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十四話 願えば叶わない

 ゼノディアスの兄・シュルナイゼによる、『お花見とはなんぞや?』という、ゼノディアスの脳内にしか存在しない異文化の解説、及びおとうと様お気に入りのお花見スポット予測と、いつか行きたいと言っていたデートスポット情報。


 加えて、レティシアが主人権限で秘密裏に潜入し、イルマの私室の机上になぜかぽつんとわざとらしく置かれていた所を入手した、ゴシップでしかなかったはずの『怪獣おろろぉぉぉぉん』に関する真面目な資料と進路予測。


 そして極めつけに、腐敗せしお絵描き少女リコッタによる唐突なる『かみは絶対あそこにいます!!』という、予測なんぞ知ったことかとばかりにどこまでもあまりにも力強すぎる謎の託宣。


 それら全てが、この広大なる大陸全土においてたった一か所だけを指し示し、食堂から消えた三人+一匹の出現予測地点として燦然と輝かせていた。




 ――バルトフェンデルス公爵領辺縁、【花満ちるポルコッタ】。




 年中瑞々しい野菜や果物の花と実がこれでもかと咲き乱れ、傍の山にはここにしかない風情のある大樹と辺り一面のお花畑が広がっているという、一部の雅人や食道楽にとって隠れた人気スポットとなっている農村である。


 平野を爆走する魔導四輪車の中、優雅に女性二人を侍らせて後部座席に座しているシュルナイゼは、さもありなんと頷いた。


「あそこ、元々は作物も花もなんも育たない枯れた村で、今にも廃村になりそうな限界集落だったんだけどな。いよいよ口減らしの捨て子や身売りが横行しそうって段になって、ゼノが『じゃあちょっと試したいことあるから、やってみていい?』とか言い出してなぁ」


「…………それで、どうなったんですの?」


「だから、言っただろ? 今じゃすっかり、雅人と食道楽にとっての隠れた人気スポットだよ。……つっても、最初の頃は色々試行錯誤してたみたいだけどな。流石にあの頃はあいつも一歳かそこらだったし、多少のグダグダは許してやってくれ」


「……い、一歳……?? は?? 村興しのために試行錯誤する、一歳児……???」


 普段『おとうと様のことは何でも知ってます!』みたいな顔してるレティシアが驚くのが面白くて、思わず気分良く昔話を披露してしまうシュルナイゼ。


 目を白黒させてるレティシアの逆サイドでは、地味娘に擬態せしリコッタが、擬態の何もかもを台無しにするレベルで超絶偉そうに腕組みしながらうんうんと大仰に頷いていた。


 そんなリコッタに、助手席から振り返って会話に加わっていたオーウェンが不思議そうに首を捻る。


「なんで、リコッタちゃんがそんなに鼻高々な感じなの……? あっ、もしかして、実際に現地行って食レポを雑誌に投稿した経験があって、そこから爆発的に人気が広まったとか?」


「えっへん! 食レポなら毎日してましたよ! だって、あたしの故郷ですもん!! 一歳頃のかみの姿だってばっちり見たことありますよ~? あたし、記憶力めっちゃいいんですからぁ!!」


「あ、そうなんだぁ~……、………………」


『えっ???』


 思わず、全員でリコッタをぎょっと二度見した。運転手としてハンドル握ってアクセル全開ベタ踏みしてるレオリウスまでもが振り返るレベルであり、一瞬操作を誤ってしまって慌ててハンドルに齧りつき直して立て直す。


