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三話 無慈悲なるエンダーイヤー

【魔女機関】との決戦の日の朝。


 イルマちゃんのおかげでいっぱい泣けていっぱい眠れて、気力体力共に充実してスッキリ爽快目覚めた俺。


 身を寄せ合って泣いているうちにいつの間にか寝落ちしてて、起きたらイルマちゃんも既にいなかったので、結局孤独なソロ活動も熱いデュオ活動もできなかったけど、それでも女の子と一緒に自分の部屋で一夜を明かすという夢は一応叶った。


 これ以上の高望みはすまい。むしろ、望外の僥倖に恵まれた――否、イルマちゃんに与えてもらったと言えよう。

 兄様と義姉様は普通におせっせして子宝まで授かったようだが、永久童貞ゼノディアス君にはこれが精一杯のエロイベントである。



 エロイベント。――またの名を死亡フラグ。



 もしこれが洋画の世界で、決戦に赴くのが俺ではなくシュルナイゼ兄様だったなら、『俺、この戦いが終わったら、身籠った婚約者と結婚するんだ』と決戦に臨んだ兄様は、無駄な爆発や舞い散る肉片を掻き分けて死闘を繰り広げた挙げ句になんだかんだで奇跡の生還を果たし義姉様とエンダーイヤーするのだろう。

 ちなみにその場合、俺は兄様の引き立て役として舞い散る仲間の肉片役にゲスト出演している。ヒロインに懸想してた当て馬イケメンであることも加味すると、ラストバトルでの慈悲を願える余地は一ミリたりとも無いだろう。


 さらにちなみに、もしこれで逆に主人公が俺でゲストが兄様だった場合は、激戦の果てに敵首魁との相討ちによって非業の死を遂げた主人公俺の代わりに、脇役兄様が数年後に義姉様や赤子と幸せに暮らしている映像が流れ、ひとつの戦いは終わりそして希望は未来へ繋がれるみたいなトゥルーエンドを迎える。

 それまで全編通して主役張ってた主人公をも容赦なく惨殺する、やっぱりラストバトルは無慈悲である。


 どうあがいても死ぬ運命にある今の俺は、まさにカミカゼ。最早背水の陣ですらなく、正義も大義も敵の方に有る以上、俺がこの背に負うものは、己の矜持ただそれのみ。

 悪に手を染め身命を賭してでも、仮初の平和を謳歌している世界に楔を穿たんとする、絶命前提のダークヒーロー。それこそが、この闇に生きる陰の王たるゼノディアス君に与えたれた役職であった。


 ……ところで、俺がそこまでして世界に伝えたいメッセージって何?

『初恋は実らない』? それとも、『童貞はどうせ異世界転生しても死ぬまで童貞』? はたまた、『下手な親切心は巡り巡って身を滅ぼす』?


 ……………………。


 ……なんか、急にやる気なくなってきたな……。いっそ無抵抗でおとなしく処されてしまった方が、世界にとってはプラスしか無いんじゃないだろうか。

 もし俺が楔を穿った場合、初恋への憧れと童貞達の希望と世の人々の親切心がこの世から奪われ、すっかり殺伐としきった荒廃の終末世界が爆誕してしまうのですが……。


 ……………………………。


「もう帰ろっかな」


「にゃうん。なうなう(いや、出発前から既に帰ろうとしないでよ。出動前のばっちゃや登校前のありあじゃないんだから)」


「ああ、やっぱその感覚ってこの世界でも共通なのね。ほんとこの世に救いって無ぇな……。……………俺に優しくないこんな世界、いっそ滅んじまえばいいのに……」


「なっふ、にゃふぅ……(いやちょっとあんた、それ今言うとシャレになんないから……)」


 校門前。豪壮なる校舎をバックに背負い、絢爛たる王都の街並みを眼前に、門柱へ背を預けて道先案内猫のみーちゃんとてきとーにダベる俺。


 前世から社畜精神の塊である俺は、常にやりすぎな時間前行動しないと落ち着かない派である。おまけに今回の同行者はアリアちゃんとみーちゃんなのだから、この童貞覇王ゼノディアスが遅参することなどあり得るはずもない。

 なので実は集合時間の四時間前くらいからここにいた。そして今尚、集合時間のニ時間は前だったりする。普通に朝飯食ってちょっとしてから集合って話だったから、本来わりとのんびりスケジュールな出立予定だったんだよな。


 折角スッキリ目覚めたってのに、飯も食わず無駄に早く来て目覚めゆく王都の街並みを眺めながらぬぼーっと突っ立ってたら、朝のお散歩中だったみーちゃんとばったり出くわしたので、二人してなんとなくそのまま雑談にふけってる次第です。


「………そういや、アリアちゃんはどうしてる? 完全部外者の危険因子な俺と違って、あの子は前から機関所属の身なんだよな? あの激ヤバな能力だって既に把握されてたんだろうし、なら流石に即処断ってことはないと思うんだけど」


