一話・3 ならばこの手で滅ぼそう
「とりあえず、ゼノディアスくんはおとなしく私に膝枕されててくれる?」
「だからあんたは毎回なに突拍子のないこと言い出してんだ……」
前話から何も場面など変わっていないこの戦場最前線において、元祖・悪の親玉が吐くにはあまりにも似つかしくないセリフ。見てよ、周りのみんなが完全に口開けてぽかーんとしておるよ。一般人だけならまだしも魔女まであんだけドン引かせるとか、中々出来ることじゃないぜ?
それなのに、シャノンさんはまるで俺こそがおかしいのだとでも言うように、お怒りの新米女性教師みたいに「んもー!」となじってくる。
「だって、ゼノディアスくんったらすーぐ皆殺しにしようとするんだもん! めーでしょ、めー! そんなわるい子は、おとなしく私のお膝で寝てなさいっ!!」
「悪い子なのに、何故ご褒美そんなが……?」
「世の中、悪人ほどオイシイ思いをするものなのよ? これ豆ね」
そんな豆知識は要らなかったよ、元総帥閣下……。でも、そうね、世の中ってわりとマジでそういう理不尽なものだもんなぁ。じゃあ、年下の娘誑かそうとしてたり、幾人もの人間をハエより容易く葬ってしまうような悪い子の俺は、シャノンさんに膝枕されてもいいのでは?? ねえ、イルマちゃん、アリアちゃん???
「そんな『影』ばっかり見てても、あの子達ならまだ出て来ないわよ? あなたが『戦場には絶対出てきちゃダメ!!』って命令したの、律儀に守ってるもの。
ま、私はワルもワルだから、そんな命令関係ないんだけどねー? でも、折角あなたが心配してくれた気持ちを無碍にしちゃってちょっと心苦しいから、お詫びに膝枕したげる。どう? 嬉しい??」
「………つまり、何がどうあっても膝枕に繋げたいんスね?」
「せいかーい!! だから、ほら、さっさと大きいソファー出して?」
こう何度も可愛くおねだりされてしまっては、さすがにこれ以上のらくら躱すのも気が引けてしまう。年下女子二名の反応とかその他オーディエンスの視線とかが気になるものの、俺はひとまず言われた通りにベンチ大のふかふかソファーを出した。
そこに「よしょっと」と軽く勢いをつけておしりをポフンと沈めたシャノンさんは、長いスカートに覆われた清楚なふとももをぺちぺち叩きながら笑顔で言った。
「へいへーい! ばっちこーい!」
「………はぁぁ〜……」
呆れたような溜息を吐きながら全力で『まったく、やれやれだぜ』ポーズを取るノルマをこなした俺は、うっきうきに弾んで小躍りしそうになる高揚した心を押さえながらソファーへごろんと寝転がった。
なにせ、冗談でもなくマジで自発的におぱんつ様を見せてくれた実績を持つ女性からのお誘いである。彼女が膝枕してくれると言ったなら、それは『やっぱウソでぇーす! まじウケるゥ〜!!』などの陰惨極まるからかいが目的でないことは実戦証明されているため、ひねくれネガティバーな俺であっても思わず素直に期待せずにはいられない。
そして。やはりシャノンさんは、俺の期待を裏切ることなく、やわらかくてあたたかなふとももで俺の後頭部を支えてくれた。
「どう? きもちいい?」
「…………………」
俺の魔力で無理矢理急造された草原に、寂寞の荒野からの冷たい風とうすらぼけた白い陽が差し込む中。ただただ天然の優しさと甘い香りだけを纏ったシャノンさんの存在が、俺のカラダもココロもとろとろに溶かしてゆく。
下から見上げる、シャノンさんの小さなお顔。顔も小さけりゃ身体も小さくて、お胸だってやっぱりとっても慎ましやか。
――だが。彼女のふとももの上から見上げたシャノン・ズ・バストは、明確にして堂々たる存在感をこれでもかと全力でアピールしており、そんなものを特等席で見せつけられてしまった俺は当然の如く勃起した。
え、ナニがって? ちんこだよ当たり前だろ、伏せ字使う気すら起きないほど普通にバッキバキにフル勃起ですわ。筋弛緩剤打たれたようになってる全身の筋肉に反して、イチモツだけハチャメチャに超合金化してますわ。
で、ズボンの中に収まりきらずはちきれんばかりに布地押し上げてるソコは、シャノンさんからもよく見えるわけで。こいつおしっこで風船でも膨らましてんのかいみたいな現場を目撃したシャノンさんは、一瞬ぎょっと目を剥くと、やがてそわそわきょろきょろ挙動不審になりながら、真っ赤なお顔でちんこをチラチラちらちらチラちらちらチラチラ見。
