五話前 ルールはおかーさんだ!
何気に今日の行先については、『魔女機関臨時総帥さんの所』としか聞いておらず、具体的な場所については全く聞かされていなかった俺。
まあ組織のトップがいるんだから普通に本拠地とかだろ、でも内々の呼び出しだから支部とか私邸とかかな、とかあれこれ思いながら道すがらエルエスタに聞いてみても、なんかいやらしい笑みでニヤリと笑って「ぜ~ったい驚くから!」としか言ってくれない。
そんな芸人的な前フリでハードルをガンガンに上げていいんだろうか?
世界最高組織の頂点様が、絶対驚くと仰っている。
怖いもの見たさと純粋な好奇心により、盛大にどきどきわくわく期待させられてしまうそんなシチュエーション、こりゃもう本気で比喩抜きで目ん玉が飛び出すくらいのスペシャルサプライズを持って来てくれないと、もう俺はキミの望むようなリアクション取れないぞ……?
なんかもう『普通に死ぬ』とか宣告されたことがどうでもよくなるくらいに、とにかくエルエスタをがっかりさせないよう自然に驚いてみせる方策を頭の中であれこれ練りまくる俺。
王都の裏通りを意気揚々と往くエルエスタの背中を見ながら、俺は自分の隣を歩くアリアちゃんと、その腕の中のみーちゃんにこそっと内緒話を持ち掛けた。
「あの、アリアちゃん……。飲むと物理的に目玉が飛び出すアブない薬とか持ってない……?」
「え、そんなの無い……。怖い……。…………でも、あの、ね? 他の、あぶないおくすりは、いっしょうけんめい作ったから、後で一緒に飲も?」
「うん、嫌だよ? そんな可愛い上目遣いでおねだりしてきても絶対嫌だよ? 俺はべつに危ないお薬マニアじゃないからね、そこ勘違いして意味も無く毒劇物盛ったらダメなんだよ? あでも」
「なぁ~う、みゃー(どーせ『一緒にってことは、口移しですか? だったらむしゃぶりついて飲むー!!』とか言うんでしょ)」
はっはっは、完全にバレてらぁ!! と豪快に笑い飛ばすことで卑猥な接吻願望の露見を有耶無耶にしてしまおうとしたんだけど、それより先にアリアちゃんが「口移し……」と目をギラッギラに輝かせながら謎の試験管を取り出す素振りを見せたので、俺はみーちゃんの言葉もアリアちゃんの反応も無かったことにしてひたすら前を向くことしかできませんでした。
いや、べつにね、あぶないおクスリだろうとなんだろうと、アリアちゃんとの熱烈なキスがセットであるならぶっちゃけ飲みたいんですけどね?
でも俺って奴は、いざ女の子との待望のインファイトにもつれ込みそうになるとついつい反射的に火の出るようなバックステップを踏んでしまう、根っからの童貞世界王者ですのでね、うん……。
童貞とは、斯くも業深き生き物なのか……。まあ純粋に俺がめんどくさい奴なだけ説がとっても濃厚ですけれども。
「きみ達ー? 私を除け者にして楽しくおしゃべりしてるとこ悪いけど、もうそろそろ到着だからねー? 書類の束に忙殺されることと、純粋な暴力に惨殺されること、それぞれちゃんと心しておきなさいよ?」
「えぇぇぇぇ、お書類やだぁ……」
「えぇぇぇえ、俺もお暴力やだぁ――え、俺を惨殺しに来るのは純粋な暴力なんです……?」
なにゆえ。だってこっちはもう組織トップ様直々に『馬車馬のごとくこき使われてくれるなら無罪放免』ということで話ついてるんだぜ? なのに、なにゆえ貴重な馬力を純粋な暴力でみすみす惨殺するのです?
