二話 女の子のお腹を満たすより大事なことってあんまり無い
それから。
ほんの一言二言程度の簡潔なやり取りで交渉(という名の一方的な指示)を終えたらしいシャノンさんは、まだまだ話し足りなそうなスオウくんや全然話せてないでくのぼう達にサクッとお引き取りを願うと、彼らの悄気返った後ろ姿見送りながら――この場になぜかまだ残ってらっしゃるアリス嬢へくるりと振り返る。
「さって。彼らにはもう、こちらから話すことも無いから、興味も無いのだけれど……。あなたはこれからどうする? 『アリス』さん」
「……どーでもいいですけどぉ、エンリ呼びでなくていいんですかぁー?? 総帥さまの研究所襲って成果強奪して、あげくに戦犯の濡れ衣着せて魔女機関から追い出す流れ作った件、まさか見て見ぬフリしてそこらの小川にさら〜っと流してくれちゃうとでもぉ〜???」
「その通りよ」
「…………………………あ、えっ、と……」
ぴょんこぴょんこ飛び跳ねてあからさまに煽りにいったメスガキアリス嬢が、シャノンさんの至極当然といった首肯に迎え撃たれて一瞬でたじたじ、おろおろ。
そんな感情迷子なアリス嬢の頭を、シャノンさんは優しい手つきでぽんぽんと撫でる。
「言ったでしょう? あなたは、『アレ』とは別人よ。強いて言うなら、同じ家に住んでただけの同居人といった所かしら?
だって貴女、前世とか今世とかじゃなしに、最初から魂が二つ有ったもの」
「…………………………………………。
んんんんンンンン???????」
あ、そりゃ確かに別人ですね……。ところで先代深淵様、ちなみにこの自称前世持ち二号こと某ゼノディアスくんの場合についても貴女のお目々でちょこ〜っと鑑定していただけたりは……あ、いえいえ、後でで全然構わないんで、ええ、今はアリス嬢とシャノンさんの因縁氷解の場面なんで、ええ。
「はー???? タマタマ、ふたつぅぅぅ――あだっ!!?」
「こら。女の子がそういう下ネタ言っちゃいけません。めっ!」
「……あ、……、ふ、フヒ、ふひひ……♡」
うん。さっきからちょいちょい思ってたんだけど、もしかしてアリス嬢ってシャノンさんのことめっちゃ好きなんじゃね? 怒られて叩かれて、それでここまで喜色全開になれるって相当よ? まあ、俺もシャノンさんに『めっ!』されたら思わずデレデレしちゃうけれども。つまり、こやつは女版の俺か。共通点多くて一方的にシンパシー。
などと新たな女にうつつを抜かしてたら、膝枕してくれてる妹ちゃんに頸動脈をそっと差し押さえられ、居眠りこいてた後輩女子には眼と眼がごっつんこしそうな至近距離からじっと見つめられ近い近い、怖い、年下女子二人がなぜか怖ぁい!!?
「……ところで。貴女が今語ったエンリの罪状の中に、事ある毎に私の寝所に潜り込もうとしてきた件が含まれていなかったのだけれど……」
「ヒェッ」
「…………………………。まあ、うん。『貴女』に関しては、本当にベッドに潜り込んで来て寝てただけだしね。大目に見るわ」
「わーい! 総帥さま、大好きぃ♡♡♡」
もはやハートマークを隠すこともしなくなったアリス嬢は、もののついでみたいにお顔の仮面をぽーいとどっかへ放り投げると、予想よりも幾分幼い顔立ちに満面の笑みを浮かべまくりながらシャノンさんの腕に抱き着いた。
それを満更でもなさそうに受け止めているシャノンさんを見ながら、俺はうむうむと意味もなく厳かに頷く。
見よ、全世界の兄弟達。百合の花園はここに有ったんや!! まあ百合っつーか、どっちかというと母娘のじゃれ合いみたいなほのぼのしきった雰囲気だけれども。
――なんとなく。本当の『娘』さんは、唐突なライバル出現にジェラっていないかな、と不安になったけれども。
「……? なぁに?」
いつの間にか素面に戻っていたアリアちゃんは、相変わらず地面にたゆたう生首状態のまま、俺の睫毛に自分の睫毛がくっつきそうな至近距離で小首を傾げる。可愛いんだけど、距離感バグってね?
