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八話 決戦兵器【ライクベイク】

「――『以上のことから、力有る魔女を斃すのに最も有効な手は、「男の魔女」を投入して恋愛感情をくすぐることであると立証されたのだ』……ね。

 うん。なんかまた新たな懸念と厄介な仮説が爆誕したみたいだけど、それはそれとして、なんであのナーヴェがしょーねんに恋しちゃって惚れた弱みを握られたみたいな話になってんの? これはさすがに絶対嘘じゃん」


「おいおい、それこそお前の作戦通りというわけなのだろう? ふっふっふ、毎度毎度私の目を欺こうったってそうはいかないんだからな、この存外お可愛い女狐め――あっ、捨てないで、折角書いたのに捨てようとしないで私の力作」


 月面世界。白亜の古城内、執務室のひとつにて。


 室長用の若干豪華な席に偉そうにふんぞり返ってるエルエスタが、泣きべそかきながら紙の資料かき集めてる焔髪さんと何やらひそひそ話して盛り上がってるけど、はっきり言って今の俺はそっちに構っている余裕は無い。


 部屋の中央に数人分の席を寄せ集めて形成された、ちょっとした会議が開けそうな簡易大机。

 今その上に鎮座しているのは、俺が持ち込んだカット済みの肉や野菜がわんさかと、その一部を炎の料理人ゼノディアスによってブチ込まれて絶賛ことこと煮込まれ中なすき焼き鍋・オン・ザ・魔導コンロ。


 ちなみに、そんな簡易調理場の様相を呈している、そのすぐ横。

 そこにわんさと積まれているのは、今もアリアちゃんが近眼になりそうなほど顔にくっつけて読み込んでる分厚い古文書類と、みーちゃんが背中に乗っけてちょこちょこ持ってったり持って来たりしてる処理済み・及び未処理の、小難しい数式や図形や謎言語が乱舞する書類の束が山盛りのてんこ盛り。


 俺の方はともかく、アリアちゃんの方は垂直方向に領土を展開してるので、ちょっと地震でも起きたら崩壊直前の積み木細工みたいな紙束がこっちに雪崩起こしそうで怖い。


 が、俺とアリアちゃんの領地を仕切るみたいに御母堂様がぐでーんと上体をテーブルに預けてるので、いざとなったらこの人がどうにかしてくれるのだと思う。

 そもそも、今尚無駄に紙束で積み木タワーして遊んでるのこの人だし。そんな暇なら素直に寝るなり飯作るの手伝うなりアリアちゃんの仕事手伝うなりすればいいのに、逆にこの人俺らの邪魔しかしてないからね。


「アリア〜、暇だよぉぉぉ〜かまってよぉぉぉぉぉぉ〜」


「はいはい、いい子だからおとなしく待っててね。ここ解読し終わったら一区切りつくから、そしたら遊ぼう?」


「やだぁぁぁ〜、今遊ぶのぉぉぉ〜」


 駄々っ子かよ。アリアちゃんのフードを無駄に上げたり下げたりしてちょっかいかけたり、書類でタワーやピラミッド建設したりとあれこれ気を引こうとしてはすげなくあしらわれて、結局御母堂様は泣きべそかきながらテーブルにダウンする。


 その様を横目に見ながら鍋のきのこを小皿に取って火の通り具合の確認してた俺に、突如駄々っ子の顔がぐりんっと向けられてきて。


「……………………………」


「……………な、なんだよ……」


 さっきからふとした瞬間に突如何も言わずにじーっと見てくるものだから、精神力が無駄に削られてたまらない。

 この人、中身はともかく見た目は普通に美人だからな。歳も実年齢は不詳だけど二十歳前後くらいにしか見えないし、そんな美人女子大生にあんまり熱い眼差しを向けられると童貞少年の心臓が否応なしに激しいビートを刻んでしまうのだ。


 それを悟られまいと敢えてつっけんどんな態度を貫く俺に対し、先程までは御母堂様の方も素直に突き放されておとなしく引き下がっていたのだが。


「…………美味しいの、食べてる……」


「え」


「ひとりで、美味しいの食べてる!!!!」


「うるせぇ!!! あんまり騒ぐとそっちの書類が雪崩起こすだろうが!!」


「だって、ひとりで美味しいの食べて――」


「じゃあお前も食えよ、もう……」


 俺が菜箸でつまんで半分食ってあるきのこを、机に寝そべったままな腹ペコわがまま娘の口に箸ごと突っ込んでやった。


「むぎゅ」


「これで共犯な。……もう少し念入りに火を通したい所だが、きのこに合わせると他の具材が食べ頃逃しそうだからな……。まあ、ぼちぼちこんなもんだろ?」


「……………………………」


 俺に箸突っ込まれたまま、文句も抗議も口にせずに何やら恥ずかしげに目を細め、もっきゅもっきゅと咀嚼する御母堂様。


 その口内の艶めかしい動きや唾液と舌の感触を箸伝いに感じ取ってしまった俺は、ナニがとは言わないけどうっかりちょっと勃起させたりしつつも平静を装いながら感想を待った。


