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七話裏 大聖女、天に召される

 血相を変えて飛び込んできた男装の少女・オーウェンによる、いつも通りに盛りに盛られているであろう、終末を告げる怪物襲来の報。


 自らの情報処理能力に難があることを自認しているレティシアに代わり、一応それなりに領地運営なんかの経験も積んでいるシュルナイゼがふむふむと解読したところ、案の定なんのことはないただのゴシップでしかないことが判明。


 オーウェンと旧知の間柄であるレオリウスも、それにまだ数日の付き合いでしかないのに何度も誤報に踊らされている面々も、等しく『やっぱりそーだよねー』と安堵の笑みを浮かべた。


 ――安堵。つまりは、事実が判明するまでは、一応皆密かな緊張感を持っていたのだ。


 なぜならば。懲戒解雇状態のレオリウスに代わって新たな【羽】として正式に任命されたこの少女は、何の肩書も責任も無いヒラだった時代も含めて、これまでただの一度たりとも『火の無い所に立つ煙』を報告してきたことはないからだ。


 オーウェンが吠える所には、大火は無くとも、小火は有り。それがかつて『彼女』の上司だったレオリウスの認識であり、そしてそれはこの僅か数日で既に他の面々にとっても共通の認識となっていた。


「ま、流石にゼノの『ピー』の一件については誤報が過ぎるとは思ったけどな。でもたぶんオーウェンくんみたいなのは、運営側にとっちゃわりと重宝する人材だと思うな。『はいんりっひの法則』、だっけ? ゼノがなんかそんな感じの難しいこと言ってた記憶がある」


「『小さな問題を見逃すのが常態化すると、そのうち大きな事故に繋がる』というアレですわね? 聖典にも、それと似たような寓話は描かれています。……やはりおとうと様こそ至高の神……尊い……だいしゅき……」


「やっぱり、かみは神ですよねっ! あたし、ず~っとそうだろうなって思ってました!! あの人ほんとまじで神っとるなって!!!」


 レオリウス&オーウェンの幼馴染コンビと別れた後。レティシアとリコッタを侍らせて食堂への廊下を歩くシュルナイゼは、両手に花なのにどうしてこんなに嬉しくないんだろうと切実に思った。


(まあ、べつにいいんだけどな……)


 シュルナイゼ自身、ゼノディアスには少なからず敬意のようなものは抱いている。

 はいんりっひの法則に留まらず、あのまるで此処ならざる世界と交信しているかのようなびっくり箱染みた脳味噌を持つ弟には、これまでに様々な知識や知見を与えてもらってきたからだ。


 そしてびっくり箱の恩恵と衝撃を受けたのは、シュルナイゼだけに留まらない。

 星の運行の謎を難解極まる数式と『重力』なる新機軸の概念で証明しては、白旗を上げていたはずの数学会に狂気じみた情熱の火を灯し。

 そこから発展して、今度は『時』の存在をも物理的・魔術的に解明しては、停滞していた物理学会と魔術学会に激震と改革を齎し。

 そうして発展した技術をもとに、今度は遠く離れた都市間を結ぶ『列車』や都市内を縦横無尽に駆ける『魔導車』といった夢物語を、それを実現する基礎理論や『ありえないほどに実用的すぎる法整備と運用法』と共に打ち出しては、公爵である父はおろか、国の頂点たる陛下すらをも唸らせ、重い腰を上げさせた。


 はっきり言って、ここ十数年でこのアースベルム王国に起きた急速過ぎる技術革新や都市改革のほぼ全てに、あのどっからどう見てもただのヘタレで全然貴族っぽくもなくてのほほ~んとしたツラをしてる愚弟が、何がしかの形で関わっている。


 そして、そんな愚弟の影響はこの国のみに留まらない。その代表格こそが、ミリス教信仰の聖地たる彼の国から遠く離れたこのアースベルムまでお忍びでやってきてしまった、『大聖女』レティシアその人だ。


