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序章 乖離していく日常

 最近、なんだか知り合い達の様子がおかしい。


 最近と言っても今週が始まってからだから、そのことに気付いてまだ何日も経ってないんだけど、なんか知り合いに会うたびに初っ端からいやこれ絶対おかしいでしょと思わざるを得ない対応をされるので、流石に俺の気のせいではないと思う。




 例えば、何気に今年も同じクラスになったオーウェン君。

 元々やけに女顔だったけど、近頃とみに女らしさが増して来た彼は、俺にとって数少ない友人……友人……? まあ、学校に来て顔を合わせたら二、三会話するけど、それ以外では一切会話をしないという間柄の友人である。こらそこ、それほんとに友人かよとか要らんツッコミ入れるなし。


 で、そんなオーウェン君。今学期入ったばっかの先週は、春休みの最後あたりに俺が女連れというかアリアちゃん連れで歩いてるとこを見られたことが関係してか、なんか妙にぎくしゃくしてた。

 まあ、俺だって、もし知ってる奴が年下の後輩カノジョを連れて歩いてるの目撃しちゃったら、思わず「お、おう」ってちょっとぎこちなくなっちゃうと思う。

 なので、あの時オーウェン君に脱兎の如く逃げられちゃったのも、まあ仕方ないかなって感じで水に流して、その後はわりと前と同じように普通の友人関係に戻っていた。


 の、だが。今週に入ってみたら、オーウェン君が俺を見る目つきが一変してた。


「あ、オーウェン君。おはよー」


「………………ひぇっ」


 極々普通に何のひねりも無く真っ当に挨拶した俺に、オーウェン君はまるで夜道で全裸の変質者に行き合ったかのような驚愕の眼差しを向けると、ぶわっと冷や汗を噴出させながら、がくがくぶるぶる全身を痙攣させ始め――そのまま失神して倒れた。


「……………………。は?」


 マジで『は?』である。あまりの意味不明さに思わず周囲のクラスメイトの反応を見回しても、みんなもやはり『は?』みたいな顔で呆然とオーウェン君を見てた。


 その後は有志の女生徒がオーウェン君の面倒を見て医務室に連れて行ってあげてたけど、その日結局一日欠席したオーウェン君は、翌日以降俺と絶対に目を合わせてくれなくなり、そのくせ俺が目を反らすとこっちを超絶ガン見して、時にはなぜか神棚に祈るように手を合わせてくるという謎の行動を取るようになった。


 徹頭徹尾、まるで意味がわからない……。




 次の事例。新入生入学式のための準備の際に出逢った、記録係の地味~な女の子――に擬態してる極まった腐女子ちゃん。


 実はあの子ともアリアちゃんと一緒にいる時に遭遇し、ついでにレティシア義姉様も交えて四人で楽しくお食事したはずなんだけど、その記憶が俺には無い。

 あるのはただ、思い出そうとするだけで脂汗がぶわっと湧いてくる、謎のスープのモザイク映像……。


 で、その失われた記憶に関係しているのかどうか知らんけど、あの子とも今週入って偶然廊下でバッタリした際、思いっきりおかしな行動を取られた。


「………………かみさまだ」


「うん、俺は神じゃないよ? だからキミのそのいけない信仰心は、なるべくその胸の内に秘めておくか、仲間内だけに留めておいてね」


「ううん、かみさまは神様だから、全世界にあたしの信仰を広めたい。きっと、それがあたしの生まれて来た意味……!」


「うんそれ絶対違うからね、お願いだからその熱いパトスはなるべく狭い範囲の話の合う友人同士の間だけに留めてちょっと待ってどこ行くのおおおおおおおおお!!?」


 まるで雷に打たれたかのようにハッとした顔をしたと思ったら、まだ見ぬ栄光に満ちた明日へ颯爽と駆け出し、瞬く間に見えなくなってしまった全力すぎる彼女。


 俺にできたのは、ぽかーんとあほみたいに大口開けて、掴めなかった背中に向けて中途半端に手を伸ばしながら固まることだけだった。




 第三、及び第四の事例。何やら妙な雰囲気で並んで歩いてたシュルナイゼ兄様とレティシア義姉様の婚約者コンビに、これまた廊下でバッタリした時のこと。


「………………ゼノ……」


「…………おとうと様……」


 俺の顔を見つめてせつない感じで名前を呼んできたと思ったら、二人はなぜかお互いの顔を見つめてちょっとバツの悪い顔をして、気まずげに顔を逸らして。

 けれどやがてどちらともなくおそるおそる眼を合わせたと思ったら、ちょっと自嘲めいた笑みを交換し合って、将来を誓い合った婚約者同士、目と目で心と心を通じ合わせていた。


 うん、なんでそんなお似合いのカップルムーブを無敵童貞ゼノディアス君の眼前で見せつけてくるのかな? 煽ってんの? 買うぞ? 喧嘩なら超買うぞ、おぉん!?