「………にゃう(あんたそれ、自分は即処断も有り得るって言ってるようなものだけど?)」


「普通に考えてそうだろ。もし俺が、魔女機関総帥……臨時代行? さんの立場だったら、迷うことなく処分してるもの。むしろ、一度事態を理解してみれば、知人を頼ってのお呼び出しなんて呑気な話が出て来たことに驚いてる」


「…………みっ………、みぅ……」


 一瞬びっくりしたような様子だったみーちゃんは、けれど俺の台詞を覆す言葉を持たなかったようで、気まずげに項垂れて顔を逸らした。


 ああ。やっぱ俺、普通に殺処分も視野に入れた対応を検討されてる状態なんだな。


 それでもきっと完全に確定ではないから非公式の呼び出し止まりなのだろうし、或いは武士の情けや最後の晩餐的な感じで数日の猶予をくれたのかもしれない。どれだけ無実の人々を虐殺した殺人犯だって、死刑執行の前には好きな物食わせて貰えるって言うしな。


 まあ、今回は虐殺どころか逆に死者の大量蘇生ってやらかしだったわけだけど、どっちにしろ盛大にルールを侵したということに変わりはない。最後の晩餐にイルマちゃんとの一夜もしっかり過ごせたことだし、わりともう未練も無くなっちゃった。


 どうせこの先、生きてたって、あとはイルマちゃんや親しい人達に嫌われていくだけの堕ちていく日々なのだろうし。なら絶頂極めてるここらでサクッと人生終わらせて、俺が幸せになって欲しいと願う身近だった人々や、全人類のために命を捧げるのも悪くない選択かもな。


 




 俺は、もう充分に生きたよ。






「……みぃぁぁ……(……しょーねんの、ばかぁぁ……)」


「泣くなよ……。みーちゃんは、ただのメッセンジャーなんだから、何の責任も無いだろ? 大体、もしかしたら思いの外穏便に済ませてもらえる可能性だってなきにしもあらずだし」


「ぴやぁぁぁ……、ぴやぁぁぁぁ……!!」


 涙と鼻水と嗚咽垂らしながらうっかり鼻提灯まで飛び出させてる子猫のみーちゃんを、しょーがねぇなーって笑いながら抱っこしてあげる俺。


 俺のために泣いてくれてる愛しい彼女を赤子のようにあやしながら、背中をぽんぽんと優しく撫でてあげる。


 服が汚れるのも構わず袖で彼女の顔を拭ってあげて、やがてちょっと泣き止んでくれた頃合いを見計らい、俺は強気にニヤリと笑ってみせた。


「そんなに俺の死を惜しんでくれるんなら、いっそ俺の子種を受け取ってくれよ。【人化薬】、この数日で既に完成済みだぜ? あとは臨床試験を残すのみってなぁ」


「………………ぎにゃあっ!!?! ぴやぁああああ、ぴやぁああああああ!!!!!」


「はっはっは!! そう恥ずかしがるなよマドモアゼル、これから死ぬゆく俺をキミのいやらしいカラダといやらしいお肉でい〜っぱい慰めておくれあ痛ぁ!?!」


 調子こいて彼女の毛に覆われた陰部を思う様わしゃわしゃ撫でてたらおもっきしバリっと指を引っかかれてしまい、びっくりして手を引っ込めた隙ににゅるぽんっと腕の中から脱走されてしまった。


 身を翻しながら着地したみーちゃんはそのまま二回三回とバク転しながら距離を取り、最後に後方二階宙返りを華麗にキメて「ふっしゃー!!!」と牙をむき出しにして荒ぶる。


「ふしゃっ、シャーッ!!?(このド変態っ、あんたこんな状況になっても頭の中それしかないの!!?)」


「ばっきゃろう!!! こんな絶体絶命の状況だからこそ潔く生存を諦めて子種をバラ撒くんだろうが!!!! 諦めん、俺はかわいいおにゃのことおせっせして我が遺伝子で地を満たすまで決して死ねはしないのだぁああああああああああアアアアア!!!!!」


「にゃっぷす!?!(全然潔く諦めてないじゃない!?!)」


「いやだって、やっぱりかわいいおにゃのことおせっせしたいですし。ボクってばそのためにこの世に生まれてきたようなものですし。その魂の宿願を果たすまでやっぱり死ねないっていうか、臨時総帥さんの靴でも尻でも喜んで舐め回して生き残らなきゃっていうか、むしろ是非とも舐めさせてほしいっていうかウフフ♡♡♡」


「………………なぁ〜お……。みぃーう……(……あー、ソーデスカ……。まったく、心配して損しちゃったわ……)」


「心配よりも純潔と処女膜をくれ。あ、処女膜って人間にしか無いんだっけ?」


「……………………みぃぶ(しね、ヘンタイ)」


 侮蔑に満ちた冷え切った罵倒と怒り心頭の刃物めいた眼の残光を残し、みーちゃんはふいっと顔を背けてしまうとお尻をぷりぷり怒らせながら、鉄柵の向こうの植え込みの中へ飛び込んでいった。


