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四話中 さらば、幻の酒池肉林

「…………あなたは、自分が殺されるかもしれないってわかってたよね。それなのに、なんで敵の……仲間に、こんなに良くしてくれるの?」


 衝撃のすれ違い及びその後の荒ぶる少女のヤケ食いにより、すっかり鬱がどっかふっ飛ばされちゃった俺。

 甲斐甲斐しく鍋の具を取り分けてあげたり「あ、冷たいお茶どぞ」「あ、お口拭くのにおしぼりどぞ」「あ、椎茸がお好きなようですので追加致しますね」などとヘコヘコ頭下げて下手に出てるうちになんだか楽しくなってきちゃってまた悪ノリに走りかけた俺を、彼女の白い目と唐突な質問が制した。


 仕方なく自分の食事を進めつつ、俺は「んー」と至極軽く唸る。


「まずもって、敵って認識じゃないしな。機関には知り合いも所属してるし、それに世界の平和護ってる組織だし。……でもまあ、俺にとってキミ達がどうなのかはともかく、キミ達にとっての俺は、世界の安寧を根底から脅かすまごうことなき敵だろうなとは思う。

 なにせ、死者の大量蘇生なんつー前代未聞の『人災』の、ほぼ主犯だしな。誰の目にも明らかすぎるルール無用の大反則で、言い分すら聞いてもらえず一発退場食らってても何もおかしくない。もしかしたらまだ弁解なり面談なりの機会があるかもってことには、はっきり言って意外ささえ禁じ得ないな」


「……………………」


 あぐあぐと白菜食いながら持論を展開する俺に対し、少女は無言で何事かを考え込みながら、小休止のお茶を楚々とした仕草で一口飲み、二口飲み。


 やがて間をおいて三口目をこくりと小さく嚥下してから、彼女はどこか諦めたような、気の抜けた溜息を漏らした。


「…………ま。そう『勘違い』したままで、万事納得済みで死んでくれるって言うなら、こっちとしても大助かりなんだけどね」


 そう言って力無く笑う彼女からは、台詞とは裏腹に、俺への殺意や敵意のようなものは全く感じられない。


 わざわざ、言わなくてもいい『勘違い』を指摘してくれたことも合わせて考えれば、むしろ――。


「……………見逃す、つもりか? でも……」


「ああ、完全にお咎めなしとはいかないよ? 精々きみを有効活用するよう、『偉大にして寛大なる美しき臨時総帥様』に進言しておくから、これからは彼女に媚びへつらいながら馬車馬のようにいっぱいこき使われてくださいな」


「…………………」


 今度は俺が無言で考え込んでしまう番だった。


 見逃してくれるというなら、それに越したことはない。冗談めかして言ってはいるが、俺に向けられる彼女の優しい瞳からは、これから死にゆく犯罪者や馬車馬代わりの犯罪奴隷ではなく、同胞や友人に対するような親しみを感じる。


 ならばきっと、彼女にとって俺の生存は既に決定事項で、そして彼女はそれを自分の判断で決定できる程度には権限を持った人物ということになる。


 ――ふと、彼女の正体について、ある可能性が脳裏をよぎる。


 が、それは一瞬で霧散した。だって、もし事実だったとしても、自分のことを臆面もなく『偉大にして寛大なる美しき臨時総帥様』とか言えちゃうような恥ずかしい人はいないだろうから。


「……ん、なぁに? あれっ、もしかして、私の優しすぎるお言葉に胸を打たれちゃって、感激で言葉も無いのかなぁ〜?? あっちゃあ、私ってばまぁたうっかりファンをひとり増やしちゃったかぁ!! こりゃまいったね、んっふふぅ♪ 今ひと仕事終えて気分良いからね、どーしてもって泣いて頼むんならサインのひとつでもちょちょいと書いてげちゃおっかなぁぁ〜♡」


「おいエルエスタ」


「んふふ、なぁに――――――――――げっ」


 おもっくそお調子にお乗りあそばされてる少女についイラっと来て、思わず『謎に包まれた魔女機関臨時総帥の、唯一判明している情報』を放ってみたら、言い逃れできないほどにクリーンヒットしてしまった。


 が、今だけ急に鈍感系主人公になった俺には、彼女の驚愕の声は聞こえなかったし、同じく驚きすぎなお顔も見えはしない。

 この手の鈍感力は、何気にうっかりの多い義姉様に常日頃から鍛えられてるからな。デキるおのこである俺は、女の子が隠したがっているヒミツを無闇に暴いたりなどしないのだ!


「――様って、結局、本当はどういう理由で俺に死んでほしかったんだ? 死者蘇生の件が原因ってのが、俺の勘違いって話ならさ」


「んんっ!!? んー、あ、あーあー、あぁそういうことね、ああうん、うん……。…………ああ、まあ、それは、あれだよ。ほら、きみって男の子じゃん?」


「はあ。まあ、そっすね」


「だからだよ」


「……………………んんん???」


 いや、何そんな説明するまでもない当然のことを言い切ったような感じでちょっと満足そうな顔してんの、この娘? え、魔女機関って『男、滅ぶべし』みたいな極まったアマゾネス思想を掲げてる集団だったの??


