表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/145

六話 鏡映しの二人の【A】は、斯くしてひとつに溶け合った

「……みーう? ……にゃうん?(おはなみ? ……なにそれ、おいしいの?)」


「ああ、まあ、やっぱここらの人には馴染みが無い文化だよな……。ちなみにイルマちゃんはわかる? なんか説明もなしに当然のように誘っちゃったけど」


「ええ、我はわかりますよ。ただし、あくまで『ゼノおにーちゃんがどういうものを想定していたのか』というのを読み取っただけであって、知識として知っていたわけではありませんが」


 まだみんな朝食は食べてないけれど、とりあえず摘まめそうなお菓子だけ調理スペースで買ってきて大皿にぶちまけ、それをてきとー摘まみながらお茶を飲みつつのほほんとテーブルを囲む俺達。


 もしイルマちゃんと、それにアリアちゃんとみーちゃんの都合が良いなら、この後早速弁当か何かを用意して、遅めの朝食を兼ねてお花見に繰り出そうというのが俺の立てたプランだ。


 が。そこでそもそも、お花見という文化がこの辺に無いことをうっかり失念していたことに気付く。

 黒髪黒着物なイルマちゃんと春の樹々という組み合わせがあまりに自然すぎたものだから、『花をダシにして飲み食いしてどんちゃん騒ぎ』という風情もへったくれもないけどただただ楽しくはあるあの行事が、遥か遠きあの国独自の文化だということをすっかり忘れていたのだ。


 さらについでに言うなら、そういうお祭りイベントの時には決まって自分は愛想笑いと相槌の機能だけを有したアンドロイドになっていたという忌まわしき記憶もすっかり忘れていた。 

 もっとついでに言うなら、その愛想笑いと相槌すら誰にも気にもされていないレベルで自分が空気になっていたという禁忌の記憶までもが完全に忘却の彼方であった。


 連鎖的に思い出されてしまったそれらのせいで冷えていく心を、俺は膝に乗っけて腕の中に抱き締めてる人型湯たんぽであたためることにする。



 ちなみにその人型湯たんぽは、アルアリアという女の子にとっても激似であった。



「…………………………ふぁー??」


「ん……、ごめん、痛かったかな? もう少し優しく抱いた方がいい?」


「…………………………ふぁう??」


「うんうん、ふぁうふぁう」


「………………ふぁうっ!」


「おー、そっか、ふぁうか! はっはっは、可愛い奴め!」


 まるで親戚の幼女を膝に乗っけてご満悦になるおっさんの如く、俺は膝の上の彼女の頭をかいぐりかいぐりと撫でまわす。


 それにくすぐったそうな身じろぎとはにかみ笑いを返して来た『アリ』アちゃん型ホムンクル『ス』――略称アリスは、フードが外されてぴょんぴょん寝ぐせの跳ねてる頭を俺の喉元にぐりぐり押し付けて、「ふぁう♪」と再び上機嫌に鳴いた。


 んああぁぁぁぁぁ、ちょーかわゆぃぃぃぃ……脳味噌溶けそう……。なにこの可愛い生き物……家に持ち帰りてぇぇぇぇぇ~……。


 いやこれもうべつに持ち帰ってしまってもいいのでは? だってこれ、俺のアリアだもん。俺だけのために用意された、アリアちゃん型ホムンクルスのALICEちゃんだもの。ねえ、イルマちゃん、みーちゃん?


「だめですよ、ゼノおにーちゃん。それは流石に普通に犯罪です。めっ!」


「みゃうっ!(そーだぞしょーねん、めっ!)


「はっはっは!! うちの妹とお猫様が、俺の寵愛を一身に受けしアリスちゃんに嫉妬しておるわ!! 二人とも後の酒席でい~っぱい撫でてあげるから、そんなに怒っちゃ『めっ!』だぞぉ~?? ふはっ、フハッハッハッハッハァ!!!」


『………………………………』


 うちの妹とお猫様の俺を見る目が、流氷に乗ってやって来た謎のウミウシを眺めるかのように冷たすぎる件について。


 あまりの寒さに耐えかねて、お膝に乗っけたアリスちゃんの四十度超えの体温で暖を取りつつ。ふぁうふぁうと鳴くアリスちゃんの喉をこしょこしょと撫でて笑わせてあげながら、俺は至極真面目に本題へと戻ることにした。


「まあ、冗談はさておいて、だ。いや冗談でなく後で二人とも思う存分撫で繰り回すつもりではあるんだけど、それはひとまず置いといて。

 とりあえずさっきのみーちゃんの問いに答えるけど、『お花見』っていうのは、まあ、綺麗なお花をみんなで優雅に眺めて楽しみましょうという大義名分にかこつけて、仲間同志で集まって美味いもん食ったり美味い酒飲んだりするっていう、言ってみればプチお祭りみたいなもんだ。

