二話前 せっせっせーの、おっせっせです?
脱ぎ去ったズボンと下着の代わりに速攻でアリアちゃんのワンピースを下半身に巻き付け、宙を待っていた純白の聖なる布切れを懐にシュバッと仕舞い込み、一枚布のスカートを腰に巻き付けたオシャレ男子の様相でベッドの縁に腰掛け優雅に脚を組んで「やあイルマちゃん、奇遇だね」と爽やかに微笑んでみせる俺。
極部の防護壁をパージしてからここまで、およそニ秒未満の早業である。イルマちゃんの口上に被せる感じで速攻早口で挨拶を上書きしたからね、たぶん俺今世界で一番仕事の早いデキる男になってたと思う。
ただあまりに早業すぎてイルマちゃんがすっかり度肝抜かれてきょとーんとしちゃってる。台詞の途中で言葉を被せられたことに怒ってはいないようだが、さりとて俺に好意的な笑顔を向けてくれるわけでもない。
もしかして、イルマちゃんの好感度もゼロに戻っちゃってんのかなぁ……とループものの物語の主人公のようなやるせなさを感じながら、俺は彼女にそっと身を寄せて、彼女の頬をなぜか濡らしていた涙の雫を目尻へ向かって指先で掬い上げた。
まず右目。次に、左目。人差し指と中指の背でそれぞれ拭ってあげた俺は、俺の指先からも零れ落ちてしまいそうになったその聖水を、舌でぺろりと舐め取り嚥下した。
眼前で流れるように当然のごとく行われた変態行動に、ようやくイルマちゃんが再起動を果たしてボッと顔を赤くしてわなわなと震える。
「なっ、な、なっ、な、なに、なにして――」
「ところで、イルマちゃんはどうしてここに? そんなに泣き腫らして、一体何があったの? このゼノおにいちゃんに話してごらん?」
「目の前のド変態に我の体液を飲まれてしまいました!!」
「…………。一体何があったの? このゼノおにいちゃんに話してごらん?」
「え、いや、だから目の前のド変態に我の体液」
「一体何があったの!? このゼノおにいちゃんに話してごらん!!?」
「え、えぇぇぇ……………」
フッ、勝ったぜ。無限ループってやっぱ怖いよね。俺もついさっきループものの主人公の気分味わったばっかりだから、絶望顔で掠れた悲鳴を漏らすことしかできないキミの気持ちはよくわかるよ。
深い共感を笑みに滲ませてじっと待ち続ける俺に、やがて完全敗北して白旗を上げたイルマちゃんが脱力しながら諦めの笑顔を浮かべた。
「おにーちゃんは、ほんともう……。………あまりに予想外なことばっかりするから、涙も引っ込んじゃいましたよ。行き場を失った我の悲しみ、いったいどーしてくれるんです?」
「全部このゼノおにーちゃんが受け止めてあげる。同じ陰に生きる者同士、存分に傷を舐め合おうぜ!!」
「………傷の舐め合いって表現、そんな輝く笑顔で爽やかに言い切った人初めて見ましたよ……」
「それでも悲しくて涙が堪えきれなくなっちゃったら、堕ちた者同士で慰めおせっせにせっせと励もうぜ!! ヒャッハァァアアア!!!」
思いの外好感触だったことで調子にノリにノった俺は、直球すぎる下卑た願望をもブチまけながらイルマちゃんににじり寄る。
慰めおっせっせは勿論半分ジョークですけれど、もう半分はなんか傷心中らしいイルマちゃんの心の闇につけ込んで普通におせっせしたいだけです。倫理観なぞ知るものか、俺はまたしても俺のソロ活動を邪魔しくさったこの神出鬼没ストーカー少女にお望み通り俺の遺伝子情報を並々と注いでやりたいのじゃい!!!
「フェッフェッフェッフェ……!! ヒィィィィィハァァアアアアア!!!!」
「……慰めせっくすって、そんなに気持ちいいのです?」
「フェッ!!!?」
わざわざ隠語でぼかした部分を普通に言い切られちゃった上、なんか予想外に興味を持たれてしまったというかわりと乗り気なお目々のイルマちゃんに迎え撃たれて、チキンなおにいちゃんは思わずびっくら仰天です。
思わずもじもじしちゃって「えっと、そのぉ、うふふ」と身をくねらせる激キモおにいちゃんに、けれどイルマちゃんは全然キモがってない様子でゆっくりと寄り添ってくると俺の両頬を両手のひらでそっと挟んで熱く潤む瞳で俺の双眸をファッ!!?!?
「………なぐさめ、せっくす。………しますか? ぜのくん」
「どっ、どどどど、どっど、ドドドドドド」
「目、逸らしちゃイヤです」
「どっ!!?? あ、え、う、うぅ、どっ、どどど、どうしたの、イルマちゃん!!? なぁに、ほんと何あったの!?? お願いだから自暴自棄になる前に、この頼れるクールでニヒルなナイスガイのゼノお兄様にあひぇえぇぅ」
イルマちゃんの手に顔を固定され、視線を逸らすことさえ禁じられ、正座を崩してしなを作りながらかわいいお顔を寄せてくる接吻一歩手前なイルマちゃんの美味しそうな唇がはわわわ、あわわわ、あわわわわわ……!!??!
