表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/145

五話後 再臨を告げる血煙

「まったく、魔女ってのはほんと、どいつもこいつもとんでもねぇな……」


 舞い散る花弁と砂塵が収まるにつれ姿を現しゆくのは、本当に隕石でも衝突したのかと見紛わんばかりのクレーター。けれどその爆心地に在るのは固く無機質な岩などではなく、むしろとっても柔らかそうであたたかそうな――年若い女性。


 膝を折って衝撃を吸収することすらなく堂々と二本の脚でそこに立ち、使い込まれた白いローブを爆風に颯爽とはためかせ、毛先が薄桃色に染まる不思議な色合いの白髪を風に弄ばせながら、七色に輝く光を金色の瞳に宿して俺を見据えてくる彼女。


 非凡な登場に似つかわしい、非凡な容姿と、非凡な精神性を見せつけるその女を、俺は以前にも目にしたことがある。


「久しいな、御母堂様。息災だったか?」


「ハッ!!! なぁに気取った挨拶してんだい、ひよっこの小童が!! 大体、目上の人間には敬語を使えってママに教わらなかったのかい!!!」


「生憎、出会い頭に『キシャアアアアアア!!!』とか叫びながら問答無用で人のこと襲ってきて、そのまま服を涙と鼻水でべちょべちょにしてく謎の妖怪女に払う敬意など持ち合わせていない。しかも俺、そんな酷い仕打ちされてもちゃんと泣き止むまで慰めてあげたのに、結局礼のひとつも言ってもらえてないし……」


「………………………………。あんがとさん……」


「うむ。受け取った」


 煽るような口上から一転、すっごい不承不承っぽいながらも一応礼を言って来たので、大人な俺はきちんとそれを受け取って笑顔で頷いてあげた。


 インパクトのある先制パンチを受けたが、即座にカウンターを返したことで現在の戦況は若干俺が優勢といったところか。え、一体何の勝負してるのかって? たぶん、精神的なマウントの取り合い合戦だと思う。


 お互い腕組みしながら対峙して見つめ合い、膠着状態に陥る俺と御母堂様。そんな俺達に、ちょこちょこと駆け寄ってくる人影が幾つかあった。


「うっわ、嘘でしょ? めっちゃ素直にお礼言ってる……。なにこれ、天変地異の前触れ――あ、既に死者蘇生とか隕石落下とかした後だったか……。いやそれでもありえなくない……? ひくわぁ……二人とも超キモい……」


「おばあちゃん、ぜのせんぱいに、そんなことしてたの……? わたし、それ聞いてない……。みーちゃんも、今日ぜのせんぱいの袖汚しちゃったって言ってたし、さすがに一家で迷惑かけすぎだと思う。じゃあここはやっぱり、わたしがいっぱいちゅーとおクスリでお返ししなくっちゃうぇひヒヒヒ……!!」


「みゃーお、みゃうみゃ。みゃーう?(ちゅーはもうええっちゅーねん。大体、あのしょーねんのことだから、どーせあたしら一家の体液で汚されて内心すんごく喜んでるはずよ。しょーねんがあんたのおしっこ見た時に大興奮してたの、忘れたわけじゃないでしょ?)」


「なるほど。『ゼノディアスとやらは、女の排泄した体液で穢されるのが好きで大興奮しちゃう』、と。ふむ、思いの他簡単に攻略できそうで何よりだ。先にトイレを済ませておいたのは失敗だったか……」


 いや最後の誰。


 俺の背後からやって来たわりとあんまりなこと言ってる二人+一匹とは別に、なんかあまりにもあんまりな誤情報を律儀にメモしながら御母堂様の後方からやってくる初見の女の人がいた。


 パリッとノリの効いたローブとパンツルックの女性服を着こなす、なんとなく軍人気質というかキャリアウーマンっぽい雰囲気の、御母堂様と同じ年頃の女子大生っぽい焔色の髪の女性。

 なんかめっちゃデキる女感を出していらっしゃるが、断言しよう。絶対あの女もざんねんな子だ。だって鋭い目つきでテキパキとメモ取りながら「女性の一日に排泄できる尿量は……」とかわけわかんないことぶつぶつ呟いてんだもの。


 この場にまともな人間は俺しかいないのか……。こらそこ、お前も同類だろとか言うなし。


 外野はひとまずほっといて、とりあえず御母堂様に向き直る。


「……んーで、御母堂様? そんな殺る気満々の姿でご登場したってことは、娘に寄り付く悪い虫をここぞとばかりに払いに来たって解釈でいいのかい?」


「んん~?? あー、そりゃ本音の方だ。でも確か、最初に一応宣言しとけって言われてる、しちめんどくさい建前が有ったんだけどねぇ……」


「建前とか言っちゃってる時点で無意味じゃん。でも言っておけって言われたなら、一応言っといた方がよくない? そのくらいなら待つけど」


「待たれるまでもなく、覚えてりゃもう言ってるよ。いや、覚えててもどーせ言わないか、めんどいし。――おいエスタ、もう面倒だからあんた自分で言いなよ」


「うん、私はちょっときみ達マイペースすぎると思うなぁ!! もう建前とかどうでもいいからさっさと殺ればいいじゃん!!!」


『えー』


 聞く気のある俺と話す気の無い御母堂様の、不満でいっぱいな非難の声。

 それを受けて、エルエスタはメラっと憎悪の炎を燃やして口をひくひく痙攣させながらも、溜息と共になんとか気持ちを持ち直したようで、頭痛を押さえるように頭に手を当てながら平板なアクセントで説明してくれた。


