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十二話 女の子ってふしぎ

 無駄に高度な時空魔術と治癒魔術を駆使して何事もなかったように復活を遂げた俺は、足りない血と体力を補給するために予定通り学生食堂へと足を向ける。


 ――善意で俺の腕を取って肩を貸してくれてるアリアちゃんに、酔っぱらいセクハラ親父のごとくネチネチネチネチと絡みながら。


「アリアちゃんさああああぁぁぁぁ………。俺、ああいうの良くないと思うよ? あんな胸キュン不可避の笑顔でさぁぁ、あんな可愛くお手々差し出されてさぁぁ、身内になろうだなんて言われたらさぁぁぁぁ、それ、もう求婚じゃん?? プロポーズじゃん???」


「え、…………ちっ、ち、ちが……」


「あーあーわかってんよ違うのなんざわかってんよぉ。あれだろ、要するに俺とお友達になりましょうって言おうとしてくれてたんでしょ? そうだよね、仲の良い『おともだち』も、言うたら身内だもんねぇ~?」


「………(こくこくこくこくこくこくこく)!!」


 我が意を得たりとばかりに笑顔になって超高速で必死に頷きまくってるアリアちゃんに、俺は心底長くて重い溜息を吐いた。


「でもさぁ~、俺の言う身内ってさぁ~、兄様とか父様とか、あとは義姉様くらいのもんなわけよぉ。つまりは、家族な? そんなお外に友達いない俺だからさぁぁぁ、『身内になろう』なんて言われたら、それはもう『家族になろう』なわけよぉ。わかるかなぁ~?」


 いやわかるわけねぇだろ、と自分で思うくらいに無茶苦茶な因縁をつけてる自覚はあるんだけど、会った瞬間から心底気に入っちゃってる可愛い女の子にプロポーズされたと思ったら実は『お友達から始めましょう』だった時の童貞歴通算百年超なゼノディアス君の気持ちを斟酌してほしい。

 え、できない? お願いだからしてくださいよぉ、と自分勝手な理屈を内心で吐きながら、フード越しにアリアちゃんの首に回した腕を力ませたり緩ませたりしてアリアちゃんに「ひぃ……、あぅ……」と消え入りそうな悲鳴を上げさせて遊ぶ。


 ちなみにこれは好きな子にイタズラしたくなる思春期男子にありがちな衝動から来るものではなく、一方的に好きな子にフラれたような気分になってる俺による逆恨みによるものである。


『お友達から始めましょう』。――それってもう、恋愛関係に発展しないの確定な、お断りの決まり文句じゃん?

 そういうつもりで言ったわけではないにしても、少なくとも現時点でアリアちゃんが俺に恋的な好意を持っていないことが確定してしまって、俺はもうなんかもうほんともうこんちきしょい。


 先を行くみーちゃんが『こいつ、まーだ言ってる……』みたいな顔でこっちを振り返ってるのを知りつつも、俺はもう涙ちょちょ切れさせながらヤケクソの笑顔でアリアちゃんのほそっちょろい首を虐めることしかできません。


「くっそぉぉぉ……。せっかく、折角、ようやく、俺にも春が来たと……。ぐすっ、うぅぅ、ぐすっ、うぐぅぅぅ……」


「…………ぜの、せん、ぱ、い」


「ぐしゅっ。…………うん、どしたよぉ、この小悪魔めぇ?」


 こんな理不尽な仕打ちを受けても健気に俺を『せんぱい』と呼んでくれるアリアちゃんに、恨みがましい罵倒をぶつけてしまう俺。


 アリアちゃんは流石にちょっとショックを受けた様子で肩を震わせたけど、それでもそこに乗せた俺の腕を振りほどくこともなく、むしろそれを掴むちっちゃな手にちょっと力を込めて来ながら、早口でたどたどしく台詞を紡ぐ。


「あ、のね? わたっ、し、……、ぜの、せんぱい、の、気持ち、わかっ、ら、ぃけど、知りたくて、あの、だから……、かっ、回路っ! もういっかい、繋ぎたくて……あの、さっき、完全に、切れちゃった、みたい、で、声、聞こえな――っあ!  あっ、あ、ご、ごめんなさっ、最初、か、勝手に、あの、繋いじゃって、あの、みーちゃんが、でも、わたしも、あのっ、聞いちゃった、から――」


「うむ、我が友アリアよ。何か言いたいのはわかるが、肝心の何を言いたいのかがよくわからん。このままでは耳が死ぬほどキモチイイという記憶だけを残して会話が終わってしまうので、ひとまず要点か結論だけでも先に聞かせていただいても構わないだろうか?」


「………………結、論……」


 マジで耳が気持ち良すぎて脳味噌あっぱらぱーになりかけてたので、誤解を承知で心苦しい思いを押しながら苦言を呈したんだけど、アリアちゃんはその単語に何か感じるものがあったようで、怒った様子もなく何事かをぽしょぽしょ呟きながら考え込み始める。