まじイミフ……と理解不能で頭の中真っ白にすることしかできない俺に、みーちゃんがため息交じりに語りかけて来た。
「なぁーふ、んなぁー(あんたを呼び出したのが、そもそも誰を経由しての話だったか、覚えてる?)」
「え、そりゃ、アリアちゃんのお母さん……、……………あー、そゆことね」
最初に呼び出しの話を聞いた時に勘違いしたように、あの娘大好きお母さんだか孫娘大好きお祖母ちゃんだかが、きゃつのテリトリーにのこのこ俺が乗り込んでいくこの機会に便乗して、アリアちゃんに近付く夏の虫を焼き殺すべく堂々待ち構えていらっしゃるのだろう。
呼び出しを仲介する条件が、もしかしたら俺に対する私刑行為なり決闘行為なりの黙認とかだったのかもしれない。
あの時は、アリアちゃんとお近付きになれていないからと速攻パスしようとした。だが、残念ながら今の俺は、アリアちゃんに熱烈に彼女の唾液(とあぶないおクスリ)の接種を望まれている身だ。最早言い逃れはできまい。
――いいだろう。そっちがその気なら、その勝負、正々堂々受けて立つ!!
「さ、着いたよ。にっしっし♪ 今からあなたの驚く顔が楽しみだなぁ~♡」
にっしっして、お前……。そしてまたも無駄にハードル上げやがったぞこいつ。人の気も知らんで良い気なものだな、臨時総帥様……。
人間ってのは、上に立つと下々の苦労を顧みなくなるものなのかしら? まったくやーねぇ――と俺が溜め息を吐いている間に、人の悪い笑みを浮かべたエルエスタと、彼女に連行された半泣きのアリアちゃん、そしてアリアちゃんの腕の中で潰されかけてる苦悶のみーちゃんがさっさと姿を消してしまう。
――姿を、消す?
何の変哲も無いとある一軒家の入り口を、ただただ普通に潜り抜けたはずの三人が、家の中に入った途端に何の前触れも無くその姿を消失させた。
俺の目に映るのは、開きっぱなしのドアから覗く、極々普通の民家の内装。
「……なるほど、転移系の何某かってことか」
確かに一瞬驚いたものの、この程度では流石にびっくり仰天とはいかない。
なにせ、俺自身が常日頃から便利に転移魔術を使い倒している身だ。他人が同様の能力を使っている場面には出くわしたことはないし、そういった魔導具があるなんて話も神話の中以外では聞いたことはないが、それでも、それを成した相手の素性さえ知っていればやっぱり驚くほどのものでもない。
なら、エルエスタが本当に『驚く』と言っていたものは、転移した先に広がる光景のことだろう。今から楽しみ、とか言ってたしな。
「…………驚けなかったら、マジでごめん……」
あのハードル上げすぎな自爆型芸人の、実に楽しそうな笑みを思い浮かべながら。俺は罪悪感に苛まれる胸の痛みを抱えたままで、彼女達の後を追い、今その一歩を踏み出して。
そして、自分の心配が無事に杞憂に終わったことを知った。
◆◇◆◇◆
「なるほどな。これは確かに、きみがあれだけ驚く驚く耳タコレベルで連呼してたのも頷ける」
「ねえ、私そこまでばかみたいに連呼してなくない? しかも結局、あんまり驚いてないし……ちょー冷静だし……」
「驚きすぎて言葉も無いんだよ。一周回って冷静に見えてるだけだ」
「言葉、出てるじゃん……。一周したんなら、元々いた位置も最初っから冷静じゃん……」
口ではものっそい不満げにぶーたれてるエルエスタだけど、それでも彼女の顔はしてやったりという満足げな笑みに溢れていた。
そりゃあ、彼女の目に映っている俺は、冷静な口ぶりとは裏腹に眼を見開いて眼前の光景を呆然と見つめているからな。さもあらんってやつだ。
それに、俺だけじゃなくて、この光景が初見でないはずのアリアちゃんや、その腕の中で締め技くらってたはずのみーちゃんまでもが、俺ほどではないにしろ間の抜けた顔でお口をあけて立ち尽くしている。
その様を見たエルエスタは「みーちゃんはともかく、アルアリアはその反応じゃダメなんだけどなぁ」と苦笑いしながらも、でもやっぱりちょっと得意げな感じを隠せていなかった。
ああ。そりゃそうだよな。エルエスタがあれだけ考えなしにハードル上げまくったのも、そんな『イタズラ大成功!』みたいな顔をしちゃうのも、全部納得ってものだ。
だって、誰がこんなの想像つくよ?