 なので、お花見とは美味しいものであると言えますね、本来は」


「……………みゃう?(……ほんらいは、なの?)」


「だめですよみーちゃん。そこに引っかかりを覚えてしまうと、仲間のいなかったぼっちのおにーちゃんにとってはまったくもって美味しいものではなかったという古傷を抉り散らかすことになりますからね。ここはあっとお察しして、しーっと黙ってスルーしましょう?」


「オウこらこの鬼畜妹、お前既に散々古傷抉り散らかしてんぞ。なに『我ってばおにーちゃん思いの良きいもーとですから!』みたいなドヤ顔で胸張ってんだこんにゃろめ」


「でも、実は抉ってほしかったからこそわざわざ『本来は』なんて付け足したんですよね? 過去のつらい経験を敢えて匂わせることで、我とみーちゃんに優しく慰めてほしかったんですよね??」


「みー? みうみう……(そなの? しょーねん、あんたって子は、なんというか……痛々しいわねぇ……)」


「俺、もうこの子達きらい!!」


 嘘だけど。大好きだけど。でもあまりにいたたまれなさすぎて、俺はもう涙目になりながらアリスちゃんをぎゅ~っと抱きしめることでしか自分を保てない。


「ふぁうぅぅぅぅ~…………」


「ごめんね、アリスちゃん。痛いよね、苦しいよね、でも俺もあまりに痛々しい上に苦々しすぎてちょっと力を緩めらんないの。だから、がんばって耐えて?」


「………………ふぁうっ!」


『しょーがないなぁ!』みたいにちょっと怒ってるっぽい感じながらもしっかりと許可を頂けたので、俺は優しいアリスちゃんの厚意に甘えて、彼女のお腹に手を回してしっかりと抱き締めた。


 ちなみに、俺の股間ではずっとアリスちゃんのおしりの体温と柔らかさを感じ続けてるナニが常にそそり立ちっぱなしで、アリスちゃんが身じろぎする度にぴりっと快感が走ってちょっとアレなお汁が先走ってたりするけど、今の俺はべつにアリスちゃんに対して性的な願望を抱いていたりはしませんのでこれ念のために補足しておきますね。

 これはただの生理現象ですので、俺の気持ちとは全くの無関係なのです。


 ――だって、ほら、ね? 俺のお膝に乗ってふぁうふぁう鳴いてるこの子は、ほら、あれだよ、ちゃんとした生身の女の子ではないのですよ、うん。アリアちゃんじゃなくてアリスちゃんだからね、うん、だから俺は絶対欲情なんてしないのです、うん……。

 だってこの子は、アリスちゃんだから……。絶対ぜったい、本物のアリアちゃんなんかじゃないから、うん……。


「……おにーちゃん。そろそろ、現実を見つめた方がいいのでは? 後で『アリスちゃん』が正気に戻った後のこと、正直怖くありません?」


「……………………。こ、怖かねぇし。ていうか、は? 正気に戻る?? 何のことをおっしゃってるのかさっぱりわかりませんねぇ!」


「はーん? ……ところで、仮にこの後すぐお花見に行くとして、本物の『アリアちゃん』は誘わなくていーんです?」


「………………………………。俺は只今を以て、このアリアちゃん型ホムンクルスのALICEちゃんを、無事に本物に成り代わった真正アリアちゃんとして認定しようと思います。成り代わられた方の元アリアちゃんは、真正アリアちゃんの中へと溶けて奇跡と感動の融合を果たしたのです……」


「みゃうん……? (しょーねん、あんたどんだけ頑なに現実を認めたくないのよ……?)」


 るっさいやい。ここまで好き勝手やっておいて今更この子が本物のアリアちゃんでしたーとかなったら、俺ガチでただの性犯罪者やん。俺はまだブタ箱で臭いメシを食う覚悟はできていないのだ。


 でも、どうせいつか牢獄で鎖に繋がれる運命にあるというのなら。せめて今だけは、めいっぱいハメを外して、シャバの空気と美味いメシと、あと女の子達との心温まるふれあいを楽しみたいのだ!!


「っつーわけで、だ。――今から『お花見』ぃ、いっくぞー!! おー!!!」


「はいはい……」「にゃーん……」「ふぁうっ!!」


 ヤケクソ気味に威勢良く拳を掲げて宣言する俺に、なんだかんだでやる気の無い拍手や気だるげな尻尾や元気の良いお手々で応えてくれる彼女達。


 お前ら全員、愛してるぜぇ!!!(←ロックバンドのボーカルのような魂の叫び)

ライレン少年「ぶくぶくぶくぶくぶくぶく……(白目)」

同志レバス「メディック、こっちへ早く! メディック!! メディーック!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