「……ぱす、……つなぐ、仮契約……。必要なのは、血……、交換……、………ナイフ……繋がる、…体液、粘膜? 交尾――」


「ごめん、アリアちゃんなんかちょっと変な単語ばっか呟い」


「ごめん、だまってて」


「あ、うす」


 何気に初めてどもらずに俺と喋ってくれたアリアちゃんだけど、ごめん返しをされた上に黙ってと命じられては喜べるわけもない。

 つーかそもそも、今のたぶんアリアちゃんの中で会話として処理されてないわ。俺と喋る内容を考えてるはずなのに、俺のことなんてもう眼中にない様子でひたすら頭と足を動かすだけの美少女アンドロイドになっちゃってるんだもん……。


「……うにゃ。にゃふっ? (ねえ、あたし早く猫まんま食べたいんだけどー。もっと急いでくんなーい?)」


 ごめんよみーちゃん、そうしたいのは山々だけど今アリアちゃんを下手に刺激するとまた怒られちゃいそうなので、俺にはどうすることもできないのだ――


「よし、できた!」


「おっ?」


 ぱっと表情を明るくして顔を上げたアリアちゃんに、思わず声を上げてしまう俺。なんだかこれまでのアリアちゃんらしからぬ弾むような喜びようなので、ちょっと意外だった。


 そんなに上手い具合に文章まとまったんかな、と思いながらお言葉を待つ俺に、アリアちゃんはまるで百点満点の答案用紙を見せてくる子供のような喜びようで跳ねるようにしながら笑顔を向けて来た。


 そして、告げる。




「ぜのせんぱい、キスしよう!」




「…………………………んー、よぉし、わかったぞ。キミはあれだな、ちょっと喋るのが予想以上に苦手すぎだな。きっとその結論に至るまでに必要な過程が百個くらい抜け落ちてるし、おそらくその結論自体も間違っていると思われる」


「まちがってない! わたし、これでもおばあちゃんに『頭だけはいい』って言われてる!!」


「うん、頭『だけ』はいいんだね、よくわかったよ。アリアちゃんは天才肌なんだね。――死ぬほど悪い意味で」


「どういうこと!?」


 どういうもこういうも無ぇわ、むしろなんでそこまで意外という言葉を体現したびっくり仰天のお顔ができるんじゃい。そこまで自分の頭脳に自信を持っとったんか、この深淵の魔女様は。


 素っ頓狂なことを言い出したなんちゃって天才魔女様の首根っこをホールドし、「ぎょえぇぇ……」と絞め殺される鶏のような悲鳴を上げる彼女を引きずってみーちゃんの元へ急ぐ。


「悪い、待たせた」


「みゃーう。なう(いいわよ、見てたし聞いてたし。うちのアリアが迷惑かけてごめんねぇ、この子ってば、ほんとアレだから)」


「ほんとそれな」


「ほんとどれなの!?」


 話に取り残されて悲鳴を上げるアリアを無視し、俺とみーちゃんは「ねっこまんまー♪ ねっこまんまー♪」と人語&猫語で合唱しながらようやっと目的の食堂へとたどり着く。


 女子寮と男子寮を繋ぐ廊下の、ちょうど中間地点。

 突然開けた空間に出た俺達を、ガラス張りの壁の向こうから柔らかく降りそそぐ春の日差しと、室内の至る所に配されている庭園染みた植物達の青い香りが出迎える。

 香るのは、勿論それだけではない。壁際に儲けられた木組みの調理ブースからは、食堂の名に恥じない多種多様な、けれど美味そうという一点において共通している暴力的なまでの芳香が、混然一体となって猛烈に食欲を刺激しにかかってきていた。


 いや、なんかもうほんとすげー良いにほひが『これでもかぁああああああああ!!!』みたいな感じで溢れ出しまくりんぐなんだけど、これどうなってんの? 今春休みで人もまばらなのに、平日よりむしろ濃密な香りが迸ってんだけど。


「んにゃー!! んなぁお、がうぁー!!!(うっひゃあ、こいつぁーたまんねぇなのよさぁあああ!! はやくはやくぅ、あたしもぉおへそが背中にちめーしょーなのよぉぉぉおおおお!!!)」


「おっ、その言い回し覚えがあるぜぇ? みーちゃんったらまったく、スポンジのような吸収力ねぇ。そんな天才お猫様なみーちゃんに、早速天才お猫様用スペシャルメニューをご馳走しちゃおっかな!!」