いや見すぎやろどんだけ興味あんねん、とは言わない。おちんちんへの興味に抗えず、けれどえっちな自分を悟られまいと健気にがんばるその姿、『あ、このひとマジで処女なんだ……』とえもいわれぬ感慨で喉が詰まってしまって、もうツッコミ入れるどころじゃない。
ていうか、さ。あれだよ、アレ。
「シャノンさん、さ」
「なな、なっなななにかしら!!??」
「……ちょっと前に、その……、わりと『そういうの』興味有る、とか、言ってたじゃん? あれ、その……、ウソとか、ノリじゃなかったんすね――って言ったら、失礼かも、というか完全に失礼千万でしたね、すみませ――」
「待って、まって、ゼノディアスくん。そこは、その、…………謝らなくて、……いいわ」
真摯な気持ちで謝罪しようとした俺へ、シャノンさんがようやく股間チラ見をやめて真っ直ぐな眼差しを向けてくる。
「………いい、んですか?」
「ええ、いいの。……そもそも、どさくさ紛れにふざけたような物言いしかできなかった私が、全面的に悪かったし……」
このへんでどっかから「総帥さまが、素直に謝罪……!??」という驚愕の声が聞こえてきたけど、そちらを笑顔で一瞥して黙らせたシャノンさんは、また俺だけを視界に映す。
「あのね? あなたには、知りようもなかったことだと思うけど……、私、ずっと前からあなたのことは間接的に知ってたのよ」
「え……」
「で、まあ、なんかこう、ね? 勝手にあなたに憧れてたというか、振り向かせたかったというか――あ、恋愛的な意味じゃなしによ? 学術的、学術的な意味でね? そこは勘違いしないで」
「………あ、ウッス」
「で、だから、こう……、……………………結論だけいうと、私はあなたとなら、その……そういう、なんていうの? ごにょごにょ……」
結論を言うと言いながら、はっきりとした言葉を言えずにごにょごにょするばかりで、顔をどんどん真っ赤にしてゆくシャノンさん。
――――――え、これ、なんかガチっぽい……?
いやまあ、恋愛とかエロとはあんまり関係なさそうな、学術的ななんかが理由ではあるらしいけど。でも、少なくとも、行為としての性交渉を俺と致すということについて、彼女は俺が想像していた以上にとっても前向きであるらしい。
………………………。
え、マジで????????
「………なによぅ、そのドラゴンが木の枝で心臓吹き飛ばされたような顔は」
「微妙にわかりそうでわからない異世界ことわざやめておくれ――ああいや、べつに話逸らそうとか煙に巻こうとかしてないから、ただの反射的なツッコミだから、そんな睨まんといてよシャノンちゃん」
「…………なんで、いきなりちゃん付け?」
「……………………………単に、その場の……ノリ的な?」
嘘です。なんか『シャノンさんって実は俺とガチで恋仲になる可能性有るのでは???』と意識してしまった結果、年下や目下のような自分より弱い相手しか恋愛対象として見れないというガチクズ性癖持ちのゼノディアスの脳味噌が、シャノンさんをなぜか年下の女の子扱いしてしまうという斜め上過ぎるバグを引き起こしただけです。いやこれどうなってんだ俺の脳味噌。
まあ、バグとか起こすまでもなく、実はシャノンさんって見た目だけだと普通に年下の女の子な感じだけどね? 化粧や身嗜みとかでなんとかお姉さん感を出そうとがんばってはいらっしゃるけど、たぶんすっぴんだとアリアちゃんとほぼ同じ年頃にしか見えなさそうな気配有るもん。
つまりは、余裕でストライクゾーンど真ん中の豪火球光速ストレート。
だがしかし、いくら俺の側が好みだなんだと騒いだところで、肝心の相手側が俺のことを好きになってくれないのが世の常識でありサダメで真理――
「すまない、そろそろいいだろうかぐぼぇ」
完全に戦場にそぐわぬ雑談かイチャコラめいてきた俺とシャノンさんの会話に、意を決したように毅然とした態度で割り込んで来ようとしたスオウくん。だがしかし、その試みはアリス嬢によるリバー肘鉄によって阻まれる。哀れ。
「スオウくんったら、さっきからなんなんですかー。 そんなにかまってほしいんですかぁー? 自称下っ端のシタッパー様にちょっと待ったコールするだけならまだしも、楽しそうな総帥さまに水差しにいくのは常識的にも個人的にも万死確定ですよぉ??」
「い、いや、だがしかしだな……。これ以上放っておくと、もう戦争どころか余らの存在さえ忘れられそうな気配が」
「いいじゃないですかぁ、忘れられちゃえば。シタッパー様が思いの外話せるお人だったからといって、カタルくん達が侵略戦争仕掛けようとガチの軍勢率いてやって来た事実に変わりはないんですよ?