 ……ほんの、一瞬。最後の最後にこちらを振り返って、とても神妙な横顔と、置き土産の短い念話を俺の脳に焼き付けて。


「……………あー……。流石に、わざとらしすぎたかな?」


 あわよくば、みーちゃんの目『も』だまくらかして、自然な風を装いながら一人になるつもりだったが、そう上手くはいかなかったか。

 まあ、みーちゃんって念話の応用かなんかで義姉様やイルマちゃんばりに俺の心を読んでるみたいだしな。隠し事なんて端っから無駄だったか。


 というか、たぶん人間の俺より嗅覚の優れた彼女の方が先に気付いていて、だからこそ小芝居にノってくれたのかもしれない。その上で俺の意図を読み、素直にこの場を去ってくれたのだろう。


 ――『気張れよ、しょーねん』。なんて、そんな静かな激励の言葉だけを、俺の心に刻んで。


「……ああ、わかったよ、みーちゃん」


 再び、一人きりになった俺。


 本来ならばここからは、自分に残された最後の時間を噛み締めながら、辞世の句でも詠んでしんみりと過ごす――と風雅にいければよかったが、きっと、そうはならないだろう。


 なあ、みーちゃん?





 そして、名無しの少女さんよ。





「……………………………」


 まるで俺の声無き台詞を読んだかのように、ざっ、と微かな靴音を鳴らしながら、無言で俺の前に現れた――一人の少女。


 いや。正確には、少し前から彼女はこの場に居合わせていた。陽の光に照らされ、堂々と二本の足で立って、話しかければ普通に会話が成立する程度の微妙な距離から、誰憚ることなくじっとこちらを見つめていたのだ。



 ――俺とみーちゃんに、最後の小芝居が始まる直前までの間、一切気付かれることのないままに。



 影が薄いなんてもんじゃない。陽キャ集団の群れに放り込まれた陰キャだって、流石にもう少し生命反応出してる。


 まして、相手は『かわいい女の子』だ。この童貞無双ゼノディアスがそこまで近付かれて暫くの間気付けないなんて、何か超常の力が働いていないと説明なんてつくはずがない。


 そして、俺は今、その超常の力を持つ化け物共の総本山、【魔女機関】への嬉しくない御招待を受けた哀れな身の上。


 猶予期間を貰えたことから、初手暗殺は無いとは思っていた。だがこうも白昼堂々真っ向から接触してくるというのも、また想像の埒外。


 彼女の来訪の目的は、未だ不明。

 だが、それを可能とした手段は、きっと、彼女がこれみよがしに頭の先から足先まですっぽりと纏っている擦り切れたフード付きローブに絡繰がある。


「……魔道具……、――いや、『遺失秘跡』の類か」


「……………っ」


 僅かに息を呑んだ彼女の様子からして、どうやら大当たりらしい。


『遺失秘跡』。いわゆる先史文明のロストテクノロジーってやつで、機能を犠牲にして汎用性を高めた現代魔導具と真逆に、汎用性なにそれ美味しいの状態で極々限られた『使い手』にしか扱えない代わりに強力無比な性能を誇るというピーキーな代物。

 はっきり言って、国が国なら国宝指定待った無ってレベルの超絶希少品だ。


 流石は天下に名だたる魔女機関。たかが『いち下っ端』にさえ、金貨数億枚レベルの武装を貸与なり贈与なりするってか。スケールが違いすぎて、うちの何かと財政関係にみみっちい名ばかり大国なんか鼻クソにしか思えんな。

 しかもそんな大層な代物を使ってやることが、暗殺でも極秘情報の入手でもなく、一般のご来客のお迎え。あまりに格が違いすぎて、比べるだけで頭がクラクラしてくる。


「……で、キミは俺を迎えに来たのか? アリアちゃんがまだ来てない頃合いを見計らったんだ、俺単体に何かしら用事があるんだろう? …………或いは、俺が行き過ぎた時間前行動厳守主義ってのもお見通しで、わざわざこのタイミングを狙ったのか?」


「………っ!? ぅ、ぅう……!!?」


 めちゃめちゃ顔に出るな、この隠密少女。当てずっぽで言ったのが全部クリーンヒットかよ。認識阻害効果を持つローブのせいで顔立ちはおろか表情の変化も読み取れないってのに、全身で『な、なななな、なんでバレたの!!?』と大絶叫していらっしゃる。


 なんか身構えるのがアホらしくなってきたな。べつに俺を今すぐ殺しに来たわけじゃないようだし、折角だから少しお話でもしてみるか。



「――もし時間あるなら、少し一緒にダベらない? みーちゃんにも逃げられちゃったし、ちょうど暇なんだよね。都合よくお菓子とかお茶とか仕入れてきたとこだし、折角だから付き合ってよ」

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