 そんな感じで心の中で荒ぶっていた俺に、なんかやたらめったら優しい眼差しを向けて来た二人は、


「じゃあ、またな。夜はちゃんと暖かくして、体に気を付けるんだぞ、愚弟」


「おとうと様。どうか、御身の心と身体がいつも健やかでありますように」


 などと、『君たちは俺のお父さんとお母さんですか?』と思わずにはいられない妙に達観というか老成した声音で無病息災を願われてしまって、俺はもう豆鉄砲ブチ込まれた鳩ぽっぽの気持ちになりながらお二人の遠ざかりゆく背中を見送ることしかできませんでした。




 身近な人たちのあまりに急すぎる上にあまりに意味不明すぎる変化に、俺は、何か俺の知らない所で世界が俄かに動いている気がしてならない。


「…………と、そんなわけなんだけど、最近何か変わったこととかあった?」


「…………え、えと、…………わかん、ない、です……」


 平日の、とある日のお昼時。人でにぎわう食堂の片隅にぽっかりと開いた空間に、何気にこの間のお花見以来初エンカウントとなるアリアちゃんを見つけた俺は、速攻で尻尾振って飛びついて一緒にランチしながら最近の身近な人の変化についての心当たりを聞いてみた。


 アリアちゃんは、いつものようにしっかりと着こんだローブ姿。お花見の日は朝俺にフード外されてからずっと外しっぱなしだったけど、今日はこうして俺と対面してもず~っとフードも被りっぱなしのまま。

 ついでに、あの日はわりと俺と目を合わせて話してくれてたはずなのに、まるで初めて会ったばかりの時のように絶妙に眼の焦点をふらふらとさせていて全く目を合わせてくれない。


 うん。よくわからない理由で突然態度を激変されるのも困るものだけど、確かに積み重ねてきたはずの交流の全てが無かったかのように好感度ゼロ状態に回帰してしまうというのも、普通に悲しくてわりと泣きそう。

 ていうかアリアちゃん、今敬語じゃなかった? あれ? 俺達確かタメ口で話す仲じゃなかったっけ? あれ??


「………………ぜの、せんぱい? ……どうか、した?」


「お、おお、タメ口だぁぁぁぁ……!!!」


「あっ……、…………もうしわけ、ございません、ぜのでぃあす様……」


「急に距離取るのヤメテ!!!? 違うよ、今の俺の話聞いてたでしょ!!? 最近身近な人がみんなしておかしな反応するから、俺だけおいてけぼり食らったみたいで寂しいって話をしてたんだよ!? なのにアリアちゃんにまでそんな余所余所しい態度取られたら俺わりとガチで号泣するよ!!?」


「………………あ、うん……」


 既に半泣き通り越して普通に涙流してる俺を見て、アリアちゃんはちょっと戸惑った様子ながらも素直にこくりと頷いてくれた。


 ああ、やっぱりアリアちゃんは優しいなぁ……。でもやっぱりまだちょっと距離を感じる……。この感じでは、また俺のお膝に乗っけて喉くすぐってあげて『ふぁう!』と鳴かせる遊びなんてしたら即通報待った無しくらいのレベルである。


「あーもう、ほんとどうしてみんなして変わってしまったの……。俺、なんか悪いことした? それともこれ、なんかのドッキリなの? アリアちゃんって、悪いお友達のそういう悪い遊びに加担しちゃういけない子だったの??」


「………え。……わたし、お友達って、ぜのせんぱいしかいない……。あ、あと親友はみーちゃんです」


「…………お、おう」


 お、おう。


 …………これ、喜んでいい場面なの? それとも、入学して一週間は経ってるのに最早逃れることのできないぼっちルートが確定しつつある後輩女子の現状と未来を嘆けばいいの?