 彼女が目的としていたのは、ただただゼノディアスに会うこと。そしてできれば、そのままゼノディアスを陰からそっと見守らせてもらうこと。

 そのためならば祖国すらゴミ屑のように捨ててしまえるし、心の底から死ぬほど嫌っている『婚約者様』との婚約関係だっていともあっさり結んでしまう。

 使える物は何でも使い、おとうと様のためなら文字通りに何でもする。あまりに徹底しすぎな彼女の覚悟は、もしそれが必要であるならば、彼女が冗談で口にしていた聖戦の再演すらをも現実の物にしてしまうだろうし、まかり間違えば、ゼノディアスをずっと見守り続けたいがあまりに、大嫌いな婚約者様との結婚や子作りまで受け入れてしまうだろう。


(――ま、そんなのはこっちから願い下げだけど)


 一瞬、あまりにも自然にレティシアと築く幸せな家族計画を脳裏に描いてしまったシュルナイゼ。

 しかし、そんな根本的な部分からして絶対に有り得ない光景は鼻息ひとつで吹き飛ばし、頭の後ろで投げやりに手を組んでは、ゼノディアスを神と崇める少女達がきゃっきゃうふふしてる間に挟まれて『これがゼノの言ってた百合の間に挟まる男子ってやつか……』などと益体の無いことを考えていた。


 と、そんな時。長いように感じた廊下の終着点にようやっと到着したと思ったら、何やら食堂から朝食どころではない大騒ぎの気配が漂ってきた。


 ――まさか、オーウェン?


 と思って思わず顔を見合わせてしまった三人だったが、針小棒大の異名を持つお騒がせ少女とは先程別れたばかりである。物理的にありえないと気付いてなんとなく照れた笑いを交わしつつ、首を伸ばして野次馬の人垣の隙間から騒動の大本を探ってみる。


 そしたら、白目剥いて泡吹いてる長耳族の男子生徒と、そんな彼にゼノ考案『心臓マッサージ』を施しながら必死に「メディック!! メディーック!!!」と叫んでいる眼鏡男子の姿が有った。


「…………何事ですの?」


「あっ、大聖女様!! ――じゃ、なくて、ああ、その、ええと……」


 聖女としての義務(※義務感ではない)ゆえに思わず眼鏡男子へ声をかけたレティシアと、そんな彼女の公然の秘密となっている正体をうっかり口走ってしまってしどろもどろな眼鏡男子。


 お忍びだけれどおとうと様以外に対して耐え忍ぶ気なんて端っから無い大聖女様は、この場におとうと様がいないことだけはきっちりと入念に確認してから、眼鏡男子に向かって慈愛の天使の如くにっこりと微笑んだ。

 尚、その笑顔はシュルナイゼには堕天使の笑みにしか見えなかったものの、それは完全なる余談である。


「今のは聞かなかったことにします。よくがんばりましたね、ここからはわたくしが代わりましょう」


「嗚呼、ありがとうございますっ……!! こんなのでも、一応俺の友人みたいなものなんです、どうかよろしくお願いします!!!」


 こんなのとか一応とかみたいなもの呼ばわりしてるあたりに疑問を持つシュルナイゼとリコッタだったが、当のレティシアはそんなどうでもいい些末事に一切の興味を示さず、眼鏡男子と入れ替わりで瀕死の長耳少年の傍らに跪き、静かに祈りを捧げる。


