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三話裏 おかーさん、もう知りませんからね!

 人界に数多存在する、小ぢんまりとした民家に装いし秘密拠点。

 そのうちのひとつに転がり込み、簡素なベッドで一人頭を抱えてうんうんと無様にのた打ち回っている年齢不詳の少女こそ、【魔女機関】臨時総帥エルエスタその人であった。


 清楚と露出を両立させたドレスを好んで着るエルエスタが、今は裾がまくれるのも気にせず生足丸出しのあられもない姿でもがき苦しみじたばたしている。

 そんな主人の無様な姿を見たくなかった部下の女は、そっと目を伏せ、運んで来たはずの朝食を持ったままUターンして何も見なかったことにしながらその部屋の扉をぱたりと閉じた。


 優しいんだか薄情なんだかわからない部下に向かって不満げに唇を尖らせつつ、エルエスタは痛む頭を抱えながらどうにかベッドの脇に脚を下ろして上体を起こす。


 酒は旧友達と共に散々楽しんだし、みんなで愚痴って暴れてお店や部下にいっぱい迷惑もかけ倒したし、ストレス発散と現実逃避のお時間は流石にこれにて終了である。


 楽しみすぎた逃避の負債を二日酔いとして負わされつつ、エルエスタは新たな頭痛の種である資料を手に取って、もう何度目になるのかわからない溜息を深々と垂れ流す。


「………いや、厄ネタのオンパレードすぎでしょ……。何これ、確実に私の胃と脳味噌を殺しに来てるよね……」


 今手にしているのは、ペラい紙がたったの二枚。詳細についての資料はまた別に貰ってるし、後で追加分もご親切に寄越してもらえる――というか半ば逆ギレの嫌がらせのように嬉々として押し付けられるのだろうが、とりあえず今朝時点で手元に持って来ているのは、問題の要点のみが簡潔にまとめられているこの二枚だけだ。


 そして、この二枚だけであまりにお腹いっぱいすぎて、エルエスタは完全に消化不良を起こしていた。



 まず一枚目。

 そこに記されていたのは、過日発生した二つの事件についての裏事情。『魔力至上主義者』過激派による、エルエスタ暗殺未遂と、晴嵐襲撃。その二件の背後にいた存在と、その者達の行動から透かし見える思惑について。


 内通者を処断するために設けたはずのあの場。何かしら仕掛けてくるかとは思っていたが、まさか逆に自分が暗殺されかかっていた――というか『暗殺できると思われていた』ことに目が飛び出るほどびっくりしたエルエスタは、思わず手元に舞い込んできたその紙をその場で読み下してしまった。

 そして、そこに乱舞していた『大聖女』や『聖天八翼』や『当代総帥』といった予想外の文言を見て、うっかり読んでしまったことを心底後悔することとなる。


 それでも、これでも一応は『それなりに名の通った組織』の長を臨時とはいえ任されている身である以上、読まないわけにはいかない。

 ということで、補足資料その他も含めて読み込み精査し、自分が持っていた情報や独自に追加発注した資料と擦り合わせた結果、やっぱりエルエスタは後悔のどん底に叩き込まれてヤケ酒に走ることとなった。



 一枚目で既にそうなので、二枚目を見るのには相当勇気が要った。

 だが、こちらもちらっと見た限りでは、何もかもを見透かすかのように今正に欲しいと思っていた対象に関する資料そのもの。やはり読まないわけにはいかなかった。


 そして、またしても後悔することになる。ただし今度は、見たくもない厄介な現実のせいで顔が真っ青になる――というのとは逆で、思わず顔を真っ赤にしながらかぶりつきで読み込んでしまうような熱烈なお手紙だったが。けれど、ゆえにこそ、またしてもエルエスタは実は二重底だった後悔の果てへ突き落とされることになるのだ。


 ――ああ、読まなければよかった。


 一枚目の事務的且つ直截すぎる内容とは違い、あまりに主観的で、一見本題とは全く無縁な事柄のみしか書かれていないその紙きれ。

 一枚目と同じ人物が書いたとは思えないその報告書は、しかしそれゆえに興味をひかれるものであり、そうして添付資料も含めて筆者の思惑通りにまるっと読み終えさせられた後には、やはり同一作者のものであることをまざまざと教えられた。




 なにせ、エルエスタは、『ほぼ決定していた「彼」の死を覆す気にさせられてしまった』のだから。




 べつに、自分の能力に自信を持っていたわけではない。むしろ、どっちかと言わずともいつだって自信なんか無い。

 けれど、一から十まで手の平の上で転がされていいように弄ばれ尽くした屈辱と、知らず知らずのうちに自らの肩書に踊らされて奢っていた自分に気付かされて、エルエスタはまたしてもヤケ酒に走り、王都の下町でゲーした足でここに転がり込んでもがき苦しんだ末に頭を抱えて今に至る。


 ――なぜ自分は『彼女』にこうも虐められなければならないのだろう。勝手に欺瞞情報とかなんとかいって、勘違いして赤っ恥かいてたのはあっちなのに。


 ていうか私、いちおー世界一の暴力機構の総帥なんですど? この世界の、実質的トップなんですけど??


「…………いちおーとか実質的とか言ってる時点で、『真の支配者じゃないんだから身の程を弁えろ』って警告なのかしらね……」


 自分で言っていて深読みにしか思えないが、あの性格の悪い筆者のことを思うと普通に有り得そうで怖い。


 ――それに。きっと彼女のその警告は、どこまでも的を射ている。


 なにせ、『彼』との約束の日である今朝の時点で、こちらの切り札である〈晴嵐〉は制御下を離れて暴走し、〈紅蓮〉さえも晴嵐に便乗して、風と火で仲良くヒートアップしている状況。

 その上、一回叩いたからしばらく動きは無いだろうと思っていた過激派――の皮を被った黒幕連中までも、こちらの想定を大幅に超えて大っぴらに動く気配がある。

 さらには、何より。こちらが折角見逃す気になっているというのに、当の『彼』が何やら決戦の覚悟を固めて精力的に動き回っているらしく、こちらの手の者が不穏な情報の断片ばかり掴まされて彼の追跡をロストさせられている始末。

 トドメの極めつけ。あの、能力的に人畜無害とは言えないながらも、性格的には死んでも好戦的とは呼べない性格であるはずのアルアリアまでもが、何やら世界への反抗を誓いながら『彼』への熱烈な愛ゆえに大層暴走し、全力で未知の霊薬の開発に血道を上げているという。


 どいつもこいつも、世界的支配者であるはずのエルエスタおかーさんの予想の遥か上空をカッ飛んでいく、制御不能の問題児ばかり。



 はて、支配者とは?



「…………もー、みんな好きにしてよ……」


 奇しくも、ご主人様を見る某黒猫のみーちゃんと同じような境地に至りながら、みんなのエルエスタおかーさんは親権と紙を放り投げて背中をぼふりとベッドに沈め、来てほしくない運命の刻に向けて束の間の惰眠を貪った。

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