俺、ファンタジー風の異世界に転生してきたはずが、今なぜかSF映画ばりに月面に立ってるんですけど。
いや、ファンタジーと言えばファンタジーではある。
なにせ、俺の足元から地平の果てまで余すところなく大地を埋め尽くすのは、白い花弁を淡く輝かせる瑞々しい花畑。
そんなお花畑のど真ん中に天高く聳え立つのは、同じく燐光めいた煌めきを帯びた、古めかしくも神々しき白亜の古城。
その聖剣めいた主塔の遥か頭上には、決して終わることのない『宇宙』という夜と、銀の河の如き満天の星々が遍く散りばめられ。
そして。そんな宇宙と星の大海のど真ん中にお月様の如く浮かぶのは、なんだかとっても見覚えのある、けれどこの世界では今の今までただの一度たりとも目にしたことにない、水と大気に覆われた懐かしき母なる青の星。
このファンタジーとSFのできちゃった婚みたいな、如何なる神話をも凌駕する幻想世界の悉くが、今は臨時総帥たるエルエスタの手の中にある。
そりゃあ、こんな鼻高々のドヤ顔で胸を張りもするわけだ。
「どーよ!! 此処こそが、私達【魔女機関】の本拠地にして総本山!!! あっ、ちなみになんですけどぉ、ここが一体『地上のどの地方にある場所』なのか、わかっちゃう賢い子はいるかなぁ~??? ムフフっ♡ もし正解しちゃったら、この超絶かわいいエルエスタお姉ちゃんが熱ぅ~いチッスしてあげちゃうピョン♪」
調子にお乗りあそばされ過ぎなお姉ちゃんが、頭の上で手を立てて兎のモノマネを披露しながらごきげんさんでぴょんぴょんと飛び跳ねる。
月の影が兎に見えるっていうネタ、この世界には無いはずなんだけどな……。いや、俺が知らないだけで、似たようなことを考えた人や、俺以外に日本からの転生者がかつては居たのかもしれないな。だって、醤油もどきとか味噌もどきとかも一応は有ったし。イルマちゃんの愛用の着物とかも、わりと和服っぽいし。
思わず考察に耽ってしまう俺の横で、なんちゃってバニーガールお姉ちゃんと、うさぎさんのようにぷるぷる震えて怯えるアリアちゃんがイチャイチャし出す。
「ほらほら、アルアリアとみーちゃんも答えてみ? わっかるっかな? わっかるかなっ??」
「えぇ、わ、わか、る……けど、ちっす、要らない……」
「みゃぁーう、なぁう……。みぃ……(えるえすた様、うちの子、星の配列で方角とか読めるから……。そうじゃなくても、元々答え聞いたことあるし……)」
「ズルです!! チーム・アルアリアにはペナルティとして、後でお仕事三倍ドンになりました!!! おかーさん、ずるしちゃう子なんてきらいですからね!!!!」
『ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!!!??』
とんでもねぇなあのねーちゃん……。そら、元から機関所属だったアリアちゃんなら正解知っててもなんら不思議は無い。ていうか、星の配列読むとかすごく真っ当で高度すぎる手段での回答さえも、今の様子だとおそらくズル認定されてたな……。
審判がエルエスタである以上、どう足掻いてもエルエスタ有利というか、回答者の敗北が確定しているこの勝負。
揺ぎ無き勝利を確信した卑劣なるバニーガールお姉ちゃんが、全力でにやにやしながらぴょんぴょんと俺の方にも跳ねて来て、「さ、あなたもお答えどーぞっ♪」と弾むような声で敗北宣言のおねだりをしてくる。
その様子についついイラっと来てしまった俺は、この勝負の根底を覆すちゃぶ台返しをカマすことにした。
「答えを口にする前に、再度確認なんだが。設問は、この場所が『地上のどの地方にある場所なのか』で間違いないんだな?」
「……………………ま、……間違い……、……あっ!!? り、…………ま、せんっ!!!」
俺の不穏な態度を受けて、『あれ、もしかして私うっかりミスしてた……? あ、ヤバッ!?』みたいな表情の変遷を辿ったエルエスタだけど、最終的には冷や汗流しながらも笑顔で断言しきった。
ああ、そりゃな。こっちが答えを知らなければ、その笑顔で押し切って、あとはこっちがどんな答えを言っても『残念でしたー! さてさて気になる正解は、あっ、これ企業秘密なのでおあずけでーす!』みたいに、どうとでも誤魔化せるだろうけどな。
だがな、バニーガールお姉ちゃんよ。ならば、回答するより先に勝負をキメちまえばいい話なんだよ!! 俺はなぁ、たとえキミが恥と泣きべそをかくことになろうとも、キミからの『熱ぅ~いチッス』が欲しいのだ!!!