「……ここ数日、しょーねんが魔女機関との決戦を見据えて精力的に動き回ってるって情報が入ってきてたからね。

 まさかそれが鍋料理の材料集めのことだなんて思わなかったから、『血気に逸る若人に最初に一発カマして出鼻挫いて大人しくさせる』っていう役を、そこのごぼどー様に頼んだというか、無理矢理捩じ込まれたわけさ」


「はー、なーる」


 筋書としてはそういうことになってたのか……。俺の行動が誤解されていたのは初耳だが、でもまあ、捩じ込まれたとか建前とか言ってるあたり、ほんとにどうでもいい見かけだけの台本なんだろうからわざわざ今更言い訳の必要もないか。

 結局は、俺を八つ裂きにしたいだけの御母堂さまと、それを都合良く利用しようとした臨時総帥様、というだけの話だろう。


 けどそれなら、一応は俺も言うべきことは言っておくか。


「そういうことなら、俺はもうすっかり臨時総帥様の軍門に下ったから戦う必要は無いぞ。少なくとも、理屈の上では」


「………………。はぁぁぁん????」


 ものすっげぇ滅茶苦茶ムカつく顔で疑問符浮かべてらっしゃる御母堂様。そんな彼女の目線での問いかけを受けたエルエスタは、半笑いでふいっと顔を背けて意味も無く頬をぽりぽりと掻いた。


「あー…………。まあ、そういうことでもう話はついちゃったけど、まあ、ごぼどー様が殺りたいって言って、しょーねんが受けて立つって言うなら、後はもー知らないのでご自由にどーぞ? 私はほら、アルアリアと一緒に書類片づけなくっちゃだから、もうあんたらに構ってられないし」


 なんだか咎めるような視線になってきた御母堂様に気圧されて、アリアちゃんとみーちゃんを急かしてそそくさと逃走を図るエルエスタ。


 しかし、アリアちゃんが展開に付いてこれなくて目を白黒させながらまごまごしている間に、件のなんちゃってキャリアウーマン女性がぽんと手の平を打って爆弾発言を落とした。


「つまり、エルエスタは既にゼノ何某にすっかり絆されてしまったわけだな? ―――――まさか、ヤったのか?」


「ねえ、あなたは一体何を言い出してるの? 今の話のどこを聞いて何を思ったらそんな発想になるのねえおいこのやろう?」


「いや、しかしそうとしか思えないのだが……。ごぼどーでは彼を『殺せず』、彼はごぼどーを『殺さない』。彼の人柄と能力からそういう判断をしたのでなければ、有用な駒の喪失を渋るお前が、無責任に彼をこの人の心を持たないド外道女の前に放り出していけるはずもない」


「………………………………。ヤってません」


「つまり、絆されはしたのだな?」


「………………………………………」


 エルエスタは何も言わず、今度こそこちらにくるりと背を向けると、アリアちゃんとみーちゃんを小脇に抱えて、二人の『みぎゃあああぁああああああああ!!!?』という悲鳴を靡かせながら全力で逃げ去っていった。


 あまりに見事な遁走っぷりに、思わず呆気に取られて見送ってしまう俺ら。


「……………………お、おう」


 絆される――というのが、男女の仲としての意味合いを含むのか、それとも、順当にただの雇用主と被雇用者としてなのか。そのあたりがわからず、思わず悶々としながら唸ってしまう俺。


 その声にぴくりと反応して、焔髪の女がふむと頷く。


「なるほどな。あの女狐も、存外可愛い所があるじゃないか」


「むしろ可愛い所しかありませんが???」


「――――ほう」


 思わず秒で余計な反論してしまった俺を、意図の読めない吐息と共に目を眇めて見つめてくる焔髪さん。


 いやだって、俺に絆されちゃったらしいし、あの娘……。たとえそれがただのビジネスライクな意味でしかなかったとしても、その先に待つオフィスラブの可能性を思うとやっぱり可愛いあの子への愛おしさがあふれてきちゃうっていうか、えへへっ♪


 てれてれしながら笑う俺に、またも焔髪さんが「ふむ」と頷く中。

 なんかどっからぶちっと何かの切れた音がして、そっちを見てみたら目が完全にお逝きあそばされている御母堂様がいらっしゃった。


「…………はぁん? …………ふぅん? …………あー、へー、そうなのかい……。ああ、はいはい。そうなのね、ああ、そうなのかしら……そうなのよ……。あたしが…………、この『私』が、あろうことか、この『男』に情けをかけられてようやく生きていられるような、そんな哀れで惨めなゴミだっていうんだね、エルエスタ……?」


「え、あの、御母堂様……? なんか、エラい怒っていらっしゃる……?」


「怒る? 私が? なんで? えっ、意味わかんない。この世のどこに、この私に怒りを抱かせるほどの価値のある人間がいるというの? 私以外の全ての人間は、感情はおろか意識を払う必要すらないただのゴミ屑でしかないというのに……」


「あ、うん。そうですね」


「うんうん、そうそう。あはっ、あははははははははははははは」


「あ、あは、あはは、ははははははははははははははははははは」











「何が可笑しい?」











 仲良く笑い合っていたと思ったら次の瞬間には静かすぎる逆ギレの台詞と共に、躊躇なく首を刎ね飛ばされてしまった俺。


 自らの胴体を離れた頭で、スローモーションとなった視界に眼前の女を映しながら。死にゆく俺は、最期の瞬間に、あっさりと俺を絶命せしめた彼女の威風堂々たる宣言を聞いた。





「喜べ、男。―――――今の『私』は、全盛期だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