 やがて、箸からちゅぽっと唾液の糸を引いて口を離した御母堂様は、上体をもそりと起こすと、俯いて髪で表情を隠しながらぽしょぽしょと呟いた。


「…………うめぇです」


「せめておいしいですと言ってほしかった……。まあ、美味いなら良かったよ」


「…………………うん」


「…………………………あと、間接キス、ごめん。普通に確信犯です。調子に乗りましたごめんなさい。もし嫌」


「いやではない。私はそんなの気にする初心な小娘ではない。なのでべつにいい」


 食い気味に否定して貰えたのでおそらく本当に嫌ではなかったのだと思うけど、妙にカタコトなのがとても気になります……。


 まあ、一応はべつにいいって言ってくれてるんだし、わざわざこっちからヤブヘビすることもないだろう。


「よーし、御母堂様の『うめぇです』頂いたので、早いけどそろそろ昼飯にすっぞー。みんな集まれー」


 コンロの火を消えかけくらいの極々弱火に調節し、周囲の女の子達にお声をかけるごはん係のしょーねん俺。なんかすっかりごはん係が板についてきた俺だけど、一応これでも公爵家の次男だったりします。


 でもこの場にいるのって、たかが一国家の貴族がどうこうできるような方々じゃないんですよねぇ……。

 下手したらっていうか、普通に本来は如何なる国の王様だって頭へこへこ下げなきゃならんような方々だぜ? しかも揃いも揃って美女美少女ばっかだし、なんで俺ここに居んだろ。異世界って不思議。


「…………? おい、みんな、メシ出来たってば。早く来てよ、煮詰まっちゃうだろ」


 現状の全てを『不思議だね』の一言で片付けることに成功した俺は、鍋をお玉で適度に混ぜながら改めて周囲に呼びかける。


 だが、みんなの反応がなぜか鈍い。ていうか、唯一「あとちょっとだけ待ってー」と返事をくれたアリアちゃん以外の面々が、わりと白い目で俺を見ている気がする。

 なんでや。ごはん係のしょーねんは自らのアイデンティティを全うしてただけやぞ。なんでそないな冷たい目で見られなあかんのや。


「……食わないの?」


「……そもそもの話なのだが。何故お前はしれっと鍋料理の用意をしているのだ? あまりに自然に始めて誰も止めないものだから、思わず私までツッコミを入れそびれたぞ」


 焔髪さんがなんか頭痛を抑えるように頭に手を当てて言ってくるけど、だって俺、ごはん係だし。それに今日は元々、鍋料理振る舞いに来ただけだし……。


「なぁう、みゃぁう……(違う、違うわよしょーねん、あなた歴代のアルアリアばりに目的と手段を取り違えてるわよ……)」


 テーブルにぴょいと飛び乗ってきたみーちゃんまでもが、毎度の如く俺の心を読んで何か言ってるけど、でも俺今日はマジで鍋作りに来ただけなんだよなぁ。


 なんでわざわざ時間と労力を費やして方々駆け回って旬の野菜や新鮮なお肉を仕入れて来たかっつったら、全てはこの『すき焼き鍋』を最高の状態でご提供するためなわけよ。

 やっぱり鍋ならすき焼きが一番よな。まだ完全に醤油ベースの割下のあの味わい深さは再現できてないものの、それでも莫大な投資と長年の研究により充分及第点以上にまでは持ってきてる自信は有る。



 たとえこの命が散る運命だとしても、この精魂込めたすき焼きの味だけは、魔女共の舌と記憶に深々と刻み込んでやるぜ!! それこそが俺の大和魂だッ!!!



 ……というのが、ここ数日の俺を突き動かしていた動機の大半だったりする。


「みぃぇぇ(えぇぇぇぇぇ…………)」


 すっかり呆れ返った様子でひっくり返ってヘソ天を披露するみーちゃんに、なんだなんだとみんながわらわら集まっていく。俺謹製のすき焼き鍋より大人気なみーちゃんにちょっとジェラシーである。


 なぜか息も絶え絶えな様子のみーちゃんに、エルエスタや焔髪さん、それに御母堂様までもが集って、まるで今際の際の遺言でも聞き取ろうとするかのように俺からリーディングした意図を聞いている中。

 ようやっと「終わったー!」と歓声を上げたアリアちゃんが、古文書とノートからようやく顔を上げて、周囲をきょろきょろ見回してその場の異様な光景に息を呑む。


「え、な、なっ、な……」


「アリアちゃん、こっちおいで。お仕事疲れたでしょ? 俺特性のお鍋を特別に『あーん』して食べさせてあげよう」


「………………いい、の?」


「え? あ、うん、もちろん」


「やったっ♪」


 小さくガッツポーズまでして喜びをあらわにし、自席を立って俺の元までちょこちょこと駆け寄ってきて――、俺を身振り手振りと表情で操り、俺のお膝の上に横向きにぽすんとお尻を下ろすアリアちゃん。


 ……んー……? これは、さてはあれだな。この子、複雑怪奇な数式と難解極まる未知の言語に頭がヤられて、すっかり正気がどっかイっちゃってるな?

 加えて言うなら、思い返せば朝からちょっと様子がおかしかったし、その影響も多分に有るのかもしれない。


「ぜのせんぱい? 『あーん』、は?」


「ああ、うん。ほら、『あーん』」


「『あーん』!」


 まるでお姫様抱っこのような体勢で、鍋のてっぺんに乗っかっていた程良い熱さのきのこをひとつ、アリアちゃんのお口に箸でぽいっと投げ込む俺。


 それをぱくっと食って、しばしもっちゃもっちゃと咀嚼したアリアちゃんは、やがてこくんと嚥下し、俺を振り返って笑顔の花を咲かせながら告げた。


「『うめぇ』、ですっ!!」


 ――親の教育って、やっぱ影響力絶大なんだなぁ。


 まだ童貞の身でありながらそんなことをしみじみと思いつつ、俺はアリアちゃんとの甘いひとときを楽しんだ。

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