたい。




 せめて。あの人の心が、俺という縛鎖から解放される、その日まで。




「…………『命の恩人』、なんて、ろくなもんじゃねぇよな」


「そうかな? なんとなく運命的な感じがしてステキじゃない?」


「もしそうだとしても、そんな幻想めいた気持ちに俺は応えられない。………まあ、もう兄様とすっかりよろしくやってるようだから、俺が勝手に重く考えてるだけかもだけど」


「あらー、ゼノおにーちゃんったらフられちゃったの? 初恋だったのにかわいそー」


「ところでイルマちゃんって子知ってる? 俺に関する資料送りつけて来たの絶対あの子だろ、帰ったらしばき倒してやる!!!」


「あはははははははははははは!!」


 あははじゃねぇぞこんちくしょう。おにーちゃんのヒミツが一切何の良心の呵責もプライバシーも無く丸裸じゃねえかよ。そりゃはたから見る分には大層愉快だろうけど、素っ裸にひん剥かれて衆目に晒されるおにーちゃんとしてはたまったものではない。


 童貞をからかわれた時とは違ってただただ恥ずい気持ちで顔を熱くさせる俺をひとしきり笑ものにしてから、エルエスタはちょっぴり目尻に浮かんじゃった涙を拭いつつ、にやにや笑いを収めないままで更に俺を弄り倒そうと身を乗り出――す直前で。


「ん? あーごめん、ちょっと休憩」


 机上の一角に置いてあった人の手型の前衛的なペンスタンドが突如動き出し、まるで本物の人間の手みたいな動きで大きなメモ帳にかりかりとペンを走らせていく。キモい。え、なにこれ。


 やがて『チーン!』と軽快なベルの音と共に動きを止めた主無き手氏は、最後に人差し指と中指でメモをピッと剥がすと、腕なんて無いのにめっちゃスナップの効いた動きで天井へと紙を射出。


 ふわふわと左右に規則正しく揺れながら舞い降りてきたそれを、エルエスタは全く目で追うことなく、無造作に振った片手の人差し指と中指でピッと過たず確保する。


「…………え、マジで何それ……」


「んー、………ああ、今日休日出勤お願いしてた子達からの臨時報告だね。あっ、でもちゃんと代休は当然確保してあるし、割増賃金も払ってるし、それに休出有るのは自分から働きたいって前もって言ってくれてる子だけだよ?」


「いや、そっちじゃなくて」


「え、じゃあ、まさか中身? ………あー、うん。今回のはべつに見てもいいやつだけど、見てもあんまし愉快じゃない内容かな。アースベルム王都で、事前情報通りに爆破テロ起きたってさ。ついでに王太子が巻き込まれて死亡」


「えぇぇ……」


 またしてもそっちじゃないんだけど、メモをふむふむと読み下してるエルエスタのどーでもよさげなセリフがわりと重大情報すぎて、変な呻きしか出なかった。


 ウチの国、というか俺の現住所な街でテロ起きて、しかもついでに王太子死亡? いやそれ、ついでじゃなくて最初から王子狙いじゃん。ていうか、この主無き手氏ってFAXみたいなものなのね……こんな魔導具存在したのか……。


 また動き出すんじゃないか、と呪われし日本人形を見るような心境で手氏を見つめる俺の眼前で、やはりまたしても軽快にしゃっしゃかしゃっしゃかと紙の上を踊り出す手氏。えぇぇ………。


「はいよっと」


 またしても『チーン!』と射出されたそれを完全に慣れきった動作で再度ゲットしたエルエスタは、一枚目はもう用済みとばかりに俺にノールックで押し付けてきて、自分は二枚目をまたふむふむと読み下す。


