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十話 晴天より黄昏れへ

◆◇◆◇◆


 ―――ああ、頭がイっちまいそうなほど苛々する。有象無象の餓鬼どもがコソコソしやがって、鬱陶しいったらありゃしない――!!


「チッ!!!」


 鬱蒼と生い茂る木々の合間を縦横無尽に駆け抜けながら、鬼のような形相で舌打ちするナーヴェ。

 まるで衝撃波でも出そうなほど盛大に打ち鳴らされたそれは、〈晴嵐〉たる彼女の【権能】によって事実として見えざる打撃を生成し、進行方向の大木を熱された竹のように破裂させ――、その陰に隠れていた『敵』の腕をもあっさりと木葉のように吹き飛ばす。




 その腕は、紛れもなく人間のそれと同じ形をしていた。




「………………っ」


「おーおー、今のを避けるばかりか、悲鳴も上げないたぁ中々大した子だねぇ!! あっはっはっはぁ!!!」


 ヤケクソ気味に笑うナーヴェは、生々しい断面から大量の血を滝のように溢れさせて片膝を突いたそいつの頭を容赦なく『踏み潰し』、快音と血煙を撒き散らしながら減速することなく疾駆する。


 今群がっている有象無象のアリ共の中では中々見どころのある小童ではあったが、それでも精々が丁度いい踏み台程度の扱いでしかない。

 三歩も駆けた頃には、ナーヴェの頭からはつい今しがた殺した紛れもない『人間』のことなどすっかり忘れ去られていた。


 元々倫理観などという言葉とは無縁のナーヴェだが、明確な意思を持って己の前に立ちはだかるのであれば、相手の事情や抵抗の度合いなど一切関係無く、全ては等しく葬り去るべき敵である。

 そこに慈悲などあるはずもないし、罪悪感すら毛ほども沸かない。


 ましてや、今回の相手はナーヴェにとって一番度し難いタイプの連中だった。


「――――止まれ、〈晴嵐〉っ!!」


「ハ」


 突然眼前に躍り出て来た、揃いの黒ローブを纏った五名ほどの大魔導士達。

 ブラフとしての警告と同時に、既に装填済みだった業火や爆雷、氷壊、神風といった上級軍用魔術を躊躇なく撃ち放ってきたそいつらに対し、ナーヴェは獰猛な笑みから零した嗤うような鼻息ひとつ『のみ』で応じ、たったそれだけで、迫り来る色とりどりの猛威の悉くをその術者ごとまとめてブッ飛ばした。


 情けない悲鳴と五体のいずれかを撒き散らしながら天高く舞って、そのまま空の彼方へ消えて行こうとした彼らに、ナーヴェはこれまで以上に盛大な「チッ!!!!」という舌打ちを放ち、まだ息の合った五人の大魔導士達を空中で爆散させ、今度こそ確実に仕留める。


 ―――ああ、苛々する。腸が煮えくり返って、気を抜くとうっかりゲロが出ちまいそうだよ……!!


 ここ数日、自分が入学式で犯した失態の鬱憤晴らしと、ついでに人を襲った前科のある手配魔獣の掃討を兼ねて、一帯の山々で大暴れしていたナーヴェ。

 正直どの獣共もあまりに骨が無くて、鬱憤が晴れるどころか逆にストレスが溜まる一方な奴らしかなかったが、それでも『こいつら』よりはずっとずっと遥かにマシだった。


 と言っても、歯ごたえの問題ではない。純粋な戦闘力で言うなら、今襲撃を仕掛けている連中の方が遥かに高レベルだろう。


 だが、こいつらはダメだ。もう何もかもが本当に全然駄目すぎて話にならない。何が駄目って、


「今だ!! 総員、我らの怨敵に天誅を下せッッ!!!」


 なんて、リーダー面した見知らぬ魔女が『馬鹿が! まんまと罠に掛かりやがって!』みたいな勝ち誇った笑みで高らかに号令を発したかと思うと、動きを止めたナーヴェの周囲全方位に伏せられていた数十人にも及ぼうかという大魔導士クラスの連中が一気呵成に『オオオオオォォォォォ!!!!』とか叫びながら勝利を確信した顔でそれぞれに最も得意な大魔術を放ってきてるあたりがなんかもう何もかも駄目というか生理的に心底無理すぎてとうとうナーヴェはプッツンした。


