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四話裏 女狐少女狂想曲

 もう働きたくないでござるとばかりに不貞寝に走り、仕事からのバックレと問題児達のネグレクトを決め込んだ、とってもお疲れ様なエルエスタおかーさん。

 しかし、悲しいかな、彼女の無駄に真面目ですこぶる小心者な性根は、彼女をいつまでも幸せな夢の世界へ留めておくことを良しとしなかった。


 一度仕事を放り出せば、その遅れを取り戻すのにかかる労力はいつだって二倍三倍、それ以上。頭痛の種をひとつ放っておけば、新たな頭痛の種が植え付けられると同時に、既に植わっていた物から順に色とりどりの毒花を咲かせていくのだ。


 もしこれがナーヴェだったら、『チッ!!!!』の舌打ちひとつで毒花も薬草も一切区別なく辺り一面を更地にして、綺麗さっぱりスッキリ爽快と満面の笑みを浮かべる所だろう。

 だがしかし、エルエスタはどこまでいってもエルエスタである。間違っても、あの豪放磊落と破天荒を地で行く晴嵐殿の真似ができるほど図太い神経もしていなければ、そもそもそれができる圧倒的な力も持ち合わせていない。


 むしろ自分はそこらの一般の魔女よりよっぽど心身貧弱であるぞ、という謎の自負に胸を張ることしかないエルエスタにできるのは、茶摘み畑の世話をする菜園の娘の如く、薬草を守るために毒草とその種を手作業でひとつひとつ選別し、要らないものを地道に摘み取っていくことだけである。



 はて、支配者とは??



 何度でも自分の存在意義に疑問を抱くエルエスタであったが、それでもこの地味〜なスタンスによって、魔女機関という組織を歴史上最も安定運用しているという実績がある。


 当たり前だ。なにせ、歴代の総帥たちは下手に『当世最強』であったがために、一度物事が面倒になると世界を滅ぼす勢いで菜園を丸ごと根絶やしにするのである。

 そうして全てを灰燼に帰し、ついには自分の身さえも業火の中に消えさせて、そうやってそれまでの全てを『先史文明』へと変えた後には、また新たな総帥が立ち、また新たな菜園を運営していく……というのが、この世界の終わりなき破壊と創造のサイクルである。


 ゆえにこそ、総帥『臨時代行』の役職であり、ゆえにこその貧弱エルエスタだった。


 もし下手に――というか真っ当に当代最強魔女の〈晴嵐〉なんかを素直に総帥の座に据えていたなら、今頃間違いなくこの世は先史文明の仲間入りを果たしている。その確信が、他ならぬ晴嵐の親友たるエルエスタには有った。


 そして、その確信を抱いていたのは晴嵐自身も同じ。だから、半ば成り行き、半ば責任放棄により、ナーヴェは自分を総帥に押す声を『チッ!!!!!』の舌打ちひとつで黙らせ、【聖戦】の大混乱のどさくさに紛れて、後に歴代最弱と呼ばれることになるエルエスタをしれっと世界のてっぺんに座らせたのだ。


 それから、早十年。

 エルエスタの、魔女機関内部や各国政府に対するマメで地道な草の根活動と、時には果断なる晴嵐筆頭〈力有る魔女〉の投入、或いは身内のちょっとした暴走なんかがありつつも、この世界は間違いなく歴史上最も平和な時代を謳歌しつつあった。



 ――『しつつあった』。即ち、全ては過去形である。



 泰平の世を厭うかのように、俄に蠢動を始め、毒花の種を芽吹かせようとする者達。


 機関内部の反抗勢力、魔力至上主義を謳う過激派、それらはある意味予定調和だからまだいい。

 だが。一度見逃したはずが、気付けばまた動乱の渦中にいる大聖女。そして、彼女の周囲で嵐を巻き起こそうとしている聖天八翼。更には、長年行方不明となっていたはずが、ここに来て影をちらつかせ始めた当代総帥。


 ――そして、それら全てに間接的・直接的な関わりを持つ、史上初となる『男の魔女』。


 男なのに、魔女。なんとも矛盾した表現だが、なにせ『魔女』の概念に相当する男など、古今東西あらゆる歴史を紐解いてもただの一度も存在したためしがないので仕方がない。


 なにも、わざわざ自分の時代にそんな珍種が誕生しなくても……と泣き言を言いたくなるエルエスタだったが、生まれてしまった以上は考えねばなるまい。





 ――その、考えるまでもなく一等危険な最悪の毒花に対する、駆除の方法を。





 ナーヴェと〈紅蓮の魔女〉グリムリンデから『彼』に関する話を聞いた時、既にエルエスタはある懸念を抱いていた。そしてそれは見事的中というか、エルエスタの耳に話が入った時点で既に取り返しのつかない所までいってしまっていたのだ。