「よし、わかった。ならば俺も答えを言おう――と、その前に。回答者ゼノディアスは、この設問における不備について、出題者に対しペナルティを要求する!!!」
「却下でぇぇぇぇす!!!! ほぉらアルアリア、みーちゃん、さっさと行くよ!! ほらほら、早く、早くっ!!!」
「えっ、あ、えっ、あ、ぁ、うぅ……!!?」
「みゃぁーお……みゃぁ……(えるえすた様……あなたも、結局ざんねんな子なのね……)」
「誰がざんねんな子ですか、誰がっ!!!」
いやあんただよ。自分が勝手に調子乗って始めたクイズで、自分の不利を悟った途端に速攻で何もかもを無かったことにして尻尾撒いて逃げ出す臨時総帥様とか、ざんねんな子以外の何者でもねぇよ……。
背中をぐいぐい押されていくアリアちゃん達と、必死にその背を押していくエルエスタ。古城へ向かって小走りに駆けて行く二人を見守りながら、俺も彼女達の後をのんびりと追うことにした。
チッス……欲しかったな……。まあ本気で貰えるとは思ってなかったけど、それでも捕らぬ狸の皮算用的な喪失感が胸をしくしくと痛めつけてくる……。
「…………あん?」
幻想的な花畑と寂寞の夜空を眺めながらしんみり歩いてたら、エルエスタがくるっと振り返ってこっちにダッシュで走ってきて、急ブレーキかけながら手で風よけ作って早口で耳打ちしてきた。
「あの、ちなみになんだけど、あなたはこの場所の正体って……あ、いやもうクイズは終わってるから、これただの興味本位の質問っていうかね!!?」
「わかってるよ。んで、俺が口にしようとしてた答えは、『月面』だ」
「……………………な、んで……、あっ!! 誰かに聞いたんでしょ!!! ズルだ!!!!」
「はいはい、ズルっちゃズルですよ。もうズルズルのズルですわ、ええ」
「ええぇぇぇぇぇぇ…………」
投げやりに答えながら通り過ぎる俺を、呆然と見送るエルエスタ。
まあ、前世知識なんて実際ズルみたいなものだしな。そんな反則使ってゲットできるほど、エルエスタおかーさんの唇は安くありませんでしたわ。
だから、俺の中ではもうすっかり終わったこととして処理されてたんだけど。
「わっしょーい!!」
「痛ぇ!!?」
俺の背後からダッシュしてきたエルエスタが、俺の背中をばちこーんと叩いて来て、追い抜きざまに一言放り投げていった。
――『ちっすは、そのうちね!』、と。
「…………………そのうち、ねぇ……」
なんともまぁ曖昧で、童貞の心をいたずらに弄ぶ小悪魔的なお言葉である。
ただまぁ、そんな言葉が出てくるくらいに、彼女は俺との関係が今後も続いていくことを疑っていないらしい。
なら、とりあえず。今日という日を、気張って生き残ろうか!
「―――よぉぉぉく来たねぇぇぇぇぇぇ、『わっぱ』ぁぁあああああああああああああああアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
三回くらい絶頂迎えてそうな極まった絶叫と共に虚空から飛来した隕石が、俺の背後で『ちゅどぉぉおおおおん!!!!』と地表に着弾して大爆発。
吹きすさぶ衝撃波が辺り一面の綺麗なお花畑を見るも無残に吹き飛ばすのを眺めながら、俺はまだ見ぬ未来のチッスに希望を抱きつつ決意を新たにしてくるりと振り返った。