「近くね?」
「近くない」
「マジか。いや絶対近いって。その証拠に、ほら見て、俺の頸動脈を差し押さえる妹ちゃんの指先がわりとガチで血流止めにかかってきてるじゃん」
「……………近く、ないもん……」
「あー……」
べつにキスをおねだりしてるわけでも、俺の息の根を止めさせたいわけでもなく、やっぱりアリアちゃん的にもおかあさんが他所の子に取られちゃう光景には思う所が有るらしい。
まったく。
「アリアちゃん、ほっぺ出して」
「……? はい」
俺の唐突なお願いに対し、一切の疑いを抱くことなく素直にほっぺを向けてくるアリアちゃん。そしてキュッと締まる俺の頸動脈待ってくれ妹よ俺が今からおこなう事に下心など微塵しかない、微塵は有る、待て待て後でいもーとちゃんにももっとすごいことしてあげるからこの場は見逃しておくれ――
お、頸動脈が完全に解放されてフリーになってしまったぞ。これ、俺あとでいもーとちゃんにどんなすごいことするんだろう。がんばれ、未来の俺。
未来のことは未来でどうにかするとして、今はとりあず。
「ちゅっ♪」
「―――――――――――――――」
ゼノディアスくんは口で『ちゅっ』と言いました。言いながらアリアちゃんのほっぺをペロっと舐めました。
舐めただけなのでこれは勿論キスではないので『我が迫真の擬音でキスと勘違いしおったなブワァカめぇ!!』とでも叫べば色々有耶無耶にできそうな気配だったけど、アリアちゃんは嫌がることも抗議することもなく呼吸を止めて固まってしまったのでひとまず有耶無耶作戦は不要と判断。ついでに擬音もいらねぇかと思ってもうひとなめペロっとして、その後魔が差して普通に『ちゅっ』とほっぺにキスしてあげた。うむ、ギルティ。
怒るかな? 怒られるかなっ? と、アリアちゃんやイルマちゃんの反応を伺うこと数秒。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。スゥー」
アリアちゃんが変な呼吸しながら影の中へとぷんと沈んで消えていった。いやなんか言えよ。せめてビンタの一発くらいくれよ。悪いことして怒られないのが一番困る。
「………………………………………………………………………………………………………………………」
イルマちゃんも、なーんも言わず、頸動脈を差し押さえてくることもせず、膝枕をやめることもせず、感情の読めないフラットなまなこでただただじーっと俺を見下ろしてくる。
いやだからなんか言えよキミら。言葉ってね、人を人たらしめるとってもだいじなコミュニケーションツールなのよ? もっとだいじにしよう?
ど、どうしよ……。すぐ怒ってもらえないの、ほんと困る……。とりあえず、そう、あれだ。
「……イルマちゃんには、その……、帰ってから、ちゃんと、その……、…………す、するから。すごい、の? まじで、うん」
「…………………………………」
「だからなんか言ってくれってばよ……」
俺の懇願を受け容れることなく、やはりイルマちゃんはだんまりだし、何気に鼻から上だけ地面に生やし直してきたアリアちゃんもやっぱり何も言ってくれない。ひぇぇ、俺これどうすればいいのぉ……?
「さてさて。あなた達らしいぶきっちょなイチャイチャは、一旦済んだかしら?」
「イチャイチャだー! いちゃいちゃしてるぅ〜、あははははは♪♪」
お互いに腕を絡ませながら絶賛イチャイチャ中な元総帥閣下と元部下魔女さんがなんか言ってきてる姿に、えもいわれぬ理不尽を感じつつ。俺はひとまず色んなことを置いておきながら返答した。
「まあ、ええ、一旦済みまし――いや、あくまで一時中断して、後は帰ってから続きをやります。俺はやるといったらやる男です」
なので頸動脈をじっと見つめないでくだされ、いもーと様。
「そう? まあなんでもいいのだけれど、もう此処での私達の用事は済んだから、さっさと撤収しましょうか?」
「……済んだ……んですか?」
元々は、俺が話の流れで外の世界の人類を滅ぼしに来たっていうのが発端だった。なんで殺しに来たかは忘れたけれども、なんかシャノンさんが困らされてたからだった気がする。あれ、じゃあやっぱり絶滅させなくっちゃダメじゃね?
