一話 押されると離れたくなるあまのじゃく
「…………………………。え?」
「? え、と言われもしても。だから、我・参上なのです。あなたの抱える心地良い闇に惹かれて、陰の眷属イルマちゃんが超・降臨です。はい拍手ー!!」
何も疑問を持ってなさそうな当然みたいな顔でぱちぱちと手を叩き始めたその子を、しばし呆然と見守ってしまう俺。けれど、彼女のほっぺたがそのうち『むー!』と不満げに膨らみ始めたのを見て、思わず調子を合わせて拍手した。
可愛い女の子が、拍手して欲しいって言ってるんだから、そりゃとりあえずあらゆる疑問を差し置いて拍手するしかなくない?
勿論、大金寄越せとか高い物買ってくれとかお命頂戴とかの可愛くないおねだりだったら普通に断るけど。でもその場合、その要求をしてきた娘は俺の中で『可愛い子』の定義から外れるので、相手のガワがどれだけ可愛かろうと一切の良心の呵責無く――
「『――切り捨てることができる』。……そんな闇深きあなたに、生まれつきこのとっても可愛いガワを被って産まれてきちゃった罪深き我って、切り捨てられずに済みそうです?」
「………………。うーん。キミってもしかして、義姉様の『手の者』? 今のナチュラルに心読んで会話してくる感じ、ものす~んごく覚えがあるんだけど」
「我ってば今プチ家出中なので、所属については何を聞かれてものーこめんとを貫かせていただきます! ごめんね? ……そんなとっても怪しい我って、やっぱり切り捨てられちゃう感じ、です……?」
一瞬前までのマイペースっぷりから一転、ちょっと不安そうに、若干意識的っぽいあざとい仕草で上目遣いに顔色を伺ってくるその子。
……確か、名前はイルマちゃん、とか名乗ってたっけ?
ちっこい背丈とあどけない顔立ちからして、歳は十五歳になったかどうかって所だろうか。ということは新入生、の可能性もあるけど、彼女が着ているのは女子制服ではなく、それどころかここらの女性が一般的に着るようなデザインの服でもない。
言うなれば、軽装の和服。前面に合わせの有る袖付きの上衣が、超ミニスカートの役割を兼任しているという、色々な意味で中々攻めてる服装だ。
そんな着物の色は漆黒。そして髪も黒けりゃ、瞳もより一層の純度を誇る暗黒。けれど肌だけは、生まれてこの方陽の光を浴びたことがないかのように、ぞっとするほど白い。
黒と、白。その極端なまでのコントラストは、先ほど俺が魔力鍛錬の中で対峙していた『俺』と『白』の関係を彷彿とさせる。
だから、というわけでもないのだろうけど、なんとなく彼女の纏う雰囲気に『親近感』を覚えた俺は、軽く笑いながら小さく首を横に振って見せた。
「切り捨てないよ。……質問に質問で返した挙句、二度も同じ質問させて、不安にさせて悪かった」
「いえ、そこはもっと疑ってかかりましょう? 我、ちょっとあなたのガードの緩さと精神構造が心配です。こんなにあっさり受け入れられてしまうと、それはそれでいつかあなたが結婚詐欺とかつつもたせに引っかかってしまいそうでとってもハラハラしてしまいます……」
「馬鹿にしてる?」
「純粋な心配です。我、心の中ではあなたの義妹を自称している立場ですので。主に魂の血縁的な意味で」
「義妹ぃ?? ………しかも血縁ってことは、やっぱり義姉様の関係者――っと、悪い」
先程所属についてはノーコメントと言われたばかりなのだから、彼女の正体に大体の見当は付いたとはいえ、そこを言及するのはNGだろう。それにもしこの予想が外れていたとしても、特に何か実害を被るわけでもない。
要するに。今のこの子は、俺の義妹を自称する、魂の血縁者。ただそれだけのイルマちゃんなのだ。
そう結論して、さてその上でこれからどうしようかと思った俺を、イルマちゃんが目をぱちぱちと瞬いてびっくりしたように見つめてくる。なんだろ――ってズボンが足元までずり下がっとる!?