 それでもなんとか悪あがきしようとしていたエルエスタだったが、あの熱烈な思いの丈を綴ったラブレターみたいな報告書がダメ押しとなり、『もういっかな……』みたいな消極的な容認という結論に一度は達した。


 だが、しかし。だからこそ、やはり彼をこのまま放っておくことの危険性は計り知れない。ならば、たとえ甚大なリスクとダメージを負うことになろうとも、今の内に処分するのが結果的に最も被害が少なく済むのではないかと思うのだ。


 ――これまた、だがしかし。肝心のその手立てがさっぱり思い浮かばない。

 彼の殺処分それ自体は、おそらくそう難しくはないだろう。だが、もしそれをした時、その後の世界はおそらく『彼女達』の手によって滅びの道を歩むことになり、まず何より先にエルエスタが見るも無惨に滅ぼされてしまうであろうことは容易に想像できてしまう。


 万事休す。そんなふうに万策尽きてしまったエルエスタおかーさんにできることといったら、そんなのはいつだって決まっている。



 泣き落としである。



『彼』本人に泣いて喚いて土下座で頼み込んで、『彼女達』を暴走させないように生前に説得なり遺言残すなりしてもらってから、皆が納得済みの上で円満に死んでもらうしかない。


 完全無欠の無理ゲーここに極まれり。いったい誰が好き好んで、自分を理不尽に殺そうとしてくる相手にそんなあり得ないほどの配慮をしてくれるというのか。


 ……だが、もうこれしか手は無い。幸い、彼を懐柔するのに必要な情報は、ここ数日でおおよそ手に入ったと言っていい。血の通わぬ冷静で客観的な文字として。或いは、血が通い過ぎな熱烈ストーキング記録として。


 あと足りない情報といえば、エルエスタ自身が彼と実際に対峙することでしか得られない類のものくらいだが――。


「……………まだ時間は有る、よね?」


 朝食を食いっぱぐれたせいと言うかおかげと言うか、束の間の仮眠を挟んでも尚、まだ時間帯は朝のまま。

 本日の彼の行動予測からして、今こちらから赴けば、荒ぶりまくってる〈力有る魔女〉共に余計な邪魔をされる前に、彼とサシで事前対談する機会を得られるだろう。というか、それをするならもう今しかない。


 それに。まさか、この後すぐ会う予定になっている魔女機関トップ様が意味もなくのこのこ会いに来るなどとは絶対考えていないだろうから、上手く行けばナーヴェみたいに身分を偽って『魔女機関の名も無き使者A』として接触し、『エルエスタ』にはノーダメなままで懐柔策の感触を予め確かめてみることすら可能である。


 ――素晴らしい……。なんたる智謀、なんたる策略! やはりこのエルエスタ、伊達に魔女機関の総帥(代理)やってはおらぬわ……!!


「ぬふっ、ぬっふっふっふっふっふ……♪」


 まるで天啓の如き良案を弾き出した己の頭脳を自画自賛しつつ、エルエスタはぴょいとベッドから跳ね起き、一瞬二日酔いの頭痛にズキリと襲われて『あっ、やっぱやめよっかな』と速攻ベッドに逆戻りしそうになるも、なんとか壁際まで辿り着いて『砂塵の楼閣』という遺失秘跡の外套を掴んで部屋を後にする。


 ……自らの弾き出した天啓の約八割が、神でも己でもない第三者に誘導されて得たものであるとは、ついぞ気付かぬままに。




「……まったく……。不貞寝し始めた時はどうしてやろうかと思いましたが、とにかくこれで『予定通り』ですね」


 エルエスタが去り、無人となったはずの室内に、とある陰の眷属の疲れ切った溜息がこだまする。


 ギリギリの所で使わずに済んだ『吹き矢』を懐にしまいつつ、眷属ちゃんは「さて」と気分を切り替え、自らもその場をあとにした。


『彼』の方は、ここまで漕ぎ着けさえすれば、後は彼自身がどうとでもしてくれるだろう。ならば、これでようやく『彼女』の方に専念できる。

 といっても、もうそちらの仕込みも粗方終わっているのだが。


「――待っていてくださいね、『姉様』。あなたの小賢しい策略なんて、この我の『圧倒的なパゥワー』で真正面からボッコボコのけちょんけちょんのポイしてやりますからねっ! 首を洗って待ってろやおらー!!」

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