それなのに、見逃してもらえそうなチャンスを自ら棒に振ったり、シタッパー様と総帥さまの楽しそうなイチャイチャに割って入ってまで『軍を退くに値する成果』をおねだりしようっていうのは、ちょっとアレです、国主としてもオトコとしてもシンプルにキモいですごめんなさい近付かないで。あと汗臭いのでこっち来んな」
「そこまで、言う必要は有るのかよおおぉぉぉ……!!!」
スオウくんの涙混じりな魂の叫びに、うっかりこっちまで涙を誘われて胸が詰まってしまう。
アリス嬢、まじで容赦ねぇな……。何が容赦ないって、本当に見切りをつけてるのがわかるような冷めきった声で淡々と過去のオトコ(←童貞の主観)をトカゲの尻尾のごとくバッサリ斬り捨ててしれっと距離取ってるし、さらにスオウくんがさっきから何を求めて食い下がって来てたのかまで交渉術ガン無視で赤裸々に暴露しすぎだし、あと揶揄するでもなく普通に『イチャイチャ』とか表現したせいで総帥さまを密かに赤面させていたり。最強かよ。
まあ、俺だけは全くのノーダメージだったんですけれども。ねえ、もっとゼノくんのこともかまってあげよ???
「こほり」
と、シャノンは可愛く咳をして。イチャイチャ発言を聞かなかったことして仕切り直したらしい彼女は、けれど俺を膝枕することは頑なにやめないまま、俺の頭を無意識っぽく撫でつつアリス嬢へと向き直る。
「えぇと、エンリ――じゃなくって、もう『アリス』でいいのよね? 今まで隠れてた、貴女」
「……べつに、隠れてたわけではないんですけどぉ〜……。てゆーか、総帥さま、やっぱり『私』の存在に気付いてたんですね?」
「当たり前じゃない。そんな興味深いヒミツでも抱えてなかったら、実力も常識も無いのに変な情熱と情念ばっかり溢れさせてて度々問題ばっかり起こす上に度々ヒトの寝所を襲ってレ◯プしようとしてきたり挙げ句に研究所襲撃してだいじな研究成果持ち逃げして終いには大戦犯の冤罪まで擦り付けてくるような超大迷惑ストーカー魔女なんて、身内に置いておくわけないでしょう?」
「死んでお詫びしていいですか?」
「だから、あのストーカーはもう死んだのでしょう? なら貴女に罪は無いわ。アレと貴女が別人だっていうのは、【アルアリアの眼】で判別済みだし」
「……………。…………別人、ですか………。総帥さまがそう言うってことは、やっぱり私とあの子は他人だったんですねー……。たはー、かなわんねーこりゃ……」
己の額をぺしんと叩いて『こいつぁ一本取られたぜ』みたいにおどけて見せるアリス嬢だが、あまりに色を失いすぎな声音は彼女の消沈した心境をありありと物語っていた。
話の中身にまだ追いついていない俺は、彼女達の態度の理由や関係性について未だよく理解できていない。今俺の脳裏を埋め尽くすのは、シャノンさんが過去にストーカーにレイプされかけたというその一点。もし相手が男であったなら時空の壁をブチ壊して過去へ跳んでレイプ魔の存在を消滅させてやる所なのだが、レイプ魔は魔女、つまりは女、ていうか目の前のアリス嬢の別人格。
…………………………うーん。セーフ……? や、でも、このアリス嬢とかつてのエンリは別人だとかなんとか言ってたから、アリス嬢の印象を基準にしてジャッジするのは難しいか……?