 うっかり一枚目を受け取ってしまったので、一瞬ほんとに良いのかなと思いつつも、一応俺も紙面に目を通してみる。


「……………うっわ、ガチで王子死んでんじゃん……。安らかなご冥福をお祈りします……」


「おやっ? 意外と淡白ですなぁ、ゼノおにーちゃん」


「おにーちゃん言うな。……いやだって、べつに王子とかどうでもいいし……。チラッと顔くらいは見たことあるけど、俺、貴族の集まりとか全然顔出してないし……。そりゃ、お姫様が死んだとかだったら、もうちょっと悼むけどさ? でも正直、お育ちもお顔もよろしいイケメン糞野郎が死んだって言われても、正直、ザマミロとしか」


「……あなたって、わりとクズだよね……。あーでも、だから王子があの子に生贄として選ばれたわけね……。ごしゅーしょーさまだこと……」


 あの子。いけにえ。なんか途端に不穏な陰謀の気配が漂い始めたけど、エルエスタは特に説明してくれる様子もなく、二枚目のメモを何度か往復して読んだ後に、厄介事の気配を言葉より雄弁に語る完璧スマイルで俺を振り仰ぐ。


「ねーえー、ゼノおにーちゃん? あなた、なんだかとっても働きたいんだったよねぇぇ??」


「あっいいです。俺、お姉ちゃん達と元気に遊ばなくっちゃ。じゃあねおかーさん、お達者で」


「アルアリアー! ちょっとこっちおいでー!」


 俺の半分本気の小芝居なんて聞いちゃいねぇ。エルエスタはメモ持ったままの手を大きくふりふり振って、みーちゃんやお姉さま方に寄ってたかってガチ泣きさせられてたアリアちゃんを呼びつける。いやマジ泣いちゃってるやん、大丈夫かよ……?


 めそめそえぐえぐ言いながらも、盛大に『助かった……!!』みたいな笑顔で喜んで駆け寄ってきたアリアちゃん。彼女はそのまま、当然のごとく俺にぽふりと抱きついてきて、俺の心臓を唐突にブレイクさせながらエルエスタに問いかける。


「なぁに、おねえちゃん?」


「…………あー、うん。あんた、今大丈夫? その、主に正気とか……」


「わたしはいつでも狂気のあるありあです!!」


「……………うん! 呼んだ私が悪かったから、あなたやっぱりちょっと休みなさい。後で頼みたいことあるから、他のお仕事も一回お休みでいいよ」


「わーい! おやすみだー!」


 ぱっと諸手を上げて盛大にお喜びあそばされたアリアちゃんは、自分が男ひとりをさくっと殺っちまったことなど気にも留めていない様子でくるりと踵を返し、自分を泣かせたイジメっ子達の元へ吉報を手に嬉々として帰還してゆく。


 狂気……! 圧倒的、狂気……!! 流石は力有る魔女、路傍の男の命なんてまばたきよりも容易く摘み取っていきやがる……!!

 あとめっちゃ喜んでるとこ悪いけど、仕事はべつに無くなったわけじゃないよ? 後で頼みたいことあるって言ってるし、しかも今有るお仕事も一回お休みなだけで後ほど奇跡の復活を遂げるようだし。お休みゲットだぜの報を聞いたみんなの笑顔がなんだか微妙であることに早くお気付きなさい。


 そんなみんなの様子を見てた俺まで、思わず奇跡の復活を果たして微妙な笑顔になっちゃったけど、アリアちゃんがお休みな分のシワ寄せが俺に来るのではと気付いちゃって思わず口の端がいっそう引き攣った。


「さって。アルアリアはしばらくお留守番だし、そいじゃー私とデートがてら陰謀のお時間といこうか、ゼノおにーちゃん?」


「陰謀って言った!! 魔女機関トップ様が陰謀とか言い出したぞ、これ絶対クソやべぇ案件に巻き込まれようとしてる!!!」


「あはははははははははははは!!」


 いやだからあははじゃねぇぞマジで。でもはっきり言ってエルエスタとのデートはものすんんんんんん(中略)んんんんんんごくしたいので、俺に否やが有ろうはずもない。


 わぁい、デートだぁ♡ うふふっ♡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