 レティシアに文句言われやしないかと冷や汗だくだくなレオリウスだったが、大聖女様は別の対象に詰め寄るのに大忙しであった。


「あらあらちょっと聞き捨てなりませんわねタヌキ女さん貴女今誰の何歳頃のお姿を拝見したことがあるとかぬかしやがりましたかこのやろう羨ましい殺すぞ?」


「あっ、またタヌキとか言った! ふっざけんな、そしたらこっちだって狐女とか言っちゃうぞ!! おいなりさんとかあげちゃうぞ!!」


「誰が狐女ですか!! あとおいなりさんってなんですか!!?」


「誰がタヌキだい!! おいなりさんはかみの好物です!!!」


「………………あ、あらぁ? あら、あらあら。それは、それは、あらあら、あらあらあらあら、そうなの、へ、へぇ……」


 狐と狸に挟まれて、シュルナイゼはまたしても『これが百合の間に挟まる男子の気持ち……』などと益体の無いことを考えて現実逃避していた。


 だが幸い狐狸戦争はヒートアップすることなくタヌキ優勢で和平条約が締結されそうなので、シュルナイゼはここぞとばかりに現実に戻ってきて著作:智天の資料片手にオーウェンに聞いてみた。


「怪獣おろろぉぉぉぉん、か。……まさか、正体が〈晴嵐〉だったとはな。だが、なんで彼女はこうもこれ見よがしに大暴れしながら辺りを練り歩いているんだと思う?」


「さ、さあ……? 案外、目立ちたかっただけ、とか? 後は単純に、破壊の限りを尽くしたかっただけ、とか……」


「ハッ!! オイオイそんなわけ――」


「おお、流石だな、オーウェンくん。どうも概ねそれで正解らしい。もちろん、裏にはまた別の複雑な思惑があるようだが……」


 一瞬だけちょろっと会話に参入しようとしたレオリウスは、誰にも知られずひっそりと返り討ちに遭って赤っ恥をかきながら、自分何も言ってませんよな風を装って何事も無かったようにただただ正面だけを向いた。


 そんな彼の真っ赤な耳をなんとなく見ながら、レティシアはぽつりと呟く。


「『はっ。おいおいそんなわけ』ぷーくすくすくす!! ふっ、ふふっ、ふ、ふふふふ……!!!」


「ァァァァアアアアアア!!! アゥゥゥ、ァアアアアアア!!!」


 すっかり人の言葉を忘れた獣となった赤面獅子レオリウスは、迸る熱い衝動のままに魔導車を全速全開でカッ飛ばす。

 ちなみに、もし事故ったとしてもレティシアとシュルナイゼはおとうと様から貸与や贈与されたアイテムのお陰でほぼ無傷に終わるし、リコッタとオーウェンにも一部貸与してるのでこちらも大怪我の心配はない。

 畢竟、万一の際にお陀仏になるのはレオリウス一人のみだったりする。


(…………だが)


 人の命の重さを、数で測るつもり勿論無い。


 しかし。手にした資料の、一番最後。そこにさらっと付け足されている不穏な文章を改めて見て、シュルナイゼは思わず表情を硬くする。



 ――魔女機関と敵対勢力の状況次第では、双方の作戦予測ポイント付近の住人に被害が及ぶ可能性有り。最悪、最寄りの村については全滅も免れないことを『覚悟せよ』――。



(覚悟せよ、か。……当然、レティに向けた言葉、なわけないよな)


 レティシアがイルマの部屋に入ることも、そこで見つけた資料を自分で読まずシュルナイゼに丸投げして要約して喋らせるであろうことも、あの〈智天〉にはお見通しだろう。


 ならばこれは、一体誰へ向けてのメッセージなのか。そして、あのレティシア以外に優しくない彼女が、わざわざこうして予め心の準備を促してくれる理由と、その意味。


「…………? なんでげす?」


「……いや。なんでも」


 思わずリコッタを見つめてしまっていたシュルナイゼは、軽く笑って首を横に振り、居眠りするように軽く目を閉じた。


(…………どうにか慰めろ、というわけか。彼女を友と呼ぶ、きみのご主人様に負担がかからないように……)


 どうかこれが、自分の単なる深読みであってほしい――。




 そんなシュルナイゼの虚しすぎる願いは、当然の如く、【聖天八翼】の前には全くの無力でしかなかった。

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