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四話 SF世界でありそうなアレ

「普通、『お姉ちゃんを他の人にネトラレちゃったよぉぉぉおぉぉぉうわああああぁあああああん!!』って泣いてる我を慰めデートに誘っておいて、その口で『別の女も誘いたい』なんて、まともな神経してたら言えませんからね? とっても良いいもーとな我だから、今回は仕方なくダメダメなゼノおにーちゃんを許しますけど、普通だったら愛想尽かしてますからね! ぷんぷん!」


「へへへ、う、うっす。あざぁっす、いもーと様……でへへ……」


 誘ったのは慰めデートじゃなくてただの慰労のお花見会だよ? あとお姉ちゃんも別にネトラレたわけではないよ? などと無様で鬼畜な言い訳をするつもりはないので、ひたすら愛想笑いでへこへこ頭を下げる俺である。

 誘うメンバーの話をする前にサシで面と向かって女の子をお出かけに誘えば、それは普通に逢引きと誤解されても仕方のないことだろう。むしろそうとしか取りようがない。それにお姉ちゃんの話にしても、受け手であるイルマちゃんが『お姉ちゃんをネトラレた!!』と感じたのならば、少なくとも彼女の感じた寂しさがそのくらいショックなものであったというのは紛れもない事実だ。


 本人の与り知らぬ所で不名誉を被る形になるお姉ちゃん氏には悪いが、俺は心情的にイルマちゃん側だし、そもそも多少の道理や常識が敵に回ろうが、それでも俺はイルマちゃんに肩入れしたい。


 だって。デートに誘ったと誤解されて、その誤解に乗っかっておかなかったことを今更惜しいと思う程度には、俺の隣を歩いてくれてるこの可愛いかわいい『いもーと様』のことが好きになってしまったから。いや好きっていってもあくまで妹とか義妹としてだけどね? 本当だぞ。いや嘘だけど。普通にえっちしたいけど。


 でも、女の子の傷心に付け込んでどうこうするのって、男らしくないし。それに誤解に付け込んでなあなあでデートってことにしてしまうのも、やっぱり男らしくないし。


 それに、今は性欲より何より、普通にこの子を慰めてあげたくて。そして、今日もまた背中を丸めてしょんぼりハムスターしてるであろう『あの子』のことも、この折角の機会で一緒に慰めてあげたい。ただ、それだけのことなのだ。


「そういうわけだからイルマちゃん、俺は別にあれこれ理由を付けてキミと仲良くなるのを怖がっているチキン野郎ではない。そこのとこよろしくね? ほら、早く読んで、心読んで」


「…………………………えっちしたい――」


「そこだけピックアップして読み取るのやめて!!?」


 目を細めて口元を袖で覆いながらすすすと身体を離してしまうイルマちゃんに、思わず追い込み漁の如くカバディカバディしながらにじり寄る俺。

 別にこれは嫌がる彼女をこれから襲っちゃうぞの動きではなく、今にも逃げ出してあることないこと触れ回りそうな気配のある彼女を確実に捕獲せんがための動きである。でも傍から見たらどっからどう見ても前者だし、後者であってもわりとアウトなので、俺はもうどうすればいいかわからないよ!!


 もう食堂スペースの入り口まで到着しちゃったので、わりと周囲に人がいて『ざわっ……』みたいにどよめきながら眼前の性犯罪未遂を凝視していらっしゃるので、公爵家次男ゼノディアスくんはわりと今本気で社会的に崖っぷちです。


「困ってる、困ってるよ俺超困ってる、哀れなおにーちゃんを助けてイルマちゃん! キミは一体何を差し出せば俺の思い通りになってくれるというの? 金か? 地位か?? それともはたまた俺のカラダか!!? いやん、このえっち!!」


「実はわりと余裕でへっちゃらですよね、ゼノくん……。いいんですか、やんごとなき公爵家の次男様が、そんな誤解しかされないことばっかり意図的に口にして?」


「よくはないけど、心の裡から迸る『いもーと様を笑わせたい!』っていう欲望に勝てなくてついおどけてしまいました。後悔はしていませんが、もしこれで逆に嫌われるような結果に終われば果て無き後悔の海に溺死すると思います」


「……ゼノおにーちゃんって、結構すぐ死ぬよね……。我、おにーちゃんにはもうちょっと強くあってほしい気もしますけど、でもやっぱり、繊細で愉快で闇も深いあなたを『愛おしいなぁ、好きだなぁ』って思っちゃうので、ちょっぴり困ってしまいますね」


