十七話 第二第三第いっぱいの果ての魔王様
命有る者が死ぬ時、その魂を迎えに来る『守り人』のために、天空へ『穴』が開かれる。
死んだ者の人数が増えるごとに、穴だったり扉だったり門だったりとスケールアップしていくが、まあとにかく異界とのゲートが開かれるらしい。
死体を離れた魂が、ゲートへとふわふわ浮かび上がるのに数時間。そして、守り人がそれを迎えに来るのにまた数時間。
自らゲートの向こうへ飛び込む『自殺志願者』以外は、思いの外長めの待機時間を経てから魂を連れ去られることになる。
その期間にゲートを閉じてしまえば、行き場を失った魂は『チッ、今日はやってねーのかよ』と目当ての居酒屋が閉まってた時の中年オヤジの如く、すごすごと自らの肉体へと帰っていく。
そして、アリアちゃんは自らの二つ名でもある権能・【深淵】によって、ゲートを視認どころか実際に触れてパタンと閉じることさえ可能であり、あまつさえ守り人氏とお話しして既に連れ去られた魂でさえちょろっと返してもらうといったことまで可能なのだとか。
俺は思った。
「この子、わりとガチでヤバない?」
「なぁーお(そーね)」
「ちっともやばくないよ!!?」
俺とみーちゃんに白い目で見られながら、泣きべそかきそうな顔で必死に『わたし普通ですよ』アピールしてくる深淵さんだけど、俺は今わりと世界中の人の心の代弁者してる自信があった。
ただ、そんなガチヤバなアリアちゃんの権能にも幾つか欠点がある。
まずひとつ。本来概念でしかないはずの異界へのゲートに物理的に干渉できるアリアちゃんだが、それはつまり、実際に手を触れられる距離になければ何もできないということ。
ちなみに今回の『穴』は上空約三十メートル程の地点。そしてアリアちゃんの垂直跳びアベレージは三十センチ未満。絶望的なまでにケタが足りてない。
そして欠点ふたつめ。もし魂が帰ってきたとしても、その時に肉体が致命的な損傷を負ったままであれば、それはアンデッドにしかならないということだ。
ちなみに通常のアンデッドは魂が無くても動いている状態なわけだけど、こっちは魂が入ってる状態なので、終わりなき死の苦しみを永遠に味わい続けるか、さもなくば死を超克した末に不死者の王たるリッチになるらしい。
何度でも言おう。
「この子、マジでガチヤバじゃない?」
「みゃーう(ほんとそーね……)」
「まじでがちやばじゃないよ!!!?」
いやどう考えてもクソやべぇだろ。垂直跳び低過ぎの身体能力ゴミすぎなのはまあいいにしても、一体いれば小国が堕ちるっていう不死者の王をニジマスの養殖の如く大量生産できるとか、そんなんもう魔王かなんかだろ。
それなのに、なんでこの魔王様はこんな『わたし、普通の女の子なのに!』みたいな顔でショック受けてんの? わりとドン引きなんですけど……。大体、
「なんで、そんな全部検証済みみたいに詳しい情報がぽんぽん出てくるんだよ。…………お、おいおい、まさか――」
「ち、ちち、違うよ!!? わたし、無罪!! …………で、は、ない、けど、それでも大体べつのアルアリアの仕業だから!!!」
「いやそれどんな言い訳だよ……。悪いのは全部内なる我なのですってか? 流石は魔王様、イルマちゃんもびっくりの中々腹黒い神経をしていらっしゃる……怖ぁ……」
「魔王さまとか言わないでよ!! それ散々言われたやつなんだからぁ!!!」
「えぇぇぇ…………」
涙目の魔王様から思わずすすすと距離を取る絶賛ドン引き中の俺に、みーちゃんがため息混じりにぼそっと真相を呟いた。