 ああ、もう知らん。もう何もかもどうでもいい。


 みんな、等しく滅んでしまえ。






「【晴嵐】」






 ただ、一言。


 ナーヴェがぽつりと呟いたその言葉が、静かな波紋となって辺りに響き渡り、ただそれだけで、四方八方から襲い掛かってきていたはずの大魔術の一切合切は、全て跡形も無く霧散した。


『―――――――――――』


 眼前で起きた出来事の意味がわからず、自慢の魔術を破られた術者たちが揃いも揃って声を失い呆気に取られる。


 だが、そうして俄かに訪れた無音の時間は、すぐに終わりを迎えた。


 名も知らない【魔女】を含めた、襲撃者全員の命と共に。



◆◇◆◇◆



「あー、やっちまったかねぇ、こりゃ……」


 空を漂っていた雲の全てが見渡す限り綺麗に吹き飛び、青一色となった天の下。


 森どころか小さめの山ひとつを消し飛ばして綺麗にさっぱりとさせてしまったナーヴェは、数キロに渡って円形にぽっかりと開いた更地の中央でヤンキー座りしながら不貞腐れていた。


 不貞腐れである。やっちまったと言いながら、自分が悪いことをしたなんてちっとも思ってないナーヴェだった。


 だって、今回のはどう考えても相手の方が悪い。

 方々に敵を作りまくってる自覚のあるナーヴェだが、『天』から恨みを買った記憶なんぞ、脳味噌のどこをどうひっくり返したって出て来はしない。なので、天に誅されるなどというのはお門違いも良い所である。

 大体、なぜ天誅と言いながら、それを実行するのが人間なのか。やるなら人誅と言え。というかそもそも、自分達が名を上げたいからとか敵対勢力の旗印を折りたいからとかいう理由で襲って来たくせして、それを烏滸がましく誅罰とか呼ぶな。もうそれただの私闘だろ。

 そして詰まるところただの私闘であるはずなのに、端っからタイマンを捨てて徒党を組んで襲ってくるというのは一体どういう了見なのか。しかも、こちらが三日三晩ぶっ続けで狩りに精を出していた後の、流石にそろそろちょっと寝とくかと木にもたれかかってうたた寝していた所を見計らっての闇討ちである。

 

 私利私欲のための殺人なのに、その理由を他者に転嫁し、仲間を募って多勢で一人に対してリンチしようと画策、さらに卑怯なことにこちらが体力を失った所を見計らった上、卑怯のダメ押しとして初手闇討ち。



 ――トドメに。奴らの一番の大罪は、たかがその程度で〈晴嵐の魔女〉ナーヴェを仕留めきれるなどと思い上がった、その根性にこそある。



「うん。やっぱ、あたしはなんも悪くないね!」


 今一度自己の正当性を再確認したナーヴェは、今回の『作戦失敗』はそもそも無理な作戦を立案したエスタが悪いんだと責任転嫁を完了し、座り込んだままで肩の力を抜いて能天気に青空を眺め――、






「―――【紅蓮】」






 唐突に響いてきた、自分のものではない〈力有る言葉〉によって、視線の先にあった空も、そしてそれを眺めていた自分も、深紅に白熱する灼熱の業火に余す所なく炙られて。


 かつて最強と呼ばれていたはずの元・最強と呼ばれし魔女は、先ほど自分が消し飛ばした弱者共以上の、あまりにも聞くに堪えない絶叫を辺り一面に木霊させた。

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