 あれだけ知り合いの余所余所しい態度に不満を言っていた当の俺が思わず挙動不審になりかけるけど、「あ」とあることに思い至って会話を続ける。


「で、その親友のみーちゃんは、今日は一緒じゃないの? なんか、俺の中では二人でワンセットみたいなイメージだったんだけど」


「…………みーちゃん、おばあちゃんに取られちゃった……」


「………………。あ、う、うん」


 どよーんと暗雲を背負って項垂れてしまったアリアちゃんに、俺はもうなんというか、何を言ったらいいのかもうわからない。

 なんでみーちゃんがアリアちゃんよりおばあちゃんを選んだのかはわからないけど、理由はどうあれ、現状アリアちゃんってわりと救いようのないほどに完全無欠のぼっち確定である。


 身近な人達に取り残された俺と、身近な人達を失ってしまったアリアちゃん。


「…………ぼっちが二人集まれば、それってもうコンビだよな?」


「え…………、ううん、それは単にぼっちが増えただけだと思う……。ぼっち足すぼっちです……」


「………………うん。思いの外自分の主張をしっかりと伝えてくれたアリアちゃんに、ぼっちナンバー二の俺はとりあえずヤケクソのちゅーを贈ってもいいでしょうか?」


「…………え、…………あ、その……、えっと、それは……」


 とっても恥ずかしそうにごにょごにょもじもじしながら、キョロキョロと周囲を見回すアリアちゃん。あれ、これもしかして周囲に人気が無いとこに連れ込んでぐいぐい押せばイケる気配?


 思わず身を乗り出して追撃をしかけようとした俺だったが、それを制するかのように、俺とアリアちゃんの間にぴょいんと飛び乗ってくる黒猫の姿があった。


「あっ、みーちゃん!!」


 ここで俺と再会した時の『あっ……。ど、どーも……』みたいな気まずげな笑顔とは異なり、ぱっと花開くような満面の笑顔で相方の帰還を喜ぶアリアちゃん。


 俺はもうほんと何をどう言ったらいいのかわからず、わりと本気で不貞腐れて椅子の背もたれに体重預けながらずるずるとずり下がっていった。


「もう帰ろっかな……。どうせアリアちゃんも、俺なんかよりみーちゃんの方が大事なんだろ。なんだいなんだい、もういいよ。どーせ俺は死ぬまでぼっちのどーてーやろーですよーだ」


「みゃう……(や、いきなり何言ってんのしょーねん……)」


「あ……、ぜのせんぱい、ごめん……」


 再会早々白い目で見てくるみーちゃんと、そんなみーちゃんを抱きかかえて撫でくり回しながらしゅんと落ち込んだ顔を見せるアリアちゃん。


 そんな顔を向けてくる二人に胸がちくちくと痛み、俺はあまりのいたたまれなさで思わず無言で椅子を引いて立ち上がった。


「……悪い。今日はもう帰るわ」


「………………え、ま、待っ――」


「みゃう! みゃーん(待ちな、しょーねん! あたしはあんたに用が有って来たんだから)」


「…………ん? 俺に? アリアちゃんじゃなくて?」


「みゃん(ありあもだけど、メインはあんた。ばっちゃからの伝言呼び出しです)」


「はぁん……?」


 なんで俺がアリアちゃんのお祖母ちゃん――ていうか祖母を自称するお母さんから呼び出しを受けるのかわからず、思わず怪訝な顔をしてしまう俺。


 娘に近付く悪い虫の制裁を、って話なら、生憎今の俺はアリアちゃんと全然お近づきになれてないので全く付き合う気になれない。


「……悪いけど、パスな。他当たってくれ」


「あ………」


 アリアちゃんが何か言いたげに口を開きながら手を伸ばしてくるけど、彼女は結局何も言ってくれず、伸ばされかけた手もみーちゃんの毛皮の元へと戻る。


『……………………』


「……み、みゃう?(え、なにこの重い空気……)」


 立ち去りたいけど後ろ髪引かれて立ち去れない俺と、ちらりちらりと俺の顔色を伺って何かのタイミングを図るアリアちゃん。


 膠着した事態を打開したのは、息の詰まるような空気に焦れたみーちゃんによる、溜息交じりの爆弾発言だった。


「みゃーう、なぅっ! みゃーう、みゃっ!!(とにかく、しょーねんはお呼ばれしてるんだから、必ず来ること! ばっちゃ、っていうか、ばっちゃを通して【魔女機関】総帥様からの熱~いらぶこーるだから、パスとかナシよ!!)」


「……………………。え……? は?? 魔女機関???」


 周囲の人たちが離れていく感覚を存分に味わって嘆いていた俺の元へ、まったく予想外の遠距離から放たれてきた隕石のような火の玉アプローチ。


 それが一体何を意味するのか、この時の俺にはてんで見当がつかなかった。

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