 ちょっぴり困ってしまうと言って、実際ちょっぴり困ったような苦笑を見せてくるイルマちゃんに、俺もとりあえず難儀な性格してる自分自身にほとほと困り果てながら苦笑いを返しておいた。


 ……ああ。なんだかんだで、俺はやっぱり、この身に眠る闇のことが、嫌いではないのだろう。


 俺が本当に求めていたのは、それを振り払って明るい世界へ飛び出して、無理にキラキラと輝きながら青春と恋を謳歌することなどではなく。

 きっと、暗闇の中にいる俺を肯定してくれる誰かと一緒に、暗くて寒い世界で身を寄せ合って温め合うことをこそ、俺はずっと望んでいたのだと思う。


 だから俺は、そんな俺を理解した上で好意を向けてくれるこの子や、レティシア義姉様のことが好きなのだ。


 ――そして同時に、そんな俺だからこそ、ある意味俺以上に闇の深そうな『あの子』のことも、気になって仕方がないのだと思う。


「………ほんと、困ったおにーちゃんです」


 俺の視線が捉えた先を見て、イルマちゃんは少し寂し気に笑いながらも、ちょこちょこと歩み寄ってきて俺の手をきゅっと握った。


 意識の間隙を突いてくる、唐突なスキンシップ。あまりに自然に行われたそれは、微かな罪悪感に苛まれかけていた俺の心に直に触れて、確かな赦しを与えてくれた。


「……花見。アリアちゃんも一緒でいいか? これ以上は増やさないから。頼むよ」


「そこでわざわざ改めて聞くのって、でりかしー無いと思いません? ちなみに今の我にとっての〈深淵〉様って、『おにーちゃんが入れ込んでる、我の知らない女』みたいな立ち位置なんですけど。これ、我がふつーのブラコンないもーとだったら結構本気で嫌がってる場面ですからね?」


「知ってるじゃん、我ちゃんってば今めっちゃ深淵様とか言っちゃってるじゃん」


「我ってば、超・みすてりあすがーるですのでっ!!」


 繋いでいない方の手で、唐突に横ピースをキメてドヤ顔をしてくるイルマちゃん。あまりに唐突すぎたせいで俺は思わず「ぶはっ!」と吹き出して笑ってしまったけど、繋いだ手に力を込めることできちんと気遣いへの感謝を表明しておいた。


 さて。無事にいもーと様のお許しも出たことだし、早速アリアちゃんの元へと足を向け――たい所だけど、一瞬謎スープの記憶が過ったので、とりあえずもうちょこっとだけイルマちゃんの手の温度に癒されることにする。


「…………おにーちゃん? 手汗ぬるぬる……」


「ご、ごめんなさい」


「………………いえ。事情はまるっと全て熟知してますので、今回の体液はセーフ判定させていただきますね。我ってば、ほんとにできた妹じゃないです? どやぁ!」


「…………うん。ありがとね、いもーとちゃん……」


 一瞬、俺が抱えた記憶の空白を埋めるために、彼女が熟知しているであろう情報を教えてもらおうかと思ったけど、深堀りするのが色んな意味で怖かったのでやめておいた。


 ――そして、僅か数十秒後。イルマちゃんと繋いだままのお手々のお陰か、懸念していた拒絶反応に見舞われることもなく無事にアリアちゃんの元へとたどり着くことができたのだ。


 けれどそこで、そこにいたアリアちゃんが実は本物のアリアちゃんじゃなかった疑惑が、他ならぬアリアちゃん(?)自身の台詞によって唐突に浮上。




「わたし、なるよ! ほんものの『アルアリア』に!!」




「………。え、アリアちゃんって、実は影武者かなんかだったの……?」


 もしかして真アリアちゃんってば、人前に出たくないがために影武者として偽アリアちゃんホムンクルスでも作っちゃったのかな? あの子なら、性格的にも能力的にもそれくらいやりそう……。それ、めちゃめちゃあり得る……。

 え、じゃあ今のアリアちゃんの台詞って結構シャレにならないんじゃ……?


 ――偽アリアちゃんによる、本物のアリアちゃんと成り替わるための反逆。


 その狼煙が上がる瞬間を目の当たりにしてしまった俺は、偽アリアちゃんにカッと見開かれた目で凝視されて膝をがくがく震わせながらも、どうにか平静を取り繕って片手を上げつつ「よっす」と軽くご挨拶することに成功した。


 なお、もう一方の手を恐怖のあまりイルマちゃんにずっと繋いでもらっていたことは、ここだけのナイショである。

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