ていうか、前世と今世ってアルアリア的には別人扱いなの? え、じゃあ生まれた瞬間から前世の意識を持ってた俺の場合ってどうなるの……?
「どうかしたの、ゼノディアスくん?」
「え、あ、俺ってゼノディアスくんでいいんですかね?」
「……? …………ぜ、……ゼノぉ〜、……くん?」
いえ、愛称で呼んでほしいという遠回しなお願いではなくてですね。でももじもじしながら恥ずかしそうにおずおずおそるおそる愛称呼んでくるシャノンさんのお姿があまりに愛らしすぎたので、俺は哲学的命題を丸ごと宇宙の彼方にブン投げてただただニヤニヤとニヤケまくった。やべぇよ、シャノンさんの可愛さがとどまるところを知らなすぎる。
はぁ〜、尊ぉい……と蕩け落ちてた俺の顔面に、ぷんすか怒れる総帥さまの照れ隠しな平手がぺちりと落ちてくる。へへへ、さーせん。
「まったくもう……。それで、アリス? 貴女はこれからどうするの?」
「はい!! もちろんイチャイチャのお邪魔にならないよう息を潜めてお待ちする所存――あ、嘘です嘘、嘘ぴょんなので怒らないで総帥さま。
私としては、この身体の元・持ち主の逆恨みによる復讐に付き合って、こんなこと仕出かしたわけですけど……。もう義理は果たした感有るので、あとはテキトーな所でバックレて、後腐れなく第二の人生始めようかなぁと。あ、でもカタルくんはともかくリリチアちゃんやアレクくん達の方にはもうしばらく義理立てするかもかもですかも。……ていうのは、やっぱ怒ります……?」
ともかく扱いされてしまったスオウくん、とうとう限界が来て大地にずしゃあと崩れ落ちさめざめと泣き始める。彼さっきから一体何回泣かされてるんだろう。その度に俺まで泣けてくるから、アリス嬢にはそろそろ手心というものを学んでほしい。まあ魔女にそんなこと言っても無駄だろうけど。
シャノンさんも、アリス嬢に何かを求めることの愚は身を以てわかりきっているのか、穏やかな笑顔で首を横に振る。
「べつに、怒らないわよ。あなたがやりたいようにやるように、こっちもこっちで存分に好きにやらせてもらうだけだしね。
その上で、お互いまた衝突するしかないとなったなら、その時は魔女らしく正面から『わがまま』をぶつけ合って生き残る方を決めれば良いわ。ま、勝つのは私の方だけどねー?」
「……総帥さま、なんかちょっと変わりました? 前はそんなイケイケでオラオラなことなんて、口が裂けても――あ、なぁるほど……」
アリス嬢よ、そこで意味有りげに俺を見てニヤニヤしないでほしい。違うから、恋は乙女を変えるとか、オトコが女を変えるとかそういうのじゃないから。単にこっち陣営に二つ名持ちの強キャラがいっぱいいるから余裕ぶっこいてるだけだから、たぶん。
まあ、その強キャラ軍団に俺の名も連なってるであろうことは間違いないけども。
「アリスの方は、それでいいとして。――そちらの男性陣は、まだ何か用が有るのでしたっけ?」
アリス嬢の視線をあからさまな程に無視して、ずっとガクブル震えてる首脳陣やらずっと泣き崩れていスオウくんやらに水を向けるシャノンさん。
そこに光明を見出したかのごとく、スオウくんがなんとか立ち上がりつつ恐恐と台詞を紡ぐ。
「……話を、聞いてくれるのか?」
「ええ。まあ」
是と返事をしてるわりにはそっけない態度のシャノンさんではあるが、戦争吹っ掛けてきた相手に向ける態度としては、これでも最上級の慈悲に溢れた対応と言っていいだろう。
というか、彼女はなんでわざわざ話聞く気なんだろうか? さっきも俺が皆殺ししようとしたら『めー!』してきたし。
―――――――よもや。
スオウくんの、イケてるメンに絆された、なんてことは