 ちなみに祈りの対象は、死に瀕している彼でも、遥か天上にまします神でもなく、当然の如くおとうと様である。


 そして、大聖女たるレティシアが絶対神であるおとうと様に祈る以上、危篤患者の生還は既に確定事項であった。


「――【治癒の奇跡】」


 当然のように行使された稀有なる異能は、命の潰えかけている長耳少年へ優しい燐光となって降り注ぎ、青を通り越して真っ白になっていた彼の顔へ徐々に血色を与えていく。


 誰の眼にも明らかに快方へと向かう長耳少年を前に、初めて目にする神々しい光景に思わず息を飲んで見守ってしまっていた野次馬たちは、ほぅっと感動と安堵の溜息を吐いた。


 ちなみに今のと同じ光をついさっき見たばかりのシュルナイゼは、手首の痛みを思い出して苦虫を噛み潰すように「チッ!」と舌打ちしていたりする。


 そんな感じでその場の九割超の人間(当然レティシアは含まない)には大いに祝福されながら奇跡の復活を遂げた長耳少年。

 しかし彼は、突如腹筋のみでがばりと上体を跳ね起こしたと思ったら、まるで時既に遅く地獄の釜でも開けてしまったかのように頭を抱えて再び顔色を真っ白に染めた。


「あ、ああ、あああああ、あ、ああぁ、ああぁ――へぶしっ!!?」


「落ち着きなさい」


 戦場で同様のショック症状の患者を腐るほど見て来たレティシアは、錯乱しかけた長耳少年を顔面ストレート一発で正気に戻し、『えぇ………』と周囲がドン引きしてるのにも関わらず、目をぱちくりとさせている長耳鼻血少年を真っ向から見据えた。


「それで、一体何があったというのです? 親しい友人が目の前で爆発四散しましたか? それとも、愛しい人でも目の前で無残に喪いましたか?」


「何その怖すぎる二択……」と思わずツッコミを入れかけたシュルナイゼだが、それより先に、長耳少年が呆然としながらまさかの回答を口にした。




「――愛しい人を、喪いました。……たった今、僕の、目の前で……」




「……………………」


 まさか本当にそうだとは夢にも思っておらず、自分で訊いておいてちょっと冷や汗をかいてしまったレティシアは、思わず助けを求めるような目で婚約者様とリコッタを見た。


 二人は既にあらぬ方向を向いて完全に他人事を決め込んでいた。


 レティシアは、後でこいつらしこたま殴ろうと拳を固め決意する。


「…………レティシア様……? あの、僕……」


「え、ええ、なるほどそうですか、それはとてもとてもつらい思いをしましたね。……もしわたくしでよければ、あなたの悲しみのいくらかを、共に背負わせていただきたいと思う(※思ってない)のですが、どうしましょう? ……場所を改めますか?」


「……告解、ってことですか? ……ありがとう、ございます。是非、今すぐ、お願いします……。………僕はもう、この身を引き裂くような哀しみを、一秒だってこの胸に抑えきることができません……っ!」


 大聖女レティシアからのお誘いに、陰の有る笑顔と臭いセリフで有り難く応じるナルシスト風味な長耳少年。


 さてこれは面倒なことになったぞ、と自らの発言を速攻撤回してしまいたくなるレティシアだったが、一応世間一般には『血で血を贖う大聖女』ではなく『平和の象徴として終戦に貢献した慈愛の女神』で通っている都合上、おいそれと迷える子羊を放置するわけにもいかない。

 おとうと様を称えし信者をより一層獲得していくためには、こうしたヘドの出るような慈善活動も時には必要なのだ。


 そうして菩薩のような諦念の笑みで聞き役に回ることを決めたレティシアを、開口一番、長耳少年の痛烈な一撃が襲った。





「――僕の愛しのアルアリアちゃんが、公衆の面前でゼノディアス様に散々えっちなことされた挙句、ゼノディアス様にすっかり洗脳されて満面の笑みでデートへと旅立ってしまったのです……」





「………………。貴男、お名前はオーウェン君だったかしら?」


「いえ、ライレンです」


「じゃあオーウェン二号に改名なさい」


「えぇぇ………………」


 ネトラレ長耳少年のみならず野次馬達もドン引きする中、オリジナルオーウェンにここ数日で鍛えられたレティシアは心底深々と溜息を吐いた。


「あのねぇ、いいですか? 情報というのは、正しく伝えないといけないものなのですよ? どうせまた、何かの見間違いやちょっとしたことを大袈裟に言っているだけなのでしょう、ねえオーウェン君?」


「ライレンです。……えぇぇ……、でも、えぇぇぇ………」


 あまりにも呆れ切った様子のレティシアに、何と言っていいのかわからず、思わず『ズッ友』レバスを見上げてしまうライレン。


 それにつられてその場の全員の視線が集まる中、思わずたじろいでしまった眼鏡男子レバスは、ちょっとズレてしまった眼鏡をくいっと直しながら努めて冷静に客観的事実を述べた。