「んにゃぉぉぉおおおん!!!(ひゃっはああああぁぁああああああ!!!)」


「…………え、なんで、みーちゃん、まだ言葉、通じるの――ひぁあっ!!?」


 アリアちゃんがちょっと驚いた様子で何か言ってたけど、みーちゃん同様腹ペコな俺に強制的に首を拉致られて更なる驚愕に悲鳴を上げて目を白黒させる。


「へいへい、我が友アリアよぉ。もう細かいことはいいからとりあえずメシにしようぜぇ? なにこれ、今日お祭りでもあったの? うっは、なんかすっごい色んな香りしない?? ひゃっはー、祭りじゃまつりじゃー!!」


「んなぅぅうん!! んにゃあおぉぉん!!!(ぜんぶまぜてねこまんまするのよー!! すーぱーうるとらはいぱー猫まんま祭りなのよさー!!!)」


「――んむぅ!!? ひ、ひひひひとっ、ひとが、いっぱ、いっぱい、いるぅぅううううう!!!!」


 相変わらずアリアちゃんだけなんかズレたこと言ってる気がしたけど、俺とみーちゃんの燃え盛る食欲は最早誰にも止められない。


 貧弱すぎる力でじたばた暴れてるアリアちゃんを引きずって、俺たちは匂いの元へ意気揚々と……って、あれ?


「この匂い、なんか違う方向から来て――あ、義姉様だ」


 調理ブースに近付くごとに若干薄れていく芳香を不思議に思いながら、なんとなく辺りを見回してみたら、背の低い植物に囲まれた個室スペースみたいなあたりで――めちゃめちゃ大量の多種多様なメシを机の上に並べまくってる義姉様を発見。

 え、あの人なにしてんの……? フードファイト? なんとかチャンピオンに出演中のタレントさんなの……??


「……にゃう? みーみぅ(……しょーねん? どしたのよさ)」


 一緒にお歌まで歌ってノリノリだった相方が急に足を止めてしまい、つられて足も勢いも止めざるを得ないみーちゃん。


 そんな彼女に申し訳なく思いつつ、けれど腕の中で言葉すら失って死にそうな顔でじたばた中のアリアちゃんには毛ほども申し訳なさを感じることなく、俺は発見した女性フードファイターをちょいちょいと指差す。


「いやさ。あそこにいるの、兄様の婚約者の人で、俺の義理の姉予定でもある人なんだけどさ――っと」


「みゃう? (ほー、どれどれ?)」


 俺の身体を一瞬で駆け上って来たみーちゃんにちょっと驚いたものの、背中にひっかかって肩口から顔を出してきた彼女に「ほら、あれあれ」と改めて説明。


「そんな大食いってわけでもないはずだから、何が起きて独りぼっちであんな大量の飯に囲まれてんだか……」


「なぁう? みゃんみゃんにゃうあ?(あのぱつきんしょーねんの婚約者ってことは、あのおねーさんもお貴族様なんでしょ? じゃああれじゃない、『パンが無いならビーフとポークとチキンとスープと各種てんこもり野菜をお腹パンパンになるまで食べればいいじゃない!』ごっこしてんじゃない?)」


「いや、そんな絵にかいたようなわがまま王女ごっこする人じゃないから……てかその貴族どんだけメシ食ってんだよ。欲張りすぎだろ」


「にゃう(でも、あれ)」


「まあ、うん、そうなんだけどね……」


 みーちゃんが鼻で指し示す先にある光景を否定する材料が見当たらず、俺も曖昧ながら同意することしかできない。


 ぼんやり顔のみーちゃんと、なんとも言えない俺が立ち尽くす中、緩んだ拘束の隙を突いたアリアちゃんが「ぷはっ!!」とホールドから抜け出し慌てて距離を取る。


「あ、あわ、あわわわ、あわわわあわわあわわ……」


 泡食ってあわあわ言いながら、あっちへこっちへちょこちょこ歩いては短い悲鳴を上げて進路を変える、挙動不審な魔女っ子アリアちゃん。んー、なんだろ。何かの儀式魔術かな?


「……………………ぐすっ」


「お帰り~、アリア。お外は寒かったかい?」


「…………おそと、さむかったよぅ……」


 最終的に肩を落としてめそめそ泣きながら帰って来た彼女を小芝居しながら出迎えた俺は、意外とノってくれたアリアちゃんに胸をほっこりさせつつ、とりあえずフード越しに頭をぽんぽん叩いて慰めてあげた。


 結局何がしたかったのかわからんけど、かわいいのでまあいっか!


「じゃあ、そろそろあったかいメシでも食べに行くとするかねぇ」


 俺の服の裾を掴んで泣きながらすんすんと鼻を鳴らすアリアちゃんの片腕に、俺の肩から「みゃーぅ」とひっぺがしたみーちゃんをしっかりと抱かせてあげてから。

 アリアちゃんの行動や義姉様の現状に若干の謎を残しつつも、みーちゃんの焦れた視線に急かされた俺は、調理ブースへと踵を返――



「だからそれほとんど答えじゃないですのおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



 ――そうとした直前に、突如義姉様が発狂して意味不明な叫び声を上げたので、思わずぎょっと二度見した。

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