「みゃーう(〈深淵〉のあざなと『アルアリア』の名は、世襲制なのよ)」
「……世襲制? え、でも魔女って……」
「にゃう。みゃう、なうなう、むぁ(突然変異、つまり基本は一代限りね。だからそれをどうにかしようと、戦争起こしたり国滅ぼしたりしながらなんやかんやアレな実験ばっかり繰り返しつつなんだかんだで代を重ねていって、そうして数多の屍の上で最終的に完成したのが、今代の人間嫌いで世界の破滅を願う実験大好きのマッド魔王様なわけよ)」
「結局ガチで魔王じゃねぇか。隙あらば庇うつもりで話聞いてたのに、逆に弁護の余地が何もかも一切合切潰されたぞ……」
「ひぃん」
否定する言葉を失ってめそめそ泣きべそかくことしかできなくなったアリアちゃんに、俺とみーちゃんははふりと軽く嘆息する。
「ま、好きな女の子を虐める悪い遊びはこれくらいにしておこうか。それより今は、村のみんなをどうにかしてやらんとな。ぼちぼち暗くなってきたし、サクっと終わらせて早く帰ろうぜ」
「みゃあ……。みうみう?(悪ノリしたあたしが言えたことじゃないけど、あんたも中々いい面の皮してるわよね……。あ、一応言っておくけど、イケメンって褒めてるわけじゃないわよ?)」
「間髪入れずにボケ殺しって酷くない?」
「えっ、えっ」
くるりと背を向けて中空を見上げる俺とみーちゃんの変わり身に付いてこれず、アリアちゃんが遠足のバスに乗り遅れた女児の如くキョドってるけど、俺とみーちゃんは星の瞬き始めた天を眺めてふむりと軽く思案する。
「要するに、空を飛べるどこぞの俺くんと、大抵の怪我を治せるどこぞの俺くんがいれば今回の問題点は解決ってことだよな?」
「にゃうみう? みぃう(あんた、空飛べて胸の風穴塞げんの? って、聞くまでもなかったわね、この反則小僧)」
「なんかそれ、どっかのしわくちゃ婆さんにも言われたアダ名だなぁ……。でも死人の魂を死神さんから返してもらえるおたくの魔王様ほどじゃなくない?」
「にゃんぷす(どっこいどっこいよ)」
「つまりは似た者夫婦ってことか。じゃあ、ここらで初めての共同作業と洒落込みましょうぞ。ねえ、魔王様?」
「えっ? あ、えーと……。………え、えへへぇ♪」
急に話を振られて、絶対訳分かってないのに実に嬉しそうな笑顔でぴょこぴょこ俺とみーちゃんの輪に入ってくる今代魔王様。
そんな彼女の首根っこを、無慈悲にぐわしと掴む俺。
「………え?」
「じゃあそろそろ行くけど、みーちゃんはどっちにする? 御主人様が心配だったら、一緒に来た方がいいと思うけど……」
「みゃうみゃう。みぃ!(あたしはどーせ手伝えることもないし、素直にここでお留守番してるわ。子どもたちの帰りを待つのも、ママンのだいじなおしごとですからね!)」
「ありがとママン……! じゃあ、行ってきます!!」
「えっ、えっ、えぇっ――」
えっえっえづいてるアリアちゃんを【重力魔術】使ってぐいっと釣り上げ、俺の腕の中へお姫様抱っこでぽふりと確保。
そのまま、発動中の魔術にさらにどんどこ薪をくべるようにして魔力を並々と注いでいき、もっと注いでいき、もっともっと注いでいき。
やがてなんかめっちゃ謎の発光現象が起きた頃、なにか大切なものがぐにゃりとひん曲がったような感覚と共に俺とアリアちゃんの身体がふわりと浮かび上がる。
「みゃーうー(いてらー)」
呑気に尻尾を振ってるみーちゃんに見送られて、同じく呑気な俺のお返事と、呑気なにそれおいしいのくらいな感じで切羽詰まったアリアちゃんの悲鳴が尾を引いて木霊した。