「……まあ、正直、今のライレン様の発言を明確に否定する根拠は、今の所ありません」


「………………。貴男、お名前はオーウェン三号?」


「レバスです。

 ――本日早朝、新入生の女子生徒『イルマ』さんと共に第一食堂へと現れたゼノディアス様は、先に食堂に来ていたアルアリアさん及び黒猫と合流。

 その後ゼノディアス様は、アルアリアさんを自らの膝の上に乗せて、その……、大層、それはもう大層かわいがり、お互いにでれでれの笑顔を浮かべて触れ合った後、イルマさんや黒猫と共に、ゼノディアス様によるものと思しき魔術により忽然と姿を消しました。

 ――尚、漏れ聞こえた会話から察するに、彼らは『お花見』と呼ばれる、酒池肉林の宴を催すつもりのようです(←最後にポンコツ化)」


「―――――――――。は? イルマ???」


 何らかの資料を読みながら理路整然と述べられるインテリ男子レバスの報告に思わず説得力を感じてしまい、言葉を失いかけたレティシア。

 しかし事実がどうこうと考えるより先に、なぜか唐突に自分のよく知る名前が突拍子もなく登場したので、思わず疑問符を乱舞させてしまう。


 ――レティシア直轄、【聖天八翼】第二位、〈智天〉のイルマ。

 主に諜報任務や情報戦を得意とし、要人警護に潜入・暗殺、さらには白昼堂々の真っ当な戦闘行動に至るまで、幅広くなんでもこなせる器用な少女である。


 確かに、彼女からは『王都への【魔女】襲来・及び〈深淵の魔女〉の学園入学につき、その監視のために我も新入生の身分を得ることとする』との報告は上がっていた。だから、新入生のイルマさん、というオーウェン三号の言葉に矛盾は無い。


 だが。なぜ本来密偵であるイルマが、白昼堂々、おとうと様や〈深淵〉様と行動を共にしているのか? そこがまったくもって意味不明であり、言ってしまえば完全に荒唐無稽である。


 ならばやはりこいつはオーウェン三号か――とレティシアが勝手に認定しようとした時、野次馬の中から小さく手を上げながら歩み出てくる三人の男子生徒がいた。


 彼らは、三人同士で意見をすり合わせるように顔を見合わせ、ちょいちょい相談してつっかえつっかえながらも、口々に言った。


「あの……、俺ら、確かに、イルマさんとゼノディアス様が仲良さそうに一緒に歩いてるとこ、見ました。……なあ? ほら、さっきの廊下の」


「あ、ああ、あの黒髪の子のこと……だよな? 『おにーちゃん』『いもーと』って呼び合って、手とか繋いじゃってすっげー仲良さそうに……あ、でも途中でなんかケンカしてた、んだっけ?」


「お、おう。確かにしてた。おぱんつ放られたとか、体液ぶっかけられたとか、『カラダは許すけどキスはダメ』とか、そんな感じで――――ひぇっ」


「――――――――――――」


 あまりに有り得ない、有り得てはならない情報が飛び交いすぎるものだから、レティシアは笑顔のまま完全に無意識で自らの【魔眼】にこの世ならざる輝きを灯し、オーウェン二号三号四号五号六号の発言の真偽を判定しにかかった。


 その場の全ての者達が、ゴーゴンに睨まれた食用ガエルと化す中。なぜかゴーゴン自身がいつまで経っても石化しっぱなしなことに疑問を持ったシュルナイゼは、思わず声をかけようとして――ふと思った。


「お前に休みなしでこき使われすぎなイルマちゃんって、『困ってるおんなのこ』に該当するんかな?」


「――――――――――――はふぅ」


 ぱたり、と。額に手の甲を当ててふらりと体を傾がせたレティシアは、その羽のように軽い体を床へと横たえて、笑顔のままで魂を天界へと旅立たせた。

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