「ねえ、ぜのくん。……………せっくす、しよ?」
「―――――――――――――」
むしゃぶりつきたい。
今すぐ、そのあまりに魅力的すぎるご提案と、瑞々しい唇と、蠱惑的な彼女のカラダに速攻むしゃぶりついて思う様性欲の限りをブチ撒けたい。
でもきっと、俺を知り尽くしているこの子は、俺がこうも正面から迫られると思わず腰が引けちゃってつい逃げを打ってしまうというのはわかりきっているはず。
ならこれは、きっと、どこまで迂遠でどこまでも直接的な、イルマちゃんなりの拒絶の言葉――
「いえ、我ってばふつーにおせっくすに興味津々ですが」
「ほらまたー! そういうこと言うー! 俺はちゃんとわかってるのだぜ今のイルマちゃんは自分の方が引くに引けなくなっちゃったから俺の方に引いてもらおうと圧力をかけるべくあわわはわわ」
「じゃあ、もうどうしたら我のほんきをおにーちゃんに信じてもらえるのです?」
「…………………。あの、えっと、じゃあ、あのね? ……あのさ。………今日の所は、こう、もし嫌じゃなければ、軽いハグくらいから、始めよう? ああああの、べっべつに嫌だったらいいんだけど、うん、うん」
「………………へたれ。ばーか」
そうして俺をなじりながら、イルマちゃんはキスする直前だった顔の方向を逸らし、俺の頬に自らのほっぺたをくっつけて来て、俺の胴体に優しく手を回して至極軽く抱きついてきた。
そのまま「はふぅ〜……」ととってもとっても満足げな吐息と共にじんわりとぬくもりを伝えてくる彼女の姿から、俺は今の交渉が一から十まで全て彼女の手のひらの上の出来事だったのだと悟った。
――ドア・イン・ザ・フェイス。心を読み情報を重視する彼女らしい、なんともまあえげつないやり口の甘え方である。
「………はは。まったく、うちのいもーと様は甘え上手なこって」
「……誤解されるのも嫌がられるのもイヤなので、最後にもう一回だけ言いますね?」
「だめです。ダメ。お願い、それは言っちゃだめなのです。だって、ほら、その、あの……」
「………へたれ、ばーか、くず、いくじなし……」
「ご、ごめん」
なんで俺はこうも逃げているのだろう。もう素直にお誘いに乗ってしまってもいいのでは?
でも百年モノの童貞がいざ散らされてしまうと思うと、下手な命の危機よりずっと心臓ばっくばくで、童貞より先に命が散ってしまいそうなんですもの……。
ほら、あれだよ。プールに入るときだって、足の先からお水ぱしゃぱしゃして徐々に慣らしていくものでしょ?
今まで愛と女に餓えていた俺に、いきなり待望の愛情たっぷりの極上おにくを与えられても、消化不良を起こすというかショック反応がが出るというか。だから、もちょっとこう、軽め、軽〜めでいくのがベストだと思うのよ、わたくし……。
……………。お、おっぱいくらいなら、揉んでもいいかな?
「ぜのくん、さいてー」
「えっ、で、でも、おせっせに比べたおっぱいくらいなら」
「それは、なんかこう、違くないです? 我、愛のあるおせっせならおっけーですけど、性欲おんりーで胸揉まれるだけとか、それはちょっと、なんかヤです」
「………それは、そだな。ごめん」
「わかってくれれば、それでよいのです」
とっても優しいいもーとちゃんに全てを赦された俺は、小難しいことや余計なことを考えるのを放棄して、ただただイルマちゃんと抱き合いながらお互いの身体とほっぺの感触を楽しむことにした。
――ああ。どうして女の子って、こんなに泣きたくなるほど愛おしいんだろう。甘く切なく、愛とミルクのハーモニの中へ心が蕩けてしまいそう。
「……そこは、女の子だからではなく、イルマちゃんだからと言って欲しかったですね」
「俺だってそう言いたいけど、それを口にするには、残念ながら俺の女の子耐性及びイルマちゃんとの交流の積み重ねが圧倒的に足りてないのだ……」
「………交流を重ねたら、そのうち我を愛して、愛のあるおせっせです? せっせっせーの、おせっせです?? おせっせ、おせっせ!!」
「………………あんまりおせっせ言いすぎて、なんかもういっそ今おせっせしてもいいような気がしてきたぞ……」
おにーちゃんはもうおせっせがゲシュタルト崩壊だよ、いもーとよ。これも一種の言葉責めなんだろうか。イルマちゃんのメスのフェロモンにすっかりやられてもう脳味噌がくらくらしてきて使い物になんねーよぉ……。
けれど、鼻血か泡吹いてブッ倒れそうになってる俺の耳に、イルマちゃんの「しょーがないですねぇ」という少し仕切り直したような溜息が吹きかけられる。
「このままだとおにーちゃんがフットーしちゃうので、ここらでちょこっと悲しいおハナシでも挟んでくーるだうんしましょうか」
「………おせっせの方じゃなくて、慰めの方の話ってことでいい?」
「ま、そですねー。我ってば、今――は、おにーちゃんのおかげでなんだかわりと持ち直しちゃってますけど、さっきまではえんえん泣きじゃくっておったのですじゃ」
「おったのですじゃ」
「そーなのですじゃ」
何その謎の語尾。ただのユーモア……ってよりは、おどけねーとやってられねーですよというヤケクソ感が溢れていらっしゃる。
ちょっと気持ちを入れ替えて真面目にイルマちゃんの身体を抱きしめ直した俺に、イルマちゃんは小さく笑って頬を擦り寄せて来ながら、どこまでもするっとさらっと何気なく言った。
「今ね? 実は、我のお姉ちゃんが、婚約者くんとおせっせの真っ最中なのです」
……………………………。
――ホアアアアアアアァァァァッ!!?!?