 うっそだろおい……と戦慄に震えることしかできない俺を見かねてか、少女は軽く笑いながら――けれど瞳に真剣な光を宿して静かに語る。


「まずさ。魔女っていうのはさ、基本、男が男に見えない生き物なのね? ……言い方は悪いけど、魔力至上主義者の過激な連中が、『魔力を持たない人間を、人間と見なさない』のと大体同じ理屈でね。

 あっちは思想でそう言ってるだけだけど、私達のこれは、『業』。魔女として圧倒的すぎる力を生まれ持った私達は、どうあがいても、自分達と対等に並び立つことも対峙することもできない『男』という生き物を、自分と対等な存在だとは思えない。

 あ、もちろん、『だから殺そう、殺していい』とはならないよ? いくら対等になり得なくても、同じ人間だっていう最低限の認識はちゃんとあるから」


「……………最低限、ね」


「うん。最低限。……魔女の中でもわりと貧弱って言われてる私でさえこれだからね。たぶん、ナーヴェなんかは下手したら本気で男も人間も同胞になんか見えてない可能性あると思う」


「なるほど把握した」


 ちょっと不安げな面持ちになってきていたはずの少女が、一瞬で言い分を理解した俺を見て思いっきりぎょっとしちゃってるけど、あの滅茶苦茶婆さん引き合いに出されたら秒で納得するしかない話だわ。

 なにせ、英雄含む数十万数百万の大群を例外なく鼻クソ扱いして敵味方関係なく殲滅した前科のある〈晴嵐〉様だぜ? そりゃ生まれつき人間が人間に見えてないくらいのイカれっぷりじゃないと説明できないわ。能力的にも、性格的にもだ。


 なんか長年の疑問がすっかり氷解しちゃって満足しながら頷く俺だけど、思わず『あれ?』と首を捻る。


「その魔女の業とやらと、俺が男だから死ななくちゃいけないっていうのは、繋がる話なのか? その理屈でいくと、条件付きとはいえ、魔女が持つっていう【権能】に近いことができる俺って、そこそこ人間扱いしてもらえるはずでは?」


 条件付きとか近いとかいうあたりがまだネックなのかしら、と思ったけど、少女は俺の思い違いを否定するように乾いた笑みで首を横に降る。


「人間扱いっていうか、それ通り越して、確実に『男』扱いしてもらえるね。……生涯未婚や処女が宿命付けられた『魔女』達の中に、この世で唯一の『男』がひとり。さて、そんな無人島で起こる、目も当てられない惨劇とはどんなものでしょう?

 もしうまく想像できなかったら、逆に『性欲を持て余した男の群れの中に、若い女がひとり』とかでもいいよ」


「………………女をめぐって、男共が殺し合い、か?」


 最初は正直ピンと来なかったが、配役を逆にした例を出されて一瞬で回答は弾き出された。


 ただ、それでもやはり前半の話にはピンと来ないままだ。

 だって、俺がカラダを持て余した魔女さん達の間で引っ張りだこになって『彼は私のものよ!』『いいえ、私のよ!』みたいに熱烈に取り合われる絵面なんてさっぱり思い浮かばないもの。

 逆に『思ったよりつまんないからあげるわ』『ええぇ、私だってこんなの要らないわよ』と不良在庫か生ゴミの押し付け合いの最中で心身共にズタボロにされていく哀れな俺の姿しか見えない。


 はぁぁぁぁ、と重苦しい溜息を吐いて肩を落とす俺。それを見て、勘違いしたらしい少女は『ようやく理解したか』みたいな実に満足そうな笑みを浮かべる。


「ま、そういうことだね。実質的に魔女が世界を支配してるこの世界でそんなキャットファイトが起こったら、文明が滅ぶどころか星の破滅が確実なわけよ。おわかり?」


「…………わかりたくねぇ……」


「ありゃりゃ、往生際の悪い」


 聞き分けのない子供を見る目つきで困った笑みを浮かべる少女。けれど、彼女はこれ以上俺に対して言い聞かせる言葉を持たないようで、或いはもう必要なことは話し終えたと言わんばかりに呑気にお茶を啜るのみ。


 ああ、マジで今のが、俺が死ぬべき理由の全てなのか……。理解したくねぇ……。

 理屈では理解できそうな気がするし、もしこれで俺の立場にいたのがシュルナイゼ兄様とかだったなら全世界満場一致で『それ、あると思います!』と全力で納得できるんだけど、キャスティングされたのが俺であるというだけで、今の話の何もかもが途端に理解不能なトンデモ理論になってしまう。


 大体、そんなこと言うならさ、


「じゃあ、キミは俺のこと男扱いして『彼は私のものよ!』とか所有権主張してくれる気有るのかよ?」


「無いね。いくら対等な『異性』だからって、みんながみんなその人に惚れて争奪戦に参加するとかあり得ないでしょ? だからあくまでそれは懸念止まりで、だからこそ、きみを今は生かしておいてもいいかなって根拠にもなってるわけ」


「……………こんな世界、もう滅んじまえよ………」


 結局どこにも慈悲は無かった。こんな理由でもし本当に殺されなくてはならないんなら、俺は絶対に化けて出てこの世の全てを破壊し尽くしてやる。

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