「お、おお、悪い、すまん、お目汚し失礼……」
「あ、い、いえ……おかまいなく、です……」
さっき半ケツ状態で拍手強要されたものだから、その後のどっかのタイミングでズリ落ちたんだろう。くるりと背を向けてみないフリをしてくれるイルマちゃんに感謝しながら、改めてしっかりと着装し直す。
ちなみに、一度は確かにこの手に取ったはずのアリアちゃんのぱんつは、天井が蹴り破られた直後に無意識の判断で洗濯籠の一番下に封印済みである。まるでシコってる最中に母親に乱入された思春期男子のような神速の隠蔽工作術。俺、ナイス判断!!
「…………あー、んっと。……それで、イルマちゃん、でいいんだよな?」
服の乱れを整え、ついでに意味もなく髪をちょいちょいとセットしてから、改めてイルマちゃんと相対して今更訊ねる俺。
それに対して、黒髪黒着物の名も無き少女はちょいと首を傾げてから、んーと軽く悩んで、最後にイタズラっぽい笑みでこう言った。
「のーこめんとで!!」
「………………ほう、所属に続いて名前まで不明と申すか? 流石にそれはちょっと怪しすぎないかな、イルマちゃんや?」
「みすてりあすな女って、魅力いっぱいでイイじゃないです? それに我ってば、あなたとは余計な『情報』を取っ払って『魂』でわかりあいたいな、と思っちゃったしちゃったりしてますので。――言葉は、不要かッ!!」
「…………あ、ああ、そう……。不要か……? じゃあ、ひとまず仮称・イルマちゃんってことでいい? 流石に名前も無いと不便だ。ちなみに俺は……今更自己紹介の必要無いのかもしれないけど、名前はゼノ――」
「わかりました、ゼノくんっ! あ、でもさっき『余計な情報とぱらってー』とか言った我ですけど、実は一方的にゼノくんの情報を知り尽くした上で一周回ってのあの発言ですので、そこの不公平さについては素直にごめんなさいしますね?」
「……………………。素直に謝れる子は好きだよ」
「きゃっ♪ 我ってばゼノくんに好かれちゃった! わーい!」
なんだか色んな意味でどっと疲れたけど、最終的にイルマちゃんが(若干演技っぽくはあれど)飛び上がるほど喜んでくれたの良しとしよう。女の子の笑顔の前には、俺の疑問も疲労感もどうでもいいことなのだ。
なぜなら、この身は女大好きゼノディアス。この世に『おんなのこのしあわせ』以上にたいせつなものなど、どこを探しても有りはしないのだから。
「そんなあなたに朗報です!! 『おんなのこのしあわせ』を願うステキなあなたに、『ゼノくんのしあわせ』を願う我が膝枕耳かきしちゃりまーす! どうです、しあわせになれそうですか??」
「だから心の声を読むなと……ああもういいけど。あと膝枕耳かきは要らん、どっから出て来たその突拍子もない行動」
「ゼノくんと仲良くなりたいな、こうすれば仲良くなれるかな、って考えての行動です。……………でも今これ以上ぐいぐい行くとそろそろ本気で嫌われる気配ですので、膝枕耳かきはまたの機会にしますね?」
ご主人様の事情にお構いなしにじゃれついてくる頭の悪いわんこ状態だったイルマだが、ふと包容力の滲む優しい笑顔を浮かべると、それまでのことが夢か幻だったかのようにあっさりと身を引いてくれた。
俺のパーソナルスペースが見えているかのように、俺が不快に思わないギリギリの距離で。そっと手を組んで楚々とした仕草で佇み、微笑を浮かべながら俺を見守る彼女。
言葉は不要と言った彼女らしく、小さく首を傾けて『さて、これからどうします?』と声もなく俺に指示を仰ぎ、判断を委ねてくる。
ぐいぐい来られるのも真意がわからなくて困るものだが、こうやって静かに見つめられるも普通に困る。というか理由もなく照れくさい。見るな、そんな貞淑な幼妻みたいな優しい目で性欲に穢れた俺を見るな。
「………………あー、の、さ。……そうだ、朝飯って、もう食った?」
「ゼノくんって、困ったときはとりあえずご飯に誘う傾向ありますよね。もうちょっと話題の引き出し増やしましょう? あと小麦トークも極めればわりと小粋かなって、我思います」
「食わないならええわ、出てけストーカーめぇ!!」
「はっはっは! プチ家出中で身寄りの無い我を、風雨吹き付ける過酷な外の世界に放り出すことなど、はたして女大好きどーてーゼノくんにでき――あっま、まって、押さないであっあっ、え、ちょ、目据わって、あ、まってまって待って、あっ、アーッ!!?」