「殺さなきゃ」
「待って。ゼノディアスくん待って。なんで唐突に不穏なこと言ってるの」
「だって、確かシャノンさんが、連中に困らされて、なんだっけ、奴隷がどうとか――」
「ああああああああアレね私が彼らを負かして奴隷としてこき使いたいから戦争しに来たんだったわねぇ!! でも戦争しなくても交渉でどうにかなっちゃったからもうミッションコンプリートよぉお!!!」
「……? そう……なん?」
「ソーナン!!!!」
「…………そーなんかぁ……」
詳しく思い出そうとすると頭の芯が焼ききれそうな感覚してくるし、シャノンさんもこう言ってることだから、俺がこれ以上無駄に考える必要はないだろう。
とは思うものの、シャノンさんとアリス嬢がドッと冷や汗流してるのが気になる。なんだろ、いきなり風邪引いたの?
「シャノンさん――」
「か、彼らには、利用価値も有るのよ一応!!」
「…………………。利用価値?」
一瞬『庇うのか? 俺以外の男を』みたいなめんどくさいヤンデレ彼氏的倒置法を口走りそうになったものの、病んではいても彼氏ではない俺には許されないセリフであったためなんとか自重して機械的にオウム返し。
そんな俺の態度に一瞬戸惑いを覚えた様子のシャノンさんだったが、ひとまず説明を優先することにしたようで、躊躇いながらも首肯する。
「え、ええ。……といっても、今回の『大戦』に関連してどうこう、っていうのとはあんまり関係無いんだけれどね? なんなら、私やあなた達が生きてる間はほぼほぼ関係無いくらいの、遠すぎる未来の話でもあるし……。
だから、必要に迫られてっていうよりは、学術的探究の意味合いが強い内容なのだけれど……。もしかして、そういうのって興味有る???」
最初はまるで弁明するかのように及び腰で話し始めていたはずが、最後にはなにやらオタク仲間を発見したのアニオタのように瞳を輝かせながら問いかけてくるシャノンさん。
あ、これたぶんめっちゃ話長くなるやつだ。一回語り出したら中々止まらなそうな独特の気配有る。
興味無いかと言われたら、シャノンさんが語ってくれるお話(というより楽しそうに語ってくれるシャノンさん自身)にはもちろん興味が有るのだけれども、たぶんそれいもーとちゃんと後輩女子に至近距離から穴空くほどガン見されながら話すような内容じゃないわ。ていうかマジ見すぎ。なんなのよ、この目力強すぎな娘っ子達はもー……。
「あ、や、興味は有るんスけど。でも、今でなくてもいいかなぁ〜、なんて」
思わず今度はこっちが及び腰になりながら曖昧な返事をしたら、シャノンさんはぷぅっと頬を膨らませて超不満顔。あらやだ可愛い。
「なによぉ。話してほしそうしてたのは、あなたの方でしょう?」
「それは、あの……、………ご、ごめんなさい?」
「……むぅー……」
目力女子枠にシャノンさんまで加わってしまい、たまらず目線を逸らす俺。
逸らした先でアリス嬢となんとなく目が合ってしまい、なぜか『ばちこーん☆』と星の出るようなウインクと横ピース♪を返された。うぜぇ。かわいいんだけど、それを遥かに上回るウザさが全てを塗り潰ぅす……。
そんな感じで謎の膠着状態に陥った俺達だったが、やがてアリアちゃんのお腹が『くぅ』と可愛く鳴ったのを合図に、昼メシを食うべく故郷の地へと帰ることにした。
――地平の彼方を埋め尽くす海原のような大軍勢の事など、もはや綺麗さっぱり忘れ去って。




